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或る患者の診療に於ける備忘録、第三項
登場人物一覧
名前:『カルテ参照、このメモに於いては秘匿』
一人称:『「私」』
二人称:『「貴方」「~様」等』
口調:『「です、ます、でしょうか?」。この話し方は他者との隔たりを持つための硬質的な感覚を覚えた。』
特徴:
『診療箇所は植物型の魔物に侵食後、それ諸共焼失したとされる左腕。
驚くべきことは、この焼失したと言う上肢の断面は縫合処理がされたかのように皮膚が形成されており、またこれによる皮膚の引きつけや内部の炎症等の症状が見受けられないと言うことだ。
だが、これは――――――(以降の字は黒字で塗りつぶされている)』
設定:
――――――某日、幻想内の診療所にて、とある患者のカルテに張り付けられたメモ書き。
『5/21。患者の容態を記録しておく。
診療する傷は左肢。とは言え、当院に来た時点で「傷」とされる部分はほぼ存在せず、焼失した左腕自体による外科的治療はその必要性を感じ得ない。
とは言え、検査の必要性となれば別である。これは患者自身の申告からも受け取られた所見だ。
四肢を失った人間には、比較的高い確率で幻肢痛と言う症状に悩まされる。
これは失った筈の手足の感覚を、その後に於いても感じ続けると言う症状だ。また、発症者の中では稀に強い痛みを感じる者も居ると言う。
今回の患者は、その少ない症例を生じた一人であった。昨今ではこうした症状は心因性のものではなく、喪失した四肢の内部に炎症が存在することでの神経刺激から痛みを覚えると言うケースが主であると言う報告を得ている。
本患者にもそれに合わせ、魔術、練達化学双方の観点で患部のスキャニングを行ったが――検査の結果、内部にそう言った以上は見受けられなかった。
つまり、この患者が現在も覚える痛みは、「喪失した時点の記憶」と痛みがリンクしていることによる一種のフラッシュバックであると考えられる。
痛みを覚えた時に抱いた思いや感情、それを患者自身が何らかの形で昇華しえない限り、この痛みは続くと言うことだ。
直接的な治療方法を持たないこの症状に対して、一応鎮痛剤の処方も進めたが、患者は一先ずこれを拒否した。
……私見であることを事前に伝えた上で、患者に上記の説明をした際、彼女はそれをただ黙って受け入れたように見えた。
――「私がこのようになったあとも、あの人を守り切ることが出来たら、この痛みも消えるのでしょうね」
誰ともなく、そのような言葉を呟きながら。』
おまけSS
――メモ書き2枚目。
『こちらは完全に私の素人考えに過ぎない。その為患者への説明も現在は控えている。
本患者に寄生した植物は、自身の種子を対象に発芽させ、其処から伸ばした蔓草を対象に絡みつかせると言う特性を持っていたという。
これを聞いて私が思い至ったのは、ヒルガオ科の寄生植物だ。
寄生植物はその傾向を宿主の栄養分に頼り切る全寄生の植物と、自身が伸ばした蔓草による光合成も併せる半寄生の植物の二種類に分けられる。
この内、蔓草を伸ばす寄生植物として代表的なのはクスノキ科スナヅル属の半寄生植物と、先にも書いたヒルガオ科の全寄生植物の二種類だ。
そして後者のヒルガオ科寄生植物は奇妙な特性を有しており、地面で発芽した後で他の植物に絡みついたのち、自身の寄生根を空中で出してから完全に寄生、その後に寄生根を失くすと言うのだ。
……患者が参加した依頼で相対したモンスターは、元々地面に生えていたが、その後に近隣の村人たちに寄生した後地面を離れ、村人たち自身を『根』にしたと説明を受けた。
そして同時に私の脳裏から現在も離れないのは、患者の失われた上肢の断面だ。「まるで宿主を死なせず、生かし続けるため」に出来たような植皮痕。
「患者が参加した依頼のモンスターは消滅した。」
――本当に、そうなのだろうか?』