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My Fair Lady

登場人物一覧

夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
ソア(p3p007025)
無尽虎爪

 突然声をかけてきたその人物との出会いを、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)はきっと忘れないことだろう。
 人懐っこく傾げる首に、リズムよく左右に振る尻尾。じっとこちらを見つめる縦長の瞳孔は見開いていて、今か今かと幻の返答を待っている。
 用事を終え、ローレットを後にしたばかりの幻の瞳に映った彼女の姿は、まるで猫と見まがうかのようだった……もっとも彼女の腕の爪は大きく鋭くて、尻尾と惜しげなく曝す太股から下には黄色と黒の縞が彩っており、彼女の姿は実際には虎獣人のものなのだと主張するけれど。とはいえ、それはあくまでも見た目ばかりのことだ……ころころと表情を変える度に辺りに飛び散る小さな火花からは、彼女がもっと超常的な力の持ち主――獣種のような姿の雷の精霊種なのだということが見てとれた。
「街に行くの!? よかったら、一緒に連れてってくれないかなぁ……ボク、もっと人間たちの文化を知りたいなぁって思って」
 彼女──『トラージャーハンター』ソア(p3p007025)という名なのだと自ら名乗った──は、そんなおねだりを幻にしてみせた。好奇心旺盛なその瞳。何もかもが色鮮やかに見えた少し前の自分を思い出し、幻の口角は自ずと上がる。
「ええ勿論。僕で宜しいのでしたらお力になりましょう――」

 秋も半ばへと近づきつつある街は、至るところに大地の恵みの兆しが現れていた。
 赤や黄色に彩られたリンゴ。大きく青紫色の口を開いたアケビ。大粒の黒真珠のようなブドウも瑞々しく輝いて店々に並び、二人の視界を楽しませてくれる。
「おや、ご興味がおありですか?」
 本人も気づかぬままに尻尾をぴんと立てていたソアの姿は、どうしても幻には不思議に映るのだった。
 夢渡りの胡蝶は人々の深層心理の中で、幾星霜の間を彷徨ってきた幻。その名の通り夢の住人たる幻にとっては、春の菜花も、秋の果物も、等しく“願えば手に入る現象”のひとつにすぎなくて、けれども彼女が集める夢の欠片には、夢の主たちが季節の食べ物というものにある種の神聖性が刻まれていて……その理由が“こちらの世界”にやってきてようやく判ったという驚きと感動を、それらの作物に抱いたものだ。
 けれども……自然の化身であるソアが、何故? 確かにこれらの果物は、品種改良され、手入れされた品ではあったかもしれない。けれども人間を知りたかったはずの精霊種にとって、はて、それらはそこまで興味あるものなのだろうか……?
 そんな疑問を廻らせていると、当のソアはこちらを向いてくすくす笑って、こんな答えを返すのだった。
「銀の森はずっと雪に覆われて、あんな果物はなかったからね……それに、気になるのは果物だけじゃなくって、どうやって売り買いしてるのかのほうも」
 なるほど、ソアの両耳は、今も時折動いては、周囲の人々の喧騒の中から何かを聞き取っていた。それらが、何であるのかは幻には判らない……けれどもきっとその耳は、今こそ幻にとって取るにたらないものになってしまった、他愛のないお喋りや、どうでもいいことでの言い争いなどに傾けられているのだろう。
「では……お目にかけてみせましょう」
 そんなソアへと微笑み返し、ひょいと自分の財布の中から金貨を取り出した幻。
「これを2つ。御釣りは不要で御座います」
 まさしく手品のコインを操るように、優雅に店の主人の手に収める仕草をした途端、ソアの瞳がひときわ輝いたのが判る。
「ちょ、ちょっと待て!? こんな高価な代金受け取れねえよ……!?」
 店主が慌てて追いかけてきたが、ソアの幻への尊敬の眼差しは、今や留まるところを知らないほどだ。店主が仰天するほどの買い物を、顔色変えずにやってのけた幻。きっと、これが洗練された都会風の贅沢なんだ。自然の摂理のままにただ自由に生きてきた自分とは違う、こなれた人間文化の楽しみ方なんだ……! ……もっとも当の幻はといえば、本当はソアに格好いいところを見せたくて、ついつい相場なんて考えずにコインを出してしまっただけなのだけれど。

 何事もなかったかのように雑踏に紛れ、店主を撒いてしまった幻は、ようやく次の路地でソアを振り返り、買ったばかりのリンゴを彼女に差し出してみせた。
「おっと失礼。思わず身を隠してしまいましたが……何か、先程の通りで遣り残したことは御座いませんでしたか?」
 はて……何があったっけ? 急に言われても思いつかない、とでも言いたげに、一転、口を尖らせるソア。実のところ、他にも何かしたかったのは確かだったはずなんだ。だけど……目の前で繰り広げられた鮮やかな舞台を前にして、すっかり何をしたいと思ったのかを忘れてしまった!
「えーとえーと……あ!! 服!!!」
 自分はファッションとやらも気になってたんだ、と、ポンと手を打って思い出したソア。再び幻の口許に微笑みが浮かび、彼女の胸を期待に高鳴らせてくれる。幻がさも当たり前のように入っていったのは――これはソアにもそうだと判る――何やら高級そうなブティックだ。
「これで彼女に良いドレスを」
 仕立ての良いスーツで身を包んだ店員たちに、幾らかのチップを渡して見繕わせた幻。ソアがきょろきょろと周囲を見渡せば、他の客たちも同じようにして、オーダーメイドのフォーマルウェアを頼んでいるのが見えた。
 おそらくはこの店の店員は、野生の虎っ娘さえも格好だけは社交界に出しても恥ずかしくない淑女に仕立て上げてくれることだろう。そんな期待はソアにだってある。あるんだけど……。
「あれ……? もしかしてこのお店の中で、ボクの格好だけかなり場違いじゃない……!?」

(しまった……!)
 脱兎のごとく店から飛び出して逃げていったソアを見送りながら、幻は彼女に頼られて、自分がいかに舞い上がってしまっていたのか、自覚させられねばならないようだった。
 店員たちが上等なスーツなら、幻も気品のある燕尾服。そればかりかこの店では他の客たちも高級そうな服装ばかりの中で、自分だけが動きやすさ最重視の、下着とさほど変わらぬ露出度の姿……いかに人間社会を訪れて日の浅いソアだからといって、自分がどれほどこの場に似つかわしくない格好なのか、判らぬわけがなかったに違いない。
「済みません。そうですね――代わりにそちらの髪飾りをいただけますか?」
 店員にそれだけ頼んで包んで貰って、動揺を悟られぬように店を出た幻。しばらくソアの姿を探したならば……彼女は今も未練を断ち切れないようで、店の入口が見える場所でうろついている。
「少々、刺激が強う御座いましたね」
 文句を覚悟で幻がそう声をかけたなら、ソアはぱっと明るい表情を浮かべて振り返り、自分がどれだけ高級ブティックに圧倒されたのか、幻に捲し立ててみせた。ほっとする。どうやら彼女は恥を掻いたと起こるどころか、独りなら絶対に入れなかった店に足だけでも踏み入れたことに、ここ一番の興奮中らしい。
 ならば――少しずつでも彼女が怖気づかずにあの店に戻ってこれるよう、自分も手助けしてゆこう。
 この永劫の時を生きた少女がいつしか淑女へと羽化できる日を楽しみにしながら、幻は街の案内を続けるのだ……別れ際にこの髪飾りで彼女を彩ってやれば、彼女はその第一段階を乗り越えられるだろうと信じて。

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