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アーマデルとラウランの話~生傷~

登場人物一覧

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
アーマデル・アル・アマルの関係者
→ イラスト

 まだ春の夜は肌寒く、ラウランは暖炉へ薪を放り込んだ。火の粉が羽虫のように上がる様子が、アーマデルの茫洋とした瞳に映っている。夜中にふらりと現れたアーマデルを、ラウランは快く迎え入れた。
「ほい、ホットミルク」
 はちみつをブレンドしたそれをラウランはアーマデルへ渡した。だがアーマデルは礼も言わずに受け取っただけで、炎を見つめている。まいったなとラウランは頭をかいた。このままでは用件も聞き出せない。
(おいおい何事だよー、トラブルは勘弁してくれよ?)
 そう思いながらも突き放せない。ラウランはそこまで非情ではなかったし、アーマデルに対して弟たちへ抱くのと同じ感情を持っている。つまり放っておけないのだ。暖炉は暖かくあたりを照らし出しているが、アーマデルは長く重い影を背負ったまま物思いにふけっている。氷の彫像のように。しかたなくラウランは言葉をかけた。
「俺はもう寝るけど、おまえはどうする?」
 返事はない。返事がないのは困る。
「火の番くらいはできるよな?」
 やはり返事はない。まさかおいそれと暖炉から出火はしないだろうが、いまのアーマデルに火を任せるのも不安だった。目を離した途端とんでもないことをやらかしそうで。
「おーい、アーマデルちゃーん……」
 反応のなさに、ラウランはだんだん腹が立ってきた。なにをしにここへ来たのだ。ラウランだって暇ではない。情報屋もしているし、傭兵稼業も忙しい。ここのところ深緑を巡る災いでてんやわんやだ。しかたなくラウランは実力行使にでることにした。アーマデルを抱き上げ来客用のベッドへ運ぼうと腕を伸ばす。その手が触れた瞬間、アーマデルは床を蹴り壁際まで跳んだ。放り出されたホットミルクが床に広がり、マグカップがごろりと転がる。一気に闇の中へと沈んだ彼の、目元ばかりがギラギラ輝いている。やがてアーマデルが細かく震えていることにラウランは気づいた。切羽詰まった様子といい、まるで手負いの獣のようだ。
「おい、アーマデル。何があったんだよおまえ」
 ラウランは椅子に座り、頬杖をついて語りかけた。
「どう言えばいいのか俺にもわからない」
 長い沈黙の後、アーマデルはやっと口を開けた。
「だけどラウランなら、なにか目新しい意見がもらえるかもしれないと思って」
「目新しいかどうかは知らねぇが話くらいは聞ける」
「そうか……貴殿もか」
 あからさまに落胆した様子を見せたアーマデルにラウランは呆れ返って思わず笑ってしまった。
「なにがおかしい」
「だって俺なーんにも知らねぇもん。なのに意見だけもぎ取っていこうなんざ土台無理な話だろう? 順番がおかしいよおまえ」
 ラウランは頬杖をやめた。
「それとも口にするのもつらいのか?」
 アーマデルが顔をしかめる。そのままうつむいた。どうやら図星だったようだ。
「話したくないなら話さなきゃいいさ。俺の所へ来たのはショートジャーニーだと思えよ。さ、風呂入って寝るぞ」
「あ、いや、その……」
 立ち上がったラウランの背を追いかけるように、アーマデルが声を出す。かぼそく、はかなげで、震えた声だった。ラウランは振り向き、アーマデルへ暖炉側へ来るよう手招きをした。初めて巣穴から出る子どものように、アーマデルは闇の中から這い出ると、ようやくこぼしたホットミルクに気づいて悄然とした。ラウランは二杯目を用意して彼を椅子へ座らせ、自分はこぼれたほうをちゃちゃっと片付ける。
「魔法のようだな」
「ん?」
「手際が良い」
「これでもにーちゃんだからな。兄弟たちが小さかった頃はさんざん家事をやったもんよ」
 やがてラウランが席につくと、アーマデルはぽつぽつと話し始めた。まだアーマデル自身にも整理がついていないようで、話はとびとびで、ときおり前後した。ラウランは辛抱強く耳を傾けた。話の断片を繋いでいくと、恋人の弟が自分をかばって死んだ、ということらしい。
「そりゃ、ヘビィだな」
「そうか」
 その感情を畳んでしまい込んだかのような平坦な声。アーマデルの声色にラウランは頭痛を感じた。ずっとこうやって、嵐をやり過ごしてきたのだろうか、こいつは。
「それで、おまえはどうしたいんだ?」
「神官として長頼殿を弔おうと思っている」
「そうじゃなくておまえはどう思ってるんだよ」
「だから神官として……」
「そんなものは知らねぇ。アーマデル。おまえはどう思っているんだよ」
「俺は……他に方法を知らない」
 なるほど、とラウランは合点がいった。アーマデルに個人としての感情が希薄なのは知っていたが、これほどとは。
「じゃ、質問を変えよう。彼を思うとおまえはどうなる?」
「それ、は……」
 再び沈黙が落ちた。それを破ったのはアーマデルのほうだった。彼は自分の胸元へ手を当てた。
「なぜだろうか。胸が冷えて、何かがこみ上げてくるような、感じが、して」
 アーマデルはとつとつと語りながらも身体の震えを抑えられないようだった。
「せっかく、あいつが弟と仲良くなれたのに、もっともっと輝かしい時間が、これからのあのふたりにはあったはずなのに、俺のせいで運命の糸が切れた。俺のせいで、俺が無謀なことをしたから」
 ひゅうひゅうと過呼吸気味になっていく背中をラウランは大きな手でやさしく叩いた。
「あーあー、おまえは本当に手がかかるな」
 ついでにポケットのハンカチをアーマデルへ押し付ける。二杯目のホットミルクはすでに冷めきり、飲みどきを逃している。その湖面へ薄くアーマデルの顔が映っていた。
「恋人の弟が戦死したんだろ? それは自分のせいなんだろ?」
「……そうだ」
 アーマデルがぎしりと奥歯を噛む音が聴こえてくるようだった。
「そこはもう認めろよ。つらいかもしんないけど逃げるなよ。んで恋人へ誠心誠意ごめんなさいしてこい。許してもらえるかは相手の器次第だ」
「いや、絶対に許してくれる。そういうやつなんだ」
「どうしてそう言える?」
「俺がその件で落ち込んだり、塞ぎ込んだりすれば、彼は気にしてことさらに気丈に振舞おうとするだろう」
「そりゃおまえらが信頼し合ってないからだ」
 アーマデルは意外そうに顔をあげた。
「お互い信頼し合ってないから、表面上のつきあいしかできないんだろ? 俺にはそう見えるね」
 そういうとラウランはちゃきっと立ち上がり、きのことキャベツと豚こまをフライパンでじゃんじゃか炒めだした。
「だいたいな、夜はそんなことごちゃごちゃ考える時間帯じゃないんだ。うまいもん食って腹一杯にして寝ろ!」
「俺は味覚音痴なんだが」
「じゃあ栄養とれ!」
「栄養……」
 誰かを思い出したのか、アーマデルの顔に笑みが浮かぶ。まだかすかで、弱々しいけれども。
「やはりラウラン殿のところへきてよかった」
「そうだろ? とりあえずな、こういう相談はその恋人にしろよ。大事な話があって知らない男の家に泊まりに行ったなんて聞いたら俺ならむっとするね」
「そうなのか!?」
 真っ青になったアーマデルを見て、まだまだ捨てたもんじゃないなこいつも、とラウランは思った。
「おまえはさ、思考の順番がおかしいんだよ。とりあえず今日はこれ食って寝る、いいな?」
 夜食を出されたアーマデルはこくんとうなずいた。
「どうしよう、俺はあいつに怒られるだろうか。それは……」
「ま、ちょっとは覚悟しておけ」
「嫌われたくないんだ」
 なぁんだとラウランは微笑した。
「おまえ、すなおになれるじゃん」

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