SS詳細
結論:全部好きの男の話
登場人物一覧
どんな世界にいたとしても、やっぱり彼がいなきゃままならないと気づいたのは……いつからだっただろう。
疲れ切った頭はいつも、相方の事を考える。
これは、異世界から混沌世界へとやってきた男達の記録。
『好き』の理解度を深める話。
●1日目 どこが好き?
「おかえり、弦。今日もお疲れ様」
「ん、ただいま。まだ起きていたのか」
夜もとっぷりと更けた希望ヶ浜。その一角にある弦月と考臥の住むマンションのある一室は、まだまだ明かりがついていた。
今日は弦月が1人でギルドの仕事を請け負い、戦闘やらなにやらで解決の道を作り出して終わらせてきたので、相当な疲れが溜まっている。さっさとご飯でも食べて一眠りしてしまいたいと思うほどには、弦月は疲れ切っていた。
ほんのりと温かい空気が包み込む中で、弦月は一度服を着替えて家の中で過ごしやすいカタチを用意。仕事で疲れ切った身体を休めるためにソファに身体を沈めて、ゆっくりと身体のコリをほぐす。
温かいカフェラテと、軽くつまめるお菓子を用意した考臥。家で待っていた自分が出来ることはなんだろうと考えていると、ふと、弦月は仕事を終えてなにか食べてきたのだろうか? と不安になった。
いつもならば2人で出向くところだったが、今日に限って考臥と弦月は別々の仕事が入ってしまって別行動。食事もそれぞれで食べてしまった方が早いのだが、それを忘れて帰宅してそうな気がしたのだ。
「弦、もしかしてご飯……」
食べてない? と考臥が尋ねようとしたまさにその時、弦月の腹部から小さく音が鳴った。
これが返答だ、と言わんばかりの音に思わず弦月は顔を真っ赤に染め上げたが、考臥はそんな彼が愛おしくも見えたのか、小さく笑うだけに留めて食事のヒアリングを開始した。
今日は何を食べたいか、今日の仕事はどんな感じだったか、今はどんな気持ちなのか。
いろいろと弦月から聞き出した考臥はメモに軽くまとめると、夕食の準備をするからとキッチンへと向かった。そんな彼に弦月は小さく言葉を返すしか出来なかったが。
ぐったりと疲れた身体はやがて、ずぶずぶとソファに沈んでは横になる。吹き抜けのキッチンで作業をする考臥の姿を見て、今日も可愛いな、を脳内に巡らせる弦月。
(……そういえば、最近痩せたようにも見えるな)
トントンと食材を刻む音が聞こえる中で、弦月は考臥の様子を伺うために視線を動かす。そこにいるのは普段と変わりのない綺麗な考臥の姿だが、どうやら弦月にしかわからない細かな違いがあるようだ。
そうして突如頭の中に思い浮かぶのは、自分が考臥を好きになった理由。
元々同じ世界で過ごしていた彼らは両片思いという関係にあり、その関係は今も変わらない。故に疲れ切った脳内は今目の前にいる好きな人が『何故好きなのか?』という思考に埋め尽くされてゆく……。
(まず、俺と彼は友人だ。うん、それは変わりない)
(……友人? いや、友人っていうか、親友っていうか……)
(あれ……この場合の関係性ってなんて言うんだ? うん??)
真剣な表情を見せたまま、脳内だけが愉快なことになっていく弦月。自分でも何を考えているのかとは思ったが、好きな人がなんで好きなのかを考えるぐらいはいいだろうと、愉快が混沌へと変わってゆく。
そんな状態などつゆ知らず、考臥は調理中にも弦月に視線を向けるが、ああ今日も仕事の復習をしているんだろう、ぐらいにしか考えていなかった。
(えーと、待て待て? 俺は考のことが好き。考も俺のことが好き。うん、それは揺らがないし変わることはない)
(が……考は俺の何処が好きなんだろうな。いつも変わらない表情で、俺に接してくれているが……)
ちらりと弦月の視線が考臥に向けられ、考臥の視線が弦月と交わる。
小さくにこりと笑った考臥の表情は、普段と変わらない優しさ溢れるもの。その表情の後ろに隠れている考えはわからないが、怒っている様子はなさそうなのでひとまずはホッとしている。
だが、弦月の論点はそこではない。好きになった理由の一つとしてその優しさも上げられるだろうが、それだけではないはずだと、その他の何処が好きなのかを考える。
(考は強いし、料理は美味しいし、強いし、可愛いし、えーと、あとはなんだ)
(くそ、指が足りない。なんで10本しかないんだ)
(もっと数える本数が出たときが大変だというのに、えーと、あといくつある?)
指を折りながら、考臥の良い部分や好きになってしまった部分を数える弦月。その様子は口に出さなければ、なにかの数を数えているだけにしか見えないため、傍目から見ればただイケメンが今回の任務で倒した敵の数を数えているようにしか見えない。
「ふふ、弦ってば……今日もたくさん倒したんだね」
弦月の数えてるものが何なのかも知らない考臥は、炊飯器のスイッチを押して切った材料に火を通し始める。今日は肉じゃがを作るつもりのようで、手際よく材料を炒めて水を入れ味を整えた。
疲れた身体には野菜とお肉が1番、ということで肉じゃがを選出したのだが……そういえば、と考臥の頭に浮かぶのは過去、肉じゃがの肉を牛肉と豚肉どちらにするか、という論争をしたときのこと。
あっさりとした牛肉の味わいと、こってりとした豚肉の味わい。どちらも甲乙つけがたいのでどこの世界に行っても論争は起きるもの。元々2人はどちらでも良かったが、どちらかと言われたらとなってしまって喧嘩になったことがあった。
「そういえば、あのときの弦はいい感じに説得してくれたっけ」
くす、と小さく笑みを浮かべた考臥。その時の様子を思い出すと少しだけ思い出し笑いをしてしまうそうで、考臥は少し手を止めて笑っていた。
そんな彼のことを忘れ、弦月は思い浮かぶ限りの考臥の好きな部分を脳内に羅列する。言葉にしないだけまだ救いがあるが、いつ口に出てきてもおかしくないほどに弦月の脳内はパンクしている。
(えー、あとは……やっぱり顔が可愛いっていうのも、ある)
(……いやこれ、これいいのか? 失礼に値しないか?? 考は男だから、可愛いよりカッコイイって言う方がいいんじゃないのか?)
(いや、でも可愛いもんな。考、可愛いからな。うん。間違いない)
もはや正常な判断がつかなくなっている様子の弦月だが、きっと、今の彼に疲れてるかと聞いても『疲れていない』の反応が返ってくる。そのぐらい疲れ切っているのが第三者から見てもよくわかる。
大きく息を吸って、大きく吐いて、自分は冷静であることを見せつける弦月。考臥からすれば疲れているけれど、精神を集中させるための行為としか見えていないのはある意味で助かっているというかなんというか。
(ああ、そういえば……昔はこんな日常を謳歌することが出来なかったんだよな)
(あの頃は……本当に、媚びへつらう権力者ばかりで……)
(でも、そんな中で変わらずに接してくれたのが考だったな……)
ごろん、と少し寝返りを打った弦月。思い起こされるのは元の世界での自分達の立場や、権力等の檻のことばかり。
そんな雁字搦めな生活でも、小さな彩りを加えてくれたのはやっぱり考臥だったと考えると、またしても脳内が暴走していく。もはや今日1日では語りきれないほどの情報の羅列が弦月に並べ立てられる。
(結論……やはり考は、最高の俺の嫁)
……こんな事を考えてるなんてこと、考臥が知ったらなんて言うのだろう。
そうして1日目の弦月の暴走は終わる。
●2日目 ドジっ子、大いにOK
「弦っ、ごめん、今日はお夕飯まだなんだ……!」
「じゃあ、待っててもいいか? 少し身体も休めたいしな」
「うん、全然構わない。ごめん、本当! 行ってきます!」
仕事を終わらせた弦月が希望ヶ浜の自宅に戻ると、考臥が慌しい様子を見せていた。
どうやら考臥側のギルドの納品仕事で1つ納品をしないまま持ち帰った品があったようで、今からそれを届けてくると言うのだ。
準備を済ませた考臥は弦月へ何度も謝り倒しながら、玄関の扉を開けて外へと出ていった。
そんな考臥の様子に、真面目だな、と考える弦月。今日も彼は完全に疲れ切っており、動きやすい衣装に着替えると前回と同じようにソファに寝転がって、そしてまた前回と同じように考えるのだ。
(少しドジなところがあるのも、また良いんだ)
(これがきっちりしすぎてたら……多分、今みたいに好きという感情はない)
(……ああ、そうか。この部分も俺は好きなのか。なるほど)
脳内メモに少しずつ、考臥の好きなところが増えていく。前回だけでももう十分に記憶容量を使ったというのに、まだまだ増える。
自分が好きな人――考臥がどこまで好きかを知りたいという弦月の欲求が止まる様子はない。記憶容量を足して、足して、脳内に考臥専用の記憶容量を作るほどには考えてしまうほどに。
「少し時間がかかるだろうし……帰ってくるのを待つか」
小さく呟いた弦月は寝転がるソファの上で、静かに目を閉じる。疲れている身体が休眠を欲しているのがよく分かるほどに、すんなりと夢心地へと入っていった。
夢心地に入ったその瞬間は特に何も起こらなかった。強いて言うなら考臥の側にずっと居たいという願望が夢となって出てきたぐらいで、表面上は特に何も起こっていない。
気づいて起きたときには既に毛布が自分にかかっており、キッチンでは考臥が料理をしている。届け物はすぐに終わったようで、今度は仕事が終わったばかりの弦月のために食事を作ろうと、忙しそうにキッチンを走り回る考臥がいた。
(あぁ……やっぱり、考は優しいからこそ、考なんだ)
(こんなに優しくしてくれる嫁……嫁? を持つ俺は、きっと幸せ者なんだろうな……)
(いや、幸せだ。言い切らないと、考に失礼だぞ)
(っていうか嫁じゃない。嫁じゃないからな。考臥はまだ嫁じゃない。しっかりしろ正常な俺)
(……でも、考はどうなんだろうな? 俺のことを好いているのは知っているが、じゃあ、立場はどの立場になる?)
(ああ、でも俺は嫁だと思ってるし、多分考も俺を婿だと捉えてるだろう。ハイ確定)
またしても頭の中が考臥のことでいっぱいになる弦月。疲れは先程の休息で取れている……はずなのだが、どうやら疲れが取れたのは身体だけで頭の中までは完全に休まっていない。だからこそ夢を見たのだが、そこは誰も気づかない。
もう一度寝返りを打って、楽な体勢を取ってから考臥を見やる弦月。忙しそうな考臥は弦月の視線を気にすることなく、ハンバーグと付け合せの準備をしていた。
(元の世界では周りの目もあって、会話が少なかったかもしれないが……それでも彼は友人として付き合ってくれた)
(俺は考を迎えたいが、考は……俺が告白したら、どういう顔をするんだろう)
(……いや、今はそんな時期じゃないな。今はまだギルドの仕事が舞い込んでくるし、もう少し落ち着いたら告白するとしよう)
(でも、どんな表情をするのかはやっぱり気になるな。……慌てるのか、それとも顔を赤くするのか、それとも……)
告白するなら弦月から告白する、というのはお互いの暗黙の了解が成立しているためそれぞれで何も言わない。だがその時のシチュエーションや光景は考臥が考えるわけでもないため、どんな顔で受け入れてくれるのかが気になるところ。
どんな顔をしていても考臥は可愛い、と結論付けた弦月は今日もまた考臥の料理光景を眺めては、自分が考臥を好きになる理由を思い起こすのだ。
●3日目 恋人っていいよね
「ずっ、ずぶ濡れ!? なんで!?」
「なんでって……そういう仕事に行くと言ってただろう?」
「そうじゃなくて! ああ、もう! お風呂湧いてないからシャワーで頼む!」
「ん。あ、これ洗っておいてほしいんだが」
「そこのかごに入れておいて!」
今日も仕事だった弦月。しかし今日は仕事の内容が内容だったので大量の水を浴びる事態となってしまい、着替えもその場にはなかったのでそのまま帰宅するというなんとも最悪な場面が出来上がっていた。
ずぶ濡れになった服を考臥に預け、寝間着に着替えた弦月。水を吸って重くなった服を着続けていたのもあって、その体力はもう限界に近い。
シャワーを浴び終えてソファに座り込んだ弦月は考臥が用意してくれたホットココアをゆっくりと飲み進め、身体を芯まで温める。疲れ果てた身体に暖かさが戻ってくると同時に、脳の緊張がほぐれて休まってゆくのがよくわかる。
「ありがとう、考。暖かくなったよ」
「どういたしまして。夕飯は食べられる?」
「大丈夫だ。今日も美味しいものを期待しているぞ」
「任せて」
柔らかに微笑んだ考臥はキッチンに向かうと、材料のチェックから始めた。そんな様子を弦月は見ているのだが、疲れている彼の頭の中ではやはり『考は超可愛い』で埋め尽くされるのだ。
ずぶ濡れになって帰ってきてもちょっとだけ怒って、あとはテキパキと洗い物をしっかり洗ってくれて、文句も1つ言わずホットココアを準備してくれる。これがよく出来た嫁と言わずしてなんと呼べばよいのだろうか。
(俺が考を好きなのは、やはりこういうところがあるからでは?)
(長年付き添ってきた夫婦の如き連携。うん、間違いない)
(つまり考は俺の嫁であって、考の旦那は俺。なるほどな、解釈が一致した)
(…………いやいやいやいや、待て待て待て待て。まだ婚約どころか告白もしてないのに何言っているんだ俺は?)
冷静になって、暴走して、冷静になって、暴走して。
ここ数日何度も繰り返してきた弦月の『俺は考の何処が好きなのか』論争。脳内でたった1人で繰り広げているだけの論争ではあるが、疲れ切った脳内で巻き起こるだけの論争なので考臥にはバレない。
そんな考臥はというと、弦月が暖かくなれるようにとポタージュの準備をしていた。雨で冷え切った身体はシャワーとホットココアだけでは足りないだろうからと。
コンソメと水から皮を剥いたじゃがいもを茹でて、しっかりと煮えたところでそのまますり潰して牛乳を加えてゆっくりと混ぜて、塩コショウで軽く味付けをしてからもう一度煮込んでいる。
ふわっとひと煮立ちしたところで火を止めて、耐熱皿にとろりと流して刻んだパセリを軽くまぶして完成。備え付けに焼きたてのパンを用意して、弦月の前へと置かれた。
「味付けは少し薄めにしておいたよ。たくさん食べて、身体を温めてほしいからね」
「ありがとう。いただきます」
手を合わせて、スプーンで掬い口へ運ぶ弦月。まろやかな口当たりのポタージュは塩味も程よく、するすると喉を通って胃を満たしてゆく。
備え付けのパンをちょっとだけ浸してそのまま食べてみると、焼きたてのパンに染み込んだポタージュがじゅわっと溢れて、香ばしさと一緒に口の中で踊る。
「ああ、美味いよ、考」
「ふふ、ありがとう。まだおかわりあるから、たくさん食べてね」
柔らかに微笑んだ考臥の表情をよそに、弦月はもくもくとポタージュとパンを食べる。
その合間にもしっかりと、考臥のどこが好きポイントかどうかを逐一考えていた。
自分の味付けの好みをしっかりと覚えていることも好きポイントの1つじゃないか? そう考えるほどに。
●4日目 実は神では?
「…………」
希望ヶ浜の弦月と考臥の家は、今日も明かりがついている。
仕事が終わり、疲れ果てた身体をソファに埋めていつものようにテーブルに向かって料理の献立を考える考臥を眺めている弦月。
漆黒の髪がゆらゆらと揺れ、何度も首を傾げる様子はいったいどのぐらい見続けていただろうか。今日も今日とて、脳内で自分会議を開いてみた。
(毎日献立が違う料理を作ってくれているという点は、もう最高としか言いようがないんじゃないか?)
(ただでさえ毎日の食事、特に夕飯という疲れ切った時間帯……)
(……やっぱり、そういうマメなところも好きだ、俺)
最近の考えをまとめにまとめた弦月は「結論:全部好き」が発動したため、じぃっと考臥の様子を見続けていた。
そんな考臥は弦月が脳内で大暴走していることも知らぬまま、今日も弦はなにやら真面目に考えていてかっこいい、といういつも通りの思考に陥りながら料理を続ける。
疲れて帰ってきた弦月に美味しいものを食べて元気になってもらいたい。それは毎日の献立を考える指標となっており、考臥にとっての食事の時間は弦月の反応を間近で見れる絶好のチャンス作り。
これまで様々な事柄が起きて弦月の表情、仕草を見ることが出来ていたが……食事の時に見せる弦月の嬉しそうな顔こそ、考臥にとっては至福のひととき。
例え弦月がどんなに疲れ果てて帰ってこようとも、自分が作った食事を食べているときに見せる彼の表情はこの瞬間にしか見ることが出来ないのだから。
(でも、最近はちょっと真面目に考えることが多くて、何かあったのかなってなる……)
(仕事で何かあったのかな? 聞いてみても大丈夫なんだろうか?)
(うーん。でもギルドの機密情報とかあったら困るし、やめておこうかな……)
考臥も考臥で色々と考えることはあるが、弦月とはまた違った考えを持って悩んでいる。
自分に出来ることはなんだろうと色々と考えてみるが、最終的に考臥の悩みが辿り着くのは料理をすることに行き着く。
毎日毎日料理を作ることが出来るのは弦月が元気になってほしいから。それ以外の理由は多少あれど、最後に出てくる理由はそれしかないわけで。
「弦、今日は何が良い?」
「ん……考が作るものならなんでもいい」
「そっか。じゃあ、今日もいつものように質問からだね」
「ああ。今日は採集系を手伝ってきたから――……」
いつものようにヒアリングして、いつものように彼の体調を目視して。その時の仕事によって胃腸がどんなものを受け付けるかを想像しながらメモを取り、いくつかの候補を付ける考臥。
元の世界ではあまりやることはなかったが、この世界にやってきてからは元の世界にはない様々な事柄が彼らを包み、前へ立ちはだかる。
そのため環境の変化によって訪れる体調の変遷も気になるようになってきたので、こうして考臥はヒアリングも取り入れて食事を作っていた。
「じゃあ、今日は豪快にお肉いっちゃおうか。昨日、お肉買ってきたからさ」
「おっ、じゃあそれを頼む! 焼き加減は、」
「いつもの、でしょ? 任せて」
何も言わずとも、既に好みを知り尽くしている考臥にとって弦月の好きな肉の焼き加減はよくわかる。そういうところも大好きなんだ、と脳内で暴走する弦月は疲れ切った身体を休めるために一度目を閉じて眠りについた。
次に目を覚ましたときには、香ばしく焼かれたステーキ肉が焼き上がった時。
じゅうじゅうと焼けた肉の香ばしい匂いが鼻を通り抜けて脳に突き刺さり、程よい焼き加減のステーキ肉の断面からはぱたぱたと肉汁が滴り落ちていた。
●5日目 恋人超えて神超えて嫁
「うぐぐ……」
「弦、無理しないで。今日は俺、仕事取ってないから一緒にいてあげられるよ」
「あ、ああ……。すまない、考……」
「仕方ないさ。なにか必要なら言ってね」
前日に仕事で手に入れた野草に毒が入っていたものがあったようで、今日は熱が出て寝込んでしまうことになった弦月。自分の部屋にいた時は少しふらつく程度だったのだが、リビングに降りて悪化してしまったようだ。
自分の部屋に戻るのも大変だからと、弦月をソファに寝かせて額に冷たいタオルを添えてあげた考臥。毒抜きのための薬と、体調を整えるための薬をいくつか用意して飲ませてから安静に寝かせる。
なお、こうして色々と手伝ってもらっている合間にも、弦月の脳内は暴走していた。
毒による影響などではない、普段どおり、素の状態の暴走脳内。こんなに弱りきった自分に対して、ここまで準備してくれるのは神超えて嫁なのでは? とさえ考える始末。
(なんだろうな。自分が弱ったからこそ、また違う観点が見える)
(あー……好きだ。考、好き。俺が弱ってるからとかそういうのは関係なく)
(どこが好きって、もう全部好き。言っちゃダメ……かな)
(毒のせいで頭が回らないふりをして言うのは……いやいやダメダメ。考が怒るか悲しむ)
この好きという想いを、そしてどこが好きなのかを全てぶちまけてしまおうかと悩む弦月。
隣で焦りながらも看病してくれる考臥のことを考えると今それを言うのは場違いだし、なんなら今は毒のせいで考臥に一発でも小突かれただけで死にそうな体力なので、諸々を考えに考えた結果言わないことにした。
そんな考臥は弦月のために、胃に優しい料理は何かを考えながら弦月の看病を続けた。部屋に戻られるよりは自分の目の届く所にいてほしいと思っていたため、大人しくしている弦月には感謝を示している。
「弦、ごはんは食べれそう? 大丈夫?」
「ん……あまり、重くなければ大丈夫そうだ……」
「わかった。じゃあ、お粥にほぐし鮭を入れるね。お粥単体だと少し味気ないと思うから」
「ありがとう……」
――どうしてこうも、目の前にいる男はこんなにも出来る嫁なんだ!
そう叫びたい衝動に駆られた弦月だが、残る理性と毒による体力の低下が壁となって口から出るのは抑え込まれた。
ただでさえ「結論:全部好き」が発動している状態の看病される側、もし下手なことを叫んだら考臥に嫌われる可能性だってあるんじゃないかと考えてしまうほどには体力が落ち込んでいる。
しかし暴走する脳内はまた別の方法を思い浮かんでしまうのだ。――全部好きなんだから、今日ぐらいは甘えても良いのでは? と。
(甘えるチャンスって、今しかないのでは……?)
(いや、普段から甘えているからこれはチャンスでもなんでも無いような……)
(……でも、もし……)
ほわんほわんほわんと思い浮かぶのは、もし甘えたら考臥がどんな反応をするかという1点。俺の嫁はいろんなことをしてくれるが、この状況で甘えるようなことをしたらどんな反応が返ってくるのか、またどのように自分を看病してくれるのかが気になってきた弦月。
じぃっと考臥を見やれば、その鋭い視線が考臥にも突き刺さったのだろう。彼は手早くお粥を作り終えると、額に乗せた冷たいタオルを取り替えてくれた。
「弦、今日ぐらいは仕事の事を考えるのはやめよう? ゆっくり休んで、体力を回復して、また次から頑張ろう」
「あ、ああ……そう、だな……」
鋭い目つきは、考臥には仕事の事を考えているからと捉えられたようだ。
優しく諌められた弦月は、こんな時にでも優しく注意してくれる俺の嫁は出来たものだという少し捻じ曲がった思考へと到達してゆくが、普段どおりの仕事疲れの彼と相違ない思考だった。
どうして自分が考臥をこんなにも好きなのか。
この数日で考臥を見ていてわかったことと言えば……考臥が優しさの塊であること、その容姿がとても美しいこと、そして何より料理上手な気配り美人であることだ。
(俺の嫁、美人だし料理上手だし……自慢の嫁だな……)
(…………)
(いや、待て待て待て。前にも言ったが、まだ嫁じゃねぇんだ。嫁じゃねぇ)
(……でもどうせ嫁にするのだから、別にいいんじゃね??)
(…………)
残る理性がツッコミを入れたり、暴走する理性が極論を導き出したりと忙しい脳内。
身体に残る毒のことなどすっかり忘れて、考臥の好きな部分を探しては嫁だ嫁じゃないを繰り返しては、結論:全部好きを発動させて脳内会議を終わらせる。
――全部好きだ。
この一言を彼に向けて口にすることが出来るのは、いつになるのかはわからない。
けれどその日は、きっと、訪れることだろう……。
おまけSS『そういえば逆はどうなんだろう?』
ふと、弦月は考える。
逆に嫌いな部分って出来るんだろうか? と。
好きだけが関係として現れるわけではない。
どこかしらに必ず嫌いな部分というものは出てくるもので、もしかしたら考臥にもそういう所が見つかるのか? と。
(話し合っても解決しない場合があるらしいが、もしそれが俺と考の間で起きたら……?)
(…………)
(…………うーん)
(――ないな!)
あっけらかんと、瞬時に脳内会議を終わらせた弦月。
それぐらい、『結論:全部好き』は強いのだ。