PandoraPartyProject

SS詳細

God bless you.-The die is cast

登場人物一覧

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

 ――おばさま、約束しましょ? 約束って言うのはこうやるの。指切りげーんまん……

 貴女の眸はふたついろ。
 片方はヴァークライトの赤い色。もう片方は、あの笑顔の眩い彼女の色彩。
 その身に分れた血潮は、私にとっては途方もなき時を進むことを選んだ。幼い頃から見ていた彼女の成長は着実に、時を止める。
 背が伸びたことを喜んだ兄の笑顔も、成長を見ることなく命を落とした義姉の期待も。
 其れ等全てを継ぐように傍で見ていたいと願った彼女の成長は、私の心臓が動いている間に緩やかになって征く。
 老い耄れになった私の傍で、変わらぬ少女の姿の儘で佇むのだろう。
 人間種の多いこの国で、入らぬ苦労をするかも知れないと、何れは置いて行かねばならぬ彼女の事ばかりが不安に残る。
 特異運命座標となって一人で走り出した彼女ならば大丈夫だと、頭では分って居ながらも。
 あの日の幼い貴女ばかりが私の頭の中に過るのです。
 スティア。どうか、貴女の成長を今ばかりは傍で見させていて。
 そして、何時か、貴女が家を継ぐ時が来たならば。私は喜んでこの立場を差し出しましょう。
 叔母として、出来るのは貴女が継ぐべきこの家を護る事だけ。
 ……貴女の眸はふたついろ。その美しい色彩が曇ってはしまわぬように。私は。


 聖教国ネメシス。そのヴァークライト領の統治を任されているエミリア・ヴァークライトは折角の休日だからと久方振りに帰省した姪と向き合っていた。
 本来ならばヴァークライトの家督を継ぐ当主の長子の立場にあるスティア・エイル・ヴァークライトは今は特異運命座標の身だ。
 それでも、彼女が留守にしている期間が長くなっているためにエミリアはスティアの代りに当主代行の立場に就いてヴァークライトを収めていた。
 長らくの間、過去の記憶を喪失していた彼女はこの国を襲った動乱――強欲なる魔種による凶行は国を大いに揺らがせ、独立都市を名乗るアドラステイアを作り出すなど国の在り方を大いに変化させてしまった――の折にエミリアの兄であるアシュレイとその妻エイルと相対するに至ったそうだ。そして、家出少女扱いであった彼女は記憶を取り戻しヴァークライトの門を時折叩いてくれるようにもなった。
 そうは言えど、多忙である事には変わりない。ヴァークライトを継ぐために聖職者を志した彼女は、昔に増して忙しない日々を過ごしているのだ。
 彼女に足りていないのは貴族令嬢としてのマナーや教育だった。それもそのはず。記憶を失っている間は普通の少女として過ごし、やっとヴァークライトへと戻っては来たがその頃の振る舞いは抜けることはない。特異運命座標であるならばそうした教育に骨身を砕く暇もないのである。
「わあ、この紅茶美味しい!」
 貴族令嬢らしからぬフランクな話し方も最初の頃は注意を促したが、今はそれ程厳しく躾けなくても良いかとエミリアは感じていた。元より、彼女の母であったエイルなどは単身覇竜領域に乗り込もうとして其方の観測所の面々に食い止められた実績まであるのだ。……その結果、ラサで砂蜥蜴を捕まえて「私もドラゴンに乗りたかった」とぼやいた上に、屋敷の門とにまで砂蜥蜴を引き摺って帰り、エミリアとアシュレイの頭を抱えさせた事もある。
(……あの時は彼女が貴族の家に馴染むとは思って居ませんでしたし……スティアも彼女の血を引いているならば其れで何となく貴族として過ごせるかもしれませんね)
 エミリアは義姉エイルを甚く気に入っていた為に、彼女に良く似ているスティアを可愛がっている節がある。ついつい、姪に甘く接してしまうが其れは仕方が無い事なのだ。そう、姪が帰宅する連絡を受けて直ぐに気に入りそうな茶菓子を何種類も取り寄せたことだって仕方が無い事なのである。
「気に入りましたか? 聖都で新しく販売したそうです。今日の茶菓子も其方のものを取り寄せました」
「わあ。お花が飾ってあるマフィンなんだね。可愛い! こっちのクッキーは甘さ控えめで食べやすいね」
「花も食用だそうですよ」
「へえ……これ、美味しいし、私にも作れるかなあ? レシピとか調べればなんとか出来そうな気がするかも!
 あ、作ったら叔母様の執務室にも持って行っても良い? イルちゃんにも差し入れしたいし、騎士団にお邪魔するねっ」
 勿論とエミリアが返してやればスティアは嬉しそうに微笑んでから「期待していてね」と胸を張る。
 こうして溌剌とした笑顔で語りかけてくれるようになったのも彼女が特異運命座標になったからなのだろうか。
 もしも、彼女がその道を辿ることがなかったならば。聖職者か騎士か、未来を志しながらも此程明るい笑顔を向けてくれる事は無かったかもしれない。父アシュレイが起した『不正義』は今の天義では人道的にと情状酌量の余地を認められるかも知れないが、嘗ては一家を取り潰す可能性さえあったのだ。命辛々に祖父と共に方針を決定し守ったスティアがその現場を覚えて居たまま育ったとすれば、微笑むことも走り回ることもなく自らの心を閉ざして仕舞っていた可能性さえある。
「……スティアは何時でも元気ですね」
「へ? いきなりどうしたの?」
 特異運命座標という立場は命が賭ける。勿論、通常の人間よりも可能性パンドラが存在することで死を遠ざける事が出来ようとも、だ。
 それが故に前線に駆り出される事の多い姪は気付いた時には傷だらけになって帰還して「怪我しちゃった」と困ったように笑うのだ。エミリアにとっては姪のそうした姿が心配で堪らないのだ。だが、そうならなかった彼女の会ったかも知れない未来を考える度に――この姿を許容しておかねばならないと感じることもある。
「いえ……良く傷だらけになっている場面も見ますが……あまり怪我を増やしてはなりませんよ。傷が消えなかったらどうするのですか。
 ……貴女も貴族令嬢ですから、何れは何方かと婚姻を結ばねばなりません。あまり、傷を増やすことは褒められたことではありませんよ」
「それは叔母様もでしょう? 聖騎士は立派なお仕事だけど、叔母様だって傷だらけになったらダメだよ。
 それにね、私が居るから叔母様は結婚しないんだなーって思ってるけど、叔母様だっていい人がいたら――」
 あ、とスティアは思い出したようにエミリアを見遣った。時折、エミリアの元に届けられる花束と『D』の署名が入ったカードが脳裏に過る。
 花束を見る度に苦々しげに唇を噛んでカードを眺めては俯くエミリアの姿がスティアの中では友人イル・フロッタに重なったのだ。スティアが天義の動乱で得た友人は天真爛漫な少女だ。騎士見習いとして日々を邁進する彼女は先輩として慕うリンツァトルテ・コンフィズリーに恋をしている。それが恋心であるか憧憬であるか気付く一助を行った恋愛マスタースティアは叔母の恋愛事情にも首を突っ込もうとし――
「あのカードと花束の人は? 叔母様にいっつもプレゼントをしてくれるし!」
「あれは違います。何時も送ってきますが関係はありません。」
 ――失敗した。
 何だ、と唇を尖らせるスティアにエミリアは内心冷や汗を掻きながらそれ以上は追求してくれるなよ、と願っていた。それもその筈、『兄が不正義を起さなければ』婚儀を結んでいた相手を未練がましく心の端を寄せているなど叔母として姪に知られたくはないからだ。
「……それより、未来の話をしませんか?」
「未来? 叔母様の結婚とかっ?」
「それはもう良いのです。それはもうそっとしておいてください。
 いえ……少しだけ、時折思うのですよ。
 貴女が『大人になる』だけならば私は傍に居る事が出来るでしょう。ですが、『貴女がもっと成長する』頃には私は傍に居る事が出来ない。
 貴女が仲良くしているロウライトの令嬢も、イルも……貴女を一人にしてしまう。勿論、イレギュラーズの仲間には同じ種族は居るでしょうが……」
 天義貴族は人間種が多い。天義の貴族として家門を継ぎ、過ごしていく中で同輩であった者達は寿命の違いでスティアを置き去りにするだろう。
 エミリアが心配しているのはスティアが一人になる前に、彼女には自身以外の家族を作って欲しいという意味合いであった。叔母として、母や父の代りを全うできている自信は無い。それでも、叔母様と慕ってくれるスティアを傍で見てやれる存在が減ってゆく事がエミリアには耐えられなかった。
「……そうだね。私は幻想種長命で、叔母様やサクラちゃんは短命だから。
 何れは私が一人になるかも知れない。けれど、それでも良いんだよ。お母様も、同じように思った筈なんだ」
 淡い願いだった。父は何時か死してしまう。勿論、母は長命であれどスティアを置いていく可能性だってあった。故に、花畑を残してくれたのだ。
 あの美しい花畑は大切に仕舞い込んだ宝物だ。其れと同じように、沢山の宝物を胸に抱くことが出来たならばスティアは嘆くこともなく前を向ける。
「何時か、終わると知ってるんだよ。どんなことだって。命もそうだし、私がこうやって戦う日々だって。
 苦しいことだって沢山在るよ。私にはどうしようもないこともあると思うけれど、だからって、それから目を背けたくないんだ」
 沢山の人と出会って、沢山の人と別れて。そうやって進んで来た自分の人生旅路が悪いものではなかったと思いたい。
 スティアにとって叔母や友人達との出会いは幸せだ。ふわふわと風に流されるように生きている事は出来ないから。スティアはしっかりと前を見据えていた。
 叔母が何時だって心配してくれるのは、唯一の家族だからというだけではないのだろう。
 優しい人だから。両親の面影をスティアに重ねているのは確かなのだ。まるで我が子のように慈しんでくれた優しい人にスティアは恩返しがしたかった。
 その為には、独り立ちしなくてはならない。何れ訪れる終わりまでに。
「大丈夫だよ。長い旅にはなるだろうけど、叔母様が『スティアなら大丈夫』だって笑ってくれるように絶対にするから」
 胸を張ったスティアにエミリアはくすりと笑った。気付いた頃には幼い少女であったのに此程強く成長しているのか。
 ああ、外見こそ余り変化がなく。まだ幼いままだと感じていたのはエミリアの方だったのかとぴんと背筋を伸ばしたスティアに向き直る。
「それは……何時になるでしょうね。貴女はのんびりとしていますから」
「ががーん……」
「……でも、そうですね。貴女が大丈夫になれば私も……色々と先を見据えなくてはなりませんね」
 それは、スティアが言う『元』婚約者のことだけではない。何れは、叔母が居ることが当主となる彼女の障害になり得る可能性も鑑みて、だ。
「それって叔母様が結婚するかもってこと!? もし、そうなったら私……一杯準備するからね!」
「いえ、それは違います。私の結婚は今の所は有り得もしない話ですよ」
「えっ、違うの……? あのカードの人、叔母様のこと好きだと思うのに……。
 でもね、遠慮しないで! 私、叔母様の為にブーケを作るよ。それから、お料理もすぺしゃるに頑張っちゃわないとね」
「お料理はシェフにお任せしてください。
 いえ、違うのですよ。
 ……貴女が願う旅立ちがどの様になろうとも、今の貴女は特異運命座標で聖職者。日々を忙しなく過ごし、充実を覚えることでしょう。
 ヴァークライトの当主となった暁に、叔母の私が居る事が障害となるならば……隠居も考えなくてはならないと思ったのですよ」
 スティアはぱちりと瞬いてから可笑しくなって笑った。
 責任感ばかりが強くて、自分のことは蔑ろにする叔母だから。屹度、当主代行をしてきた自分が一緒に居てはスティアが当主として領地を治める事に支障が出ると考えたのだろう。
 そんなことはないのに、と呟いてからスティアは「叔母様が嫁いだら問題ないのになあ」と揶揄った。驚いたように目を剥いたエミリアのその表情を見られただけでも今は儲けものだろうか。

 ――何時か、終わりが来ることはとっくの昔に知っていた。
 母も、父も、沢山の出会いと別れを繰り返してスティア・エイル・ヴァークライトは此処までやってきた。
 両手一杯に抱えて花束から一輪、一輪、手渡しながら。歩んだ道は平坦ではなかったけれど。
 それでも舞い散る花のように風に吹かれては生きていけないから。今は、笑っていたいとそう思った。

  • God bless you.-The die is cast完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2022年05月22日
  • ・スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034

PAGETOPPAGEBOTTOM