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面影
登場人物一覧
(此れを、俺が買っても良いものか……)
紺色の毛。月のように眩い金色の瞳。
愛くるしいうさぎのぬいぐるみ。
其れはまるで、弦月のようで。
「……っ」
悩む。其れはもう、心の底から。だって、ひと目見た瞬間から思い出せてしまって、心を揺さぶるのだから。
そんな風に、怪しいと思われると考えることすらせずに店の前に立ち尽くす孝臥を見つけた弦月は。
(……なんだこいつ、ほんと可愛いな)
緩む口元。紅潮、高揚。見え透いた好意と、ひた隠しにしたつもりの孝臥の素振り。未だ口にはしていないけれど。其れでも、お見通しだ。何せ、同じ気持ちなのだから。其れに、いつも見ているのだから気付かない理由もない。
後ろにいる弦月に孝臥が気付く迄、後――
●
再現性東京、ショッピングモール。
今日は買い出しに出掛けるために一人で外出していた孝臥。普段ならば弦月も一緒なのだが、先日外出した際に家の鍵を忘れてきてしまったらしく、其れを取りに行ってから合流するのだと、ひらりと手を振って行ってしまった。やや寂しい気持ちがあるのは認めてしまわざるを得ないが、其れでも後程合流と云う現実があるのだから耐えられる。どうせ四六時中同じ家に居るのだし寧ろ開放的であろうと云われればどうしようもないのだけれど。
(さて、と。今日は調味料と服と、其れから……)
二人暮らしともなれば食事に使うものの量も二倍。醤油だのみりんだの、そう云ったよく使うものは必然的に減りも早いので無くなる前に買っておくのである。偉い。
其れから、仕事以外にもある程度着ることの出来る服や下着を買い揃えようと云うことで服屋も見に行くことに。混沌に来てある程度は経ったけれど、やはり何時何が起こるか解らないと云うことでスーツやら汚れても良い服やらを用意しておこうと思ったのである。混沌に召喚された時の服は元の世界を思い出せる最後の道具だ。同じようなものを設えて貰えるとしても、あの世界で生産されたものはあれだけなのだから。あと孝臥に残されたのは、弦月と云う片想いの愛しい人との同棲生活だけなのである。喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか。
どうしようもないといえばそうなのだけれど、何故二人で暮らしているのかを考えると熱暴走したパソコンのように熱くなってしまうのでやはりこういうことは考えるべきではない。なるべくして起こった運命なのだ。諦めよう。
そんなこんなで、食料の買い出しや服の発注等も一人で二人分済ませることが出来てしまった。但し此れを一人で持つのは無理なのでカートを押しながら進む。ちょっと重いけれど、まぁ気にしない。どうせ合流した頃には二人で持つことになるのだから。其れに、なるべく急ぐと云っていたのにもう二時間も経っている。迷子なのかわざとなのか。
(……まぁ、期待していたのは俺だけだろうしな)
そうだ。夢を見るな。男同士で。しかも、唯一の同郷相手に邪な気持ちを抱いている己がおかしいのだ。恥じるべきで、申し訳なく思うべきで。そういえば混沌に来る前に何か告げようとしていた弦月の姿が思い出せたけれど、まぁそんなに大切なことではないだろう。
ため息が零れ落ちるが、やはりそんなものだろう。適当と断言できるほど適当な男でないことは解っているつもりではあるが、其れは其れとしてそんな気のする男だ。勿論、親しい人間の前だけで、興味のない人間の前では適当な――弱点と成りうるところすらも、見せないけれど。
がらがらとカートを押しながら進むと、なんてことない雑貨屋の前で足を止めてしまう。そうだ、なんてことない。本当になんてことないのだ。
(……似てる)
ただ、其のぬいぐるみさえなければ。
小さくてふわふわ、きっと可愛らしい女の子が持つべきぬいぐるみだ。でも、欲しいと思ってしまったのだ。だって、だって。
(弦に、似ている)
弦月を思い出せる、面影のあるぬいぐるみだったから。しかし。
(此れを、俺が買っても良いものか……)
紺色の毛。月のように眩い金色の瞳。
愛くるしいうさぎのぬいぐるみ。
其れはまるで、弦月のようで。
「……っ」
悩む。其れはもう、心の底から。だって、ひと目見た瞬間から思い出せてしまって、心を揺さぶるのだから。
運命の神様と云うのは其れはもう気まぐれで、困ったときにさらに困らせてくるのだから許すことが出来ない。偶には良いこともしてくれるけれど。
怪しいと思われると考えることすらせずに店の前に立ち尽くす孝臥を見つけた弦月。其の目線の先には紺色のうさぎのぬいぐるみ。ただ其れだけであれば孝臥も目に止めることはなかったし良かったのだろう。
ただ、ちょっと癖っ毛だったり、金色の目をしていたところ。つい立ち止まって、店の奥に入ってしまうくらいには、気に入ってしまったのだろう。
(……なんだこいつ、ほんと可愛いな)
緩む口元。紅潮、高揚。見え透いた好意と、ひた隠しにしたつもりの孝臥の素振り。未だ口にはしていないけれど。其れでも、お見通しだ。何せ、同じ気持ちなのだから。其れに、いつも見ているのだから気付かない理由もない。
(……いいや、買わない。買わないのだ、だって、)
見つかってしまったら、何を云われるか解らない。引かれるかもしれないし、笑われるかもしれない。予想できる最悪が脳裏をよぎる。思わず首を横に振って、ぬいぐるみに名残惜しさを感じつつも元の位置に戻したその時。
「なんだ、買わないのか?」
聞き慣れた声。最も来てほしくなかった場面で来るとは。
(嗚呼、)
殺してくれ。
赤い顔がみるみる青くなるのを感じざるを得ない。
「……弦?」
「なんだ、孝。可愛いじゃないか、買わないのか?」
「ぁ、ええと、いいや、此れは、」
もたつく手元。動揺が隠せない。最悪だ。
思わず唇を噛んだ孝臥。其れを見た弦月は、気にしてなど居ないというように頭を撫でて笑った。
「いいじゃないか、こういうの。此方は俺に似ているし、隣に居るのは孝っぽいな?」
「お、俺……?」
そうだ、弦月は自分に似たぬいぐるみがあると気付いたのは、孝臥に似たぬいぐるみがあると立ち止まったところに孝臥が居たからなのである。
「嗚呼、そうだ。折角だし此れも買って帰ろうか、孝。俺の奢りで構わない、買い物を頑張ってくれたようだしな」
「い、嫌、欲しいわけじゃ、」
「じゃあ俺が欲しいから。此れで文句はないだろう?」
赤い瞳をきらきらと輝かせて。目を大きく見開いてから、しぶしぶと、にやけを隠すように頷いた孝臥。
(……ほんと、)
可愛いヤツ。
こんなにも好意が丸出しの、此のぬいぐるみみたいな男。俺を好いている、こんなにも愛らしい男のためなら、ぬいぐるみを買うなんて造作もない。
「すみません、此れください――」
――かくして、ぬいぐるみは無事に(?)孝臥の手に入った。
「なんだ、ご機嫌だな」
「弦が買ってくれたからな、珍しく」
「大切に飾れよな」
「嗚呼」
帰ってから、二人の見えるリビングに並んで飾られた二匹のぬいぐるみは。
其れは其れは、仲睦まじく並んで見えた。
(……いつか、俺達も、)
なんて、多くは望まないけれど。
背中を預けあえて、何だって話し合えて、其れから、より親しくなれたなら。
なんて、思ってしまうのだ。
おまけSS『うさぎ』
「なぁ」
「なんだ?」
「横にも似たようなのがあったろう、なんでうさぎなんだ?」
(……君が笑った顔がうさぎみたいに可愛くて好きだから、なんて、言える訳ない……!!)