PandoraPartyProject

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登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

「俺は人格者に思えるか」
 声が地を這うようで、少年は血の薫りを纏って振り返る。天を突くような木々の輪郭がぶれて尾を引く中、残敵の咆哮と護衛対象の怯える声が響く依頼現場に。
 遠く存在感を放つ細く痩せた月弧線を背負う18歳になりたての少年は夜陰と親和性の高い戦装束を夜半の嵐に靡かせて、形の良い唇を動かした。
「思わないと言ってほしかったか? 弾正」

 問いかけに問いかけを返すのは、寄り添うようでいて其れをするより楽で、臆病を慎重で繕い覆う事ができるから。
 共に駆けるのは護衛対象の守護にではなく、残敵の討滅に。守るべきものは仲間が傍に付き、対応してくれるから。

 ――表面上のつきあいしかできないんだろ?
 言われた言葉が虚しく後ろに流れていく。蛇腹剣の鋼閃が伸びている。二つ。
 ――そんなつきあいしかしていないなら、どうして俺と彼は婚約するまでに仲を深めたというのだ?

 地に沈む敵を揃って警戒し、肩を並べる戦場の距離と温度。

 見下ろす角度に宿る感情に、少年は己の目隠しを示した。
「お互い様だが?」
 足元でさやさやと深緑の草が揺れている。日差しの下ならば明るい色を魅せるのだろうが、土に混じる自然の匂いは変わらない。今宵は血の生臭さが幾分足されているけれど。


 パチパチと小さく火の粉が爆ぜる音がやがて焚火により齎されて、熱を伴う明かりと生まれた影が揺らめいた。依頼の後――血痕を拭き清める弾正が言葉を探る気配をみせたから、アーマデルは膝を抱えた。何を話すのかがわかっている。その意味を理解している。だから。

 ――お互い様、か。
『まずすべきことは話すことでしょう! お互いに! そのためにも、あなたは必ず生きて連れ戻す!』
 ワイヤーを拭い清める弾正の指が止まる。
 1月の事件――あの場で弟は死んでもおかしくなかった。
 しかし、優しい仲間があの時言葉をかけて、二人で話せと説教をしてくれた。話すために助けてくれた。
 事件解決後にまず想起したのは、一族再興の未来設計。優秀な弟が不祥事を起こし兄が助けた事実は、一族を意に添わせるにあたっての強き追い風となった。
 2月、また事件が起きた。弾正は弟とその仲間たちが一族の中では微妙な立場になっている事と、弟が自分の立場を改善する意思なく、何かに連れて弾正を立てようとしている気配を感じていた――今思えば弟一派は自分たちの価値を下げるよう、兄を引き立てるよう徹頭徹尾立ち回っていたのだ。然れど「俺は最期まで弟と話さなかったな」「その分、俺と話している」弟がしていたみたいな目隠し姿のアーマデルが乾いた枝切れを火にくべる。少年の声に快い欲を感じて、弾正は自身のあごを撫でた。無精ひげの触れ心地が変わらぬ日常を感じさせる。
「今も」
「ああ」
 ――日常は変わらない。弟は弾正の其処にいなかったのだ。

「弾正には何度謝っても足りないが」
 火照らしの橙が美しい少年の顔を夜に際立たせている。
「あの盃が俺の本心だった」
 俺は二番目でも構わないぞ、と呟いた時、本音に燈る盃は沈黙したのだ。

「……盃が燈っていたとしても、俺はアーマデルに最大限の時間を割いただろう。弟と話す時間よりも」
 8人がかりで30分を要する広い市街地に只2人で臨む時にも、アーマデルは弾正への「無事に戻ってこい」という願いをこそ最も大切なものとして強く抱いていた。攻撃の備えを忘れるほど気持ちに余裕がなかった。
「謝っても、過去は覆らない。俺の独占欲も嫉妬心も無にはならない」
 弾正は責める事がない。だから、アーマデルは目隠しの縁を指でなぞった。弾正の気持ちは俺に向く。其れははっきりしていた。悲しみが心配に変わり、喪失の痛みより傷心させた事への慚愧が勝る。居場所がないと絶望して自己犠牲に囚われた弟よりも妬心向ける恋人の内心を慮り、案じてくれる。
「だから、これで最後にする」
 もとより内面を表明し伝える事が少ないアーマデルは、言葉が足りないと言われる事もあるし、誤解もされやすい。クールな印象の少年だと囁かれがちだ。神秘的で、捉えがたいと思われがちだ。
 ――けれど、みんな『そう』じゃないのか。
 少年は夜の地表に散る火の粉を瞼に感じた。心なんて形もなければ触れることもできない。自分でも持て余すものだ。理解したと思うのは傲慢で、浅い。死霊の声を多く聞き、露魂の奥深さや感情の沼を識る神官は、特異なる感受性で真理を感じるが故に解った風情の聲には首を傾げずにはいられない――理解してほしい者に伝われば、それでいい。
(弾正はわかるから――そうだろう?)
 揺らめく灯火に似た綺麗な所作に一瞬見惚れた弾正は、頷いた。言葉よりも触れ合う肩が離れぬ心を伝えてくれる悦びを胸に。
「儀式のようなものだ」
 弾正が言えば、アーマデルは成程と呟いた。人はそういったものを好む。其れをせねば、区切りがつかぬ心地がするらしい。


「依頼に顔を突っ込んで来た時から、俺が何もしなければ長頼が死ぬと分かっていた」
 3か月だ。3度目の正直とは能く云う――優しい静寂の環境大気にちいさな虫の囀りが響いている。炎が木を包み、焦がす匂いは何故だか生を感じさせた。足元に硬くしっかりとした大地を、頭上には満天の星空を意識して、二人の間に充ちる何かが奇跡のように大切に想えた。

「最適な場所に人を振り分けてベストを尽くす。それを言い訳にしたのはバレている、な」
 手で少年のフードを落とし、髪に触れる。さらりとした感触が指先に嬉しくて、鼻腔には二人分の生きる匂いが柔らかかった。獣のようにそれを感じた。
「長頼の最期に、俺ではなくアーマデルが居る事を望んだ」
「酷いな」
 それは、弟と恋人両者にとって――幼子のような調子で呟くのがわかって、弾正は仄暗く哂った。そうだな、と。
「36にもなると、青少年のようにはいかないさ。拗らせてしまう」
「そういうとこだぞ」
「はは……」
 少年時代も思えば爆音で気を惹くなど、大人たちに禄でもない反抗をしていたものだ。流れた先でも何を掴んできたというのか。
「単に歳を取っても、なあ。掴めないものばかりで……自分の無力を知るばかりで」
「無力……は、わかる、かもしれない」
 少年がぽつりと共感するから、弾正は彼の目隠しの上を指でなぞった。ぴくりと頬が震えるのが可愛らしい。衝動を噛み殺すように、獣のように喉の奥で音を生む。呼吸とは違うそれは、感情の吐露だ。
「俺は人格者ではないからな――『狡い』」
 そのまま下に指を滑らせれば、少年の眉が寄せられる。
「お互い様に」
 横に音を紡いだ口が白い歯を剥いて、獣のように弾正の指先を甘噛みした。紅い舌がちろりと指先を舐めて、ふんと鼻が息を吹く。勝ち誇るような表情が目隠しを取り、瞳を見せた。
 輝くようなそれが、憤然と欲を絡みつかせる。こういう所が違うのだ。アーマデルは、退かない。それが弾正には嬉しいのだ。
「離さないぞ」
 厳かな信託めいて、子供の我儘めいて強かに直言するから、弾正は袖を翻して後ろへ廻り、小柄な躰を両腕で閉じ込めた。
「こんな風に?」
「ああ」

 ――この熱が愛しい。

「それがいい」
 少年が初心にはにかんだ。愛しさに、正しさも間違いも夜に溶けていく。
「俺は逃げない、逃がさない――、一緒にいてくれ」

 互いに、善人でもなんでもない――其の赦しの熱が気持ち良いから、……『選んで』、『選ばなかったんだ』。

  • Auswahl完了
  • GM名透明空気
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月30日
  • ・冬越 弾正(p3p007105
    ・アーマデル・アル・アマル(p3p008599
    ※ おまけSS『ところで誕生日おめでとう』付き

おまけSS『ところで誕生日おめでとう』

「誕生日おめでとう」
「これもお互い様に、だな」
「まさに……」

 言葉の途絶えた後の沈黙と静寂も癒しに替えて、二人が夜空に視線を向けた。
「ところでアーマデル、気になっている事があるのだが」
「フッ、弾正――終わりだと言ったがまだ続くんだな。好いだろう……恨み言でもなんでもいい、溜め込まずに言ってほしい」
 俺は聞くぞ。なんでも聞くぞ。
 目に見えない尻尾みたいなものが視える気がして、弾正は目を擦った。
 ――アーマデルは猫系が似合うと思っていたが、犬系もなかなか……いや、そうではなく。

「そう、気になっていたのだが――『婚約破棄』とは何だ? よく口にするようだが」
「なん……だと……」
 弾正の耳に入る場所で言っていただろうか? 言っていただろうか――アーマデルは自分の言動を振り返った。その時間約0.3秒! 結果! よくわからない!
 『婚約破棄』とは婚約を破棄する意味である――(混沌辞書P788より)
 ああ、弾正の瞳に「俺と婚約破棄したいのか……?」という猜疑と悲哀が視えるようだ! 気のせいかもしれないが!

「弾正、『婚約破棄』とは……流行りのエンターテインメント・ジャンルだ」
 アーマデルは真っすぐに目を見つめて言った。ここで「それはその」なんてまごまごしたら本当に怪しまれてしまう。それは、いけない。
(俺は弾正を悲しませたりしないぞ!)
 一見クールな少年の心の中には立派なラブとキュンが詰まっているのである。

「エンターテインメント・ジャンル」
「今度、一冊貸そう――冒険をすると婚約破棄現場に遭遇することもあるから、冒険デートもいいな……」
 歴史あるそのジャンルを二人で読破して回るのも、悪くない――。

 ハマりすぎて「一度婚約破棄してから再び結ばれるの、いとをかし。俺たちもやろう」なんて言うようになったらどうしよう。
 そう思いながらアーマデルは手始めに混沌辞書P788を見せたのだった。

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