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紫の君

登場人物一覧

紫桜(p3p010150)
これからの日々

 薄暗い階段を燈籠を揺らして降りて行く。
 現世から彼の世へ続く黄泉路を模したような不思議な感覚に、紫桜は心が躍った。
 この先には燈堂の秘部。無限廻廊の座が在るのだ。
 その奥にある封印の扉の前。
 紫桜は扉にもたれ掛かって神友の名を呼んだ。

「ねえ、繰切。今日は君に聞いて欲しい事があって来たんだ」
「ほう……何だ改まって」
 封印の扉の向こうから、相変わらず優しい声が聞こえてくる。
 繰切は先の戦いの折、愛する『人』の為に自ら封印の中に収まったのだ。
 声は聞こえるけれど、友人と触れあう事も出来ない寂しさが、余計に紫桜の胸を締めつけた。
「君に知っていてほしいんだ。俺のこと……」
 繰切の言葉を待つように沈黙が流れる。
「ふむ。何だ……勿体ぶるでない。お主が『話したい』のだろう」
「そうだよ。俺が話したいんだ。知ってどうするってものだけど」
 だけれども、友人である繰切に伝えたかった。自分の過去を。生い立ちを。

「俺はね、生まれ故郷でお堂の中に閉じ込められてたんだ」
 閉鎖的なその村では、親と髪色が違うというだけで、忌み子や祟りとして扱う風習があった。
「殺されなかったのは村人が臆病だったからだろうね……必要最低限の食べ物だけ与えられていた俺は、ガリガリでさ。骨が歩いてるみたいだったんだ」
 お堂には時折人がやってきて、何かを伝えて来た。文字も言葉も習っていない紫桜は相手の表情や声色で、どういう意味かを何となく理解し、受入れてきたのだ。
「例えば愛。例えば呪。全部全部受入れてた……だって、可哀想じゃない? 髪色が違うだけで俺を恐れて殺しも出来ない村人が。恨みを吐き捨てても手を下さない村人が、さ」
 もう、殆ど思い出せない村人達の顔。
「そんな事を続けてたら。いつの間にか、俺自身の『人間』に対する愛と、今まで内に蓄えてきた人の感情によって神様になったんだよ」
 繰切からの返事は無いけれど、おそらく紫桜の言葉に聞き入っているのだろう。
 相づちぐらい打ってくれればいいのにと思いながら紫桜は続ける。

「俺の神としての性質は、与えられたものを同じように与え返すもの。まあ、負の感情は俺が引き受けてたんだけれど。自分からは動かなかったんだよ。だって、間違えたら怖いじゃないか……」
 与えられたら与え返す方が楽ではあるのだ。
 正であれ負であれ、己へ何かを与えてくれた者を信者として定義していた。
 信者を害する者が現れた時、善と定義された神は悪神が如き所業を、彼らを害する者共へ与える。
 それが紫桜と人との在り方だった。

「今はこの混沌に来てからは『人』の枠に戻ってしまった。神ではあると認識しているのだけれど、一応人類という扱いみたい。現人神っていうのかな。神様の姿にも成れる……あ、見せたことないよね。実は姿を変えられるんだよ」
 傲慢さと愚かさも併せ持つのは、混沌に来てから『神格』を失ったにも関わらず、己を神として定義しているから。
「だから、宗教を作って神様をやってるんだよ。俺の力は無くなってしまったけれど、行き場を無くした信者たちの居場所になりたいから。良いように利用されているのだとしてもね」
 人(紫桜)を神として崇め、与えたものを与えられる。
 それは、ある種の依存であり心地よさでもあるのだろう。
 間違っているとかそういう問題ではない。紫桜と信者達の間ではそれが正しいものだった。

「ねえ、聞いてる?」
 しんと静まり返った無限廻廊の座に紫桜の声が響き渡る。
「応とも。聞いているぞ。お主の声は美しいのでな、聞き惚れていた」
 突拍子も無い言葉に、紫桜は頬を僅かに染めて溜息を吐いた。
「すぐそうやって揶揄うんだから!」
 調子が狂うと髪を掻き上げた紫桜は、後頭部を封印の扉へと押しつけ天井を見上げる。
「俺は与えられたものを返すだけで。自分から動かなかった……その筈なのに。君ってば、そんなの関係無しに俺の中に居座って、勝手に会えなくなるし。ほんともう、どうしたら良いんだよこれ」
 初めての『自分から発露する』情動に紫桜は翻弄されていた。

 会いたい。触れあいたい。
 指先を絡ませて、心と心で繋がりたい。
 そんな風に思っていた。否、実際にはそう思う前に、繰切は封印の中に自ら入ってしまった。
 会えなくなって、気付かされたのだ。
 こんなにも、自分は繰切への思慕を膨らませていたのだと。

 村人の誰かが言った言葉を思い出す。
 あの人が好き。一番あの人を愛しているのは私なのだと。
 その言葉に対して、自分は何を返したのだったか。
 ――ああ、そうだ。『あの人』が他の人を見ないように目を焼いたのだ。
 愛する人の目が見えなくなった事を、嬉しそうに報告してくる女の笑顔だけは思い出せた。

 もし、自分にまだ神の力があったのなら。
 この扉を破って、触れ合いたい。耳元で声を聞きたい。
 紫桜はそんな慕情にしばし身を委ねたのだ。

  • 紫の君完了
  • GM名もみじ
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月02日
  • ・紫桜(p3p010150

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