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心があなたを呼んだ
登場人物一覧
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ローレットの出入り口。
そこへ、元気に飛び込んできた者がいた。
「この度、イレギュラーズに再び戻って来た新道 風牙です! よろしくお願いします!!」
「……お、おかえりなさい」
ローレットの受付のお姉さんは、眼鏡を斜めに傾けて驚きながら帰ってきた子を歓迎した。
――この『金狼の弟子』新道 風牙(p3p005012)は、一年間失踪扱いになっていた。
噂によると、風牙の師匠の所に、
『家出します、探さないでください!! 探さないで下さい!! 本当に大丈夫ですので、探さないで下さい!! ちゃんと帰ってくるから大丈夫ですから!! 家出って言ってもすごいヤバイやつではありませんので、大丈夫です!! では行ってまいります!! ふうが。』
と、書置きを残したまま、忽然といなくなってしまったのだ――それは、一つの出会いの物語。
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幻想に召喚されても師匠と一緒に召喚された風牙は、難なくこの世界に馴染んでいたし、元の世界と同じように師匠のもとで暮らしていた。
しかし――ローレットが本格的に動き出してから、同じように世界は事件を勃発させていく。
その一つに、幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』が起こした事件があった。既にイレギュラーズに寄って討伐されて過ぎ去った事件であるが、風牙にとっては物語が少し続くのだ。
それは、幻想の包囲網に囲われて逃げ出せなくなった楽団の一端を、風牙が追い詰めた時の話である――。
「その子を離せ! 関係ないだろ!」
少女を人質に取ったピエロ風の少年は、魔種の狂気に侵されておかしくなっていた。獣のような咆哮を放つ少年ピエロは、会話さえ不能な程に堕ち切っている。
「駄目か、なら力づくで―――ええい!!」
結果的にはそのピエロを討伐し、風牙は人質の少女を救うのだが―――この少女もまた、楽団員の一人のような服を着ていた。ただ、ピエロの少年と違ったのは、狂気に伝播されていない事と、眼が見えない事。
少女が地べたを四つん這いで進んでいるのとみて、風牙は少女に駆け寄った。だが少女は瞳を閉じたまま音だけを頼りにしてるのなら、火を見るよりも明らかに失明している。
「だいじょ――「にいさん、ありがとうっ。助けてくれて……大丈夫?」
慌てているのか、風牙の声より先に少女は声を荒げた。怖い思いをしていただろうに、風牙のほうを優先に気遣うなんて優しい少女なのだろう。
「オレは……にいさんじゃ……?」
戦闘中は注視できずにいたが、今落ち着いて見れば……長剣で貫いた少年ピエロと、背丈が同じくらいに思えた。
それに声も同じくらいの高さだ。
外見以外の五感で感じれば、風牙はなんとなく彼女が言う『兄』そのものなのだ。
「にいさん? どうしたの?」
「え? オレはその、キミの兄じゃ」
「? にいさん、もう悪いやつと戦うのは終わったの? それじゃ――」
その時、少女は荒い息を吐きながら心臓のあたりを抑えて唸り声をあげた。
「どうした!? 痛いのか!? もしかして刺されて!?」
「だ、大丈夫、にいさ……ん、すぐに……おさまると……思う……」
息も絶え絶え、薬のようなものは見つからない。
病院か、それともヒーラーか。いやーー少女が息絶え絶えに必死で言うには、そのどちらでも治せない病気であるのだという。
「でも、まだ、一年だけ……生きられるって団長、言ってたね。それまで、にいさんとずっと、一緒に……いるね」
風牙が、両手で抱えた少女はそのまま気を失った。
成程、どうやらあの少年は少女の為にこの楽団にいたのだろう。狂気を呼ぶサーカスと知っておきながら、でもそれを少女には一切伝えずにいたのだろう。少女を護れる場所として。もっと他に少女を護る方法はあったかもしれないが、少年にはこれしか見つからなかった。
その少年は今、――哀しくも妹を手にかけようとして、風牙の剣に貫かれた所だ。
どうする。
この手の中の、少女を。
幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』は現在貴族たちの包囲を喰らい、見つけた時点で罰せられる。
だが、この少女が一体何をしたというのか。
訳を離せば討伐されることは無いだろうし、重い罪に囚われるはずは無いだろう。いやこの時ローレットは勇者でも無い。ただの雇われが訳を言って信頼されるのか。
少女の命は今、兄がいるからこそ成り立っているようなもの。幻想の警備に引き渡して、兄は既に死んでいると事実を突きつけられたらどんなに残酷な事になるか。それこそ、この世界のルールから見れば、魔種を生みかねない。
「此処一帯のサーカスの残党は全て討伐したようだ」
討伐?
「どうした、帰るぞ――って、そのサーカス、生きているのか?!」
サーカス?
「い、いや!! 死んでる!! オレちょっと埋めてくる!!!」
出まかせのような嘘を吐いて、風牙は逃げるように幻想の騎士団から離れていった。
どうする? どうする?
「~~~~!! ちくしょー!!!」
幻想から逃げたのは風牙だ。
なるべく遠くへ、見つからないように。イレギュラーズだって言えばきっと国境は超えられるはず――せめてこの少女があと一年、生きられるように、だから師匠オレは――。
「――知ってたよ」
「え?」
病院のベッドの上で、絞り出すような声を出した少女が居た。
傍らには風牙が座っていて、何か身支度を始めている。
「だからね、にいさんが、にいさんじゃないのを、しってた、よ」
「え、なんで……」
起き上がる力も無くなってしまった少女は、細すぎる腕をふらふらと風牙へ伸ばした。
「さいしょから、だって、におい、ちがうから……」
「な、なんだよ! 言ってくれればオレ!!」
「ごめ、んなさい、それでも、さびし、かった……にいさん、さーかすの……れんしゅう、ひっしで、いつも、いなくて、ぼろぼろで、かえってきた、から、はなし、かけられな、くて」
ぽろぽろと涙を流し始めた少女。風牙はその雫を惜しむように拭った。
「だれかに、いっしょに、いて、ほしかった、わたしの、わがままで、あなたを………いちねんも、わたしのために、かせいで、くれて」
「いいんだよ、そんなの!! お陰でオレ、お金の稼ぎ方わかったし、割かし仕事は楽しかったし!!」
「……にいさん」
「ああ!」
「ありがとう、にいさん」
「ああ!!」
「……あなたは、わたしの、………っ」
兄さんだったよ。
風牙が握っていた少女の手が、ベッドの上へ落ちた。
今、ひとつの命が、たった一年の幸せな人生を過ごして旅立っていったのだ。
「ああ!!! オレは確かに兄だ!! あの時殺した兄と入れ替わって、でも、オレも、楽しかったよ――」
風牙は纏めた荷物を肩に背負った。
血縁なんてどうでもいい、彼女が自分を兄だというのなら兄になったし、姉だというのなら姉になってみせた。
そして、帰るときが来たのだ。
まさかサーカスの息がかかった者を匿っていたなんて、自分の心の奥底に仕舞っておけばいい。
それに彼女は罪なんて犯していなかった。
ただ、兄を奪ってしまった、その罪滅ぼしに自分が一年という時間をあげたのだ。
正義だろうが悪だろうが、人を殺せば業が遺る。せめて、あの少女が幸せでいてくれたのなら、それだけでいい。
「いってくる」
ずっと瞳を閉じたままの少女は、笑っているように眠っている。
その背中を『頑張ってね』という言葉に押されたような気がした――。