PandoraPartyProject

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コバルトレクトの遊覧旅情

登場人物一覧

イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って


 四人は街路樹の花が咲く大通りを並んで歩いた。
 ピエタース中央図書院の子供たちは喜んでくれるだろうか?
 旅立つ子供を見送るようにイーハトーヴは一度だけ振り向く。
 白い家を見つめる小春凪の眼差しが慈愛を帯びて、零れた日向の中で和らいだ。

 ネネムはそれを見ていた。
 シスターと子供たちのことをイーハトーヴは知らなかったはずだ。
 どうしてこんなに、角のない円い感情が抱けるのだろうか。
 それを見た自分は、どうしてこんなに嬉しい気持ちになっているのだろうか。

「喜んでくれると良いね」
「うん」

 イーハトーヴは頷く。
 白鳩のようなハナミズキの花弁が揺れて、春の音を立てた。

「次はどこに連れて行ってくれるの、ノルデ?」
「そうだなぁ」

 今日のノルデは葉巻を燻らせるように喋りがちだった。
 イーハトーヴはいつもの、ノルデの淡々とした喋り方も恰好良いと思っている。
 けれど時として、優しい目をした時のノルデは葉巻を楽しむように喋るのだ。
 その声が心地よくて、ずうっと聞いていたくなってしまう。

「どこでも良いんだよ。嬉しいから」
「そういうリクエストが一番困るンだよなぁ」

 イーハトーヴ、オフィーリア、ネネム。
 三人を順に見たノルデは――。

→イーハトーヴの好きそうな場所に連れてってやることにした
→オフィーリアにリクエストを聞いた
→ネネムのリクエストを聞いてやっても良いかな、と思った


→イーハトーヴ
「色んな布があるね」
「ここは港町だからな。輸入物も流れてくる。混沌で言うならば海洋のような場所だ」
 聖フロレンツィアの街には監獄諸島へ船を出す港が存在するため厳格な要塞のイメージが強いが、通りを一本抜けると花の多い賑やかで活気のある日常を見ることができる。
 街のシンボルとなっている巨大な純白の灯台は高台の上に設けられており、夜になれば温かな光を放って船たちを導いていた。
「此処だ」
 ノルデが連れてきたのは、どこにでもあるような街の……村の手芸店であった。
 レトロ可愛い、とでもいうのだろうか。
 古びたとも、時代遅れとも違う独特の雰囲気。ミントグリーンのペンキで塗られた壁には愛らしい丸い花かごがぶら下がっていた。
 意外という顔をするネネムと当然という顔のイーハトーヴ。
「入るぞ」
 その対比を楽しんでいた長身が硝子扉に手をかけ、アーチをくぐるように通り抜けた。
 複雑な紋様に、豊かな色彩。抽斗に並んだボタンの標本。
 カーテン用の厚手の布から、花嫁のドレスを編むレース地まで。
 外から見たよりも、中はずっと広い。
 数多の布が一同に介した手芸屋には、地元民だろうか。老若男女。様々な客がつめかけている。
 BGMのように、ミシンを踏んで動かすリズミカルな音がした。
 国によって模様や色の特徴が違うのはどの世界も同じ。
 初めて訪れるコバルトレクトの手芸屋は青系の色彩と植物の紋様が刺繍された生地が豊富なようだ。
「こ、これ本物の宝石?」
 ネネムが恐る恐るといった様子で指さしたのはクリスタルカットされたビーズの陳列ケースだ。
 雫型や丸型の大きな硝子玉は虹色に輝いていた。本物にはない、創り物ならではの美しさだ。
「いや、硝子で出来た安物だ」
「すごいなぁ」
 ネネムとノルデは陳列棚を見ては混沌との違いを話しあっている。
 店内では、そんな二人の様子を遠目から眺めている客、の反応を見て嬉しそうなイーハトーヴ、を見つめるオフィーリア。
 そんな謎の見守り構造が生まれていた。 

→オフィーリア
 ラベンダー色の壁紙に、月と星のランプ。
 人形専門店、というものがコバルトレクトにも存在するのかとイーハトーヴは目を丸くした。
 壁やドール用の椅子に座った人形たちは、どれも愛らしい。
「この子たちは喋らないの?」
「喋るかよ」 
「ふーん」
 どこか釈然としない表情でネネムは応えると、近くにあったティーセットを覗き込んだ。
 ピンク色のバラが丁寧に描き込まれた陶磁器のティーセットは作りが良いのか、それなりのお値段だ。
 小花の布が張られたソファや、ゆらゆら揺れるチェア。ドールベッドに旅行鞄。
「こっちには服があるね」
「ああ」
 服と言うより装甲のような。脱がせることや関節の位置を考慮していない、見た目重視の縫い方だ。
 確かにこういうのもあるけれど、とぬいぐるみ職人としてのイーハトーヴが顔を覗かせる。
「……どうせなら、動きやすい服を着ていて欲しいものね」
 オフィーリアと一緒に歩く。
 いつか、そんな夢みたいな日がくるかもしれない。
 その時にオフィーリアにはいつもの服でいて欲しいから。
「何だ?」
 横からノルデが覗き込む。
「なんでもないよ。参考になるなぁって見ていただけ」
「そうかぁ?」
 ちゃりん、と二人の背後で硬貨の音がする。
「ネネム?」
「おまえ、なにやってんだ」
「なにって、買い物だけど?」
 赤いリボンに包まれた白い小箱を抱えたネネムが、のんびりとした雰囲気で振り返る。
 テーブルの上から薔薇のティーセットが一式、消えている。
「おいおい、いつもの倹約家の先生はどこに行ったんだ?」
「あのねぇ」
 からかい半分のノルデにむかって、珍しく、呆れたようにネネムが言った。
「普段使い用の食器で良いものって見つけるのが難しいんだよ? 必要なときに無くて困るのはオフィーリアなんだから、ある時に買っておかないと……あ」
「なんだよ」
「……な、何でもない日に贈り物をするのって、もしかして、失礼なことだったり、するのかな?」
「……いや、普通だろ。良いんじゃないか?」
 最近になってイーハトーヴには分かってきたことがある。
 含みのない素直な言葉に、ノルデは、弱い。
「良かった」
 ノルデがネネムに言い負かされるという、ちょっとした珍事にイーハトーヴは目を丸くする。
 オフィーリアが使う前提で話をすすめていたネネムに、全部聞こえていたウサギの少女はタンポポのように笑った。


→ネネム
 看板を見上げてイーハトーヴは呟いた。
「『コーヒーハウス』?」
 あんまりにも見た目そのままのネーミングだったので、イーハトーヴは逆に不思議に思った。
 赤煉瓦に白い窓枠。蓄音機で流されているジャズと笑い声が風にのって微かに中から聞こえてくる。
 洒落た喫茶店、といった店だ。店かどうかも分からないが。
 そんなイーハトーヴの反応にノルデはニヤリと笑った。
「その割にはコーヒーの香りがしないけど……」
「そうだねぇ」
 不安げにネネムはイーハトーヴの横にくっついた。
 商店街や友達の家に行ったとき、珈琲を淹れている時は外にいても香りですぐに分かるものだ。
「どっちかって言うと、薬草とか紅茶みたいな匂いだよね」
 ノルデは正解を言わず、代わりに真鍮のドアノブに手をかけた。
 壁一面に並んだ本と革張りのソファ。
 入口すぐに設置された書斎のような場所を抜けると、奥には酒やビールが並んだバーカウンターが設置されていた。
「どういったご用件でしょうか」
 バーテンダーにしては不思議な言い回しをする紳士が、四人を出迎えた。
「マーガライトの園に用がある」
「かしこまりました。では、ごゆっくり」
 バーテンダーから渡されたのはキャンディケースに仕舞われた銀の鍵。上機嫌にノルデは店の裏口へと回り、小さな鍵を差し込んだ。
 眩しい光と共にそこに存在したのは巨大な薬草園だった。
 青々とした樹々に芝、大輪のバラに藤やヤマブキの花。巨大なガラスの温室が見えたかと思えば花の咲く畑や花壇がどこまでも続き、その間を蝶の代わりに白衣を着た人間がヒラヒラと忙しそうに飛び回っている。
「昔は医療や工業といったもんは全部政府に管理されていたからな。ここは研究者どもの隠れ家だった」
 ふわ、とノルデは大きく欠伸をした。
「今じゃあ薬草だの病の治療法だの研究所だ。俺はアッチで酒を飲んでおくから好きに見ろ。夕刻までには戻ってこいよ。約束の時間に遅刻にしようものなら、俺が毒婆にぶっ殺される」
「ありがとう、ノルデ」
「フン」
 イーハトーヴは礼を言った。
 ネネムは目前の光景に完全に心を奪われていて、お礼どころでは無かったからだ。
「……ふふっ」
 何だか嬉しくなって、イーハトーヴは笑った。

  • コバルトレクトの遊覧旅情完了
  • NM名駒米
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月30日
  • ・イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934
    ※ おまけSS『→メアリ』付き

おまけSS『→メアリ』

 三人を順に見たノルデは、そこに見慣れない顔を一つ見つけた。
「お前は誰だ?」
 陶器の肌に金の髪。
 ふんだんに使われたドレスのレースと身に纏った服装の豪奢さに負けぬ気品。
 蒐集家から見れば垂涎の、一目で価値が高いと分かる逸品。
 そんな、雪のように白いビスクドールは微笑んだ。
 その微笑みすら淡雪として溶けてしまいそうな、繊細さをもつ少女の人形は当たり前の顔をしてそこにいた。
「誰だと思う?」
「あいにくと謎かけをしている暇は無いんでね」
「待ってよ、ノルデ」
 剣呑になりかけた空気にイーハトーヴは割り込んだ。
「今日は家族みんなで楽しく観光するって、約束したでしょ?」
「チッ」
 聞こえるような舌打ちと共に、ノルデは殺気を仕舞いこむ。
「ありがとう、イーハトーヴ」
 ビスクドールは綺麗なカーテシーで一礼をした。
「カメーナエ画廊という場所に興味があったから、来てしまったの」
 いけなかったかしら、と。社交の礼儀を知る淑女のように、ドールは首をかしげた。
「ううん、歓迎するよ」
 イーハトーヴは優しく手を差し伸べた。
「いらっしゃい、メアリ」
 

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