PandoraPartyProject

SS詳細

Pomme d'amour

登場人物一覧

フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き

 春告げ鳥が鳴いている。
 行ってきますとお世話になっているパン屋さんを勢い良く飛び出したあたしは、『あの日』と同じようで全然違う。
 柔らかに頬を撫でる風を愛おしく思って目を細め、今日という日に希望を抱いている。
 石畳を蹴る足は縺れそうになることもなく楽しげに弾んで、『彼』の元へと向かうべく駆けていく。
 幻想から乾いた砂の国ラサへと、彼との待ち合わせ場所へと。

●Chaque pomme est une fleur qui a connu l'amour...
 乾いた風が砂を巻き上げ、フラン・ヴィラネル(p3p006816)の蜂蜜色の髪を揺らす。初めて来た時は故郷と違いすぎる乾燥した風に驚いたけれど、幾度も足を運んでいる内にすっかりと慣れてしまった。
 豊かに緑の香る故郷の爽やかな風を思い出せば、ツンと鼻の奥が痛むような気もしたが――突如封鎖されてしまった新緑は、一歩一歩確実に解決へと向かっている。立ち止まらずに懸命に脚を動かし続けてきたフランは、ずっと気がかりだった家族との再会を果たすことも叶った。だから今日は、『よく頑張ったな。労ってやる』と頭に置かれた手に甘えることにしたのだ。
「これも似合うんじゃねえか?」
「わっ」
 ラサ風の大きな石が嵌った耳飾りを手にしたルカ・ガンビーノ(p3p007268)が、頬に触れそうな位置で揺らした。思わずぴょんっと跳ねたフランが正直にびっくりしたと目を丸くすれば、彼は少年みたいな明るい顔で笑っていた。
 ルカの提案で、今日はサンド・バザールでの息抜きだ。
 薄暗い曰く有りげな店には近寄らず、の店をふたりで見て回る。
 新緑や幻想とは違う装飾屋を冷やかして、店から店へ。
 小腹が空けばシャワルマを買って、木陰の木箱に並んで座って頬張った。ルカおすすめのひよこ豆のペーストとガーリックのソースのシャワルマはとても美味しくて、元気にぺろりとお腹に収まった。
 ココナッツジュースを手に、シャラシャラと鳴る装飾がついた腕輪を見て。
 カラフルで甘酸っぱいドライフルーツをふたりで摘みながら、美しい模様の織物の海を歩んでいく。
 跳ねる気持ちが喜びだけではないことに気付かぬまま。フランは久しぶりの楽しい時間を満喫し、そんな一日に誘ってくれてしっかりと案内までしてくれるルカに感謝した。
 楽しく一日を過ごせば、時間はあっという間だ。ついさっきまで天辺で白く輝いていた太陽は、傾きかおを変えていた。
 そろそろ帰る時間かと、ふたりの爪先は自然とバザールを抜けて帰路へと着く。会いたい時にいつでも会える関係だから、大げさな言葉も必要ない。しんみりとした空気が流れることもなく、胸の内はただ煌めくような楽しさで溢れていた。
「あっ」
 昼と夜とのあわい。薄紅掛かった空が紫を纏い、藍へと沈んでいく。
 ――空が太陽に恋をしている。
 ゲーム世界で出来た友達が大好きだという絵本と、それに纏わる今の空のかおと同じ色を持つ蓮花めいた結晶がすぐに頭に浮かんだ。
 この感情を、共有したいと思った。
 この空を、見せたいと思った。
 喜色に頬を染めたフランは、空からルカへと視線を移す。
 ねえルカさん、見て。空がね――。
 そう、言おうとした。
(――あ、)
 弾む気持ちを全面に湛えた表情で唇は固まり、そのままゆるゆると閉ざされる。
 彼は既に、空を見ていた。
 それだけなら、良かった。彼の視線はただ空を見ているのとは違って。
(何だろう、上手く言葉にできない)
 表現の難しいもやりとしたものを胸に感じたが、それを気に留めないようにしてやり過ごす。
「ルカさんって、空が好きなの?」
「ん?」
「たまに空を見上げているよね?」
「いや、空が好きと言うよりは――」
 何かを言い掛けたように口を開いたルカが唇を閉ざす。自身の中で表す言葉を探しているのか、逡巡するように瞳が左右に揺れていた。
「気付くと見上げちまうんだ」
「それって好きとは違うの?」
「……そうかもな」
 曖昧な笑みに、曖昧な言葉。
 首を傾げるフランの胸の奥に、違和感がじわりと広がっていくのを感じた。
(綺麗だったから誰かに見せたいなって言うのとも違うのかな)
 ついさっき、フランが抱いた気持ちを、誰かに――。
(あれ……?)
 だったらあんな表情はするだろうか。
 あの表情はまるで、恋い焦がれるような――。
(もしかしてルカさんは……)
 空に、好きな人が居るのかも知れない。

 ――ツキン。

 そう思った瞬間、胸に鋭い痛みが走った。
 あまりにも突然でびっくりしたあたしは表情に出したのだろう、どうしたとルカさんが尋ねてくる。
「ルカさん、それって……」
 その先が、出てこない。
 言おうとした言葉が胸を刺して、あたしは気付いてしまう。
 ――春告げ鳥が鳴いていた。ずっと、ずぅっと、あたしの中だけで。
 ことあるごとに甘く鳴いてあたしに春を告げ、知らぬ間に柔らかに胸のうちを暖かくし、とくんと胸を跳ねさせていた。
 いつだってその時がルカさんと一緒に居た時だったことに、あたしは初めて気がついた。
 幻想種を狙う気持ち悪い人たちに捕まる囮となり不快感と恐ろしさに震えていた中で、助けにきてくれた彼の姿に安堵した時。お姫様抱っこの姿勢が恥ずかしいと思う暇もないくらい、あたしはルカさんに掛けられた言葉が嬉しかった。
 ルカさんは、R.O.Oのあたしキラーアイヴィのことも救ってくれた。掛けてくれた言葉は、彼女にもあたしにも響いていた。
 いつもルカさんは、助けてくれた。抱きしめてくれた。支えてくれた。守ってくれた。背中を押してくれたあたしの強くて頼れるお兄さんだった
 ――そうだったはず、なのに。
 違った。
 あたし、ずっとルカさんのことが、
(……好きだったんだなぁ、あたし)
 想いに名前が付けば、それはすとんと胸に落ちてくる。
 どんな恋をするのだろうと夢見ていた恋心は、甘く輝きを放つ前に色彩を欠いて。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
 何かを言いかけたまま動きを止めたあたしに、ルカさんが不思議そうにクーフィーヤを揺らす。慌ててかぶりを振ったあたしは不自然だったろうに、彼は追求してこない。彼はいつだって優しいのだ。
「ルカさん、今日はありがとう。とっても楽しかったよ!」
 気持ちを振り切るように殊更明るい声を意識して、並の悪漢ならあたしひとりで何とか出来ると知っていながらも送っていくと言ってくれる彼に「ここで大丈夫」と手を振った。
「それじゃあ、またね。ルカさん!」
「ああ、気をつけて帰れよ」
 転ぶなよと笑う顔に、大丈夫だもんと頬を膨らます。あたしはもう二十歳で、子供じゃないんですー!
 背を向けると、素早く地を蹴った。一度振り返って大きく手を振ると、ひらりと手を振ってくれる姿が嬉しくて――愛おしい。ああ、あたし、本当にルカさんのことが好きなんだ。
 ……ちゃんと笑えただろうか。膨らませた頬は不自然じゃなかっただろうか。
 目に浮かんでくる水の層を、『あの日』みたいにぐっと我慢して駆けた。
 あたしは紅掛空色に瞬く一番星あなたのいちばんにはなれない。
 薄紅デイジーから薄紫ライラックを纏い、そして濃藍ムスカリへと沈んだ空には、一番星が煌めいている。
 空が零した一粒の涙のような一等星が、濃藍の中を駆けていくあたしに夜が来るよとしつれんを告げていた。

 駆けていく背中を見送った。
 小柄な背中はまだ細くて、駆ける様は小動物めいて愛らしい。
(笑顔が戻ったな)
 別れる間際の困惑したような表情が気になったが、今日一日、傍らで満開の花のような笑みを咲かせていたフランを思い出せば、誘って良かったと俺は思った。アイツには、明るい表情が一等似合う。
 『あの日』――新緑が閉鎖されたと聞いた時から、アイツの表情はいつも沈んでいた。大丈夫かと問えば、大丈夫だと返すのは当たり前だ。アイツは勇敢で、誰かのために傷つくことを厭わない。嫌なことだって涙を堪えながらも逃げ出さず、それが誰かの為になるならと震える手で杖を握り、いつだって感情に揺れる瞳で前を見据える。気持ちだけじゃなく、気持ちに見合うだけの力を努力で培ってきた『いい女』だ。
(いつか、アイツも――)
 小さな背中はもう見えず、俺は再び空へと視線を戻した。
 空は色を変えだすと、あっという間に変わっていく。少女が大人の女に変わっていくように、ほんの少し目を離した隙に再び見上げた空からは紅が消え、濃藍と紫紺に沈んでいる。
 フランも、きっとそうやって変わっていく。可憐な花は艶やかな大輪の花と変わり、隣に立つ者を誰もが羨むような、いい女へとなっていくのだろう。幻想種の開花はゆるやかなのだろうが、アイツはもっともっといい女になると確信めいた気持ちがある。その姿を側で見守れる友人という立ち位置に俺は満足を覚えて――空に輝く一番星へと手を伸ばした。
 視線を結んだ先で手を握れば、触れることが出来ないと解りきっているその星を掌中に収めたような心地を覚える。……手の中に何もないことは解りきっている。だが、いつかという気持ちは捨てられないし、捨てる気もない。諦めが悪いんだ、俺は。
 決して手の届かない一等星。
 乞うても恋うても、届かない幻想かなわぬゆめ
 アイツが俺のような想いをする日が来なければいい。
 俺は友人としてアイツのこれからを星に願い――否とかぶりを振った。
(星に託すなんて、俺らしくねえ)
 フランは前を向けるいい女だ。目先にぶら下がった問題も、解決の糸口が見えてきている。
 アイツを曇らせるものは俺たちの手で取り除けばいい。降り掛かる火の粉の中も、ともに駆け抜ければいい。
 これまでそうしてきたように、これからも。

●Pomme d'Api
 嗚咽と涙を預けた枕を抱いて、その日あたしは夢を見た。
 赤い靴を履いて、赤いドレスを着てパーティに行く、幸せな夢。
「あたし、変じゃない?」
「安心しろ、フラン。靴もドレスも髪型も、全部似合ってるぜ」
「本当に? 本当に、変じゃない?」
「ああ」
 顔を真っ赤にして何度も確認するあたしが面白いのか、ルカさんがくくと喉を鳴らして笑う。
「もーっ! こっちは真剣なんだからね、笑わないで!」
 頬を膨らませるあたしに差し出される手。
 手を辿った先で月夜のように笑う彼は、砂漠の王子様。
 物語のお姫様のように手を乗せれば、くるり、世界が回り出す。
「わ! ね、ね、ルカさん! あたし、ちゃんと踊れてる?」
「ああ」
 もう、ルカさんってば何でこんなに余裕なんだろう。
 慣れているのかな、なんて浮かんだモヤモヤは、くるっと回ってふんわり広がったドレスの中に消えた。
「ちょ! ちょっと待って、ルカさん! 踏んじゃう、かも!」
「踏んでやればいい。フランみたいないい女から貰ったものは、男に取ったら全て勲章だろうよ」
 例えそれが、とびきりのヒール跡だろうとも。
 くつくつと笑うルカさんは、やっぱりあたしをからかっている。
 あたしはもうっと頬を膨らませて、赤い靴が導くままにステップを踏むのだった。

 一年前、あなたに貰った赤い靴。
 少し背伸びしたように見える赤い靴が似合うようになりたかった。
 良い靴は好い場所に連れて行ってくれる、っていう話を聞いたことがある。それがあなたの隣だといいなって、あたしは無意識に思っていたことに気がついた。
 今よりももっと大人になって、あなたのパートナーとして踊る。今はただの女の子だとしても、一曲だけの相手だとしても、いつか、靴にもあなたにも似合う女性になって。
 それが、夢だったの。
 いつか、そうなったらいいなって、あたしは知らない内に夢を抱いていたんだ。
 きっとこの先も『似合ってる』とか『いい女だ』とかは言ってくれるのだろう。
 でもあたしは知ってしまった。
 あなたの心に、他の誰かが住んでいることを。
 これから先、どうすればいいのだろう。
 伝えるべきか、秘めるべきか、忘れるべきか。
 これから先、どんな顔をして会えばいいのだろう。
 会った時にちゃんといつもどおりに笑えるだろうか。
 名前がついてしまったこの想いに上手く向き合っていけるのか、あたしにはまだ解らない。

 あたしの胸には果実が実った。
 けれどこの『ポム・オ・ポムこい』は、あなたに食べてもらえないゴーストアップルだ


  • Pomme d'amour完了
  • GM名壱花
  • 種別SS
  • 納品日2022年05月17日
  • ・フラン・ヴィラネル(p3p006816
    ・ルカ・ガンビーノ(p3p007268

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