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はんすう
登場人物一覧
さて――誰も居ないだろう。誰もが居なくなっただろう。ボクの現状について思考を捏ねくり廻してみようか。此処までの謎に出遭ったことはないだろうか。もしくはよくある単純な答えなのか。誰でもない諸君(ない)にも問うてみたい。重要なのはボクが車椅子探偵で、その隣に死体が存在するという事実だけだ。理不尽で不条理だろう現実に、無意味な好奇を注いでしまおう――先ず。説いた通り。此処にはボクと一人……此れを『人物T』としよう。死骸Tでも悪くないが、兎角、困った事に。Tの性別が解らない。判らない。いや。焼死体だとか融解したとか、そのようなものではなく。Tには特徴が無いのだ。貌を視ても下半身を見ても上半身を観ても、一切が理解出来ないのだ。第八を頼ったとしても、其処には一の『在り方』も見当たらない。何とも奇妙なTだが、唯一、ボクが辿り着けるのは部屋の現状だ。
一、車椅子でも自由に動ける広さと扉。
二、窓が無い。常に暗がり。
三、金目のものは存在しない。Tの趣味的な物品も存在しない。
敢えて譬えるならば。何もない部屋に連れ込まれた。しかし。指紋などの『跡』もない。犯人は必ずやってくると誰かが吐いたが、それも滑稽な現実でしかない。ボクの柔らかくて美味しそうな脳髄では、発くようなグロテスクさだ――手詰まりかお蔵入りか迷宮入りだったか。勿論、今まで吐いた事柄では諦めない。問題なのは次だ。Tの胸を観察すると良い。ほら【息をしている】【心臓を動いている】筈だ。何。此れでは生きているではないか。正しい。正しいが、Tは何れにせよ死に絶えているのだ。ボクが声(ハイテレパス)を掛けても反応しない。ボクが痛みを与えても反応しない。まるで石化して閉じ込められた臓物のようだ。其処で。ボクは最後の賭けに出た。愉快で痛快な命を投げ棄てるような……命(在り方)を冒涜するような。残酷なほどの幻想。
頬を抓ったのだ。君、安楽椅子探偵であるボクが、夢オチなんてのを期待しているのだよ。莫迦らしいと思わないか。想うだろう。それほどまでに今が、Tが好奇心を擽ったという事だよ。もしかしたら神様という阿呆が、ボクを試しているんじゃないかってね。だからそいつをぶん殴ってやるのさ。秘密を暴いた後でね――まあ。賢い諸君なら判るだろうが、痛いだけだ。涙なんて流しちゃあいない。アッハッハ!!! 何だ。結局、簡単な事じゃないか。
犯人はボクだ。ボクの脳味噌がTを殺し続けているんだ。Tは死も殺された、哀れな哀れな被害者だったのだ。ボクの思考回路が生み出した最悪の結末。小説とか、舞台とか、そんな不愉快な潜伏。だからボクは『こう』呼び掛ける――君は生きているんだ――ほら。起き上がった。否。這い蹲った。赤子のように動く輪郭は如何にも化け物風身でハッピーな心持ち。うんうん。ちょっとお話してみようか。T君、初めまして。
初めまして――可笑しい。反応が無い。二度『はじめて』と告げた。『さて』――ふむ。言葉が通じない。如何やら本当に『赤子』のようだ。少々面倒な事に成ってしまった。違う。とても面白い事に成った。触れてみよう。此れも反応無しか。うろうろと転がる肉の塊と形容したい。不自然なほどに口角が歪むのは、きっとボクが興奮しているからだろう。Tがふらふらとごろごろを辞めて、ちょこんと正座。そうだ。何処まで反応しないのか試してやろう――膝を叩く。無意識に足は上がった。成程。ちゃんとした生物と言えば生物らしい。人間として必要な理性も動物として必要な本能も無いだろうか。諸君、此処からは視ない方が良い。ボクはトコトン調べ尽くす。
爪を剥いだ――基本中の基本だ。道徳などこの場には必要ない。聞き出す事も存在しないが、此れには深い知的好奇心を沸かせる『魔』が潜むのだ。指を折る。涙すら流さない。先端から中心まで暴いてやろう――腕を砕く。足も同様だ。肩を壊す。腰を……腸を。目玉も耳も、人間として。解剖するのだ。最後までボクを満たしてくれ――結。ボクの視界はバラバラに落ちた。Tは何故か、死んでいて生きている。どくんどくん。仕方がない。諸君に処理は任せて違う部屋でも探るべきか。ぎぃぃ――バタン。
ボクは居た。解体されたTが存在する部屋に。戻ってきた。此れが本当の密室(クローズドサークル)だ。考えてみろ。戻されたという事は、事件はこの部屋で完結している。嬉しいものだ。改めて情報を手繰らねば成らない。だが……もはや『それ』も要らないだろう。一寸先は闇だったのだ。ボクの後ろを確認すれば解る。背中と車椅子が同化し始めた。足と車輪が同化し始めた。それは在り方の死亡。自業自得と説くには奇怪な不条理――Tは誰か。シャルロッテ=チェシャだ。つまらない真実。ボクの魂は『バラバラ』に入り、バラバラの魂は『ボク』に入る。誰が車椅子人間だって――第八無視のフザケタ神め。