PandoraPartyProject

SS詳細

ころして、つくって、ひとり、またひとり

登場人物一覧

フィーネ・ヴィユノーク・シュネーブラウ(p3p006734)
薊の傍らに

●四年前のお話
 ――それは、彼女の最初の出会いが違っていたセカイでのお話。
「あの。ひょっとして新人さんですか?」
「……?」
 空中庭園から降りて後。初めて見る幻想王国の街並みをただただ眺めていた猫耳の少女に、傍から声を掛けられる。
 彼女が視線を向けた先には、数人の男女で出来た集団が居た。年頃の近い、恐らくは二十歳前後のメンバーで構成された彼らは、目を合わせた猫耳の少女に一人また一人と話しかけてくる。
「あなたは、ウォーカー……えっと、別世界からやってきた人?」
「……はい」
「特異運命座標か?」
「ええ」
「それじゃあ、これから『ローレット』で活動していくんだぁ」
「そう、なりますね」
「すでにご一緒する相手などは決まっているので御座るか?」
「……。いえ」
 最後に問うた黒装束の男性の口調に若干首を傾げつつも、畳みかける様な問いに淀みなく(その実、警戒を解かぬまま)答える猫耳の少女。
 そこまでを聞き終えた後、最初に声を掛けた大剣使いと思しき女性は「よし」と一つ頷いた後、少女に向けて言う。
「それならさ、暫く私達と一緒に行動するのはどうかな」
「……一緒に、ですか」
 困惑と、恐怖。その態度を対応の端々から感じ取ったのであろう女性は、どこか慌てたような調子で続けざまに説明する。
「えっと、私達も最近組んだばっかりのパーティなんだけどね。此処で受ける依頼は大抵八人くらいを推奨人数にしているものが多いから、端的に言って人手不足なんだ。
 あなたが一緒に来てくれるなら、私達もあなたに力を貸せるよ。この世界の詳細な説明、戦う力を鍛える方法。他にもいろいろ」
「それ、は」
 異なる世界に訪れた初日。目の前の女性が提案する条件は確かに少女にとっては魅力的ではあったが。
「ダメ、かな?」
「……私は、あなた方が考えているほどの力は有りません。多少悪知恵が効く程度の小娘です」
「大丈夫。この世界は『そう言う世界』だからね。研鑽と戦った経験に応じた力量が得られる此処なら、あなたが思っている以上の成長を遂げられるはずだよ」
「心も、強く在りません。皆さんが危ない局面で逃げ出してしまうかもしれませんよ」
「うん。尤もだ。理想はそうなる前にみんなで逃げることだけど、それが叶わないなら逃げられる人だけで逃げてもいいと思う」
「……あなた方は、こうまで語る私をどうして誘おうとするんですか?」
 理解が及ばない。そう言いたげな視線を正面から受け止めて、女性は笑いながらこう返した。
「言ったでしょ? 『そう言う世界』なんだよ。此処は。
 あなたのような人が突然寄越されて、覚悟もできないまま使命を授けられる。そんな、ちょっと理不尽な世界」
 だから、そう言う不条理に巻き込まれた人たちの手助けになりたいの、と。
 其処までを言って、改めて手を差し伸べる女性に、頷く仲間たち。
 ――対する少女の表情から、未だ疑惑は拭いきれていない。が、それでも。
「……それでは、一先ずの間だけご厄介になります」
「! うん、よろしくね!」
「邪魔だとお思いでしたら、何時でも切り捨てて頂いて結構ですので」
「うんうん、分かった!」
 恐らくは後半の言葉をスルーしているであろう女性に、漸く密やかな苦笑を浮かべた少女は、そうして自らの小さな掌を女性の手に乗せる。

 ――それは、一人の少女が、世界を救う特異運命座標としての道を歩み始めた記念すべき日であった。

●現在のお話
 その日の『ローレット』は平時と変わらぬ程度の人気だった。まばらに依頼説明の卓に着く特異運命座標達を尻目に、猫の耳と尻尾を生やした旅人の少女が一人の情報屋に声を掛ける。
「こんにちは、情報屋さん」
「……。『フィーネ』か?」
 不精髭を生やした初老の情報屋は、『薊の傍らに』フィーネ・ヴィユノーク・シュネーブラウ(p3p006734)に対してそう問い、対する彼女も微かな笑みと共に頷いた。
「今日も依頼は有りますか? 可能なら、私一人で済ませられるような」
「……フィーネ。基本的に依頼と言うのは四人から十人程度でチームを組んで臨むものだ。お前もいい加減他者に合わせることを覚えろ」
 馴染みの情報屋の言葉に対しても、フィーネの浮かべる微笑みは変わらない。
 彼が結論から述べることなく、こうした小言を先に口にするときは『要求に応えるものが在る』のだということを彼女は知っているからである。
「在るんですね。依頼内容は?」
「お前は……はあ、もう良い。
 海洋に存在する街の警備の手伝いだ。ここ最近その街はゴタついていてな。警備を強化しようにも人員が足りないとのことで、向こうの領主が臨時の衛兵と言う形で依頼を出してきた」
「分かりました」
 情報屋が差し出す依頼資料を両手で受け取り、内容を確認した少女はぽつりと告げる。
「……嗚呼、なるほど。『私向き』ですね」
「極めて不本意なことにな」
「私にとっては有難い話ですよ」
 にこりと微笑んだフィーネは、そうして一礼と共に情報提供の感謝を告げ、早速依頼人が居る海洋へと歩を進めていく。
「……やれやれ」
 懐からパイプを取り出し、詰め込んだ煙草に火をつける情報屋は、その後姿を見ながら過去を思い出す。
 最初に出会った時は、パーティを組んだばかりの仲間たちの陰に隠れ、総てに怯えているような少女だった。
 しかしその分自らに出来ることをきちんと弁えており、慎重を期した戦術を以て周囲の者たちからも好評を受けているような存在でもあった。
 ……その彼女が今のように単独での活動を主とするようになったのは、ある一つの依頼を転機として。
「立派になった、と言えばそうなんだろうがな」
 今や、特異運命座標の中でもひとかどの実力者と認められるようになった彼女。
 受けた依頼を殆ど違いなく成功させるフィーネに多くの羨望が向けられる中、ただ一人、昔からの彼女を知っている情報屋は支援を燻らせながら独り言ちる。
「フィーネ。お前のその在り方を、嘗ての仲間たちは認めているのか?」
 ――投げかけた言葉は、既に去った彼女に届くことは無かった。

●三年前のお話
「依頼達成、二十……何本目だっけ? まあいいや、乾杯!」
 かつん、と木製のコップがぶつかる音を立てた後、五人のパーティーメンバーは互いの飲み物を口に運ぶ。
「今回もフィーネちゃんのお陰で助かったよ、有難うね!」
「いえ。私は癒すことくらいしかできませんので……」
「それだけで十分なの! フィーネちゃんが居るからウチの編成上回復役に回さざるを得なかった脳筋を前衛にリビルド出来たんだから!」
「おっ喧嘩か? タダで買うぞ?」
 喜色満面と言った様子で話す大剣使いの女性に、笑顔で背に預けたフレイルを手に取る武僧の男。
「とは言え、これに慢心するようなことは無いようにしないとねぇ」
「然り。某たちも特異運命座標として幾らかの力量を備えたと見られ始めた以上、今後はもっと難易度の高い依頼を紹介される可能性もあるで御座ろう」
「難易度の高い依頼、って言うと……」
 室内でもつばの広い三角帽子を取らない魔法使いの女性に対して、黒装束姿の盗賊の男性の言葉が続く。
 そうして、フィーネの言葉に、大剣使いの女性が応えた。
「……魔種の討伐依頼、とかね」
 その言葉を聞いて、フィーネの挙動に僅か、緊張が走った。
 魔種。理外の存在であり、この世界を滅ぼす一端となりうる存在。特異運命座標達が倒さねばならぬ敵のひとつ。
「……モンスターの討伐依頼とか、盗賊やならず者たちを捕まえる依頼とか。
 魔種との依頼は、そんな次元とは格が違う。恐らく一体を相手するだけでも、私たち全員が命を賭ける必要が出てくるだろうね」
 冷静にそう告げる大剣使いの女性の言葉に、卓から喧騒が姿を潜める。
「仮にそう言う依頼が来たとして――フィーネちゃんはどうする?」
「え……私、ですか?」
 唐突な問いに対して、困惑するフィーネ。
「……そう言えば、出会った時に言ってたな。俺たちが危ない局面で逃げ出すかもって」
「左様。フィーネ殿は拙者たちのパーティでただ一人の回復役。その当人が自信が無いと言うならば、拙者たちは魔種を始めとした厳しい依頼へ臨むことは出来ぬゆえ」
「お前はもうちょっと一人称を固定させろ」
 ――勧誘を受けた際に自らが返した言葉を思い出したフィーネは、少しだけその当時の自身を恥じ入りながらも、しかし現在ではハッキリと口にできる。
「私は……自信は無いですけど。
 それでも、皆さんと一緒なら立ち向かうことが出来ると、そう思っています」
「……そっかぁ」
 怯えも、恐れも、未だ初めて会う敵には抱くフィーネ。
 対人関係に於いても同様だ。今居るメンバーならまだしも、初対面の相手、特に男性相手だと言葉を交わすことすら困難になる。
 それでも、その少女がきちんと自分の弱さを受け入れた上でそう言葉を返す。
 仲間たちには、それだけで十分であった。
「よし、そう言う依頼が来た時のことも考えて、今のうちに英気を養っておこう!
 差し当たってはフィーネちゃんどんどん飲んで! 食べて! 身長低めだしお人形さんみたいに細いし! もっと大きくならないと!」
「いや其方みたいに八割筋肉で構成されたボディになるくらいなら今の体型の方が良いと某は思」
「よーしちょっと早いけど私は食後の運動しようかな!」
 大剣を抜いた女性の目前で全力の逃走を始めた盗賊の男性。
 あっという間に喧騒に包まれた宴会の卓の最中で、フィーネは細やかながらにも、確かに笑っていた。
 心の底から、笑えていたのだ。


●現在のお話
「申し訳ありません、『ローレット』の特異運命座標様をこのようなことに……」
「気にしないでください。それより、依頼について詳細な捕縛対象をお聞きしたいのですが」
 場所は変わり、海洋の某都市。
 警備隊の詰め所を訪問したフィーネに対し、領主に代わって応対する警備隊長がその言葉に首を傾げた。
「依頼内容については、既に領主様が担当の情報屋殿に伝えておいたはずですが……?」
「存じています。聞くところによると――『魔種が現れた』とか」
 その情報屋から提供された資料の一頁を開いて警備隊長に見せつつ、しかしフィーネの表情は僅かにも内容を信じてはいないそれであった。
 当然である。この情報が真実であるとするならばフィーネ一人でこなせるようなレベルの依頼ではない。
 魔種とはそれぞれが単体で複数の特異運命座標達と拮抗、或いは凌駕しうる存在である。その対処を己一人に任された理由を相手に尋ねれば、当の警備隊長自身も苦笑交じりに頬を掻いた。
「……ええ。正確には『そのように見せかけ、噂を流布した強盗団』の犯行だったわけですが」
「強盗団、ですか」
「はい。通常、こうした嘘は吐いても意味がないものなんですがね。特に相手が魔種だと言うなら、本来の強盗団より更に警備体制が強化されてしまう」
 未だ苦笑を絶やさぬ警備隊長に、フィーネの表情は出会った時から変わることは無く。
「ですが、彼らは敢えてその噂を広めた」
「ええ。後で知ったのですが、その強盗団は結構大掛かりな組織だったようでして。
 噂を広め、密やかに被害を出し続け、守り切れない領主と恐慌状態に陥った領民が争い始めたタイミングで街を襲撃し、一気に双方を掌握しようと考えていたようです」
 短絡。警備隊長が述べた理由に対して、フィーネが抱いた感想がそれだった。
 具体的な規模は分からないが、仮にも一都市の領主――それも『ローレット』に依頼できる資産と判断力も持っている――を攻め落とすほどの盗賊団など、悪名高い『砂蠍』でもなければ難しいだろうし、そもそも領民が噂に真実味を覚えるほどの被害を彼らが出せるとは思えない。
 先にも警備隊長が言った通り、犯人が魔種であると言う噂が流れ、警備が強化されていた状況となっては猶の事だ。
「……ところで、その理由をどうしてお分かりに?」
「それは勿論、ことが起こる前に彼奴等を捕らえることに成功したからですよ――一人を除いて」
 当然の結末に対して、しかし残された不安材料の存在を知ったフィーネは「なるほど」と思考する。
 要するに今回の依頼は、その捕え損ねた強盗団の一員を捕まえるということだ。流布された噂の元凶が捕まり、その真実が明らかになったとしても、件の噂を完全に断つためにはその禍根をしっかりと取り除く必要があると言う事だろう。
 しかし――――――と、抱いた疑問を一先ずは頭から追い出して。
「分かりました。それで、私はどのあたりを警備すればいいでしょう?」
「ええ。特異運命座標様……フィーネ様、でしたか。今回あなた様にはこのルートの巡回を……」
 そうして領主と詳細な警備方針を詰めていったフィーネは、早速その夜、街の巡回に出たのである。

●二年と半年前のお話
 がさり、という音が響いて。
 膝を着いていない者が、居なくなった。
「それで? 鬼ごっこはもう終わりか」
 ――深夜。鬱蒼と木々が生い茂る森の中。僅かに月光が差し込むその場所で、ただ一人立っている男……『魔種』が、最初にその言葉を発した。
「戦況の見極めが甘かったな。もっと無事なうちに逃げ出せばこうして追いつかれることは無かったろうに」
「……そうね。次が有るなら、反省に活かしたいところだけど」
 折れた大剣を片手に担う女性は、必死にその言葉を絞り出す。
 ……二日前。『ローレット』の情報屋から提示された魔種の討伐依頼。フィーネを含めた彼女らはそれを受諾し、現在から数十分前に交戦を開始したのち――その討伐に、失敗した。
 戦術が機能しなかった。敵の能力が想定以上であった。理由は様々であろうが、そんなことはどうでも良かった。
 大事なのは、現在。
 倒し損ねた魔種が、最早逃げることも叶わない特異運命座標達を殺そうとしているということ。
「……お願い、します」
 最初に、声を上げたのはフィーネ。
「私のことは、好きにして構いません。
 ですから、どうか。他の皆さんのことは、見逃してください」
「冗談だろ?」
 魔種は、一切の逡巡なく答えを叩きつける。
「お前ら五人で俺を殺そうと襲い掛かってきて、応報できるのは一人だけ?
 そんな小さい体で五人分の責め苦に耐えきれるとは思えないし、お前――」
 じろ、とフィーネを見た魔種は、いかにもつまらなさそうにため息を吐いた。
「……『呼び声』が効かねえ。旅人じゃねえか。他の奴らならともかく……ああ、いや」
 が、しかし。
 言葉の途中でにやりと笑った魔種に、特異運命座標らの皮膚が粟立つ。
「そうか。じゃあこれで許してやるよ」
 それに、反応するよりも早く。
 大剣使いの女性の左胸が、魔種の貫手に因って穴を開けられた。
「――――――!!」
「其処の猫耳の餓鬼。お前を除いた全員を殺す。
 残ったお前は生かしておいてやる。一人分なら仕返しも勘弁してやるよ」
 何を、巫山戯たことを、と。
 フィーネが叫ぶよりも早く、大剣使いの女性が口を開いた。
「……そ、れ。本当?」
「応よ。価値の無え餓鬼とは違って、アンタらなら『呼び声』に応えてくれても良いぜ?」
「……。そっち、は、無理かなあ」

 ――私達みんなが魔種になったら、フィーネちゃんは一人になっちゃう。

 そう、告げた女性へと、フィーネは涙を零しながら叫ぶ。
「皆、さんっ!」
「行って。フィーネ、ちゃん」
 死にかけの大剣使いの女性が笑う。
「……そうだな。一足先に行っててくれ」
 大丈夫だよ、と武僧の男性が呟き。
「何。魔種とは言え相手は一人。上手く出し抜いて逃げてくるで御座るよ」
 黒装束の男性が軽く笑いながらそれに続いて、
「戻ってくるの、ちょっと時間がかかるかもだけど。
 大丈夫だよぉ、フィーネちゃん。いつか、必ず戻ってくるからねぇ」
 魔法使いの女性が、平時と変わらぬ口調でフィーネの背を押した。
「「「「……だから、さあ、行って」」」」 

 フィーネは、その言葉に逆らえなかった。
 逃げてきた。仲間の願いで、仲間を置いて。
 一人生き残った彼女は、その後何日も何日も自室から出ることは無く――その後、終ぞ部屋の扉を開けた彼女は、真っ先に情報屋の元を訪れ、こう言ったのだ。
「お久しぶりです、情報屋さん」
 ……自らの仲間を置き去りにした後とは思えぬ、自然な明るい表情と、柔らかな声音で。
「私一人で、達成できる依頼は在りませんか?」

●現在のお話
「……暗い、ですね」
「近くの街灯が幾つか切れているようですな。担当の者に報告しておかなければ」
 そうして、深夜。
 町の案内も兼ねてと警備隊長共々巡回に出たフィーネは、住宅が立ち並ぶ広い路地を歩いていた。
「ところで、ですが。
 実は私は、事前に情報屋殿からフィーネ様に関するお話を聞いていたのです」
「そうですか。それはどのような?」
「『この依頼なら、彼女一人で達成できる』と。それだけを」
 先を行く警備隊長の足が、其処で唐突に止まる。
「疑問に思って他の方にも話を伺ったのですが。
 あなた様の本領は癒し手。たとえ一人と言えども盗賊相手に立ちまわれるとは到底思えません」
「……私のような者が来て、落胆しましたか?」
「いいえ、寧ろ感謝しておりますよ」

「貴方程度の相手であれば、御するのも容易い」

 振り返った警備隊長の瞳を見たフィーネの身体が、びくんと震えた後に固まった。
「精神支配の異能です。『仲間』が全員捕まった後、逃げていた過程で『呼び声』に応えたらこのような力を授かりましてな」
 最早声を返さないフィーネ。それを満足げに眺めながら、警備隊長はゆったりとした歩調で彼女に近づく。
「今ではこの街の実質的な主ですよ。尤も精度と範囲に重きを置きすぎた結果、私自身の戦う力は魔種にしては人並み以下ですが、まあ――」
 その首に両手を伸ばし、少しずつ娯楽のように力を入れ絞めていく警備隊長は――魔種の男は、笑いながら言葉を続けた。
「それでも、こうすればあなた一人は殺せる。
 さて、『ローレット』に目を付けられた以上、貴方を殺して私は逃げると致しましょう」
「ああ、それでは領主様が依頼を出したのは貴方の本意ではなかったのですね? 僅かにも支配を逃れての行動だったのでしょうか」
「……は?」
 首を絞めた相手から返される、淀みない返答。否、それよりも。
「何故、私の支配を――!?」
 首を絞めていた両腕が、へし折られた。
 膂力ではない。癒し手であるが故の神秘を操る力を介しての技法である。痛苦に悶える魔種を無表情で眺めつつ、フィーネは言った。
「一応言っておきますと、貴方の能力は確かに機能していましたよ。確かに『私の精神』は操られていました」
「なら、何故……!?」
「『殺したんです』」
 意味が解らぬ言葉。そう捉えたであろう魔種へと、フィーネは改めて笑顔で説明した。

 ――「操られていた私の精神を殺して、新しい私を作ったんです」と。

 それこそが、フィーネが有する力。現実を改変すると言う能力の、最も扱いやすい使い方……自己の変革というもの。
 あの日。嘗ての仲間たちが魔種に殺されたその日から、立ち向かえなかった弱い自分を、逃げ出した弱い自分を許せず、己と言う人格を『消去』し、彼女は新しい人格を『作成』した。
 その日から、フィーネは自らの喪失を全く恐れなくなった。ことあるごとに自身の精神を殺しては作ることを繰り返すようになった彼女は、ならばこの時点に於いて「精神を操るだけの魔種」にとっては正しく鬼門そのもの。
「貴方は……! なら、まさか最初に会った時の会話も……!?」
「『魔種が相手だとは思ってなかったような口ぶり』ですか?
 はい。それもそのように思い込ませた別の私です。本来の討伐対象があなたのような精神術師であること、他に戦う術を持たないことは、情報屋さんがきちんと裏を取って調べてくれました」
「……じゅ、住民共!」
 魔種が声を上げる。それと共に現れたのは、住宅街から次々と現れる街の住人達。
「わ、私を殺せば、こいつらを全員自害させますよ!? 解ったら大人しく、私の言う事を……」
「そうですか。それは残念です」
 振るわれるフィーネの腕。ごきりという音と共に両足の骨を砕かれた魔種が、再びの絶叫を挙げてのたうち回る。
「何……お前、住民を……!!」
「……彼らの生死は、依頼の成功条件に含まれては居ないので。
 ええ。それでも勿論、私としては心が痛みます。ですから――」
 真実、抱いていた心痛ゆえか胸元で小さく拳を作っていた彼女は、しかし一度深呼吸すると共に、その手をそっとこめかみの辺りに当てた。
 瞬間、ぱちん、という小さな音が。
「はい。『罪悪感を感じる私』を殺しました」
「あ――あ、は――――――」
 それを見て、魔種は笑う。
 事前に情報屋から手紙越しに返された答え。「その魔種の使う力が精神に干渉する類なら、フィーネ一人で事足りる」という内容。
 アレは彼女が癒し手ゆえ、精神に纏わる状態異常を癒す、或いは抵抗する術を持っている為と勘違いしていた。
(これは、そんな常識的な類では、ない……)
 自身を何度でも殺せるという、欠如した倫理観。
 否、必要であれば他者の犠牲も問わないと言う……「問わない自分へと変革できる」と言う、常人では為しえぬ『凶行』。
 にこやかに自身へと歩み寄り、その掌が自身の視界を黒く覆う様を見ながら、魔種は最後に思考した。

 ――嗚呼、この女に比べれば、私はただの一般人に過ぎなかったのだ、と。

●現在の――或いは未来のお話
「……ああ、因みに住民の皆さんは無事です。
 最後に殺される前、『余計な事』を考えていて彼らに自害を指示することを忘れていたようですね」
「……。そうか」
 その後、『ローレット』にて、情報屋に依頼の達成報告を行う猫耳の旅人の姿が在った。
「お前、今回は何度自分を殺したんだ」
「三回です。少ない方でしょう?
 相手の魔種が精神を支配すると聞いていたので、十や二十は覚悟していたんですが」
 ――仲間を失った後。浮かべるようになった乾いた笑みの侭、彼女は情報屋に言葉を返す。
「それでは、今日はこれにて。また良い依頼が有ったら紹介してくださいね」
「ああ。……いや」
 ちょっと待て。そう、背を向けた彼女へと、情報屋は声を掛ける。
 振り返り、首を傾げる少女。それに、
「……お前は、今も『フィーネ』なのか?」
 情報屋は、改めて問うた。
 最初に仲間たちと共に現れた、人嫌いして怯える彼女でもなく、
 時を経て、少しずつ自然体で話せるようになった彼女でもなく、
 仲間を失った直後、自責の念から涙を流していた彼女でもなく、
 今のフィーネは、それに対して笑顔のまま言う。

「――――――さあ?」

 ……笑顔は、何故か泣いているようにも見えた。

  • ころして、つくって、ひとり、またひとり完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月01日
  • ・フィーネ・ヴィユノーク・シュネーブラウ(p3p006734
    ※ おまけSS付き

おまけSS

●古い『私』の殺し方
 ぱちん、ぱちん。
 消える、消える。大切なもの一つ。
(――――――やめて)
 声が聞こえる。それを無視して。
 消える者は様々。例えば色彩、例えば温度。例えば気配。
『私』が『私』である証。それが一つ一つ消えていくのを、私は無表情で見つめている。
(やめて!!)
 声が聞こえる。それも気にせず。
 消えゆく証は五感に至る。感触が消えて、味が消えて、匂いと景色と音が消えた。
 自らが発する声すら分からなくなった声の主は、それでも必死に何かを叫んで、けれど私はそれをやり過ごす。

「……ありがとう、『もう要らないフィーネ』」

 手向けに贈ったのは、最早聞こえる筈も無いコトバ一つ。
 ぱちぱち、ぱちん。
 泡沫が弾ける様なその音が、何もかも消え去ったことを示していた。

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