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暮れる世界と狂える世界
登場人物一覧
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現代日本、都市部。
――学校のチャイムが鳴っていた。
俺、『あの日見たイケメン』秋月 誠吾(p3p007127)は上半身を机の上に突っ伏して、授業中ずっと寝ていた。
チャイムと共に微睡みの中から薄っすら瞳を開け、起き上がる。身体が途轍もなく怠い。
「ふぁぁ……」
欠伸が出て、涙を擦っている内に台風がやってきた。
「誠吾!! こら、また寝てた!」
「なんだよ、八弥(やや)」
俺の幼馴染である八弥が正面から机の上を叩いて、怒った表情を向けていた。いつもの事だから、俺はそんなに驚かないのだ。
八弥はどうやら、授業中に寝ていた俺を叱っているらしい。流石クラスの学級委員長だ、そのしっかりさが周りの人間に少しだけ忌避されているが、八弥がいないとクラスが締まらないから俺は有難いと思っている。まあ、小さい頃から泣き虫だったこいつを知っている俺にとっては、可愛い妹みたいなもんだけど。
「誠吾! 今日は約束の日だからね!」
「へいへい、っと」
そういえば八弥と何かを約束していた。
なんだっけな――思い出せない。確か家の冷蔵庫に張ってあるメモ帳に書いてあったような気がする。
「俺は、一回帰る」
「いいけど、忘れないでね」
「ああ、はいはい」
身長の低い彼女の頭をぽんぽんと撫でてから鞄を持ち、俺はもう一度欠伸をした。クラスに割り当てられた教室を出て、下駄箱から自分のローファーを取り出し、上履きと履き替える。そして校門潜って、帰路へ――。
その時、急ブレーキの音がけたたましく聞こえた。フーーと後ろをみたら、大型のトラックが砲弾のように俺に迫り。
――――ハッ。
気づいたら、俺は知らない景色の中に立っていた。
え、此処、どこ……? そういった思考で頭が埋め尽くされる。何度か目をこすってみたが、俺の知っている日本とは、全く違う世界であった。
やがてシスター服の女が、この世界のことを教えてくれたが――未だ俺にとっては何が何だか。
学校の鞄を握ったまま、暫く茫然と立ち尽くしていた。何一つ受け止められない。
八弥は、母さんは? 父さんは? 学校はどうなる、俺は死んだ?
あること、ないことを考えた。だが答えは出てこない。突き付けられたのは、この世界から元の世界に帰ることはできないこと。そして、俺は戦う為にこの世界に召喚されたこと。
冗談じゃない!!
俺は戦うことなんてできない。日本は戦争放棄していて、憲法第9条で駄目だと。自衛隊はいるけどそういう武力じゃなくて、安寧に浸っていた俺が、まさか戦うなんて――剣? 魔法? いやいや流石に冗談キツイだろ!
ゲームの世界にでも来てしまったか。
俺は自分の頬を抓ってみた、いや、やっぱり痛いから現実であると思い知らされた。
でも稀に痛みのある夢を視ることだってあるかもしれない。そうだ、これは夢なのだ! よくない夢。
覚めろ、醒めろ、現実の俺醒めろ!
あれだろ、トラックが俺に突っ込んできて、目が覚めたら俺は病院のベッドの上で、家族や友人や八弥に囲まれて、起きたらみんなが泣いているっていうオチなんだろ! 漫画で見ていたから俺は詳しいんだ!
だから早く醒めろ――……醒めてくれ。
しかし、いつまで経っても夢から醒める事はなかった。
半ば俺は、あきらめたのか、それともこれが絶望という感情なのか。よくわからない初めての感情を胸に抱いたまま、この世界で暮らすことになった。それしか、道が無いのだから。
幸い、戦いに関しては自己申告制であるらしい。故に、俺は、あえてその依頼とやらを遠ざけていきていけばいいはずだ。
それから俺は、ある店で働き始めた。
衣食住は困らないとはいえ、何もしなければ思考が停止して駄目人間になりそうだから。
バイトが終わり、歩く力が残っていなかった俺はカフェに入って窓際の席でアイスコーヒーを混ぜた。
外を見れば、翼を持った人間や、獣のような一部がはえた者たちや、騎士や聖職者、勇者や魔王までごった煮で行き交っているのが見える。嗚呼、良く俺はこの風景になれたものだ、自分で自分をほめてやりたい。
どうすれば、戦わないイレギュラーズとして生きていくことができるだろうか。
それに戦わない事がずっとできないのなら、代わりに、後方支援に回ることが出来れば命を永らえることが出来るかもしれない。
もし、俺が戦わなければいけなくなったと思える時が来るとして、その時はどうなっているか判らない。いや、考えられない、今、俺は精一杯なのだ、生きることに。
ただ、そういった出会いがあるのなら、拒む事は無いだろう。
未知なる世界に突然召喚されて、戸惑いを隠せず日々緊張して生きている俺だけど。
「ま、なんとかなるといいな」
俺は、肺の中の空気を入れ替えるように微笑した。
そして、元の世界と同じ味がするアイスコーヒーを飲みほして、再び、現実離れした現実の世界へと還っていく。