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SS詳細

島の執政官 アリアンヌの事件簿

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
キドー・ルンペルシュティルツの関係者
→ イラスト


 執政官のアリアンヌ・バダンデールはキドーの手を叩き払って、馬鹿にするんじゃないよ、あたしはそんな安い女じゃないよと、気迫のこもった啖呵をきった。
「つれねぇ女だなあ、知らない仲じゃないだろう?」
「なにが『知らない仲じゃないだろ』、だ。無駄口叩いてないで、さっさと溜まった仕事を片づけな!」
 アリアンヌは、机の上に大量の書類をドサドサと山のように積み上げて、明日の朝までにすべての書類に目を通して決裁すること、とキドーに言いつけた。
 懲りずに尻に伸ばしてきた手を、ハエを払うかのように叩き落とす。
 主人を主人とも思っていないような態度と口利きだが、当のキドーは気にしていないようだ。むしろ嬉しがっているふしがある。もちろん、客の前ではきちんと島の主として、キドーの顔を立ててはいるのだが。
「これ全部?! メシはどうすんだよ。まさか食べずにやれ、ていうんじゃ……」
 アリアンヌはキドーの泣きごとをぴしゃりとはねつけた。
「いままでサボったツケだよ。この島の統治者はあんたなんだから、もっと自覚をもってくれなきゃ困る。それと、夕食は食堂にサンドイッチを作っておいてあるから。それを食べな」
「せめて活力増強のためにパフパフさせろ!」
「ここは場末のキャバクラじゃないんだよ!」
 胸を目がけて飛びかかってキドーの顎を、体をひねりながら鋭く突き上げた拳で仕留める。コマンドは、横・下・斜め下+P。
(「まったく。なんであたしはこいつと二度も寝たんだろう」)
 白眼を剥くキドーを床の上に残して、アリアンヌは執務室を出た。ずんずんと大股で廊下を歩き、玄関へ。
 キドーと二度目に体を重ねたのは、アリアンヌが執政官として雇われ、ルンペルシュティルツ島に渡ってから間もなくのこと。
 星のきらめく夏の夜空の下、まだ港が築かれるまえの静かに波が打ち寄せる砂浜で、キドーに優しく抱きしめられた。頬を寄せられて、「君は俺の輝く星だ」とささやかれた瞬間、砂の上に押し倒されていたのだ。
 『脳ミソまでチンポみたいな野郎』どもからは一度も言われたことがない、ロマンチックな言葉が脳内を駆けたせいで一気に酔いが回った……としか考えられない。
  体中砂だらけになるは、港の設計図はグチャグチャになるは、いい酒が丸ごと一本分砂に染み込むは。ことが終わったあとは散々だったのを覚えている。
 キドーはといえば、さっさと体を離すなり、奇声をあげながら海へ飛び込んだ。
(「なにが海で洗えばキレイになるぜ、だ。思い出したら腹が立ってきた」)
 この怒りは、『不埒な酔っ払い』にぶつけることにしよう。
 アリアンヌは黒い外套を羽織ると、女たちからなる夜警団の元へ急いだ。


 ルンペルシュティルツ島では、夜廻りが一層厳しく行われることになった。四人目の被害者を出さないためだ。
 実際の襲撃犯は『酔っ払い』ではく『殺人鬼』だったが、独り歩きの夜道で男に襲われる恐怖を味わった女たちは、犯人を捕まえるべく夜廻りに立ちあがった。
 この夜警団の団長をアリアンヌは勤めている。一人の女としても、執政官としても、捨て置くことのできない事件だったので、自ら買って出たのだ。『商船』の用心棒だった経歴が、こんなところで生きるとは思ってもいなかった。
「準備はいいね。じゃあ、行くよ」
 薄闇が地を這い始めていた。逢魔が時の港町である。
 女たちは護身用のキッチンナイフを懐に、ランタンを持って夜回りを始めた。
 『不埒な酔っ払い』の探索ははかどっていない。第一の被害者がでたのは一か月前。西の埠頭である。そして二人目がその三日後、新埠頭でのことだった。
 そうこうしているうちについに犠牲者が出た。ミートショップの看板娘が殺されたのは、アリアンヌが犯人らしき男に海に落とされた直後のことである。
 湾が、濃い朱色に染まって朧げに見えた。
  つい先ほどまでは、船から酒樽を運び出す船荷人夫の掛け声が港にこだまして、人の行き来も少なくなかった。それがいつの間にか、ひっそりとして、めっきり人の姿を見かけなくなっている。
 ふと、アリアンヌは赤レンガの角を曲がる男のシルエットに、強い既視感を覚えた。
「ヤツだ、間違いない。追いかけるよ!」
 女たちに声をかけると、後を追って駆けだした。
「あっ!」
 角を曲がった瞬間、アリアンヌたちは声をあげた。木材の崩れ落ちる音に悲鳴が飲み込まれる。
 大きな酒樽がすぐ目の前に落ちてきて、大きく弾んだ。どうやら空っぽだったようだ。背後からも樽の崩れる音が襲ってくる。逃げ出したいが、狭い裏通りでは身を寄せる場所がない。
 次々に酒樽が落ちてきた。前や後ろに、そして横に。
 空樽が落ちてきては弾む。どこへ飛び跳ねるか分からない。実際、とんでもないところへ飛んで、また屈みこんだアリアンヌたちの上に落ちてくる。
 ロープが緩んで、板切れが乱れ散った。
 その一つがアリアンヌのふくらはぎに当たった。痛さより痺れと熱さを感じて息をのむ。他の板が目の横をかすって飛んだ。
「みんな、無事――」
 うっ、と息を吐く。
 酒の入った重たい樽が腰に当たった。激しい衝撃を受け、手のひらと膝頭が地べたに強く押し付けられ、擦れる。顔が地面に近づいてきて、額をしたたかに打ちつけた。
 息つく暇もなく、耳のすぐ横で樽が弾んだ重い音を聞いた。頭の上に落ちてきたら、命を落とすかもしれない。
 ぎゅっと目をつぶったとき、喧騒の中で自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
 水が飛ぶ気配にハッとして目を開くと、自分たちを襲っていた樽や板が全て吹き飛ばされていた。
 地に伏せたまま水が飛んで行った方へ首をむけると、路地の果て、暗い海を背に水と関わりのある邪妖精フーアたちが、ふあり、ふありと浮かんでいた。
「アリアンヌ、しっかりしろ!」
 脇に手を差し込まれ、体を返された。
 三つ編みにしたオレンジ色のおさげが、すぐ目の前にある。
「キドー??」
「らしくねぇな。お前が男を追いかけ回すなんて」
 上半身を起こされて、男が逃げた先を見る。
 『不埒な酔っ払い』こと連続婦女暴行の殺人犯が、夜回りの女たちの尻の下に敷かれていた。


「ちぇ、張り合いがねぇなぁ」
 キドーはぼやきつつ、尻を撫でまわす手を止めた。
 好きなだけ触りな、と言った感じでセクハラを受け入れられれば、逆に萎えてしまうのが男心というやつだ。
 あの夜以降、こちらを見るアリアンヌの目が変わった。
 時々、あんたはやる時はやる男だ、とか、島を愛しているんだね、だとか、目をキラキラさせて意味不明なことを言うから気味が悪い。なにがどうなってこうなったのやら……。
(「これって、いつまで続くんだ?」)

 キドーがアリアンヌのピンチを救ったのは、本当に偶然の偶然。
 早々に書類仕事に飽きたキドーは館を抜けだして、行きつけのキャバクラへ向かった。
 途中、お気に入りのキャバ嬢にプレゼントするつもりだった指輪を野良ネコに盗られ、追いかけ回していたら、壁に立てかけられていた板を倒しまくっていた男とぶつかったのだ。謝ろうとしたら相手がいきなり殴りかかって来たので、条件反射で応戦した……というのが事の真相だった。
 アリアンヌの思い込み、『不埒な酔っ払い』のことを知っていて密かに調査していた、というわけではない。知らぬが仏とはよく言ったものだが、はて、いつまで真相がばれずにいることやら。

おまけSS『クソエルフのしわざ』


 キドーはこそこそと辺りを窺いながら、急ぎ足で館から離れる。アリアンヌに見つかって連れもどされたら大変だ。
 もう大丈夫、と安心できるところで一旦、足を止めた。目指すキャバクラはすぐそこ、店に入る前に懐に入れたものを取りだして確かめる。
「今夜こそ。この指輪でマリリンちゃんを落として見せる!」
 街灯の灯りにかざした指輪がキラリと光った。
 それを塀の上から見ていたネコの目も光った。
 
 ――させるか!!
 野良ネコと五感を共有したエルフの男は、すかさず野良ネコをキドーの腕に飛びかからせた。
「うわっ」
 キドーが慌てて落とした指輪を口に咥えさせ、逃げろと命じる。
「待てや、そこの野良ネコ!」
 誰が待つか。
 キドーから普段クソエルフと呼ばれているこの男もまた、マリリンちゃんを狙っていた。
 できの悪い腐れゴブリンを指導をしたあと、島を離れるまでの間、ゆっくりくつろげる場所を探してようやくみつけた憩いの場。バー『オー・シル』の教訓を生かして、わかりやすく店の前に女の子が立っている所を探した。それがいま前を走り過ぎたキャバクラで、マリリンちゃんは店一番のダイナマイトボディーの持ち主だ。
 ブロンドの巻き毛、赤い唇、蠱惑的なあの頬のホクロ。もちろん美人。次にお忍びでルンペルシュティルツ島に来た時は、是非、ラウレリンにお持ち帰りしようと思っていた。それが今日……。
(「腐れゴブリンの分際で、私のマリリンちゃんに手を出そうとは。百年早いわ!」)
 街中で鉢合わせし、勝手に島に来ていることがばれると気まずいので、前もって偵察に出たらこのありさまである。
 ちらりと後ろを振り返った。
 目を血走らせたキドーが、ツバを飛ばしながら追ってきている。
 いかん、逃げなくては。だが、このままではファミリアーの有効範囲から外れてしまう。
 どうにかして撒けないものかと考えていると、前方で、血相を変えて壁に立てかけてあった板や樽を崩している男がいた。
 これぞ天の助け、と男の股の下を走り抜ける。
 目論みは成功し、キドーは男とぶつかった。

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