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英雄幻想ファンタジア
登場人物一覧
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英雄譚とは即ち憧れに近い。旅人たちが時折混沌を魔法のような世界だ、と告げることがある。
混沌には当たり前のように存在する魔法法則のすべてがないのだと。代わりに科学が発展していたり、別のなにかで補っていたり。そうやって世界が、それも複数なりたっていたのだと。だからこそ旅人の多くは
そもそも幼い頃に英雄を知っていたならば、少々夢見がちになってしまったとて何ら不思議ではない。旅人の多くは剣と魔法の世界を煌めく瞳で受け入れる。
それは混沌に生まれた子供たちも同様で。
今の混沌には
そして今日、その
待ち合わせ場所は
「―—ごめんください」
柔らかな声音が響く午前八時。
声の主―—リンディスは大きな扉を両手で押して、今日の『依頼主』たるクラリーチェを探した。
「ふふ、お待ちしておりました。ようこそ、リンディスさん」
「おはようございます、クラリーチェさん。今日はよろしくお願いしますね」
「いえ、それを言うのはこちらのほうなのに」
「私も楽しみにしていましたから、何も気にしないでください。子供たちが来るのは確か……」
「二時間後、ですね。そのうちに準備などを済ませておくつもりでした」
「でしたら、何かお手伝いできることはありませんか? 私にも何かできることがあるかもしれません」
「あら、でしたらお言葉に甘えましょうか。掃除を軽く済ませたので、中の飾りつけをお願いしてもいいですか?」
「はい、お任せください!」
きらきらと軌跡に光を零しながら、リンディスは魔法を用いて高いところへの飾りつけを済ませる。そのうちにクラリーチェは子供たちがゆっくりとくつろげるようにクッションや小さな椅子、ブランケットにジュースを用意して。
そうして忙しなく動いているうちに、時間は過ぎていった。
「今日は私のお友達が皆に読み聞かせをしてくれますよ」
子供たちは思い思いにくつろぎ、猫を撫で、お菓子や飲み物を片手にはじまりの時を待っていた。
クラリーチェがそう大きくはない声で始まりを告げると、子供たちはみるみる足元に近寄って瞳を煌めかせて。
「わぁ!」
「どんなおはなし?」
「たのしみ!」
きゃあきゃあやいやいと声をあげる子供たちにクラリーチェは薄くはにかんだ。
「今日の語り手は私ではなく、リンディスお姉さんです」
同い年の二人にお姉さんも妹も無いのだけれど。楽しそうに歓声をあげる子供達の前では、小さな魔法すらも欠けてしまっては夢が崩れるのだ。
「皆さんこんにちは、リンディス=クァドラータと申します。今日は二つ程絵本を持ってきました」
そもそも今日ここにリンディスが居るのは、もう何度も読んできた読み聞かせの絵本を変え、子供たちに楽しんでもらうため。マンネリ化してきた絵本に困っていたところに、脳裏によぎった本のエキスパート。それがリンディス。困らせてしまうのではないかと思いつつも頼むと、リンディスは快諾してくれたのだった。
子供向けの本のいくつかを持ち込んできたリンディス。その内容はクラリーチェも知らない。故に今回はクラリーチェも聞き手に徹する。自身も知らない物語を知るのは、楽しいことだから。
「今日皆さんに読むのは、『お友達と手を取り合って進む探検隊のお話』です」
―—それは、ひとつのものがたりです。
リンディスは穏やかな声色で話し出す。魔法仕掛けの絵本は、表紙を見せるだけでも子供達の興味をひいた。
―—楽しいことは、たくさん笑いあって。喧嘩しても、「ごめんなさい」をして。
猫と戯れていた子供も、ぐっすりと寝息を立てていた子供も。皆がそれぞれに起き上がって、その絵本を見つめる。
―—自分たちそれぞれの『たからもの』を見つけるお話の、
―—―—はじまり、はじまり。
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―—とあるところに、三人のおとこのことおんなのこがいました。
三人はとっても仲良し。喧嘩だってたまにはするけれど、それでも仲直りをして、いつだっていっしょに笑い合っていました。
彼らは勇者様の物語に憧れて、探検隊を組みました。
やんちゃが好きだった子は、前で戦う剣士の役を。
「おれは皆を守るヒーローになるんだ!」
ひっぱられてばかりのひっこみ思案の子は、考えて助ける魔法使いを。
「わたしは、えっと……まほうをつかって、皆をたすけたいな」
やんちゃ好きの子をたしなめていた子は、回復役として。
「ぼくは皆を支えて、いろんなひとの笑顔がみたい」
でも、探検隊を組んだのはいいけれど、なやむことがありました。
「どうしたら勇者になれるんだろう?」
だれかから生まれた小さなふしぎ。
それはみるみるみんなのこころを擽って、膨らませて。頭をなやませてしまいました。
「悪い魔物をかっこよくやっつければいいんだよ!」
「そんなことよりとらわれた人を助ければ勇者さまだよ!」
……さてさて、何からはじめましょうか?
◇
「なにがいいかなぁ」
「んぅー、こまったひとをたすける?」
「とらわれのお姫様をたすけるとか?」
「クラリーチェおねえさんはどうおもう?」
「うーん……難しいですね」
◇
彼らの探検は、家の周りからはじまりました。
ちょっとした無茶をして怪我をしちゃったり、普段は見つけられなかった
無茶をするやんちゃっ子をたしなめて喧嘩になったりもしましたが、それでも探検隊はさがすのです。
「どうしてけがばっかりするの!」
「だ、だって、こまってるみたいだったから」
「……でも、いたいのは、だめだよ」
みつけて。
「あ、あそこにいたぞ!」
「うーん……木を登るのは、あぶないよね」
「梯子を借りてくるのは?」
「「それだ!!」」
怪我して。
「いたた……」
「大丈夫?」
「おれの背中にのっていいぞ!」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして!」
「じゃあぼくは消毒液を持ってくるね」
喧嘩して。
「な、なんでそんなことするの」
「おれたちにもそうだんしろよ!」
「でもぼくは、こうしたほうがはやいとおもって……」
「そんなの、そんなの、みんなでいっしょにじゃなくて、ひとりでもあぶなくても、つっこんじゃうってことでしょう」
「おれ、おまえといっしょにあそべなくなるのは、いやだ!!」
「……ぼくも。ごめんね」
仲直りして。
「それじゃあ、えっと。てつだってくれる?」
「うん、もちろん」
「おれたち三人にできないことはない!」
みつけて。
「すみません! あの、このお花って、どこにさいていますか?」
「おれたち、やくそー? ってのをさがしてて!」
「これがあれば、すりきずのなおりがはやくなるってきいたんです」
笑って。
「―—わあ!?」
「だいじょうぶ!?」
「いや、まて、あれは……」
「「うさぎ?」」
「……っふ、ふふふ」
「あはは!!」
「笑うなんてひどいや……っはは!」
そうして、ますます強くなった彼らの絆。
彼らが見つけた、彼らなりの答えは―—
◇
リンディスがナレーターをつとめ、魔法は少年少女の声を響かせ、揺らめく草木や足音、飛び出した兎や空の色を描き出す。
リンディスの絵本を中心に展開された物語とそのセカイ。
映画のようで、舞台のようで。でもそのどれもが違うように思えて。正しくそれは、絵本の範疇に収まっている。ただしその絵本には、とびきりの夢と魔法と冒険がつまっているのだけれど!
クラリーチェは見て、聞いていた。
子供たちのひそひそ声。はっと息を飲んだり、ちびっこ勇者たちを応援したり。
感受性の強い一部の子は、涙を浮かべたり自己投影をしていたりと、その物語に深く入り込んでいるようだった。
(……皆、楽しそう)
クラリーチェが膝の上に乗せていたパンジーはすっかり眠くなってしまったようで、ごろごろと喉をならしながら熟睡している。
さて、その結末は―—
◇
―—『身近な困っている人を助けよう!』
知っている子が。周りが。嬉しそうに、楽しそうに笑ってくれたら自分たちもとても楽しいのだと、気付くことが出来たから。
「ねえ、ねえ。わたしたちの勇者さまって、きっとこうじゃない?」
「うん、おれもそうおもう!」
「じゃあきっとぼくら、『勇者さま』になれたんじゃないかな」
小さな、えがおの宝物。
まだまだ小さなてのひらが掴めるものは少なくて、決して多いわけじゃあないけれど。
探検隊の旅はこれからも続くのでしょう―—三人で、笑いながら。
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ゆっくりと本を閉じれば、広がっていた魔法も少しずつ残滓を残して消えていく。
広がっていた街も、冒険も、あのこもそのこもたちまちに消えて、そこに残ったのは溢れんばかりの興奮とときめき。
―—ああ、あんな冒険がしてみたい!
ぱち、ぱち、ぱち。まばらだった拍手は次第に大きな渦となり、子供たちの歓声と笑顔とはしゃぐ声とで包まれる。
「すごい! おもしろいおはなしだったー!」
「きらきらしてて、とってもゆめみたい!」
「猫ちゃんたちもたのしんでたの! ね!」
「にゃーん」
はしゃぐ子供たちに囲まれたリンディス。少し慌てたものの、彼らにとってはリンディスも『語り部』であり物語に出てきたような勇者―—
「わ、わ、待ってくださいね……!」
ひとりひとりに目線を合わせ、薄く微笑んで。そんなリンディスの様子にくすくす笑いながら、クラリーチェはそんなリンディスを見守ったのだった。
おまけSS『アンコールは木漏れ日の下で』
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「好評でしたね」
「あそこまで盛り上がるとは……!」
苺がたっぷり乗ったフルーツタルトに、甘さ控えめのミルクティーを添えて。
クラリーチェとリンディスは教会外の庭で小さなお茶会をひとつ。
「クラリーチェさんさえよろしければ、また是非お呼びください」
「そんな、こちらからお願いしたいくらいなのですよ……?」
苺をぷすり、とフォークで刺して。
甘酸っぱい苺にカスタードの甘味とタルトのさくさく感が口のなかを満たす。
おすすめの本を気に入って貰えるのはとても嬉しいことなのだ、とリンディスは目を細めて。
「子供たちの笑顔を見れたのは、私としてもとても嬉しかったですし」
「ふふ、それなら何よりなのですが」
―—淑女二人のエンドロールは、甘いくちどけに乗せて。