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冬を耐えれば春が来る

登場人物一覧

姉ヶ崎 春樹(p3p002879)
姉ヶ崎先生
冬越 弾正(p3p007105)
終音

●Winter Side
「なぁなぁ、新曲のアイディアが閃いたんだがこんなのどうだよ?」
 音楽活動のパートナーである彼が息を荒げてやってくるのと、自分が今できたばかりの歌詞を彼に見せるために部屋を出ようとしたのはほぼ同じタイミンクだった。
「うわ、タイミング同じかよ、キモ……」
「言い方ぁ! 息が合ってるいいコンビ、だろう?」
 子供のように屈託のない笑顔で笑いかける彼を見ていると、胸がどこか、締め付けられるような錯覚を覚える。
 吐く息が熱を帯び、心臓の鼓動が早くなっていく感覚。
(あぁ、これはきっと……)
「とにかく、丁度いいから一度合わせてみるか。持ってきてるだろう? いつものやつ」
「あぁ、もちろんさ!」
 先に行って待ってるから。あわただしく部屋を出ていこうとする彼の背中を見送って、部屋中に書き散らかしたメモを拾い上げてまとめていると背中から声が聞こえた。
「なぁ」
「ん?」
 顔を上げて彼のほうを見る。用意が整ったというよりは何か忘れ物をして戻ってきたといった風であった。
「お前のそういうところ、大好きだぜ弾正」
 その一言は、彼の――冬越 弾正(p3p007105) の刻を一瞬だが、確かに止めた。
「バーカ、そういうのは本当に好きな一人に向けて言うもんだろ。例えば、」
 ――お前が元居た世界でお前の帰りを待ち望んでいるだろう人、とか。
 そう、自分は知っている。彼の元居た世界、自分では手の届かない向こう側に思い人がいることを。無事に戻る術を手に入れたなら告白しようとしていることを。
 この『好き』がLoveではなくLikeであることを、識っている。
 だから表面上では人が良いように振舞って、心の中でそっと祈り続けるのだ。
(どうかずっと、ここに居続けてくれますように)

 その歪な願いは、彼の死によって叶えられることとなる。

●Spring Side
 ――好きだったんだ。どうしようもないほどに。

 インクにペン先を浸し、描く曲線。一寸の狂いも、一瞬の迷いもそこには許されない。
 作品は我が子だ。自分が作品を生み出す母親的役割ならば助手の秋斗クンは助産師で、この道に進むきっかけを与えてくれた幼馴染の彼はきっと父親なのだろう。
 頭に浮かぶ幸せな家庭は砂上の楼閣に過ぎない。……今のところは。
 自分も彼も、築けば三十を超えていた。早いところ行動しなくては、時間はどんどん過ぎ去っていく。
(この作品が完結したら、その時は……)
 思いを伝えにいこう。ずっとずっと抱えていた気持ちを洗いざらい伝えよう。
 しかしどうにも踏ん切りがつかない。告白をして、もし断られでもしたら彼は、幼馴染と親友をいっぺんに失うことになる。
 思えば、人生のターニングポイントなりうるときは確かにあったというのに、自分はこういうことに関してはどうにも臆病な性格のようだった。
 机の端でスマートフォンが震えている。もうこんな時間か、バイトに行く準備をしなくては。
 席を立つと凝り固まった体がパキパキと音を立てる。大きく長い伸びをした後、彼、――) 姉ヶ崎 春樹 (p3p002879) はのろのろと身支度を始めるのだった。

「お待たせしました、カカオフィズです」
 ほの暗い空間で酒を提供するバーというのは人間観察にはうってつけの場所だ。
 一期一会の人々との出会い。恋の行く末を間近で見届けることができるし、バーテンダーには自分の生い立ちを話しやすいという客も少なくない。
 時に相槌を打ち、自分の経験も語れば客はもっと深く話してくれる。
 超えてはならない一線さえ越えなければ、これほどいい職場はなかった。
「姉ヶ崎、チェンジだ」
 休憩から帰ってきた同僚が背中をたたく。もうそんな時間か。
 相手をしていた客に『どうぞごゆっくり』と一言告げて、バックヤードに入る。
 とはいえ、休憩中は特にやることがないので大体漫画の構図をあれこれ思案する時間になるのだが。
 ふとスマートフォンを見るとメッセージアプリにメッセージが送られてきていた。
 彼からだ。
『なぁ、きいてくれよ』
 短い一言。大体彼からのメッセージは今期のアニメがどうとか、こういうストーリーの本を読んだとかそんな内容が多いので、今回もきっとその類いだろう。
 スマートフォンに指を滑らせ、返事を送る。
『何?』
『重大発表があるんだ』
 続けてかわいらしいうさぎのキャラクターのスタンプが送られてくる。ご丁寧に紙吹雪が舞う中飛び跳ねているヤツだ。
『俺、婚約したんだ! 親友のお前に最初に知らせたくて!』
 ……は?
 いま、なんて。 婚約? だれと? おまえが?
 ぐるぐる回る視界。彩を失くした世界。
 相手が誰だとか、出会いはどうだったとか、挙式を上げるとかそんな文面はもはや頭に入ってこず、職場には体調不良を告げて早退した。

●互いの傷を舐めあうように
 幻想の片隅にひっそりと佇むダイニングバーはかつての職場のような落ち着いた雰囲気と安心感があり、割とお気に入りだ。
 そういえばオーナーと初めて出会ってあの話を持ち掛けられたのもここだった。ぼんやりと思い出しながら、注文していたキールを一口。
 あのあと、春樹はどのようにして帰ったのか覚えていない。
 きっと途中のコンビニで安酒を大量に買い込み、それらをすべて煽ったと思う。
 二日酔いによる頭痛に苛まれて重たい瞼を開ければ、天国のような空中庭園で表情筋の死んだ天使……ではなく、シスターのような身なりの彼女と出会って、ここにやってきた。
 ローレットを紹介され、言われるがまま登録を済ませた後に右も左もわからぬまま彷徨っていたところ、バーの店主に声を掛けられ食事をごちそうになった。
 そこで出会ったのがオーナーこと弾正であった。
 最愛のパートナーの突然死、恋焦がれていた親友の結婚。
 形は違うが『いっそ死んでしまいたいほどつらい出来事』があった者同士、意気投合するにはさほど時間はかからなかった。
「お前、作家なのか。なら空きテナント紹介してやろうか」
 同人というジャンルがいまいち理解できなかったが、書き手――自費出版をする作家であることだけはわかった弾正は春樹にこう持ち掛けた。
 相棒と別れてから、生活の為に音声作品を売って生活はしていたが音楽をやっていたころの収入にはどうしても手が出せず、余らせていた金と場所を提供してやろう。という申し出だった。
 それは、もちろん。創作活動は自分の生きる糧ではあるし、それを取られてしまってはどう生きていけばいいのかわからないのも確かだ。だからその申し出は願ってもないことではある。の、だが。
「どうしてそんなことを?」
 春樹が尋ねると弾正はほんの一瞬、優しげな視線を向けてこう答えた。
「俺とお前は、どこか似ている気がしたから」
 来店を告げるベルが春樹を現実に引き戻す。扉のほうにはたった今思い出していた記憶の中の彼の来訪を告げていた。
「おー、飲んでるな。マスター、俺にも何か……そうだな、オーロラをくれ」
 隣の席に腰を下ろすオーナーはこちらを見てにやりと笑う。
 生まれた世界も、育った環境も、失ったものも違う二人は、互いの傷をかばいあい、舐めあうように今も近くなく遠くない距離に居続ける。


  • 冬を耐えれば春が来る完了
  • NM名樹志岐
  • 種別SS
  • 納品日2019年10月01日
  • ・姉ヶ崎 春樹(p3p002879
    ・冬越 弾正(p3p007105

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