PandoraPartyProject

SS詳細

賄いサンドイッチに心配を添えて

登場人物一覧

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

 アーマデルが上階から草カフェバー『ダンデリオン』の店舗へ降りてくると、開店前のシン……とした空気が迎え入れてくれた。朝の澄んだ空気と相まって、どことなく心地の良い静寂をアーマデルは気に入っている。

(今日は天気がいい……外での用事も気持ちがいいだろうな)

 ちょうど店長が仕込みの最中なのだろう。キッチンからは既にいい香りが漂ってきており、アーマデルの腹もそれに釣られて空腹を訴えた。そそくさとキッチンに入って店長と挨拶を交わし、賄いの皿を貰って従業員用の空きスペースにあるテーブルに皿を置く。

「……なんだこれ」

 本日の賄いを眺めてアーマデルはぽつりとそう一言。
 料理に対してではない。元執事と聞いている店長が直々に作るチキンソテーのサンドイッチは、『美味しい』の閾値が限りなく低い自身の舌にはもったいないのではないか、とアーマデルに思わせる程の出来栄えだ。
 問題は、その一緒に付いてきたコップの中身だ。店長が苦笑いしながら渡してくれた『それ』は彼が作ったものではない。此処に同居しているアーマデルの保護者代わりの医療技官が作成した(本人曰く)グリーンスムージーである。
 アーマデルの体調や健康に気を遣い、日によって調合を変える特製のものなのだが、これがアーマデルの舌を以ってしてもヤバい代物である。

 今日のグリーンスムージーはまず色からしておかしい。赤紫がかっているような黒いような……そんな色味にドロリと粘性を帯びた、何かの細かい破片が、透明なコップの中を踊っている。そのあまりにも濁った色相に、迂闊にも人の臓腑を連想してしまったアーマデルはウヘァ……と顔が歪む。仮にもグリーンスムージーと名乗るならばせめて緑色にしてくれ。

 ごくり……と喉が鳴る。これがサンドイッチによるものならどれほどよかったか。少しの間アーマデルはグリーン(?)スムージーと見つめ合う……が、耐えきれずに一度コップを押して視界の外へと追いやった。無理だ。例え現実逃避と言われようとサンドイッチに集中したい。いかに美食家からは程遠いアーマデルといえど、このサンドイッチとあの赤紫色のグリーンスムージーを一緒に食べてはいけないということだけはわかるのだ。

 軽いお祈りを済ませてからパンが軽くトーストされたサンドイッチにかぶりつく。バリッと皮が焼かれたチキンから溢れる肉汁の旨味にスパイシーな味わい、鼻を抜けるいい香りは『ダンデリオン』のウリであるハーブだろうか。薄切りにしたしゃきしゃきの玉ねぎとキャベツも肉の脂と程よく絡んで甘みを増している。

(……肉が美味い)

 うむ。とアーマデルは実に端的な感想を胸中で呟くと、黙々とサンドイッチを食べ進める。平時は多少おっとりしたところのある彼はこういう風に自分のペースで食べられる方が好みであったため、美味しいサンドイッチを齧りながら今日の予定の確認や、取り留めのない考え事を頭の中で捏ねていられるほど平穏な時間は何にも代えがたいように感じている。

 たとえ穏やかな時間の後に押しのけていた問題が立ち塞がるとしても、だ。

「……」

 かくしてサンドイッチを食べ終えたアーマデルは再びスムージーらしきものと対峙する羽目になった。果たして、このどことなく甘酸っぱい香りを放つ名状し難い飲み物を後回しにして正解だったのか、今となっては判断がつかない。
 これが練達のブッ飛んだ研究者が作った怪しげな薬の様に蛍光色に光っていたり、ボコボコと泡立っていたなら、まだ『これはそういうものなのだ』と自己暗示もかけられただろう。だが、そういった奇妙奇天烈な現象は一切発生していないことが、いっそ悍ましいほどまでに現実的に『不味そう』という事実を突きつけてくる。

 飲まない、という選択肢は初めから用意されていない。仮に飲まなかったとしてもあの医療技官は敏感に察知してあの手この手で飲ませようとしてくる。つまるところ今飲むか、更に後で飲むかの違いでしかない。

「……、いただきます」

 スー……と深呼吸の後、覚悟を決めてアーマデルはコップを掴んだ。
 アーマデルとてわかっている。いつも飄々としている医療技官はアーマデルに無茶振りはしてくるものの、その実誰よりもアーマデルの心身を案じてくれている1人でもある。それが例え彼の本来の職能によるものだとしても、被験体に向けるものだとしても、あるいは長年の情によるものだとしても。
 その彼なりの優しさを平気な顔で全否定するほど、アーマデルは子供でいたいとは思わなかったのだ。

「……ヴェッッッ」

 ──まぁ、その優しさは効能に向けられるばかりで幾度進言しても味には全く反映されないのだが。

 野菜の灰汁のえぐみともったりとした舌触り、喉をゆっくり滑り落ちるみたらし餡にも似た粘度の甘さとむせ返る辛味……それらを体験しながらアーマデルは無事に従業員スペースの床で悶絶した。合掌。

  • 賄いサンドイッチに心配を添えて完了
  • NM名和了
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月09日
  • ・アーマデル・アル・アマル(p3p008599
    ※ おまけSS『ちょっとした裏側』付き

おまけSS『ちょっとした裏側』

 因みに後でスムージーを作った本人に問いただしたところ、「赤紫蘇が豊作だったから使ってみたんだよ」とドヤ顔で証言したそうです。

 チキンソテーはローズマリーとタイムを漬け込んだオイルでもも肉を焼き、ニンニク、ナツメグ、クミン、唐辛子など数種類のスパイスを混ぜ込んだ調味料で軽く味付けをしています。また肉の脂を美味しく味わえる様に、レタスではなくこの時期ならではの柔らかで甘味の強いキャベツを添えています。

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