PandoraPartyProject

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いまと、むかしと。

登場人物一覧

ナーガ(p3p000225)
『アイ』する決別
ナーガの関係者
→ イラスト

●その昔。
 『世界』というものは、酷く狭かった。
 いつも薄暗く。風通しの悪いそこは常にじめじめとしていて。長く居たら体に毒であろう閉鎖空間──誰しもが”牢屋”と称するであろうそこ──に、その子どもはずっと居た。居た、というよりは囚われていたと言うべきかもしれない。
 その子どもが名前で呼ばれることはなく、恐らく名など存在せず。親が誰であるかなどわからないどころか、子どもの知らない場所で死んでしまっていたかもしれない。その子どもにとって物心ついた頃には1人だったし、子どもにとって世界というものは牢屋の中だけであった。
 ごくたまに、食べ物を持ってくる者がいた。子どもを殺さず、けれど餓死しそうになる直前までは来ない程度に、だが。
 その者は子どもへ視線を向けず合わせようともせず、いつも決まった場所にそれを置いて行くと逃げるように去って行く。子どもの世界と外界を阻む柱の間から必死に手を伸ばして、ようやく指先に触れた食べ物を牢屋の中へ引きよせて。粗末な食事を貪ると、幾らか空腹がマシになったような気がした。子どもは牢屋の端っこに縮こまって、そっと目を閉じる。
 牢屋の薄暗闇よりももっと真っ黒な闇の中──夢も見ぬ、眠りの淵へ。

 ひそひそ、と。もはや村で知る者はいないというのに、誰かに聞かれることを恐れるような声量で大人たちが言葉を交わす。
「あの蛇子はどうする」
「不気味なんだよ、俺はもうメシをやりに行きたくねぇ」
「誰だって一緒だろう。だが殺す訳にもいかん」
「いいやもう殺してしまうべきだ」
 ひどく閉鎖的なその村は、”蛇子”と呼ぶ子どものことをとても恐れていた。人から生まれたはずなのに、何かの呪いでも受けたのか──蛇にも似た顔つきをしている所。そしてあの子どもを人と呼ぶには少々体が頑丈で、中々殺すのは難しい。
「やめてくれ、こっちが何か被害を被るかもしれないだろう」
 怯えたように年かさの男が首を振った。男の言葉に周りの人間も俯き、或いは恐れる表情を浮かべる。
 誰1人として知らないのだ。何故あの子どもは呪われているのか。いいや、実際に呪われているのはこの村自体ではないのか──それらは既に何度も繰り返された問いかけで、同じだけ答えが出ずに終わってしまったもの。今回も然り、だ。
「この話は終わりだ。蛇子は生かさず殺さず、あの洞窟で飼っておけばいい」
 さあ、仕事に戻るんだ──村長格の男が手を打って、彼らの集会は終わりを告げた。

 蛇子、と称される子どもは徐に目を開ける。眠りというには短い時間。けれど一休みというにはやや長めな時間。最も、光など差しこまない牢屋の中において時間の感覚などないに等しいものであったが。
「蛇子が起きたぞ」
「やっとか」
 そんな甲高い声がして、子どもはそちらを見た。金属の柱を隔てて反対側だ。そこに少年達が複数人、子どもの様子を浮かべている。
 彼らは子どもと目が合うや否や、自らの前へ腕をかざして。
「うわっ蛇子に見られた!」
「呪いが移るぞ!」
 ”のろい”とやらのことはわからなかったが、そんなものは渡していない。一体どのように渡すのかなどと考えている間に、少年達が盗んできたらしい牢屋の鍵で錠を開けた。子どもが状況を飲みこめない間にも彼らは子どもを取り囲み──1人が子どもの肩を蹴りつける。ごろんと転がった子どもを、少年達の蹴りや踏みにじりが襲った。
(いたい)
 いたい、いたい。蹴られるのも踏まれるのもいたい。殴られるのもいたい。どうしてこんなことになっているのだろう。
(アイなのかな)
 皆が自分をアイしてくれるから、このようなことをするのだろうか。これがアイなのだろうか。

 ──きっと、アイなんだ。

 これまでも繰り返されるその行為に。その行為しか繰り返されないことに。子どもはこの行為が”アイ”なのだと理解した。自分はアイされているのだ。アイされているから、こうされている。
 気が付けば寄ってたかっていた少年達はもうおらず。そこには男が1人、忌々し気な表情で子どもを見下ろしていた。少年たちはどうやら逃げたようである。
「蛇子め、ガキどもに近づくんじゃねえ!」
 少年達よりも力のある蹴りに、子どもはごろごろと床を転がった。牢屋の壁に体を打ち付け、そこでようやく止まる。薄目を開けると、男は牢屋から出るところだった。「……あのガキども!」と舌打ちすると、駆け足で何処かへ向かって行く──牢屋の扉を、開けたまま。
 そして幾らか経って──時間もわからぬ中、気絶でもしていたのかもしれないが──再び目を開けた子どもの前には、痩身な人間が立っていた。
「哀れな子ですね」
 ペストマスク越しに発せられる声は、どこか楽し気で。先生と名乗ったその声は続いて、子どもへ望みを問うた。
「……のぞみ」
「ええ。願い、でも構いませんよ。 したいことはありませんか?」
 この限られた世界で、したいことなど限られている。ほら、つい先ほどだってしてもらったじゃないか。
 子どもの告げた願いに、ペストマスクの中から笑い声が聞こえたような──そんな気が、した。

 同日。1つの村がなくなった。村人は1人残らず無惨に殺され、生き延びたものはいない。
 そして村はずれにある洞窟では、罪人を閉じ込める牢屋の柱がぐにゃりと曲げられ、中には誰もいなかったという。


●そして、今。
 その子どもは今──イレギュラーズとして、混沌に降り立っていた。
「ナーちゃんきたよー!」
 店の扉をナーガ(p3p000225)が開ける。子どものような無邪気な声音に、けれどもその姿は非常にアンバランスと言うべきだろう。
 筋骨隆々な体。蛇のような顔。大事なモノであるシャベルを担いだナーガは室内に入ってきょろきょろと辺りを見回した。
 いくつものテーブルと椅子が置かれた、広い部屋。さらに奥へも部屋が続いているが、そちらは『料理人の聖地』だか何とかで、料理人でない者は踏み入れてはならない場所らしい。
「もうすぐできるアルよ! 少し待つとよろし!」
 奥から聞こえて来た声は少女のもの。ナーガは「はーい!」と良い返事をして手頃な椅子へ座る。キィ、とほんの少し椅子が軋んだ音を立てた。
「あれ?」
 不意にナーガは明日の足元へ目を向けた。誰かの荷物が残っているのである。忘れて出てしまったのかもしれない。
「お待たせアルよ〜」
 その時奥から出て来たのは、チャイナ服を身にまとった少女。にっこりと満面の笑みを浮かべた仮面をつけた彼女は、ナーガと同じ世界から来た者──旅人(ウォーカー)としては先に召喚された──その名をEaterと言う。
 彼女が両手に持つ皿はどちらも湯気が上がっていて、出来立ての美味しい香りがナーガの鼻孔をくすぐる。はしゃいだようにナーガは足をばたつかせるが、……その姿は、側から見れば凶悪な笑みを浮かべてドシドシと足踏みしているようにも見えるだろう。
 そんなナーガの席着くテーブルへ、Eaterは次々と皿を並べていって。テーブルの上が皿で埋まると、真向かいに座って2人は食べ始める。
「ナーガは今もアイすることを続けてるアルか?」
「ん! おひおほへふふけへう!」
 ガツガツと口いっぱいに肉を詰め込み、そのまま返事をするナーガ。もう1度、というEaterの言葉にごっくんと口の中のものを飲み込んで。
「おしごとでつづけてる!」
 嬉しそうに──他のものが見たら顔を引きつらせそうだが笑みを浮かべたナーガは、Eaterの近況を問うた。
「ワタシはこのお店でもてなしてるでアルよ! 隙のあるお客様も多いでアル」
「……あ! それじゃあ、このにもつのひとはたべられちゃったんだ!」
 謎解きで解を見つけた時のような、はしゃいだ声にEaterは頷いた。今でこそナーガと会食のために店を貸切としているが、ほんの数時間前までは通常営業だ。Eaterの作る料理は一般的にも評判で、席だってそこそこ埋まるし赤字にもなっていない。客の中には当然、ぼうっとしていたり眠そうだったり疲れていたり──隙のあるお客様がいる。そんなお客様はぱくり、と。仮面の下に隠した本当の顔で食べてしまうのだ。
「美味しい素材であったでアル」
 ぽん、とお腹を軽く叩くEater。此度はどのような調理法であったのか定かではないが──きっとまだ試していない、人間という素材と調理法の組み合わせはあるに違いない。
 そういえば、とEaterはナーガへ向かって首を傾げる。
「せんせーがこちらに来てること、知ってるでアルか?」
「えっ!!!」
 ガタン、と立ち上がるナーガ。その勢いに皿が、カラトリーが、そして中央に置かれた大皿までもが跳ねる。
「しらなかった! せんせーきてるの? もうあったの?」
「会ったでアルよ。また何か成そうとしているみたいアル」
「そうなんだ! なにかを……ナソウとする? っていうのはよくわかんないけど、なにかするならナーちゃんもおてつだいする!」
 はいっ、とナーガが大きく手をあげる。Eaterはうんうんと頷くと、ナーガに座るよう促した。
「食事は落ち着いてするものでアルよ。食べ終わるまでは着席アル!」
「はーい!」
 見れば、あんなにあったはずの料理もあと少し。ほとんどナーガが食らったのだが、その残りすらもナーガはペロリと食べきった。
「おいしかった! ごちそうさまー!」
 満足そうなナーガをEaterが見つめ、──不意に「やっぱり美味しそうでアル」と呟く。きょとんと真向かいを見つめたナーガは、満面の笑みを浮かべて。
「アイしてくれるの? ナーちゃんもアイしたいって思ってた! またアイせるなんて嬉しいな!」
 また。その言葉通り、ナーガはすでにEaterをアイ(殺)している。そのおかげでEaterはこの世界に召喚されたわけであるが──互いの感情は純粋な願いで、仕方ないとも言えるもの。
 そう、だから今回も仕方ないのだ。
 ナーガが立ち上がると同時、Eaterが仮面を外す。その下から現れたのはずるりと蠢く触手の群れだ。
 『全ての存在を食ってしまえるような顔が欲しい』と願った彼女は、その地味だった顔立ちを先生によって変えられた。暴食の権化となったEaterにとって、ナーガは極上の素材にしか見えない。そう、衝動に任せて喰らおうとしてしまうくらいには。
 ナーガの凶悪な拳を、Eaterは俊敏な動きで避ける。近くのテーブルを蹴って、その勢いで肉薄したEaterはイソギンチャクのような触手をナーガへ伸ばした。
「つかまらないよー! えいっ!」
 搔い潜ったナーガが掌底をEaterへ食らわせ、その体が吹っ飛ぶ。いくつものテーブルや椅子を巻き添えにして、けれどEaterはすぐさま起き上がった。
「捕まってもらうでアルよ! ワタシに喰われるでアル!」
「くわれたらアイせないよ! ナーちゃんはもっともっとアイしたい!」

 それはどちらも純粋な願い。アイしたいし、喰らいたい。時として衝動的に行動を起こしてしまうとこともある。
 だから──そう、こうなるのも仕方ないことなのだ。

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