SS詳細
こころの花は揺らめいて
登場人物一覧
●
7月26日。
きょうは、とくべつな日。
●
大半を森で囲まれたこの地で、彼女は身を隠すように日々を暮らしている。天義と言う土地に因縁がある彼女であっても、その身に刻まれた『無意識な洗脳』は彼女をこの地に縛り付けているようだったが……こうして森の中に隠れるのもまた彼女なりの『無意識な抵抗』だったのかもしれない。
「ふふふ〜ん」
当の本人はそんな様子を全く見せては居ないのだが。
そんな彼女は自らの領地の一地区であるアステールにある花畑で一人座り込んでいた。
「ふふんふ……ふぇ?」
鼻歌まじりに楽しそうに花を摘んでいた彼女だったが、ふと吸い込まれる程に綺麗な花があったことに気づく。
「…………きれい……」
けれどぼんやりポツリとそう呟いた彼女が瞬けば
「……え?」
──そこはもう真っ暗な闇。
「どこ? どこ? シュテ、お花、摘んでた、なのにっ」
楽しげな気持ちはいきなりの暗闇に不安が募る。
右を向けど左を向けど、上や下へすら首を振ってみても闇は闇。それどころか自分の姿すら認識出来ない程の真っ黒な闇だった。
「……ひっく……誰か……せい、じ……」
彼女は当然のように泣きそうになりながら宛もなく助けを求める。歩いているような気がするのに、その感覚すらない。ここは一体どんな場所なのかと一生懸命考えていたところだった。
「ひゃ!?」
何の予兆もなく、パッとスポットライトのような明かりがつく。
天井は見えないが上を見てもただただ光が注ぐだけで、その光の先には見覚えのある人影が見えた。
「ママ、パパ……」
血まみれで倒れている男女にシュテルンは自然と呟いた。
彼女には『あの日』以前の記憶がない。だと言うのに彼女は彼らのことを両親だとすぐに認識できた。
「暗いは怖い……ひっく……赤いは怖い……うぅ……助けて……っ」
そんな抽象的なものへ感じる恐怖にどんなに目を擦っても涙が拭えなくて、自分ではどうしようもない現実に打ち拉がれていた少女は泣き続けるばかりだ。
あの日見た光景は心の扉が閉まったまま十数年たった今も頑なに呼び起こされない記憶。
唐突に思い出すトリガーはあれど、自分で思い出すキッカケはこの月日に置いても未だに見つけることが出来ずにいた。ただただ夢の中で少し思い出し起きたらもう忘れている。思い出す出さないから意識はなく、心にずっと淀みが溜まっていった。
それが一種の爆発を起こしたなら……きっと彼女は耐えられるはずもない。何せ今の彼女は
「っ!」
そこで突然スポットライトのように天から光が照らされる。
「ひっ!!」
その目の前に広がったのは大切に思っている人たちの亡骸の山。
天義の者から昔住んでいた時に近所だった新緑の者、最近出会った
──そして。
「せー……じ……」
『元。』美城・誠二(p3p006136)が血塗れで倒れている。
「せーじ……起きて。駄目、駄目だよ……お願いせーじ……っ」
彼女は彼の身体を揺さぶって起こそうとする。何度も何度も揺さぶってみても、その鼓動が止まってる限り、動くはずもないのに。
「シュテの周り、みんな死んじゃうの、なんで?」
それは悲痛染みた叫びのような呟きだった。悪夢の中の彼女はどうやら悪夢の記憶は十数年分を所有しているようだ。いつになったらこの悪夢に怯えずに済むのだろうと彼女は天を仰ぐ。
「シュテが死ぬまで、なのかな……」
死んでしまえたならどれだけ楽だっただろう。
けれど現実の自分はこの悪夢のことを全く覚えていなくて、のんきに五歳の皮に隠れている。誰かに助けを求めることすら出来ない夢の中の彼女は今日も悪夢に怯えるばかりなのだ。
「どうして……なの、かな……」
彼女はただただ素直に生きてきただけなのに。ただ
──シュテ
「?」
──シュテルン。
「だ、れ……?」
聞き覚えのある懐かしい声がする。聞いてると安心してしまう程に心地よくて、その声に呼ばれる度に嬉しくなる。
そんな声は一人しかいない。
「せーじ!」
彼だと思っていた亡骸の手を離し、彼女は声が聞こえた方へ走り出す。
スポットライトのように降り注いでいた光から離れ再び暗闇の中へ入り込んだが彼女はただただひたすらに夢中だった。
目をきゅっと瞑って無我夢中に走っていたものだから、彼女は目の前に見えてきた光には気づかず
「っ?!」
そして目を漸く開けられた頃には光りに包まれていた。
──。
────。
「……目が、覚めたか」
起きがけに現れたのは夢で会いたかった人。
「せー、じ……」
やはり彼女は何も覚えていなかった。けれど。
「せーじの声、聞こえたの……起きれたの、きっと、せーじの……おかげ」
何も覚えていないはずの彼女の口からするりとそんな言葉が溢れた。
「……俺は何もしてない。シュテルン、アンタの名前を呼び続けていただけなんだ」
安心したような表情を浮かべる彼女に対して彼の方は複雑そうな表情を浮かべている。
彼はヒーローとして色々考えては来たが、いつも自分ではどうにも出来ないことに直面する。結局自分が救えた者は何人居たのだろうかと常に考えてしまっていた。
「それが嬉しかったの」
「?」
彼女は徐ろに身体を起こし彼の手にそっと触れる。
「せーじのね、シュテを呼ぶ声……とても安心する、だよ」
「安心?」
「シュテを呼ぶ声、怖い声、たくさん……でもせーじだけ、安心する、したっ」
「そうなのか?」
そんな守りたいと思っている対象からの言葉には大小何であれ何かしら彼に届いただろうか。
「そう言えばシュテ、どのくらい、寝る、してた?」
「うん? ああ……数日ってところ、だな……」
だから心配したと続けた彼に彼女は衝撃を受けた。
「う、うそうそ!」
「……本当だ。俺が偶然お前の花畑に言ったから良かったものの……睡眠作用のある花の前で眠っていたのを見た時はゾッとしたものだぞ」
また救えなかった命が増えるのかと……と頭の霞に浮かんだのは置いておいて。
「うっ……そんなぁ……じゃあもう八月……?」
「? そう、だな?」
八月ももう中旬。流石に再度医者に容態を聞こうと思っていたところだと答えると
「シュテルン?!」
彼女の頬に伝うのは涙。
「シュテね、シュテねっ……せーじのたんじょーび……お祝いする、したい、だたから……お花、集めるしてた、なの……」
「ああ、通りで倒れていたお前の周りに花がたくさん……って、俺の??」
涙の理由が自分だったことにまた酷く驚く彼。
「そー! せーじ、シュテの大切、だから……お歌うたったり、お花あげたり……お祝いしたかったの……っ」
「シュテルン……俺は別に……」
「だめ!」
そこまで気にしなくてもと言いかけた彼の言葉を彼女は食い気味に否定した。
「シュテが、せーじに、生まれてきてありがとーお祝い、したい、だたの!」
「……そう、なのか?」
「そうなの!」
彼女の子供らしい訴えにそうかと静かに呟いて──。