PandoraPartyProject

SS詳細

Rain Rain Go Away

登場人物一覧

ヴェルグリーズ(p3p008566)
桜舞の暉剣
グリム・クロウ・ルインズの関係者
→ イラスト
グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)
孤独の雨


 とある人形師がいました。
 彼は只管に、“美しい人形”というものを突き詰めていました。
 そしてある時、素材が悪いのではないかという事に気付きました。作り物の腕では、紛い物の脚では、ただ煌めくだけの瞳では、真に美しい人形というものは作れないのではないか?
 美しい人形には、美しい素材がなければならない。
 彼は素材を探し、世界中を歩き捜しました。美しい腕を。細く筋張った足を。きめ細やかな肌を、時には爪の一枚に至るまで、美しい遺体(もの)を集めに集めては、人形の素材として使っていました。
 でも、足りないのです。人形に嵌め込む最後のパーツ。瞳が足りない。
 人形師は捜しました。この人形に一番ふさわしい瞳は何だろう? 金色? 銀色? 互い違いの瞳だって、きっと美しい。

 ――そうして、嗚呼! 見付けたのです! 人形師はまるで雷を身体に受けたかのような心地を受けました。

 其れはいつものように、霊園で素材を探していた時。
 誰何の声に振り向いて、人形師は確信しました。
 美しい、アメシストのような紫色の瞳。悲し気に揺れるスモークパープル。そうだ、僕の人形に嵌め込むならこの美しい瞳以外に在り得ない!

「ねえキミ。僕と――」

 キミの悲しみのためになら、僕は何だってしてみせましょう。
 代わりに其の瞳を下さい。綺麗に翳る其の瞳を。長い睫毛に彩って、綺麗な素材に仕立てましょう。
 其の代わりにキミが“一緒にいて欲しい”というのなら。キミの欲望が満たされるまで。そして、僕の欲望を満たせるように――



 とある霊園がありました。
 其処は打ち捨てられた霊園です。もう、世話をしていた青年はいません。
 一人立つのは、紺色の髪に銀色の瞳をした青年でした。彼は誰かの墓参りをしに来たという訳でもなく、この霊園の護り手を思って此処に訪れたのです。
 ……寂しがりで、でもとても優しい青年でした。けれど――彼は。グリムは“優しかったから”。だから、両親を、家族を失った悲しみに耐えきれなかった。大切な友達が魔種であると判っていて、其れでも失う事に耐え切れなかった。

 裏切らないでね。
 違えないでね。
 ほんとうに死ぬまで一緒にいてくれよ。

 歪んでいく際に紡がれた言葉。
 其れは、彼の心からの願いだったのでしょう。
 思い出して、青年――ヴェルグリーズはぐっと拳を握りました。どうして己では、自分達では彼の寂しさを拭えなかったのだろう。自分達では足りないものを、彼が埋めてしまった。其の事実に、憤りさえありました。
 友人が魔種だったのが悪かった? 彼以上にグリムという人間を理解できていなかったのが悪かった? ――判りません。
 誰の者とも知れぬ墓は、まるで“こちら側にいたころのグリム”のもののようだと、ヴェルグリーズは静かに見下ろしていました。

 ぽつ。
 ぽつり。

 暗雲が耐えかねて、しずくが一つ、二つ、落ちて来ました。
 さあ、とまるで広がるように雨が降り出します。ヴェールのような霧雨は、はて、誰の涙なのでしょう。少なくとも、ヴェルグリーズのものではありません。彼は泣きません。泣くための時間があるなら、剣を握っていたいから。
 ……なんとなく立ち去るのがはばかられていたけれど。ヴェルグリーズが無銘の墓の前から去ろうとした、其の時。ふと、奥の森から足音がしました。

 参拝者でしょうか。
 ゆるりと視線を向けて……ヴェルグリーズは目を疑いました。
 さっきまで考えていた人物が、アメシストの瞳を持つ彼が、霊園へと降り立ったからです。
「……グリム殿」
「あれ? ヴェルグリーズ君じゃないか」
 首を傾げるグリムは、まるで街ですれ違った時のようにいつも通りで。
 だからこそ悲しい、とヴェルグリーズは咄嗟に周囲を伺いながら思いました。彼は魔種になってしまった。まるで何も変わっていないのに、根幹が既に自分達とは違うのです。滅びを撒き散らすだけの魔種という存在になってしまった。

 ――だから、出来るならば此処で討つ。

 周囲に人がいない事を確認すると、濡れた髪を振りながらヴェルグリーズは迷いなく剣を抜きました。
「……どうして此処に来たんだ」
「どうしてって……見ておきたかったからだよ。俺はエメスに瞳をあげるって約束したから、其の前にこの風景を覚えておきたかったんだ」
 ああ。
 其の言葉は、真っ直ぐに歪んでいる。
 “瞳をあげる”という恐ろしい行為を、まるで手を差し出すかのように気軽に言ってのけるグリムは、確かに歪んでしまっていました。
 最早斬るほかなし。思い出も、後悔も、一抹の寂しさも今だけは振り払い、ヴェルグリーズは一気にグリムへと接敵しました。

「なら、せめてこの風景の中で――!」

 キミを斬り捨てよう。
 キミが滅びを撒く前に。
 ヴェルグリーズが振り下ろした剣を、グリムは持っていた杖で受けました。其の表情は不思議そうで、でも、直ぐに喜色に染まります。

 ――ああ。ああ!
 ――いま、君は俺だけを見てくれている!

 杖は木で出来ているのに、まるで鋼鉄のよう。
 尋常ならざる膂力で一気にヴェルグリーズを押し返すと、グリムは杖を振りました。作り出された氷の槍がヴェルグリーズを追い掛けます。
 ヴェルグリーズは心中で詫びながら、墓石を踏み台に跳び、身体を捻り、氷の槍を避けます。避け切れなかった氷の鋭さが脇をよぎりましたが、動きに支障がある程ではありません。
「グリム殿……せめてキミが、魔種として手を汚す前に……!」
「ヴェルグリーズ君、君は俺を殺すために此処へ来たの? 俺を見てくれているの? 俺を独りにしないってエメスは約束したけど、其れでも俺は寂しいんだ。ねえヴェルグリーズ、君も俺を思ってくれてるんだよね!?」

 強い銀の眼差しが、グリムをしかと見ていました。



 ――今まで、ずっと一人だった。
 父様も、弟も、まるで風のようにふわりと俺の前から消えてしまった。俺と一緒にいてくれる人なんて、今までいてくれなかったんだ。
 でも、エメスは違った。俺の友達になってくれて、ずっと一緒にいてくれるって約束してくれた。俺の目が欲しいって言ってくれた。俺を“欲しがってくれた”。
 ……でも。もし目をあげたら、それっきりなんじゃないかって、不安だったんだ。目のなくなったお前なんて用済みだ、なんて言われたら? 俺は嫌だよ、そんなの。

 でも、でも、でも!

 ヴェルグリーズ君、君は違う! 君は“俺が俺である限り”、ずっと追いかけてきてくれるよね! 俺が生きている限り、ずっと追いかけてくれるよね! 目だけじゃない。見てくれだけじゃない。俺をしっかりと見てくれている! 俺を見る刃のような銀色の瞳は、俺を絶対に裏切らない! 見捨てない! ずっとずっときっとずっと、俺に心(さつい)を向けてくれるんだ!
「ああ……」
 恍惚とした溜息を吐きながら、グリムはヴェルグリーズに見えぬ刃を向けました。ヴェルグリーズの代わりに墓石が無惨に打ち砕かれて、着地した彼の目はやっぱりグリムだけを見据えていて。
「嬉しいよ、ヴェルグリーズ君。俺だけを見てくれているんだね。俺だけを思ってくれているんだよね! 其の眼を向けるのは、俺だけ! 俺だけなんだよね! じゃあさ、俺と一緒になろうよ! 俺も君を思うから、一緒にいよう!」
「戯言を……! グリム殿、君はもう俺達と同じ側じゃない! 俺はそちらには行けないし、行かない! せめてキミが誰かを手に掛ける前に、俺が……!」
「そんなに俺を思ってくれているんだね……嬉しいなあ。君がそんなに俺を見ていてくれたなんて、“そっち側”にいたら一生判らなかったかもしれない。俺は一人じゃないって判って、とっても嬉しい……!」

 剣と剣が打ち合うような音が、響き渡ります。
 或いは恍惚と、或いは焦燥と、互いの武器を打ち合わせました。

 ――此処で討たなければ、世界の敵であるグリム殿はいずれあの魔種にそそのかされて誰かを手に掛けるだろう。

 かつて戦地を共にした仲間として、そうなる前にせめてこの手で討ち取らなければ。其れは特異運命座標としての使命というだけではない。彼を見送り、退くしか出来なかったあの日の悔しさ故だけでもない。
 もう戻れない境界線を越えてしまっても、彼と共に駆けた記憶は残っているのだから……!

 ――ああ、其の瞳。
 まるで研ぎ澄まされた剣のように、俺を見詰める銀色の目。エメスだったらなんていうかな? きっと人形の目にしたいって、言うのかな。俺の目と彼の目なら、彼はどちらを選ぶだろう……あ、でも目って二つあるから、片方を俺の、そしてもう片方を彼の目にしてもらえば良いんじゃないかな?
 そうすれば、目になっても俺達は一緒だ! ふふふ、ヴェルグリーズ君と一緒に人形に収まれるなんて、凄く幸せだ。そうしたら、俺達は残った片目でお互いをずっと見るんだ。見捨てないでいてくれるよね、ヴェルグリーズ君。俺をずっと見ていてくれるよね、ヴェルグリーズ君。俺に心を向けて。俺に刃を向けて。俺の事だけを考えてくれるよね?



 何度か打ち合って、ヴェルグリーズには判った事がありました。

 ――グリム殿は、まだ魔種としての己に慣れていない。

 体の微細な動かし方や、力の振るい方。其れ等を包括して、彼はまだこちら側にいた頃から抜け出せないでいると判りました。
 まだ、人間相手の戦い方が通じる。
 其れはヴェルグリーズが見た、ささやかな光明。此処を突かなければ、恐らく己一人で魔種に対抗するのは難しいでしょう。
 ならば。

 拮抗していた杖と剣。僅かにヴェルグリーズが剣の角度を変え、弾くように剣先を僅かに動かします。
 かきん、と高い音がして、杖が弾き飛ばされました。

「……!」

 グリムが其の美しい色の瞳を見開きました。
 其のがら空きの心の臓へ、ヴェルグリーズは迷いなく剣先を――


 ――うーん。そろそろ出ていくべきかな。



 ざくり。
 思っていたのと違う肉の手ごたえに、ヴェルグリーズは目を見開きました。眼前にあるのは、首のない胴と四肢だけの“人形”。

「グリム君。キミ、いけませんよ。勝手に外を出歩いたら、心配するじゃないですか」
「……エメス!」

 嬉しそうにグリムの瞳が輝きました。ヴェルグリーズは濃くなった敗色に、内心で舌を打ちます。
 エメス・パペトア。彼はグリムの“友達”であり、彼を魔へと落とした張本人です。
 エメスの人形から素早く剣を引き抜き、ヴェルグリーズは後ろへと跳躍しました。一人はまだ魔種の力に慣れておらず、一人は戦闘向きでない魔種とはいえ――魔種二人を相手に一人で戦うのは、例え剣の精霊たるヴェルグリーズであっても難しい事でした。
「エメス、俺ね、俺だけを見てくれる人を見付けたんだよ!」
「おや? 其れはちょっと妬けますね。キミだけを見ているニンゲンなら、既に僕がいるでしょう。其れとも僕だけではご不満ですか? 人形の首を全てキミに向けても足りないと?」
「ふふふ! そんな事ないけどさ、俺を見てくれる人はいればいるほど良いんだよ。でも勿論、エメスが一番だよ」
 ごめんね、ヴェルグリーズ。
 場違いに明るくそう謝る彼に、軽口を返す余裕はヴェルグリーズにはありませんでした。
「……グリム殿」
「うん? 何?」
「いつになろうとも……キミだけは、俺が必ずこの手で」
「……殺してくれるんだよね。殺そうとしてくれるんだよね。其れってつまり、俺だけを見てくれるんだよね! だから、俺だけの為に剣を研いで? 俺だけの為に剣を振るって、俺だけを探してよ、ヴェルグリーズ君。俺はいつだって、君を待ってるよ」
 一歩。二歩。
 下がるという事がこんなに悔しいだなんて。
 ヴェルグリーズは二人に戦意がまだない事を確認すると、素早く霊園から姿を消しました。

「……良い瞳をしていましたねぇ」

 エメスが言います。まるで研いだ刃のような銀色の瞳だと。
「エメスもそう思う? そうなんだ、本当に、見られるだけで斬られそうだった! ぞくぞくして、俺、本当に震えたよ。あんな目がずっと俺だけを見てくれたら良いのになぁ」
「キミは本当に強欲ですね。さっきも言いましたけど、既に僕という存在がいるというのに、まだ足りないんですか?」
「そうだね……足りない、足りないよ。願うなら、世界中の人が俺だけを見てくれないかなって思ってるくらいだ。俺は独りは嫌。独りになっちゃうのはもう嫌なんだ。……だからエメス、君もそうだよ。ずっと俺の傍にいてね」
「ええ、もちろんですよ! 君の其の美しい瞳、決して手放したりはしませんとも」

 エメスは知りません。
 彼がいっとう好む悲しみに翳るアメシストは、グリムが持つからこそ美しいという事を。
 グリムは知りません。
 彼が好むグリムの瞳の色は、悲しみに翳る其の色だという事を。

 決定的にすれ違っている二人は、其れでも、楽し気に寄り添っていました。
 そうだ、とグリムが声をあげます。

「折角だし、この霊園を案内してあげるよ。此処は前に俺が管理していた場所なんだ」
「そうなんですか? という事は、此処のお墓に入っている人はみんなグリム君のご友人で?」
「あはは、違うよ。でも、ちゃんと綺麗にはしてあげているかな。例えばあっちの墓は数か月前に――」



 悔しい。
 ヴェルグリーズは魔種二人が追ってこない事を確認すると、緊張に詰まっていた息を吐きだしました。そうして、持っていた剣を痛むほど握りしめます。
 もし自分に、魔種二人を相手取っても問題ないほどの力があれば――あの場で二人とも斬り捨てていたのに。
 もしエメスが出てくるのがあと数瞬遅ければ、グリムを討ち果たせたかもしれないのに。
 そのどちらも出来なかった自分が悔しくて、霧雨の中、ヴェルグリーズは濡れそぼった己の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しました。本来なら陽光を受けて銀色に煌めく髪は、この暗い雨空の中では只の紺色。

 ――魔種に堕ちる程の寂しさとは、一体どんなものなのだろうか。

 ヴェルグリーズは、グリムを思います。
 自分を殺そうとする刃にさえ、彼は喜んでいました。「自分を見てくれる」と。「そのまま、自分だけを思っていてくれ」と。
 彼の寂しさをヴェルグリーズは知りません。孤独というものは、ヴェルグリーズにはさしたる問題ではないからです。
 存在が歪んでしまう程の寂しさ。きっとそんなもの、判らなくても良い。

 次に会った時こそ、あの魔種(グリム殿)を、あの魔種(エメス)さえも仕留めてみせる。

 誓うようにヴェルグリーズは空を見上げ――けれど空は無情にも、彼の顔に、髪に、しとしとと雫を落とすばかりでした。
 きつと空を見上げる銀色の瞳はぎらぎらと殺意に輝いて、……きっと其れを見れば、グリムはまた、喜ぶのでしょう。
 何処までも世界の悪意の掌で遊ばれているようで、ずうっと、ヴェルグリーズの心の内には悔しさともやるせなさともつかないものが渦巻いているのでした。

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