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鳥の詩
登場人物一覧
『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)は思い出す。
世界が大きく動き出す中だからこそ頭に蘇る「過去」を。
それはいつだったか。そう、それは遥か昔。
「わたし」が「わたし」になる前の話。
思い出したきっかけはなんだったかしら。R.O.Oのアバター「フー・タオ」が「その姿」に近いせいだったかしら?
とにかく、あれはまだわたしが恐るべき荒ぶる炎として放浪していた時期。
思い返せば、割と人間とか享楽で好き勝手してた悪い奴だったわけだけど……当然のように討伐に来る人間とかいて返り討ちにしたりしていたわけなのよ。
そしてそれは「わたし」にとっては当然のことで、特に気にすることも無かったけれど。
そんな中で、自分が倒れたとしてもその想いを継ぐ者が必ず現れる的な王道勇者属性持ちの方とかもいたわけね。
「思い返せば、あれが人間に興味をもったきっかけだったのよ」
「そうか」
『ガストロリッター』アヴェル・ノウマン(p3n000244)は胡桃の独白に静かに頷く。
特に意見を求めているわけではなく、自分の記憶と考えを整理しているだけ。
であれば、余計な言葉は無粋。そう感じたからだ。
とにかく、これは胡桃が今の胡桃になる前の物語だ。
「あれは……そう、どんな会話だったかしら」
思い返す。もう随分と昔の……100年以上前の記憶。
嵐の夜。三日三晩戦い続けた果てに、「その時の胡桃」はその人物に勝利した。
彼だったか、彼女だったか……もう、顔も名前も思い出す事も出来ないけれど。
いや、名前すら知っていたのかどうか。それすらも記憶の彼方だ。
それでも覚えているのは、ただ一言。
「ああ、思い出したの。『何にでも終わりは訪れる。私にも、貴方にも』……だったの」
結果として「その時の胡桃」はその人物を倒した。
だから、その言葉は戯言であった……はずだった。
ただの負け惜しみ。記憶する価値すらなかったはずのその言葉は、意外にも「その時の胡桃」に何よりも相応しい言葉になったのだ。
「アレが誰だったかは分からないままだけど。確かにその想いを継ぐ者は現れたのよ」
それがどんな人物だったのか、今の胡桃にも分からないままだ。
けれど、「その時の胡桃」が倒したその人物に関係する誰かであって、確かにその想いを継いだ人間であったことだけは確かだ。
想いも、眼差しも……何もかもがソックリだった。
記憶が全て色あせた今でもハッキリそれだけは思い出せる。
だからこそ長い封印の間。
その封印が解けてからも胡桃は考えていた。
確かに、人の想いは次の誰かに繋がれていくのだと。
その「次に想いを繋ぐことができる」者こそが勇者なのではないかと。そんな興味を持ったのだ。
「興味深い話ではある。幻想王国の定める『勇者』の定義とは勿論違うが、そういった称号としての勇者に限らず、そう呼ばれるに値する者は確かに存在する。その者達もまた、そうだったのだろう」
アヴェルがそう言えば、胡桃はアヴェルをじっと見上げる。
鎧兜で身を固めているくせに器用にグラスの中身を飲むが、胡桃がこのアヴェルという男にある程度の興味や好感を持っているのには、そういう理由もあった。
「その影響もあってその要素の煮凝りである所のアヴェルさんに対する好感度が高いの」
「煮凝りとは言い得て妙だが」
アヴェルはそう言うと、記憶を探るようにグラスを揺らす。
鉄帝の町の片隅に存在するバー。ガストロリッターの連絡機関でもあるらしいこの場所を見つけ出したのは、胡桃にとっては偶然に等しい出来事ではあるのだが……アヴェルに自分の過去について話をしたのは、なんとなく「今だからこそ出来る話」だと思ったからだろうか。
あるいは、遥か過去の国であるガストロ帝国の流れを受け継ぐアヴェルであれば当時取り逃がした欠片を得られるかもしれないと思ったからだろうか。
自分の中でも完全な整理の付かないまま、胡桃はアヴェルを見る。
「お前の話を総合すれば、確かに文明や国の形が今のものになる前の話だろう」
そう、その通りだ。
封印が解けてからの100年ほど……その間に胡桃は色々とあって、今の胡桃・ツァンフオの形になった。
あの頃の自分から今の胡桃を見てみれば「妾よ、其方……そんなに人間が好きになったのであるか」とでも言いそうだが、そのくらいには胡桃も世界も変わった。
だからこそ当時の欠片を探そうとしても残っているはずもなく。
過去の全ては「古代文明」という形で消え果てた。
今鉄帝の空に浮かぶアーカーシュにも、当時の人間など残ってはいない。
しかし、だからこそ……と胡桃は思う。
「場所にもよるが、当時のガストロ帝国……ひいてはガストロリッターが関係していた可能性はないとは言えない」
そういう活動もしていただろう、とアヴェルは語る。
「無論当時の記録は散逸している。真実を探す事は難しいだろう」
「まあ、その通りなの」
そこは元からあまり期待はしていない。
どうせ、遥か過去の話だ。今更知ったところでどうしようもない。
過去には戻れやしないのだから。
「しかし、1つ言えることがあるとするならば」
アヴェルは胡桃に、そう切り出す。
「俺からしてみれば、お前も充分に人間らしい」
「……コャー」
なんと言えばいいか分からず胡桃はそう返して。
「お前は俺を勇者の要素の煮凝りというが、今の時代において勇者とは間違いなくイレギュラーズだ。ブレイブメダリオンの有無に関わらず、な」
それは胡桃としても異存はない。
イレギュラーズにも色々いる。
悪に寄った者もいるし、善に寄った者もいる。
しかしどのイレギュラーズも人類全体の為にいざとなれば結束して戦える者達であり、その生き様は間違いなく「いつかの胡桃」が焦がれた勇者そのものだろう。
まあ、そのイレギュラーズに胡桃自身が含まれているのは、何かの冗談のような……けれど、そんなに悪くないことではあるのだけれども。
「ガストロリッターは過去の遺物だ。今となってはその魂を受け継ぐ者も出てきている」
ソウルオブガストロリッター。その輝きを宿した者を胡桃もアヴェルも何度か見ている。
「お前の過去との向き合い方に口を出すつもりはない。だが……過去には縛られるなよ。俺達は、それが出来なかった者達に過ぎん」
ガストロリッターは正義と使命の為に個を捨てた者達だ。
胡桃の言葉を借りれば「勇者という概念」そのものでもある。
「それでもいつかは、何処かに着地するものなの」
「空に焦がれて空で朽ちてはいけないという法はあるまい」
死に際して空の果てへと消えた鳥の寓話を例に出すまでもなく。
理想と憧れを抱えたまま生涯を終えた者は幾らでもいる。
「着地しなければならないという法はない。望むなら、そのまま飛び去るも良いだろう」
めでたしめでたし、で終わってもいい。
人生とはそういうもので。胡桃の焦がれたモノは、それこそを賛美する生物なのだから。