PandoraPartyProject

SS詳細

安寧の降る刻

登場人物一覧

ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
ディアナ・リゼ・セレスティア(p3p007163)
月光ミセリコルデ


 混沌という世界の中。
 いくつかの国があるものだが。此処、幻想という国――この国には、特異運命座標と呼ばれる勇者が多く存在しており、彼等はギルドという拠点を構える事が多い。
 数多くあるギルドの中のひとつ『物騒な事務所』という、名前の通り以下でも以上でも無い『探偵事務所』――詰まる所、何でも屋――があるのだ。
 オーナーは、あの空中庭園から動かない聖女「ざんげ」に顔を覚えられたことでも有名な『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)という者で。見た目は、青年と少年の間のような男性である。
 そして、そのギルドには複数人の特異運命座標――イレギュラーズーーが所属している。

 これはその、あるギルドの一日の出来事である。

 天から降り注ぐ日差しが、強い日であった。
 たまの休日。
 この事務所も掃除をしなくては埃だらけになってしまう。
 『月の女神の誓い』ディアナ・リゼ・セレスティア(p3p007163)は、事務所の窓を覆うカーテンを一枚一枚丁寧に外してから洗い、そして今、庭に干し始めている所だ。箱入り娘であった過去を持っているディアナだ。もちろん、最初はこういった家事のような事が不得意であった。しかし、少しずつ生活の仕方を覚え、今では掃除は、それなりにこなせるようになってきている。
 今日はエプロン姿で愛らしく、いつもの聖女である凛々しい姿よりかは、いくらか普通の少女へと戻っているようだ。
 干してあるカーテンを揺らす秋色の風がディアナの頬を撫でていくとき、ハロルドは書類の整理を始めていた。
 流石のなんでも屋であるからか。
 ローレットに舞い込む依頼と別件の依頼書や、その報告書。はたまた、混沌世界を知る為の分厚い本などが積んであり、机の上は元の机の基板が見えない程に、紙と本で覆い隠されている。
 ハロルドは後頭部を掻きながら、一度肺の中の空気を吐き出した。
 正直、片付けるのは面倒なのだ。
 気が重く、されど手に書類を取り、目を通しながら要るものと要らないものに分け始める作業をゆーったりと始めて行く。
 正直、早速だが、既に眠たい。
 丁度良い気温の室内と、窓から入り込む風が――なんとも眠気を誘う。
 昨日の夜も結局依頼をこなしていたハロルドである――寝たかといえば、寝ていない。
 その時、扉からノック音がコンコンと響いた。
 入って来たのはディアナだ。
「大丈夫ですか? 手伝いましょうか、私、やることなくなっちゃったので」
「ああ、いや……」
 ディアナの純真無垢な瞳が、じっとハロルドを見つめていた。
 最初は断ろうとしていたハロルドであるが、机の上の書類の山を見て考える。
「じゃあ、頼む」
「! はいっ!」
 花が咲くような笑顔を見せたディアナーー。
 彼女はハーモニアのように見えるが、他世界から来た旅人である。
 聞くところによると、彼女の得意なものは回復魔法であり、それまで治癒系の術師が乏しかった探偵事務所にはもってこいの期待の新人なのだ。
 勿論、何も回復術だけではなく、こういった細かい整理なども、ディアナは真面目に取り組んでいった。
 ある意味。ディアナにとって、こういった単純な作業も新鮮な経験のひとつなのだろう。
「この書類はどちらに?」
「終わった案件だな、捨てて良いぞ」
「あ、ではこっちの書類は」
「それはこの箱に入れておいてくれ、後で目を通す」
「はいっ、あ、この本はあっちですよね! 知ってます」
 本棚へと駆けていくディアナの背中を、どこか懐かしい目線で追ったハロルド。似ているのだ――、遠い世界の人の面影、いや雰囲気が。
 ふと、………しかし、そんな思いにふける時間は無かった。
 本棚の高いところへ、梯子を使って登ろうとしてたディアナの足が覚束ない。
 見れば、梯子の片足が本の上に置かれており、本棚にかけられている梯子は横斜めに傾いている。
 一見しても、明らかに不味いバランスで立っている梯子だった。
 しかし近くで見ているディアナは、それに気づいていないらしい。というか既に登り始めており、思わずハロルドは飲みかけの紅茶を噴出した。
「きゃっ」
 倒れ始めた梯子とディアナ―――、ハロルドは、咄嗟に走った。
 バランスの崩れた梯子から、ころっと落ちてくるディアナ――。そして、ハロルドは片手で梯子を抑え、片手でディアナをキャッチし―――難なくことを終えた。
 ハロルドの腕の中で、小さな聖女は何度も瞳を開閉していた。何が起きたのだろうか、一瞬、ディアナは理解し難い表情をしていたが、見れば梯子は倒れかけていたのに気づくと申し訳なさそうな表情へと変わっていく。
「……あ、ありがとうございます……っ」
 自分には厳しいディアナだ。見た目以上に自分を責めてしまっているのか、しゅんと落ち込む雰囲気がハロルドには伝わっている。何を言うのが正解なのだろうか――、あまり慣れていないような日常の出来事に、ハロルドは考え込み。
「いや、いい、気を付けてくれ、心臓がもたん。この本は後で俺が片付けておく」
 ハロルドとしては、絞り出したような答えを出した。
 彼の腕から降ろされて床に足をつけたディアナは、再び書類整理に戻っていくハロルドの背中を見つめて――、ほんのりと、小さな彼女の頬が朱に彩られた。
 嗚呼、彼はいつでも優しいのだ。
 ディアナが初めて空中庭園に召喚され、何もかも、訳さえ判らないで彷徨っていた所を優しく接してくれた彼だ。いつしか目で追いかけるようになって来たが、これがどんな言葉で表現できる感情なのかは、まだディアナ自身は気づいていない。
 ――その時。
 午後15時を知らせる時計の鐘が鳴った。
 ふと、我に返ったディアナは、机の上に置かれた冷え切った紅茶を見つける。これはいけない、お茶の時間にそんな冷たいものを口にいれるなんて。
「――あ、私、その、お茶淹れてきますね!」
「ああ、コケるなよ」
 ぱたぱたと忙しく部屋を出ていった少女の足音が、転んだ音にすり替わらないか気にしながら。
 ハロルドは、再び書類を見つめてため息を吐いた。
 正直、面倒なのは変わらないのである。


 紅茶の淹れ方は至極簡単なものだ。
 お茶っ葉からしっかり作るのは難度が高くても、世の中にはティーパックというものがあるようで、主に練達が開発しているらしい。これは素敵な開発だとディアナは思う。誰でも美味しい紅茶を作ることができるのだから。
 ポットに、パックとお湯を入れて蒸らす。
 その間に茶器を用意して、おぼんの上に乗せる。
 ディアナも、最初はよくおぼんを落としたりもしていたのだが、今日は上手くバランスを取り、書斎へと向かおうとしていた。と、その時に何やらクッキーでも入っていそうな缶があるのを見つける。
 その頃。
 ハロルドは書斎のソファに座って腕を組みながら、少しずつ重たくなる瞼を感じていた。
 ―――どこからか、歌が聞こえる。
 聞いた事はない、異国の歌だろうか。僅かに歌詞も聞こえるのだが、睡魔に侵されぼんやりとしか聞こえてこない。ただ、そのメロディは聞こえていた。
 この音はどこからだろうか―――部屋を出て、廊下を超え、給湯室のあたりからだろうか。
 心地良い音色だ。それが、静かな書斎に響いていた。
 大きくもなく、小さすぎでも無い音量は、どこか心の奥底に染み渡るようで―――。

「―――あら?」

 暫くしてから。
 ディアナが書斎に戻って来た時には、ハロルドは瞼を閉じて眠っていた。
 熱い紅茶を、綺麗になった机の上に置いてから。ディアナはハロルドの隣に座る。柔らかいソファが少女の身体を受け止め、そこには二人分の圧が乗っかっている。
 規則正しく出入りする寝息と、その横顔を見つめて―――ディアナはどうしようかと考えた。近くにあったブランケットを取ってきて、彼の膝へとかける。
 そうして―――暫く時間が経っていった。
 窓辺に小鳥が止まり、唄を歌い。
 柔らかな風が部屋を通り抜ける。
 事務所には今日、二人しかいなようで。
 他の人の音(と)は聞こえず。
 そして、今はディアナの耳に寝息が聞こえるだけ。
 ディアナは小さく笑ってから、手もとの本を開いた。
 それから。
 また。
 どれくらい時間が経った頃であろうか――。
 紅茶は熱い温度から、丁度良いぬるさになっていて、空の太陽も西へと沈み始めている。
 本をぱたんと閉じたディアナは、再びハロルドの横顔を見つめた。年齢相応の男性の顔のはずなのに、何処か老齢帯びているように風格がある。
 じっと、見つめていたその矢先。勢いよくハロルドの瞳が見開いた!
 びくりと揺れながら思わず声を上げたディアナ。そしてハロルドはその視線を『敵意あるもの』と見間違えたのか、ソファから飛び退き腰の聖剣の柄を掴まんとしたのだ。
「―――む?」
「……あ、でぃ、……ディアナです」
「敵襲か?」
「いえ、敵襲はありませんからご安心下さい」
「そうか。間違えたか」
「あ、あのう、私……何かしてしまったでしょうか?」
「いや、なんでもないんだ。俺の間違いだ、すまない」
「いえこちらこそ、すみません」
 たどたどしく頭を下げ合った二人。
 ハロルドは、ディアナよりも深く頭を下げており、先に顔を上げたディアナは、ふふと優しく微笑んだ。
「紅茶を淹れて参りました。よかったら、ご一緒しませんか?」
「ああ、丁度……腹が減ってきた所だ」
「よかった。どなたかが買ってきてくださったのか、クッキーもありましたから。休憩しましょう!」
「ああ」
 並んだお菓子に、紅茶の香り。少し冷めていたが、喉が渇いた頃には丁度良いくらいの温度だ。
 ハロルドはこういった安寧に深いものを遠ざけてしまうクセがあるのだが、しかし、今日は、今くらいは悪くはないと席に座る。
 偶にはこういうのもいいのだろう――、耳の奥で聞こえる戦火の音を、今は、聞こえないふりをして。
 優しい時間に身を委ねた。

  • 安寧の降る刻完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2019年09月28日
  • ・ハロルド(p3p004465
    ・ディアナ・リゼ・セレスティア(p3p007163

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