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縁とは斯くも奇妙なるや

登場人物一覧

板谷 辰太郎(p3p010606)
“蠅”を拒み“蛆”であり続ける
板谷 辰太郎の関係者
→ イラスト

 善意とは時として、悪意と取られかねない事象へ発展することもある。
 神前藤麻はそれを知るまでは、本当に普通の少女だった。

 「こうした方がいい」「ああした方がいい」なんて忠告は真に受けず、ただひたすらに、自分の信じる道を進んだ少女。
 そうすることが最善なのだと、いつしか彼女は気づいたのだ。


 これは、異世界へ渡る前の日本で起こった過去。
 神前藤麻という少女の現在いまを形作った、数奇なる運命の物語。



●過去 [Alptraum]
 藤麻が変わってしまったきっかけは、なんてことはない、小学生の友人の家で放置されていた5つの人形の姿を見たその瞬間。

 彼女は小学5年生までは、普通の、周りよりほんの少し明るい少女だった。
 友人達とも仲良く遊んだり、楽しく子供らしい遊びで遊んだり、特筆するようなことのない普通の少女。
 あえて言うならば、ここ最近で家庭科の授業で裁縫を習ったことで、それを何処かで試してみたいと考えた程度の普通の少女。

 そして彼女の目の前に映されているのは、5体の人形。
 1つの人形は頭だけがもげて、4体ほどは片方の手足がぶらりと垂れ下がった……誰がどう見ても、ボロボロな人形達。

「ねえ、ねえ、■■ちゃん。このお人形たち、どうしたの? みんなボロボロだよ?」
「え? ええと、これは……」

 藤麻の語りかけに友人の少女は口ごもるが、藤麻は気にせずに少女に問いかけ続ける。
 ボロボロのままの人形達を飾っていることがとても不思議で、何故授業で裁縫を習ったばかりなのに直さないのだろうと。
 汚くなってしまった人形を飾るよりは、綺麗に修繕した人形を飾ってあげるほうが遥かに見栄えも良いだろう。――と、小学生の小さな頭脳はここまで導き出した。


 だから、彼女は善意でただ一言。

「■■ちゃんが直さないなら、わたしが直してあげる!」

 ――これが悪夢の始まりだということを、知ることはなく。


 友人の少女に対してしっかりと人形のためであることを言い聞かせて、藤麻はボロボロの人形を持ち帰る。
 蓋をしていない、崩れ落ちた断面。ホコリが入り混じって濁った綿がそれぞれの断面からぐずぐず、ボロボロと崩れてくる。しかし他の部位はまだまだ綿が無事なのか、ふわふわもこもことした手触りが残っていた。

 これなら簡単に修繕できるかもしれない、と藤麻は意気込んだ。

「ええと、まずは糸を通して……」

 人形の色と糸の色を合わせ、小さな裁縫針の穴に糸を通して玉結びをやるところまできっちりと授業で習った通り。縫い合わせるときにはマチ針を使って、縫い合わせる部分をきっちりと止めるところまでも授業でしっかりと習ったところだ。

 けれど、彼女は1つだけ。授業で習っていないことに、手を出した。
 なんてことはない、ただ1つの善意から生まれ落ちた閃き。

「よい……しょっ」

 小学生の手では少し大きな裁ちバサミを取り出して、ぶっつり、首のもげた人形から手足を切り落とす。
 切り落とされた断面からはまだ多少綺麗な綿がこんもりと溢れ、しかし、それを縫い直すことを藤麻はしない。
 それどころか藤麻は切り落とした腕を他の4体へ移植した。無くなった部位を手術するかのように、ある人形の右腕を、ある人形の左腕を、ある人形の右足を、ある人形の左足を、丁寧に丁寧に縫い止める。

 首のもげた人形には……何もすることはなく。
 ただただ、手足の無くなった人形達だけを修繕していた。

「……できた!」

 綺麗にできたと喜ぶ藤麻。彼女の喜びようと言ったら、それはもう言葉にするには難しいだろう。
 これならば友達も、きっと喜んでくれる。そう思っていた。


 翌日、繕い終わったの人形を持って学校へと向かった藤麻。
 それを返すと、友達はふと首を傾げていた。
 1つ足りない。それを告げると、藤麻は笑顔のままに答えた。

「首がもげた人形から手と足を繋いだの! すごいでしょ!」

 天真爛漫に、悪意のない笑顔が友達の目に映るのだが……そんな表情の藤麻に向けて、友達は感謝などしなかった。
 ただただ、藤麻を批難する言葉がたくさん、たくさん、友達の口から溢れ出る。
 おかげで教室内部はしんと静まり返った。友達の声が大きく、廊下にまで溢れてしまったのだろう。他のクラスからも生徒が様子を見に来ていた。

「どうして! どうして、こんな酷いことをしたの!? 何をやったかわかってるの!?」
「え、え……」

 藤麻は最初、どうしてこんな酷い言葉が返ってくるのかわからなかった。
 直したのは自分だ。感謝する言葉のほうが先なんじゃないか。せっかく直したのにそんな言い草はないんじゃないか。
 色々な思考と感想が藤麻を埋め尽くした。

 だが、友達は違う。藤麻が「直す」と言った人形達には、新しい手足が作られて戻ってくることを期待していたのだ。
 首のない人形に対してはどうするのだろうと考えていたようだが、まさか、こんな無惨な状態になるとは想像していなかった。

 友達が飾っていた人形達は祖母から贈られたプレゼントだったようで、5つはいつも大切に扱われていた。
 例え首がもげていようとも、手足がもげていようとも、祖母からプレゼントされた大事な物だからこそ、ずっと飾り続けていたかった。

 そんな大切なものが、悪意のない手によって壊されてしまった。
 それに対して友達はただ一言、藤麻に言った。

「アンタは魔女よ! こんな、こんなこと、普通じゃ考えられない!!」

 ――お前は、人形だからじゃすまされないことをやったんだ。
 そんな視線が友達から、そして周りにいたクラスメート達から、野次馬の生徒達から向けられる。
 まるで、崖の上から覗き込むような視線が藤麻に突き刺さって、そこから先は覚えていない。


 ただ、この日を境に藤麻と、そしてその友達の日常が激変したのだけは僅かに覚えている。
 友達は何かと悪いことが起きれば、魔女の仕業だと言って藤麻に罪をなすりつけることが増え、しばしば人形の話を持ち出して周囲に悪評を広めることが多くなった。

 もちろんその手の出来事には一切手を出していない藤麻。
 犯人は別にいるのだが、友達の声に押されてしまった周囲のクラスメート達は皆、一様に『神前が悪い』『魔女なんだからお前が悪い』とまくし立てられてしまい、傍から見れば明確ないじめとして成立するほどの集団的悪意が藤麻を包み込んでいた。

「…………っ」

 確かに件の人形については自分が悪かった。それは、担任からも色々と話をされてよくわかった。
 だからといってこんな仕打ちはあんまりなんじゃないか。……そう思うほどに、藤麻の精神が徐々に擦り切れてゆく。
 冥府の底へ、地獄の底へ、勝手に落とされるような感覚。自分で行きたいと願ったわけでもないのに、勝手にその場所へと追いやられた感覚が藤麻を襲う。

 だが、それだけ言われる謂われはないからと藤麻は何度も何度も反抗した。それは違うと大声を張り上げて、なんなら物理的に反抗することだってあった。
 暴力での反抗はそれはもう、怒りに任せたものだからどんなことが起きたかなんて覚えてない。ただ、自分は悪くないと言葉と身体で示していただけ。

 だというのに、事が終わったときにはいつも同じ光景が広がっていた。

「この度はうちの娘が――……」
「本当に申し訳ないことを――……」

 自分の親が相手方に向けて謝罪の言葉を伝え、深々と頭を下げている。
 娘が暴力を振るったことによって起きた損害を謝罪し、菓子折りを渡して相手の心象を良いものにしようとしている場面だ。

 この光景は事が起これば必ず起きる光景。自分が反抗的な態度を取れば、必ず親が出てきては謝罪の姿勢を見せていたのはよく覚えている。
 これが喧嘩両成敗なら、藤麻は納得したことだろう。

 だが、これは違う。
 これは、この出来事は全て周りの人間が悪い。
 だというのに藤麻の両親は娘の言葉に耳を傾けず、相手に謝罪する。

 そうして藤麻の目に映ったのは、卑しい相手方の表情。
 藤麻の両親が謝罪の言葉を渡す度に、菓子折りを持って深々と頭を下げる度に、自分が反抗した相手の表情は誇らしげになっているのだから。

「っ……」

 一方的に藤麻が悪いと決めつけて、優越感に浸っている相手方。
 痛めつけているのは藤麻という人物ではなく、『魔女』の存在だからという表情が浮かんでいるのが見えた。

 ――悪者を成敗したから、私の勝利。そう言いたげに。



●過去[Zorn]

 件の事件以降、長く、長く、いじめが続いていた。
 それでも藤麻は被害者でありながらも、負けたくないと大人たちに頼ることなく報復の形で加害者としても立ち続けた。

 親も先生も、謝罪をしろと強要する時は達者なもので、藤麻がいじめられているという事実から目を背けて全てを藤麻のせいだと押し付ける。
 このせいで藤麻は大人を信用できなくなったために、加害者の立場にも立ち続けることを決意した。

(大人は信用できない……。いつだって、大人は……早く終わらせようとしてくるから)

 小学生、中学生と明確にいじめの被害者となりながらも、藤麻は折れることはなく報復を続けた。
 そうすることで『神前藤麻』という人間を壊すことなく保ち続けられると、心の何処かで理解していたから。

(……でも、最近傷が増えてきた。もうそろそろ親にバレる気もするけど……)

 既に藤麻にはおびただしい数の傷が残されている。しかし表からは見えないようにあえて服の下に傷を残すことで表沙汰になることを避けていた。
 小学生から中学生に上がった低能な者達による、小賢しい考え。親が出てきては面倒だからと考えた者達は、静かに、しかし確実に藤麻の身体に傷を刻んだ。

 やはり目に見えるような事柄が起きなければ、大人たちは動きやしない。
 おかげで藤麻の大人に対する信用度は、緩やかに、確実に下落。地の底へ辿り着くほどに信用出来なくなっていた。


 そうして、第二の転機がやってくる。
 それは高校生となって、数ヶ月後の話。

 本来なら小学生の時に起こった人形の件なんて、地域がバラバラな高校ともなれば知らない人が多いからいじめは止まるだろうと思っていた。
 しかしそんなことはない。件の話を知っている人間が全てを話してしまっている故に、藤麻に対して気味が悪い、怖いと言った負の感情を持った人々が次々に現れては彼女をいじめていく。

『なんでこいつ虐められてるか知ってるか? 魔女ってあだ名だからだよ』
『あ、知ってる。○○小学校の時の話だよな?』
『なになに? 何があったの?』
『実はな、こいつ――……』

 好奇心による話はどんどん広がって、やがてはクラス中……否、高校中の人間全員が敵となる。
 同調圧力というものもあるのかもしれないが、それでも人形の話を聞いた人からはいい顔をされることはなかった。
 それに、今更新たな敵が増えたところで藤麻には関係ない。いじめを受けたのなら、きっちりとお返しする。それだけの高校生活になるのだから。

 しかし、そんな高校生活もある日突然終わりを迎えることとなった。
 数ヶ月後に控えた修学旅行で、その引き金は引かれる。

 バスの車内で揺れながらも、なるべく人と関わらないように外に目を向けて色々と思いふけっていた。

(連中、修学旅行なら先生の目もあるから、動きづらいだろうな……)
(ああでも、見えないところでやってるし、いつもと変わらないか……)
(それよりも集団で来た時はどうしようか考えておかないと。イベントの度にアイツら、調子乗って来るからな……)

 色々と考える中で、これまで受けた仕打ちのことを思い出す。入学式当初はほとんど少なかった集団も、数ヶ月も経てばすぐさま大きな集団へと成り変わって藤麻を囲む。
 数ある華やかな高校生活のイベントのうち、本来であれば楽しい思い出で包まれるはずの藤麻の脳裏に思い浮かぶのは、ヒートアップした暴行の数々。

(以前は吊し上げだとか言って、ロープ使われたっけ)
(その前は……氷水を連続で浴びせられたな)
(その前は……)

 いくつもの暴行が思い浮かぶ中で、流石に修学旅行中は先生の目も厳しくていじめては来ないだろうと予測を立てていた藤麻。
 本当にそうなるならよかったのだが、現実はそううまくは出来ていない。

 修学旅行の宿泊先である旅館にて、藤麻はまたしてもいじめられる。
 真っ暗な闇の中、整った庭の中心部で僅かな蝋燭の明かりを印に複数人から殴られ、蹴られと繰り返す。
 そこにいる誰一人、容赦はしない。だって魔女がそこにいるのだから、殴って蹴っては当たり前。

『ったく、なんでお前まで修学旅行に来てるんだよ』
『ふつー大人しく家で待ってねえ? こういうときって』
『マジで気分悪いわ。ってことで、魔女には罰を与えねぇとな』

 その直後、ばしゃり、と頭から背中にかけて何かが被せられる。
 ツンとした匂いが鼻の奥を通り抜けたかと思うと、藤麻は咄嗟にこれはまずいと判断して逃げようとしていた。

 だが、遅かった。
 次の瞬間、クラスメイトの誰かが持っていた蝋燭がその手を離れて、藤麻に被せられた液体――ライターオイル目掛けて落とされる。
 それからの動きは早かった。ライターオイルの道標を頼りに火は猛烈にほとばしり、藤麻の身体に被せられたオイルを燃料に次々に焼いていく。

「あああああぁぁぁぁっ!!」

 燃える。燃える。燃え盛る。
 ライターオイルの燃料を手に入れた火は炎となって、藤麻を大きく包み込む。
 からから、けたけたと周囲にいたクラスメート――と呼ぶのもおぞましい生き物たちが嘲笑う。

『ああ、魔女が燃えてる』
『やっぱり魔女は燃やされる運命にあるんだ』
『仕方ないよね。魔女なんだから』

 そんな声が、聞こえたような気もした。


 大きく燃える、人の姿。
 旅館の中に響き渡る、藤麻の悲痛な叫び声。
 それだけで何が起きたのか、旅館の人々も、そして先生達も一瞬にして理解が及んだ。

 【いじめによってこの事件は起きたのだ】と。

『救急車だ! 救急車を!!』
『全生徒を集めろ! 修学旅行は中止だ!!』

 やがて事は大きくなり、修学旅行の中止を告げられることとなる。
 隠し通すことができなくなったこの事件に対し、学校側は隠秘を使うことになったが……旅館に泊まっていた他の宿泊客によって暴かれ、程なくしていじめがあったと認めることとなった。
 認めるとは言っても、『いじめがあった』という事実だけを認めただけで、加害者や被害者の話は一切持ち出さず。ただただ、その一言のみで場を収めようとしていた。

 程なくして藤麻は高校を中退する運びになった。
 表沙汰となってしまったこの事件。ニュースなどでは一回の報道で終わったが、SNSではお祭り炎上と呼ばれるほどに大きく広がった。
 藤麻を擁護する声も上がっていたが、藤麻がそれを目にすることはなく。ただただ、藤麻の外でお祭り状態となっているだけ。

(何しよう。……何をしてもいいよね)

 藤麻本人は、ただただふらりと外に出ては適当な道を歩き、あてもなく彷徨う日々が始まっただけ。
 魔女だ、魔女だとうるさい連中もいない。護りきれない信用のならない大人もいない。
 ただただ自分一人、ふらふらと歩くだけの生活が始まっていった。



●過去[Listig]

 仕事もせずに、ふらふらと街を彷徨ってどのぐらいが経っただろうか。
 あれから親から何も言われることなく、自由気ままに暮らすだけの日々を過ごしていた。
 親はまあ、事なかれ主義だから口を出すことはないだろうと思っていたが、まさにその通りだった。何も言うことが出来ない……というのが正しいのかもしれないが、藤麻からすれば『どうせそうなる』と気にも留めなかった。

「今日は……どうしよう」

 長らく街の中を歩いていれば、何処に何があって、誰がいつも何処にいるかなんて勝手に詳しくなってしまう。
 おかげで街の人の活動時間にも詳しくなったため、人気の少ない場所へ足を運ぶなんて容易だ。

 ある時間帯に川沿いの道へ出向けば、毎日犬の散歩をしているおばさんに出会う。
 ある時間帯に公園へ出向けば、毎日ラジオ体操をしているおじいさんに出会う。
 ある時間帯にスーパー付近に出向けば、いつものおばちゃん達が輪を作って会話をしている。

 ある時間帯なら公園には人が一切おらず、日陰も多いため休憩としては最適。
 ある時間帯のスーパー付近はいつもうるさい人がいるので絶対に避けて通って。
 ある時間帯の川沿いの道は車通りは多いが人の通りは少なく、風も涼しいため散歩道で歩くのが楽しい。

 人の多い時間帯を避けつつも、藤麻は街の中をふらふらとうろついていく。
 あてもなく彷徨う1日なんて、もうとっくの昔に慣れたもんだ。

 けれど今日だけは、いつもと違っていた。
 普通に歩いているだけだというのに、イラつく出来事があったせいで。

「痛っ!?」
「っ……!」

 人目を避けるために人気のない路地を歩いていると、突如ぶつかって来たホームレスの男。数日は風呂に入っていないのか、その身体から溢れる悪臭がツンと鼻につく。
 それだけでも少々苛ついたのだが、ぶつかって来たのは自分のくせに被害者ぶって藤麻に色々と言ってくるものだから、余計に頭にきて叩きのめした。

 悪臭に対する怒り、被害者ぶってくる態度への怒り。たった今湧き上がったそれらに加え、これまでの怒りも渾然となった得も言われぬ感情が藤麻を支配し、ホームレスの男への一撃を重くする。
 男が痛い、痛いと嘆いても藤麻の手足は止まらない。怒りのままに、ただただホームレスの男を叩いて、叩いて、叩いて、叩いて叩いて叩いて――。


「おいおい、その辺にしといてくれよ」

 ふと、聞こえてきた男の声に藤麻は暴行を止めて顔を上げる。
 そこにいたのは、なんとも、すぐに記憶から忘れそうな顔の男。ここで通りかかったこと事態、覚えられていなさそうな……そんな印象を持った。

「この爺さん、俺の貯金箱なんでね。死なれちゃ困るんだよ」

 男は藤麻の肩を軽く叩いた後、ごろりと転がったホームレスの男の懐をゴソゴソと探って財布らしきものを取り出し、数枚の硬貨を手に握る。彼は罪悪感も何もなく、箱の中からモノを取り出すように硬貨を取り出していた。
 小さく舌打ちをする男。どうやら枚数が予想以上に少なかったようで、一瞬だけ眉根を寄せる表情が見えていた。

 そんな様子に呆気にとられた藤麻だったが、もしかして自分も取られるんじゃないかと警戒色を強めつつ、男に探りを入れていた。

「私のも取るつもり、ですか?」
「ん? あーいやいや、取らない取らない。多分この爺さんより手持ち少ないでしょ?」
「むっ……」

 そこまで言うか、と一瞬怒りが湧いてきた藤麻。
 しかし男の様相を見るに自分では敵う相手ではないと判断したため、言葉のナイフで刺すことだけを考えて拳は収めておいた。

「っていうか、君は学生? なんでこんなところに」
「あー……色々、あって」
「ふーん?」

 じろじろと藤麻の頭から足先まで見てくる男の視線は、正直逃げたい気持ちもあった。だがどこか、何かが『違う』と判断した藤麻は更に男に話を聞く。

 男の名前は板谷 辰太郎。このあたりの地区のホームレス達から金を取るホームレス狩りを行っており、ホームレスから巻き上げた金を適当に使い果たしてはホームレス達の財布から金を取るという藤麻から見ても正真正銘のクズ。
 ただ、何故だか藤麻はこの男が憎めなかった。やっていることは確かにクズでろくでもないのだが、口調や雰囲気が勝手にその印象を捻じ曲げてしまっているのか、少なくとも敵ではないと藤麻は判断した。

「今は……こんな時間か。どうだ、暇ならそこらへんうろつきながら身の上話でもしないか?」
「暇……まあ、確かに暇ですけど」
「決まりだな」

 辰太郎はニヤリと笑うと、藤麻を連れて人気のない路地から少し広めの大通りへと出る。まだ若い藤麻が路地にいる場合、警察等に見つかったときが面倒だからだ。

 その合間にも、藤麻は自分の過去をつらつらと話していた。
 魔女と呼ばれることになった経緯、それに連なったいじめ、そしてその延長線上で起きた燃焼事件。それらの出来事を包み隠すことなく、全て話した。

「そうか……」
「……私の行いに否定しないんですか?」
「ん? いやいや、正当な理由あって反撃してるなら、否定する理由にはならないよ。むしろよく行動に移せたなって思ってるぐらい」

 ――そんな言葉が返ってくるとは思わなかった、とは藤麻の言葉。
 今まで全ての大人たちに自分の行いを否定されていた彼女にとって、辰太郎の言葉はまさに青天の霹靂。あまりにも予想外だったものだから、藤麻は反応の言葉を返せずにいた。

 更に辰太郎は藤麻の行為を正当にするだけでなく、いじめていたクラスメート、そして藤麻の親に対しても辛辣な言葉を口にする。
 いじめを行う理由が魔女だからというのが実にくだらない。負けたら親に縋り付くのもみっともないなどなど、藤麻の行いを正当化するための言葉を口にして。
 親たちのそれはもう事なかれ主義という言葉で済ませるようなことではない。現実を放棄することで弱者である娘を切り捨てた、最悪最低の人間だと。

「ま、俺みたいなのの言うことを真に受けちゃダメだよ? あんな場所で金稼ぎしてるようなヤツの言葉は、水のように流すに限る」

 へらへらと笑う辰太郎に対し、藤麻の表情は真剣なものだった。
 何せ今までが今までだったもので、藤麻の心の中には『これまでの周囲の大人たちよりはマシ』という考えまで芽生え始めたのだから。


 そうしていつしか、辰太郎と藤麻は度々街の中で顔を合わせては何気ない会話を始めて暇を潰すようになっていった。
 ある日には愚痴を言い合ったり、ある日には辰太郎が確保できた金で適当な昼食でも取りに行ったり、ある日には藤麻の喧嘩の腕がどのぐらいかとちょっと争ってみたり。

 ホームレス狩りをして小金を稼ぐ辰太郎と、大人を信用できなかった藤麻にとっては予想外の小さな縁。何処かで途切れるだろうとお互い思っていたようだが、いつしかその縁は太く長く繋がっていくということを、出会った当初の2人は知る由もなかった。



●現在[Shicksal]

 そうして藤麻はある組織の手により、住んでいた日本とはまた別の世界へと召喚されることとなった。
 その時にも同じように辰太郎に出会っており、奇妙な縁だと笑ったりしていた。

 後に組織からは叛意を抱いて離反。何度も何度も妨害を受けながらも、別の世界を幾度となく渡り歩いて……そうして現在は無辜なる混沌の世界へと足を落ち着けていた。

「無様ですねぇ……」

 ギルドであるローレットには所属せず、淡々と、粛々に個人的な活動を繰り返している日々。
 時には失敗をしてしまうこともあったが、その度に自嘲するように小さく呟いたりもした。

 そんな日々もそろそろ飽きが来そうな気がしていたのだが、縁とは斯くも奇妙なもの。心の中ではもしかしてとは思っていたのが、現実となっていた。

「おっとぉ……」
「また会いましたね?」

 どうしてこうも、一緒に異世界召喚を繰り返されるのかと驚きの表情を見せる辰太郎。
 表情を変えることなく、こういうこともあるさ程度の考えのもと、淡々とした様子の藤麻。
 あんな偶然な出会いをした2人が2度も同じ世界に呼ばれるのは、もはや運命と言っても過言ではないだろう。



 あの日、友達に人形について聞くことがなかったら?
 いじめを受けている間、反抗をすることなく受け入れていたら?
 もしも、家でずっと閉じこもる生活をしていたら?
 適当に選んだあの道を通ることがなかったら?
 ホームレスにキレて殴ることがなかったら?

 どれもが藤麻の選んだ道だ。その瞬間に選んだ、自分だけが通れる道だと信じて進んだ道。
 もしもどれかを踏み外していたら、こんな奇妙な縁を繋ぐことはなかっただろう。

 彼女の歩く道は今もなお、何処かで彼と出会う道が繋がっているのかもしれない。
 そう思うと、やっぱり縁とは変なものだと考える藤麻だった。

おまけSS『舐められやすい。誰からも。』

 これは、ホームレスの男に殴りかかって止められた後の話。
 藤麻と辰太郎が適当にぶらついているところで、足を休めようと公園のベンチに座ろうとした時の話だ。

「あそこのベンチでいいよね?」
「はあ、まあ……」

 適当に選んだベンチに座って休む辰太郎。彼が大きく息を吐いて足を組んで一息ついたその瞬間、藤麻の目にてくてくと野良犬が歩いてくるのが映る。
 ああ、あの犬には首輪が付いてるからどこかから逃げ出してきたのかな、と考えたのも束の間の出来事。
 なんとその犬は休んでいる辰太郎の地についた足に向かって、ちろちろちろと小便を放った。

「おっわ!? ちょっ、何と間違ってんだ!?」
「わんっ!」
「わん! じゃない!!」

 なんとも言えないタイミングの出来事に、藤麻は呆然としていたが……。
 今思えばこの頃からこういう部分があったな、と思い出(仮)を語ることがあるとか、ないとか。

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