PandoraPartyProject

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氷の柩より 冬姫の愛を

登場人物一覧

シフルハンマ(p3x000319)
冷たき地獄の果てを行くもの

●2022/X/XX
 もうひとりの自分と、彼を愛した一人の魔種。
 彼らから奇妙な映像が送られてきたあの日から、彼らの連絡が途絶えて数ヶ月。
 彼らの行き先についてわずかな手がかりをと、もう何度目かわからないネクストへのログインを終わらせたシフルハンマの視界の片隅に、奇妙なメッセージは届いた。
『ROOへようこそ!』
『シフルハンマさんに0件の新着メールが届いています』
 普通の人ならば、何かの悪戯か無神経な製作者が作った産物だと思うだろう。
 だが、シフルハンマは何かを確信し、サクラメントにアクセスする。
『あなたに届いたメッセージはありません』
 自分やあいつのデータに干渉してきた、することの出来た彼女なら、きっと、そうしてくるだろうとおもったから。
『あなたに届いたメッセージはありません 』
 何度も、何度も、いらだちを募らせながら、連打する。わかってる、それが正しい形式などではないと、ウイルスの様に消えるべきものだとしても、『俺はそれを求めている、余計なことをするな』。
『繧ュ繝溘↓螻雁測縺溷測縺ッ1莉カ縺ゅj縺セ蜻ェ蜻ェ諢帙@縺ヲ繧オ繧、繧コ』
「それをよこせ!」
 ほんの一瞬、見えた不可解な文字列――逃したら、永遠に消えてしまいそうなその文字列に、シフルハンマは手を伸ばし――
「……ッ!」
 次の瞬間、サクラメントから広がる闇が彼を呑み込む。それはシフルハンマの肉体を粉々に砕き、精神に強烈なノイズが奔り――虚空に向けて断末魔を放っている事すら無自覚なほどに。
 意識を失ったシフルハンマは、夢を見る。まるで傷まみれのレコードが再生されるように、飛び飛びの音楽が流れ続けるのを壊れた心で聞くように。
 それは、探し求めていた『彼』からのメッセージだった。

 ……シフルハンマよ、俺だ。このメッセージは、キミたちがいうサクラメントから送られている。
 キミが教えてくれたからできる限りの整備をしてみたが、可愛い俺のお姫様がやんちゃしてくれたようだ。魔力回路に溶けない氷の様な不具合がこびりついていて、まともに届くかも、無事に開くことができるかも怪しい。
 それでも、君ならこれにたどり着ける気がしてな。安全のために、幾つかの魔力の塊……ネージュのいうデータの形で俺の記憶を送らせてもらうよ。もしこれを無事に開くことが出来たらアクセスしてほしい、無事じゃなくても……そのうち回路を無理矢理にでも繋いで飛んでくるだろうけどさ


 そして壊れた心と壊れた世界の中で、君は、聞いた。
 真っ暗闇の空間で、声だけを。

●FILE1
 シフルハンマ、本当に申し訳ない。
 俺は、過ちを3つ犯した。
 一つ目は、キミに信じてくれなど言っておきながら、彼女をどうにかすることができそうにない事だ。
 彼女の魔力は、あまりにも馬鹿げていて強すぎた。あらゆる魔法も物理的な調整も通じず、俺の呼びかけすら傲慢の魔種である彼女の『幸せな世界』の一部にしかなっていない、気がしてならない。
 二つ目は、今までこの状況をどうにかしようと思いもしなかった事だ。
 いつこの廃墟に来たかすらおぼえていないというのに、俺の数カ月はこの幾つかある家財道具と廃屋での『ネージュとの生活』に縛り付けられている。見える光景、約1キロメートルは、ネージュの冬の結界だ。そして彼女は食事どころか睡眠も必要としていない……何かをしようたって、逃れようなどと思うことすらできない。
 三つ目は……俺はもうだめかもしれないと言うことだ。諦めようなどとは思わない。
 四肢が凍りつき肉体は魔種とキミが呼んだものに変質しつつある。まるで蛹にでもなったような気分だ。
 はじめはネージュの魔力が生み出す粉砂糖で生きてきた、でももう食事も必要としないし、炎の精霊種でありながら氷の魔力が日に日に強くなるばかり――自分の中で、自分でないものが生まれて、背中を突き破ろうとしている……メープルの断末魔とともに、ネージュが現れた時のように。
 彼女も、俺も、互いを愛し合っている、無性に彼女が欲しくなる、強欲に、力を求める。
 彼女にもてあそばれるのはもう嫌だ、彼女を押し倒したい、もう全部放り投げて愛し合いたい。
 傲慢と色欲を持つネージュの『呼び声』に翻弄された挙げ句、俺は、俺は――彼女を押し倒したんだ。
 もちろん、すぐに我に返って辞めたさ……俺がネージュを押し倒せるはずがないじゃないか、そう理性的に考えてさ……けれど。

 ――ああ、可愛そうなサイズ、大好きな魔種が目の前にいて、抱きしめることもできないなんで。怖いんだろ? 反転してしまうかもしれないから。
 じゃあ、良いことを考えた、私がキミを抱いてあげよう、ソレなら問題もないだろう? ふふ、最高だよ、サイズ、その恐怖に歪みきった顔。
 さあ、もっと見せてくれよ、そしてたっぷり苦しんでその理性をさっさと手放しなよ……それとも私を嫌いになって憎んで見せる?

 ソレ以降は、覚えていない……真っ暗な闇に包まれて、それから……

●Fatal Error
 言いようの無い感覚を味わった。何もない暗闇で宙吊りにされ、吊られている事すらもわからないほどの虚無、孤独。冷たい夜の闇の中、無数の巨大な氷の刃に貫かれる様な感覚を。メープルを呪い、その姿形を恐ろしい冬の姫へと作り変えた狂い声を、サイズは理解した。
 爽快、覚醒、高揚――開放感。
 押し寄せてくるのは苦しみではない。精神は血を吐き、肉体は今にも砕け散りそうな力で拘束を受けているというのに。底しれぬ快感と昏い感情に笑みが溢れる、得体の知れない力が魂の奥底から湧き上がり、世界へと弾け飛んでしまいそうな程だ。自分に良く似た誰かが警告していた狂気への誘い、それが何かようやく理解する事が出来た。
 ああ、これがこの作り物の世界に対する虚無感。誰の呼びかけも届くことのない、底しれぬ狂気。メープルが、かつて応えてしまったものなのだと。

 サイズは、声を聞いた。小さな、ずっと追い求めていた、妖精の声だった。
 よく頑張ったね、愛おしい、そう、彼女は自分の体にしがみつき、絡み付くような声で呼んでいた。
 もっと、愛し合おう、サイズ。肌と肌よりもっと深く、底の底まで触れ合って、一杯呼び声コドモを作ろうよ。
 キミは強くなれる。その強欲に身を任せて、押し付けられた不運を跳ね除けよう。
 眼の前の『ネージュ』を壊して作り変えて、『メープルわたし』を取り戻そう。二人だけの世界を更に強く作り変えて、私達の妖精郷を作ろう。
 キミと、私と、狂気こどもたちだけが響き合う、ソレ以外のものは何もない理想郷を。
 永遠に終わることも始まることもない、夜の冬の国を。だから、さあ、求めて、サイズ、私を、メープルを、愛してる、愛して、怖がらないで、きっと素敵な世界だから。

 サイズのまぶたが重くなる、細くなった瞳に一筋の涙が溢れる。
 メープルはわかっていたのかもしれない。
 これが正しい事であるはずがないと。
 俺以外の全てを失うかもしれないと。
 俺に嫌われてしまうかもしれないと。
 たとえ世界の全てに否定されてでも、俺の居ない世界を否定したかったのだと。
 あの大きな体も朽ち果ててしまった妖精の翅も、彼女のそんな決意の現れだったのかもしれない、思わずそう考えてしまうほどに。

「やっと、聞こえたんだね、私の声が」
 虚無の中に、暖かい秋の色に輝いた手が差し伸べられる。きっと手を取れば、メープルを手に入れられる。そして俺の精霊種としてのくだらない生命に別れを告げる。メープルと、愛し合う事ができる、頭の奥底で、理解した。
「行こう、サイズ……メープルわたしは、ここにいるよ」
「……分かったよ、メープル……『君の願い』は……叶えてあげたい、アイシアイタイ……」
 サイズはそっとその手に自らの手を重ね――
 
「悪い……もうしばらく、返事は待ってくれないか?」
 ――ゆっくりと払い除けた。
 サイズにソレを否定する理由はない。抗い続けるなど馬鹿馬鹿しいとさえ思っただろう。だが、彼にはまだ諦めきれない理由きぼうがあった。たとえどんなに諦めたくなるような暗闇でも彼女を待ってくれる妖精が二振りもいるのだから。それに、さ。
「メープルのデータが消えてなくなっただなんて、そんな事はなかったじゃないか……こんな狂気の奥底で待っていてくれたんだ」
 だから、もう少し、サイズで居させてくれよ、メープル。

「当たり前さ――キミを嫌いになるなんて、できっこないじゃないか」

●FILE3
 苦痛と後悔の微睡みから重い瞼を開ける、もう、何度目なのだろう。
「おはよう、サイズ」
 揺れる白の髪、どこか安堵のため息混じりに微笑む彼女の吐息が聞こえたかと思うと体が大きな腕に包まれ、暗闇の中俺は彼女と密着する。気を失っていた間、何をしていたかはわからないが、どうせこの現状同様、ろくでもないことだろう。
 一糸を纏わず、密閉された空間で抱きしめてくる彼女の肌は柔らかい、けれど、本来あるはずの暖かみは感じられない。ただ手足の指の先まで針で刺したような冷たさと底無しの快感が押し寄せてくる。肉体は変質し、しかし魂はいまだこちら側に居る。もう自分が魔種なのか精霊種なのかすらわからないが、わかる事は2つ。まだあの決意を裏切るには早いという事と……昨夜の光景はとてもじゃないが『本人』に見せられないと言うことだ。
 ネージュの大きな手が俺の頭を撫でる、もう一度その雪のように白い素肌と顔が触れるとゆっくりと剥がされて……気がつけば彼女は雪と氷のドレスを身に纏っていた。
「……やっぱり俺に冬の王なんてものは、向いてないよ、メープル」
 凍りついた四肢を眺め疲れ果てた様に首を横に振った俺を、ネージュは静かに笑い……もう一度ベッドの中で俺を抱きしめた。冷たい絹のような感覚が触れると同時に、砂糖のような甘い香りが伝わってくる。冬の寒さ、甘く昏い夜……彼女の背から吹き出る魔の風が、俺の意識を朦朧とさせる。
「今は、そういうことにしておくさ……」
「メープル……?」
「……気にするなよ、おぼえてないだろうけど、昨日のキミは、随分と暴れまわってくれたもんでさ……ちょっとだけ、寝るよ」
 ふと、彼女の事が気がかりになった。彼女に抱かれてどこかセンチになったというわけではない。だがベッドに横たわり、ゆっくりと瞼を閉じるメープルの姿がどうにも気がかりになってしまった。
(……ここに来てからの長い期間、メープルが眠りについている姿を見たことは無かったのに)
 少なくとも自分が起きている間、常に自分を見張るように見つめ続け語りかけてきたネージュが、意識を手放している。サイズの意識は、狭い家の外へと向けられていた。
 決して逃げようと思ったのではない。手足に硬い氷が張り付いていたとしても、できることはある。この冬の結界の外に少しの間だけ出て、彼女が好きだった秋を思い出させる何かを――ただの紅葉1枚でも――彼女が眠りについている間に見つけようと。
 凍りついたドアの氷を切り裂く様に、サイズは自らの本体である鎌を数百年ぶりに振り上げた。

●FILE4
 吹雪で雪が舞う夜の雪原を、サイズは吹き飛ばされぬ様翅を揃え凍った脚を雪原に突き立て、進んでいく。
 ネージュの視界、1キロメートル四方を覆う冬の結界は来るもの全てを拒むかのように荒れていた。彼らが住んでいた廃村を出た途端、それは更に熾烈な風と雪という形でサイズへと襲いかかる。何より彼にとって驚異であったものは寒さだ。時間すらも凍りついてしまいそうなソレは、ネージュの魔力に浸り続け寒気への耐性がついていたサイズですら、音を上げてしまいそうなものであった。
 だが自分は出なければならない、『シフルハンマ』が逆転の好機を見つけるその時までにネージュに自分を思い出させるために、冬以外を忘れ去った彼女に秋の実りを思い出させるために。
 けれど、サイズは何度もそうだったかのように、思い知らされる。自分たちは世界の犠牲となるように作られた存在に過ぎないと、そして、世界は魔種メープルを許容していないと。

 サイズが何時間もの道のりの先に見つけたものは、青々と茂る草原であった。それだけではない、結界の中は夜の吹雪が渦巻いているというのに草原の向こうには太陽が浮かび、鳥や虫達が恋の相手を見つけようとしきりに鳴いているではないか!
 ネージュの権能の恐ろしさに忘れかけていた恐れが頭を過りながらも、サイズは感慨深く呟いた。
「……そうか、ネクストは夏、なんだな……」
 余計なお世話かもしれないけれど、彼女には向日葵か、あるいはどこかの家に忍び込んで風鈴の一つでも拝借して持ち帰ろう。そう、サイズは草原に脚を踏み入れようとして――なにかに遮られた。
 頭をぶつけたサイズは抑えながら、それをじっと見つめる。それは透明な厚い、氷の壁であった。厚さは1,2メートルほど、良く見れば、ここからは冬姫の領域であると言わんばかりに、それは延々と続いている。
「……そうか」
 氷の壁に手を触れる。その感触は壁の向こう側は非常に固く凍りつき、決して何者も入れる事は無い事を示していた。だが、その内側からならば割れそうだ。
 メープルは、俺が出たことを知ったら恨むだろうか。だが行くしか無い。青白い手で辛うじて鎌を握りしめる事ができる、今のうちに。
 サイズはその本体に炎と、混ざりつつある氷の魔力を込める。そうして持てる全ての力を込めて氷の壁を貫く魔砲を解き放つ――はずだった。
「ちょっと待ちなよ、サイズ」

 氷の刃がわずかに皮膚を切り、傷口から漏れ出た魔力が凍りつく。仰け反ったサイズが見開いた目で見たものは、身の丈ほどの氷の大鎌を向け、微笑む白い少女の姿。
「メープル……!?」
「ふふ、無理やり抱かれた仕返しかい? 君ならいつかそうすると思ったよ」
 次の瞬間、雪原から飛び出した無数の氷の腕がサイズの脚と鎌を掴み取る。前のめりに倒れたサイズに少女はしゃがみ込み、その頭を優しく撫でる……とてもそれが、怖かった。
「俺は、キミのために」
「面倒だから喋るなよ、私はキミが外に出ることについて何も思ってないさ……今の私はその気になればみんな殺してキミを連れて変えるような女だって、わかるだろ? でも何も知らずに外に出て、死ぬよりひどい目に会いたくないだろ? だから、言いたくなかったことを言うよ、それが私とキミのためだろ?」
 一拍おいて、ネージュはひときわ大きなため息をつく。彼女の唇と背から吹きこぼれる冬の魔力に、氷の壁は向こう側を見せることをやめ、それは巨大な鏡となって閉ざされた。
「この半径1キロメートルの氷の箱は、私が最後の力を振り絞って作った冬の結界さ」
「結、界……?」
 どこから話そうか、ネージュは首を軽くひねってから目を細める。
「サイズ、私はキミの命をつなぎとめる事を願った。ロマンチックな言い方をするとだけど私はキミに理解できない繋ぎ止める力を得た。温度も、キミの時間も、あのお節介な現実の私達のデータにも――だからか私は、反転したうまれたそのときから、何かと繋がってたのを実感してたんだ、それは女の子のようであり、道化のようでもあった」
 呆れた様に空虚な笑いがネージュから、こぼれた。
「笑えるよね。力を得たとか言いながらそいつら無しじゃパラディーゾは世界に存在を許されず自己崩壊を起こして……ああ、死んだよそいつら、多分イレギュラーズにでも倒されたんじゃないの? あはは!」
「メープル、それって、もし結界を壊して、外の空気が入り込んだら、君は」
「結界があと何ヶ月か、何年もつかは知らないけれどさ、少なくとも今割って出たとしたら」

 ――君が『お土産』を持って帰る頃には、魔種だった『雪解け水』が待ってるだろうさ。

●FILE5
「冬は終わるのさ――手に入れた力によって自滅する、冬姫ネージュには相応しい末路、さね」
 唖然とするサイズを見つめながら、ネージュは魔力で形成した自らの氷の鎌を優しく撫でる。
「……お前、わかってて俺を魔種にしようとしたのか」
「止められないもんはしょうがないだろ? それに勝算があってのことさ」
 ネージュの持っていた鎌が砕け、目に見えないほどの破片が無数の反射光を形作る。それはまるで星のように。
「キミほどの人が反転したら増幅した魔力で結界は強化され永遠のものになるだろう。外部からも内部からも干渉することが出来ない二人だけの世界の冬の王、いいや、冬すら包み込む全てが停止する夜の魔力を、キミが身につけることさえできれば――ソレに私が耐えきれるかはわからないけれど」
「……それでメープルが死んだら意味がない」
「私が今望むのはキミが長く生きてくれることだけ。私の存在なんて、どうでもいい」
 拘束は解かれていた。ゆっくりと立ち上がり、首を横にふる。サイズの様子にネージュは肩を竦め微笑んだ。その微笑みは、今はものすごく憎たらしかった。
 やめろ、メープル、そんな事を言うんじゃない。
「いっぱいハーモニアを殺したよ、もう殺すのが気持ちよくてたまらなくなるくらいに、そんな奴、生きてたって意味がない」
 やめろ、メープル。
「正直、キミが魔種になるかならないかもどうでもいいんだ、キミが外の世界に出て、そうしたら新しい恋を見つけるかもしれない、世界が哀れんで奇跡を見せてくれるかもしれない、もう一度メープルは生まれて、キミはメープルと出会って、恋をするかもしれない……なんて素敵だろうね!」
 やめろ。
「それを私は望んでる、キミだって……『ネージュ』なんかより、『妖精のメープル』と一緒に生きたいんだろ?」
「やめてくれ!」
 激しく乾いた音が『箱』の中に響き渡る。サイズは、振り上げた手を掲げながら、自分のした行為が理解できなかった。ネージュは理解のできぬ様子に目を見開き、自分の頬をゆっくりと撫でた。
「痛いよ……わからずや」
 その声は、『ネージュ』のものとは思えないくらいに、優しかった。だから、彼女の今までのどの声よりも、痛かった。だけど、言わなければ行けない、続けなければいけない!
「何ヶ月も諦め続けて、やっと君を見つけたんだ、闇の奥深く、狂気の奥底で、何もかもを諦めて、それでも何百年も俺を待っていた!」
 サイズは彼女の皮膚から伝わった冷気をその手にじっくりと感じながら、目を見開いたネージュに叫び続ける。
「君はネージュなんかじゃない、メープルだ! 何万人殺してたってかまわない、もう秋の妖精に戻れなくたってかまわない、俺はただキミに生きてほしいんだ、代わりなんて、必要ない!」
 吹雪すらも貫くほどに大きく、喉が凍りついて張り裂けようとも構わない。
「俺は俺のまま有り続けて、キミを必ずその狂気から掬い上げて見せる――それがキミを救えなかった、弱い俺にできる、償いだから……」
 体から力が抜け、雪原に両膝をつく。
 ああ、自分は何も出来ない、何も奇跡を起こせやしない、自分は、イレギュラーではないのだから。いや、違う、これは……地面が、揺れている?
「……え、何? 何!?」
 振り返ったネージュが飛び退いたところに雪を突き破り、仄かな光を放つ何かが暗闇の空に、枝葉を広げる。
「……信じられない、こんなところにサクラメントがあったなんて……今、起動するなんて、奇跡」
「奇跡じゃないさ、この手の悪戯や魔法が得意だったやつを、知ってるからな」
 ああ、応えてくれたんだ、まだ、諦めてたまるもんか。キミが忘れたって、俺は、キミを覚えているんだから。
「キミは忘れてても俺は覚えてるさ、キミは楓の木の精である前に、大地の精霊種だったって、さ」
 俺自身に何かできなくたって、使えるものはなんだって使ってやる、たとえ、現実の俺だろうと、いじめ抜いて、奇跡を成し遂げさせてやる。
「メープル、手伝ってくれ。あまり手が動かせないんだ……俺の言う通りにしてくれればいい」
「魔種に雑用手伝わせるなんてきっとキミが最初で最後だよ……それで、どこいじれば良いのさ?」
 まだ手段があるというのだろう? ならば使ってみせろ、俺がメープルに引き込まれてしまう前に。彼女との暗い冬の夜の道へと堕ちてしまうまでに。
 それがいやならば、もう少し、この地獄に付き合ってもらうぞ、シフルハンマよ。

  • 氷の柩より 冬姫の愛を完了
  • GM名塩魔法使い
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月30日
  • ・シフルハンマ(p3x000319
    ※ おまけSS『幕間』付き

おまけSS『幕間』

●——System——
・サクラメント『白い少女の箱』が起動しました。
・パラディーゾ・ネージュの生命を保護するため、NPC『サイズ』の手により機能が制限されている状態です。
・転移可能なものはホストの許可した極めて少人数のイレギュラーズおよびその所持品のみとなっています。
・火の類は厳禁
・あとシフルハンマは私の事をいい加減ネージュと呼ぶ事


●これでも3回は一から書き直してマイルドにしたんです。
――現実にて
「……起きたのか、俺は」
「強制ログアウトしてもらったの、大丈夫? めっちゃうなされてたよ? 下手すりゃ夢檻で寝かされてたときより……」
「……」
「どしたん、サイズ」
「……しばらくメープルの顔直視できない」
「えっ!? なんで!? 何があったの!? サイズ!? 逃げないでー! 愛してるからー! うわーっめっちゃ全速力!? 私なんか地雷踏んだ!?」

※メープルと一応まともに話せる程度には回復しました。


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