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SS詳細

王子の優雅で絢爛な一週間

登場人物一覧

クリスティアン=リクセト=エードルンド(p3p005082)
煌めきの王子
クリスティアン=リクセト=エードルンドの関係者
→ イラスト

●月曜日

 王子の朝は早い。
 クリスティアンの一日は王子体操第一から始まる。
「はい、いち、にい、さん、し!」
 ぐりぐりっと腕と顔を回して──スマイルっ!
 腰を落として筋を伸ばして──スマイルっ!!
 振り返ってスマイル! 
 反り返ってスマイル!!
 何しても最後はスマイル!!!
 笑顔の練習は欠かさない。それが王子なのだから。

 王子体操を終えたクリスティアンは、仲良しのマダムの畑へと馬を走らせる。
「うーん、これは……齧られた痕かな?」
「アラ、また見つけちゃった?」
 農家のマダムと一緒に、野菜の収穫を手伝うクリスティアン。
 おばあさんの作る作物はそれはそれは瑞々しく新鮮でおいしい高品質なものばかり。
 だが、最近は少々虫食いのような痕や、生き物に齧られたようなものが目立つ。
 いくつか掘り起こされたものもあるようで、罠などを仕掛けても被害は止まらないという。
「最近困っちゃっててねえ。まだ深刻な被害ではないのだけれど」
「ふむ……どうにか出来ないものかなあ」
「まあ、こんな時もあるわよ。さあさ、クリスちゃん。疲れたでしょう、お茶にしましょう」
「やった!」

●火曜日

 クリスティアンの一日はお茶会から始まる。
「クリスティアン様、お茶が入りました」
「ありがとう、クラエス」
 芳醇な香りにしばし酔いしれ、ソーサーを持ち上げ品よく紅茶を飲むクリスティアン。
 王子らしい気品ある所作に佇まいに、見る者は目を奪われるだろう。
「いやあ、クラエスの淹れる紅茶はいつも素晴らしいよ」
「もったいなきお言葉です、クリスティアン様」
 ケーキスタンドに乗せられた軽食や茶菓子も目を奪われる豪著さだ。
「コーニッシュパスティにプロフィトロール、そしてスコーンをご用意しました。スコーンはクロテッドクリームを付けてお召し上がり下さい」
「いやあ。どれも美味しそうだね……」
 と、テーブルに乗ったケーキスタンドに顔を突っ込み、むしゃむしゃとスコーンを食べ始めるロリババアの木霊。
「こらこら、木霊。お行儀が悪いよ」
 窘められた木霊はンエエエエとか鳴きながらクラエスの手によって引きはがされていた。

「クラエスも一緒にどうだい」
 クリスティアンの提案に、クラエスは思わず上ずった声を出す。
「私が、ですか?」
「たまには良いだろう? 折角のお茶会なのに僕一人とは、何とも寂しいじゃないか」
「滅相もない! クリス様、私はただの執事にございます!」
 食い下がるクラエスに、クリスティアンはまっすぐな瞳で返す。
「クラエス。僕は君とも、対等に居たいと思っているんだよ」
 ──だから、クラエス。たまには僕にもやらせておくれ。

 クリスティアンの言葉に、クラエスは従うほか無かった。
 クリスティアンの手つきは、クラエスと見劣りせぬほどに素晴らしいものだ。
 幼いころからクラエスの所作を見てきたクリスティアンだからこそ出来る事。
 そして、完璧に紅茶を淹れて見せた。
「きっとクラエスには及ばないけれどね」
 そう付け加えながら、クラエスの前にカップを置いた。
 クラエスの頬には、涙が一筋。
 ゆっくりと、ほのかな塩味のする紅茶を味わう。
「いいえ……これは、私の人生で一番美味しいお茶にございます、クリス様」

●水曜日
 
 クリスティアンの一日は買い物から始まる。
「えーと……必要なものは何だったかな……」
 商店街を歩くクリスティアン。そこに──。
「あら! クリスちゃん! 今日はブリ安いわよ!」
 元気な魚屋のおばちゃんが声を掛けてくる。
「おお、脂が乗っていて美味しそうじゃないか! ロリババア達が喜ぶかも。買った!」
 軽率に買ってしまう王子。
 と、小ぶりなシシャモを三匹、一緒の袋に入れられる。
「はい、オマケね」
「ええ! いいのかい?」
「いつも買ってくれるからねえ。クリスちゃんだけにサービスよお、サービス!」
 とかやり取りをしている間に、ずらりとマダム達がクリスティアンを囲む。
「魚屋ばかりズルいわ! クリスちゃん! ウチのお肉も見てってよ!」
「仕入れたばかりのリンゴがあるわよ!」
「ちょ、ちょ、マダム達。順番、順番に行くから……」

 街人から人気のあるクリスティアンは商店街を歩くだけで声を掛けられ、何だかよくわからないモノまでついつい買ってしまい、あれよあれよと買い物袋を両手いっぱいに抱える事となるのだった。

●木曜日
 
 クリスティアンの一日はロリババアの世話から始まる。
「やあ、元気にしているかい、皆!」
 その中でもアンジェは一番古株だ。
 散歩をしている時、どうにもうまくいっていなさそうな家族を見ると大喜びする。
「アンジェ、今日も拾ってきたのかい……」
 最近はどうも、腐敗した貴族や王政の不満などについて書かれたゴシップ新聞に大ハマりしているようだ。
 見せては毒だと取ろうとすると「ンアアアアア」とか言いながら激しく抵抗するので、クリスティアンも手を焼いているようだった。

 ガーネットはほかのロリババアと違って随分と大人しい。
 しかしワインにご執心のようで、随分前にワインセラーに忍び込み、高価なヴィンテージワインを啜っていた苦い思い出もある。
 だがまあ、飼っているとそんな事も許せてしまう。飼った弱み、というやつである。
「あっ、ガーネット! そのワインは……アアーーーーッ」

 ナイルは湧き出る地下水を何より好み、普通の水は一切口を付けない。
「君は今までどうやって生きてきたんだい、ナイル?」
 まあ、答えは返ってこないのだが。

 野良ロリババアとして保護されたツバキは、どうやら種族違いの恋をしている。
 パカダクラを見ると大興奮するのである。
「ツバキ、僕は応援してるよ!」
「ンエエエエエ」

 都ロリババアのエリヤ。どこかセレブ感ある佇まいのエリヤは、やはり他のロリババアとは違う。
「おやエリヤ、どうしたんだいそんなに興奮し……ウワーッ!!」
 クリスティアンくん、ふっとばされたーっ!
 興味の惹かれるものがあると突進してしまうあたり、まあやはり、そこはロバだ。
 ちなみに今日のクリスティアンは黄色い服を着用していた事を付け加えておく。

 木霊というロリババアについては、未だによく分かっていない。
 山道の散歩をよくせがんでくるが、それ以外はまあ、至って一般のロリババア……なのかもしれない。
「こらこら、木霊。お行儀が悪いよ」
「ンアアアアア」
 今日もお茶会のクロカンブッシュを盗み食いして、クラエスに引きはがされていた。
 
●金曜日

「アッ」
 クリスティアンの一日は落とし穴に落ちる事から始まる。
「ちょ……お~い、誰か~」
「クリスティアン様ああ!!」
 クラエスが救ってくれました。
 誰が掘ったかは(お察しください)。

 気を取り直して。
 クリスティアンの一日は部屋でゴロゴロすることから始まる。
「うーん……今日は何だかやる気が起きないなあ」
 豪奢なベッドでごろごろり、ごろごろり。
 これではいけないと、椅子に座りながら優雅に本を読んでみる。
「……んん」
 柔らかい日差しについ、うとうととしてしまう。
 かくりと舟を漕いだ瞬間、ごちんとテーブルに頭をぶつけた。

「ん……!? そうだ、いい事を思いついたぞ!」
 その衝撃のお蔭か、手を叩きながらクリスティアンは妙案を思いつく。
 引き出しから取り出すは王子ブロマイド。
「これを配って、僕の笑顔を皆に届けよう! そうと決まれば──」
 さらに取り出すはペン。
「僕の直筆サインも必要だね!」
 
 結局この日は、直筆サインを全てのブロマイドに書くことで日が暮れた。
 
●土曜日

 クリスティアンの一日はブロマイドを配ることから始まる。
「そこのお嬢さん。一枚いかがかなっ」
「あ、大丈夫っす」
 王子ショック。くずおれるクリスティアン。
 でもそんなことでめげる王子ではないのだ。
 ゆっくりと立ち上がる。
「僕の笑顔のブロマイド──きっとこれが、誰かの救いになるはずだ。
 悲しんでいる人に、僕の笑顔を届けられればいい。そうして──その人が笑顔を思い出してくれればいい」

「何だこりゃ、変なの」
 子供に渡すと、ぽいと投げられる。
 ぶっとい眉毛、額に肉。ハナゲにタラコクチビル……落書きもされた。
 それでも王子は怒らない。
 そんな心無い落書きだって、刹那的に遊び道具として楽しめてくれたら、それで構わないのだ。
「あの……」
 その時、おずおずと声を掛けてきた少女。
 クリスティアンは、彼女の言葉を待たずに笑顔を向けた。
「僕のブロマイドが欲しいのかい? いいとも、枕元に飾るといいよ!」

 王子のけなげな布教活動は、日が暮れるまで続いた。

●日曜日

 クリスティアンの一日は──。

「何っ、おばあさんが!?」
 クリスティアンが珍しく声を荒げた。
「はい、先日──畑に現れた魔物に襲われたようで」
 執事のクラエスの声のトーンは低い。
「クラエス、今日のお茶会は中止だ。僕は行かねばならない」
「危険です! クリスティアン様!!」
 前に立ちはだかるクラエスの肩に、クリスティアンの手が置かれた。
「僕は大丈夫だから」
 強い、強い意志を持つ目だ。
 勝てるわけないのだ──最初から、この方に。
 クラエスは震える声で返した。
「……決して、無理はしないでください……クリス様」
「勿論だとも! さあ、出発だ!」
 スカーレット・スパーダを手に、クリスティアンは例の畑へと揚々と馬を走らせていく。
 
 到着すると、大きな狼のような魔物が数匹、畑を一心不乱に掘り起し、野菜に齧りついている。
「これは……そうか、今までの被害も、この魔物たちが!」
 恐らく、本格的にエサ場と理解したのだろう。
 クリスティアンは六日も畑を空けてしまった事にぎしり、と歯噛みする。
 すっかり荒れ果てた畑を見て、悔しく思う気持ち。大切に、大切に、おばあさんと一緒に育ててきた畑なのだ。
「君たちもおなかが空いているんだろう……でも、僕は!」
 スカーレット・スパーダから生まれた炎を右腕に纏い、ファイヤークォーツに閉じ込められた炎を左腕に纏う。
 チリチリと肌が焼けるが、痛みの声は上げない。両手を掲げると、巻き起こした炎が美しい鳥の姿を取る。
「──人々を救う王子でありたいから!」
 ピジョンブラッドの炎が魔物たちを追い詰める。
 しかし命まで奪うつもりはない。逃げ場は作った。
 大抵の生き物は、炎を恐れる。そしてやはり、それは魔物も同じだ。
 ぎゃんぎゃんと吠えながら、魔物たちは逃げ出していく。
「もう人里に下りてはいけないよ」
 それをクリスティアンは見届けると、指をぱちんと鳴らす。
 燃え盛る炎はたちまち掻き消え、クリスティアンはふうと一息ついた。

 ──と、後ろから足音。
「クリスちゃん、魔物を追い払ってくれたのかい? ありがとうねえ」
 クリスティアンが慌てて振り返ると、畑の主であるおばあさんが立っていた。
「マ、マダム!? 怪我は大丈夫なのかい!」
「やあねえ、大げさよ。ちょっと引っ掛かれたくらいで」
 おばあさんは恥ずかしそうに左手の傷を見せた。
 確かに爪で引っ掛かれたような痕が残っている。
「女性の肌に傷が残ってしまうのは、王子としては見過ごせないな」
 クリスティアンは持ち歩いていた傷薬を塗った後、傷を覆うように優しくハンカチを巻いてあげた。
「本当に優しいのね、クリスちゃん」
「僕は当たり前の事をしているだけさ。何たって──僕は王子だからね!」
 そう、輝かんばかりの笑顔を向けた。

●そしてまた、月曜日

 王子の朝は早い。
 王子体操第一から! さん、はい!

 笑顔の練習は欠かさない。それが王子なのだから!

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