PandoraPartyProject

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星が砕けて、君が遠離る

登場人物一覧

カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾
カルウェット コーラスの関係者
→ イラスト

 ――ルウィー、ずっと一緒に居ようね。ぼくときみは『ふたりでひとつ』だから。

 ――うん、そうだね。ルナ。ボクはルナとずっと一緒に居るよ。

 そう言っていたのに。ぼくの一等星。大切で、大好きで、輝き続けるぼくを取り巻く全ての音色カルウェット


 ノクターナルが覚えて居る事と知っていることは幾つかのことだった。
 自身の肉体は作られたものであり、眠ることも食事も必要としていないこと。
 傷つけどもその肉体は崩れはしても血潮が流れることがないこと。そして、何故か封印されていたという事。
 花散らした雪柳のベッドの上で瞼と呼ぶべき『機構』をそろそろと上げて眼球を動かした。肉体に付随した視力は良好。ぎょろりと動かし左右を確認してから他神経への伝達を確認する。腕に力を込めれば肉体を持ち上げることが出来た。途中、角が大地を引っ掻いた事に驚いてからノクターナルは角の感覚を確認する。
 巨大な角はノクターナルにとっての弱点だ。自身のコアたる弱点を晒して居る事は危険そのものでしかないが、大きな角が大切な『ルウィー』の心を教えてくれる事からノクターナルにとっては不用な器官とは言い切れなかった。
 纏っていた衣服は泥に汚れることはなく、降り積もる花弁が体を包み込む。じゃらりと音を鳴らした鎖を引き摺りながら立ち上がってノクターナルは首をこてりと傾いだ。
(フェル、居ない……いいけど……)
 ノクターナルとカルウェットは『コーラスフェル』と名乗る女に可愛がられていた記憶がある。それも朧気なのは永きにわたる眠りの所為だろうか。
 あの優しい掌は心地は良いがカルウェットがうっとりと嬉しそうに笑うことが気に食わなかった。あの笑顔を作るのが自分でなくてはならない、カルウェットの一番が自分でなくてはノクターナルは気が済まなかった。
 秘宝種である二人は元はひとつの何かであった、という『感覚』だけが存在した。故に、ノクターナルは本能的にカルウェットを溺愛し、依存していた。
 本来の二人がどの様な存在であったのかは二人には知る由はない。もしも、誰かに作られ封じられていたとするならばそうした当人かその当時を知る人間でしか分からないからだ。
 ――だが、ノクターナルにはそんなことはどうでも良かった。一番はカルウェット。カルウェットが「ルナ」と呼んで笑ってくれるならば、それだけで天にも昇る気持ちなのだから。
「……ルウィー?」
 はた、と気付いたノクターナルは周囲を見回した。風に舞い散る雪柳。真白の絨毯の上をそろそろと進みながらノクターナルは息を呑む。
 目覚めてから少しの時を経て、はっきりとした意識の中にかるうぇっとが存在しなかったのだ。君を知る方法コアの角の反応もない。
「ルウィー」
 名前を呼んでも応える声がない。コーラスフェルが居るか居ないかはこの際どうでも良かった。それよりもカルウェットがこの場に居ないことが問題なのだ。
「何処、何処、ルウィー」
 何処かで泣いているかも知れない。心優しい子だから、幼い子供が悪戯を為て角を傷付けられたかも知れない。ノクターナルは慌てた様に走り出す。
 山を転げるように降りて、麓の村へと辿り着いてもあのふわふわとした桃色の髪は見つからない。あの巨大な角も、不思議そうに周囲を見回す姿も。何処にも存在しないのだ。
 ノクターナルはカルウェットが一番だった。ノクターナルにとっての唯一無二が傷付けられたならば、ノクターナルは我を失うほどに激怒するだろう。
「何処にやった……ルウィー……何処に……」
 誰かがカルウェットを持ち去ったのだとノクターナルはした。その肉体にインプットされた明確な怒りがふつふつと沸き立つ感覚を覚えたのだ。
 事実は違う。ノクターナルと少し離れた場所で眠っていたカルウェットは目が覚めて、小さなウサギが跳ねる様子を眺めた。幼い子供達が走る様子を眺めた。
 どうして此処に居るのか分からないままに呆然と座り込んでいたカルウェットはにつられて山を下りた。カルウェットはノクターナルより早く目覚め、暗い山を一人で下りた。新しい陽の下で知らないことを知りたくて、ニンゲンの真似事をするように暮らしたのだ。
 ノクターナルは知る由もない。寧ろ、カルウェットに影響を及ぼした友達が居ることが許せない。カルウェットが自分一人を置いていってしまう事が許せない――カルウェットが自分を忘れてしまった現実が許せない。
 ずっと二人で手を繋いでいられたら良かった。ノクターナルは我武者羅にカルウェットを探し求め、そうしてから遂に辿り着いた。
 一人、月の下で怯えた様子で佇むカルウェットの姿を見詰めたときノクターナルはその体に高揚を知った。心臓が存在していたならば早鐘を打っただろう。
「ルウィー!」
 呼びかけて走り寄ろうとするノクターナルに気付いてカルウェットが身構える。
 ぴたり、とノクターナルはその足を止めた。
「ル、ルウィー……?」
「るうぃー? ……ボクの、こと……?」
 辿々しく人を真似た言葉を発するカルウェットにノクターナルは息を呑んだ。脳味噌はんだんりょういきがショートした。理不尽なる結果を計算に弾きだした脳を殴りつけてやりたい衝動に駆られながらノクターナルはカルウェットに向き直る。
「そう、だよ。ルウィー。ぼく。ぼく、だよ。ルナ」
「るな……?」
 不思議そうに唇が動いた。ぱちり、と瞬いた美しい桃色の眸。その眸に映ることこそがノクターナルにとっての一番であったのに――
 今は怯えと恐れの色彩の中に自分の姿が揺れている。
 衣服の中でだらりと降ろしていた指先に徐々に力が入る――一体誰がルウィーの記憶を奪ったのか!
「おぼえて、ない……?」
「しら……ない」
 ノクターナルの体内にわき上がった怒りは抑えきることが出来なかった。伽藍堂の肉体。作り物の自分たち。それでも、この怒りは紛れもなく本物のである事が分かるから。

 ――怖い。誰。知らない。知ってる? 誰。ボクが、忘れた?

 角を通じて混乱ばかりが伝わってくる。ノクターナルの角はカルウェットを理解するためだけに作用していた。
 その心を感じ取ること出来たのは、二人がひとつであったという証だとノクターナルは理解していたのだ。
「ぼくは……ルウィー……ルナ、だよ。ノクターナル……」
 唯一無二の、ぼくを包んだ音色カルウェット。そのかんばせに張り付いた恐怖から逃げ出したい衝動に襲われてノクターナルは後ずさる。
「ルウィー……?」
 何を忘れてしまったのだろうかと、不安げに頭を抱えたカルウェットを見ていることも辛くなり、ノクターナルは走り出した。

 カルウェットを照らした美しい月が自分だったら良いのに。それならばずっとずっと傍に居られた。
 最初に目覚めたのが自分だったら良かったのに。忘れて一人で何処かに行ってしまう前に手を繋いでもう一度のはじめましてを行ったのに。

 暗闇の中を走り出す。逃げ出すノクターナルの背中に「待って!」とカルウェットは叫んだ。地面を転げるようにして、追い縋らんとしたカルウェットの足が縺れる。
 ノクターナルは構う事など無く背を向けて駆けだした。自分だって全てを覚えて居る訳ではない。
 そもそも、誰が自身等を作ったのか。誰が自身等を封じたのか。その眠りの期間さえも分からない。
 始動して、命を得て、そうしてともに歩むはずであったカルウェットの記憶から己が消えたことだけが耐えられなかった。

 ――ぼくの一等星。大切で、大好きで、輝き続けるぼくを取り巻く全ての音色カルウェット
 ぼくにはきみだけいればよかったのに。ぼくにはきみだけしかいなかったのに。
 どうして、きみは他の誰かと笑っているの? どうして、きみはそれでも平気そうな顔をしていたの?
 ぼくは身をも裂かれるような思いだったのに。辛かったのに。苦しかったのに。

 頭を抱えて身悶えて。此処で死んでしまいたいと願うほどに、ノクターナルは苦しかった。
 あの唇で「ルナ」と呼んでくれることばかりを考えていた。忘れられているなどとは思えなかったからだ。
 怯える余りに逃げ出した。角はカルウェットの位置を察知は出来ない。心を感じる取る事も出来なくて、自分が一人になってしまったことにそこで漸く気付いた。
「う――……ううええ……うえええん……」
 子供の様に嗚咽を漏して座り込む。
 カルウェットが世界の中心であったノクターナルにとって、カルウェットの世界の中心が自分ではなかったことが酷く悲しかった。
 受け入れることも出来ないままにへたり込んで地を掻いた。
 もし、カルウェットが自分を思い出して、探し出そうとしてくれるなら全てが丸く収まるだろうか……?
 ノクターナルにはそうは思えなかった。己の感じた喪失感が今のカルウェットが全てを思い出す事は無い元の通りにはならないと告げて居る。
 あの時の二人だけだった世界に何かが差し込んだ。
 カルウェットを照らしているのはぼくだけだった。今のカルウェットは太陽の下で笑っている。

 ――

 悔しさに腹の中にぐるぐると何かが渦巻いた。
 カルウェットから逃げ出した足に漸く力が入った気がした。

「そうだ、ルウィーを、探さなくっちゃ……ぼくがルウィーの唯一無二だって、教えなくっちゃ」

 ノクターナルにとってどうして自分が生きているのか、どうして自分が作られたのか、どうして自分が眠っていたのかは興味はもう無かった。
 カルウェットがずっと傍に居たならばそうした事情を二人解き明かそうと手を取り合ったのかも知れない。
 今は、もうカルウェットが他の誰かと笑う姿が辛かった。
 どうしても、自分だけの唯一無二で居て欲しかった。カルウェットにとってもそうだと、もう一度笑って欲しかった。
 ただ、それだけだった。

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