SS詳細
Liberation Medical Force(医師による
登場人物一覧
●強襲移動教会ホエールチャペル
パイプオルガンの音色に、幼い子供たちの聖歌が重なる。
麻の修道服を纏った子供たちは楽譜を手に並び、光さす堂に並んで歌を捧げていた。
おそらくは神を賛美する天義の歌であることは間違いないのだが、あちこちの単語が改変されてどこかめちゃくちゃな歌詞であることが……聖歌に詳しい者ならわかるだろう。
『生きることに感謝を』で終わる歌にあわせて、鍵盤の最後のキーを押し込む……白い指。
もたれた頭からは腰まで届くほど長いロップイヤーがたれ、鍵盤をわずかに圧した。
「ぷっはー! 終わりましたわー。わたくし完璧。どうですの天義仕込みのこの演奏テク」
右腕を振り上げ力こぶ(らしきもの)を作ってみせるウサギの獣種(ブルーブラッド)女性。
黒い改造修道服にはどこか天義めいた装飾が施されているが、その殆どが『本来の用途』を逸脱しているように見えた。
「メラン先生(マスターメラン)、第二小節で半音ずれてました」
「ぬ……」
半眼になりアピール姿勢のまま停止するウサギ獣種、メラン。
クスクス笑う子供たちに対抗するように鍵盤カバーを力強く下ろすと、黒い本を手にとった。天義で一般的に用いられる聖書のたぐいだとは思われるが、あちこちへこんだような痕があった。
その本を突きつけて突きつけて、メランは目尻をキッと上げた。
「いいですこと子供たち? 世の中ピアノくらい演奏出来なくても生きていけますのよ!」
「演奏した直後にゆう? それー」
高所からの声。
はっとして顔を上げると、梁(小屋組を受ける水平の横架材)に腰掛けた三毛猫獣種女性がメランたちを見下ろしていた。
「アリコ先生(ティーチャーアリコ)!」
子供たちの声にハイハイと笑顔で応えると、三毛猫獣種アリコは鉄棒の要領で膝を梁にひっかけて反転。その勢いで回転しながら軽やかに堂の中央へと着地した。
「お祈りの時間はおしまい! 総員勉強の準備にかかるように!」
ぱちんと両手を合わせると、台に置いてあった赤い本を手に取った。
本には鉄帝でも名高い軍大学のエンブレムが描かれている。そうした視点で見てみれば、アリコの肩からさがった金装飾は大学修士号を示すものだとわかるだろう。
だがその割には、ピンク色のガーリーなワンピースはこの金装飾やマントに似合わないようにも見える。
子供たちはきわめて迅速に木製ベンチに着席し小さな台と鉛筆、そして一冊のA4サイズノートを使って勉学を受ける姿勢に入った……が。
子供たちのうち、先頭の一人が小さく手を上げた。
金属製の伸縮式教鞭を引き延ばし、指し示すアリコ。
「はいピムリコ」
「アリコ先生、そろそろ『作戦』の時間では」
立ち上がった少女ピムリコの発言に子供たちはハッと目を見開き、そしてアリコとメランも同時に口元に手を当てた。
「おっと」
「おやまあ」
そこからは迅速だった。
教鞭を畳み、教壇の足下にあるスイッチを蹴るように押し込むと、アリコの足下が開いて真下へと落ちていく。
一方で子供たちはベンチの座板を開いてジャケットを取り出し二秒で着替えると、それぞれ一定の法則をもって整列した。
整列した子供たちの先頭に立ち、ステンドグラスへ手を翳すメラン。
「LMS――『Liberation Medical Force(医師による自由のための解放戦線)』、第一から第五分隊準備完了。いつでもいーぞ、ですわ」
『了解』
アリコが素早く円柱形のパイプを登って野外へと飛び出すと、赤い目をぱちぱちと瞬した。
教会めいた建物の屋根のうえ。もとい頂上より眼下。
ずしんずしんと音を立てる教会は、巨大な砂鯨めいた生物の背に建設されていた。
広い広い荒野のごとき砂地を進む教会。その頂上で砂混じりの暴風を浴びながら、アリコは目を細めた。
視界をズーム。ズーム。更にズーム。
灰色の箱状建築物の屋上には人。こちらを見て慌てた様子で立ち上がっている。それだけでなく、建物周辺にはアサルトライフルや拳銃で武装した傭兵らしき人間が立っていた。
建物の手前には無数の子供が並んでおり、どれもぼろきれを纏って手かせと首輪が鎖でひとつなぎにされている。
番号のついた札がそれぞれの首輪からさがり、その意味するところをアリコに想像させ……小さく舌打ちを起こさせた。
アリコは強化ガラスごしに教会内に整列するメランたちを見ると、ハイテレパスによって通信を送った。
『目標発見。総員出撃』
『了解。総員出撃!』
メランが、赤い敷物の上を勢いよく走り、聖なるジェットパックを起動させながらジャンプした。
「皆殺しにしてやんぜ! ですわァ!」
跳躍と同時に両開きになるステンドガラス。
巨大な砂鯨上に建設された教会より『出撃』したメランは空中で宙返りをかけると跳び蹴り姿勢をとった。
ガキンと音を立てるブーツの踵(ヒール)。
否、ただのヒールではない。先端が銃口になった、ヒールガンである。
アリコからのハイテレパス通信。
『セイントパラペラム発射』
ヒールガンからの連射。回し蹴りのようなフォームでばらまかれた『聖別された弾頭』が十字の光を爆発させ、目標施設屋上で見張りをしていた男の目を焼いた。更に激しい閃光があたりを覆い、銃器で武装した傭兵たちの目もまた焼いていく。
ただの目くらましだが、重要な目くらましだ。
メランは目を押さえる傭兵たちのど真ん中に着地すると、一度転がるようにして傭兵の一人へ接近。足払いで右足のすねをへし折ると、立ち上がりからの膝蹴りで相手の顎を砕いた。
『後ろだよメラン』
悲鳴をあげる傭兵。それに気づいたメラン後方の傭兵が攻撃を加えようと拳銃を向けるが、ハイキックで銃を高く蹴り上げ、返す刀ならぬ返す踵で側頭部を蹴りつけた。
たちまちのうちに気絶する二人の傭兵。
『9字方向、アサルトライフル――あ、一秒後、建物から兵士が出る』
残る傭兵が半狂乱になってアサルトライフルを乱射するが、メランは壁を蹴っての三角飛びで回避。傭兵の頭を蹴りつけて気絶させると、着地と同時に足を振り上げて先刻撃ったヒールガンとは逆方向のヒールガンを発射した。
小刻みなバースト射撃を一回。建物から飛び出してきた傭兵が飛び出した直後に頭を撃たれて転倒した。
『お見事』
「そんなに褒めんな、ですわ」
髪をかきあげるように、長いロップイヤーをかきあげるメラン。
はねた空薬莢が地面に落ちていた薬莢とぶつかって小気味よい音をたてた。
踵が顔につくほど高く上げ、ブーツに仕込んだマガジンを切り離す。
そうして膝に固定してあった予備弾倉を抜き、自らの踵に装填した。
やがて、先程アサルトジャケットに着替えた子供たちが施設内へと突入していった。
『各戦術単位は状況を確認、報告』
『こいぬさん分隊(チーム)、子供たちを確保確保。奴隷のようです。全員生きてます』
『怪我は?』
『してますけど、今の戦闘のものじゃなさそうです。ただちに治療にあたります』
『あひるさん分隊、奴隷の中に病気の子がいます。2名。搬入しますか?』
『医療室のベッドまで運んで。抱えていける?』
『いけます』
『かめさん分隊、非戦闘員を発見しました。投降しています』
『拘束して待機。他に非戦闘員は?』
『かもめさん分隊、生存者の確認完了。奴隷商人をとらえました』
『でかした。その場に拘束して見張りをつけて』
『もぐらさん分隊。施設制圧完了。罠はありません』
『了解。そっちへ行くからみんな待機。おつかれさま』
●Bの奴隷商人
おびえ震える奴隷の子供たちを、アサルトジャケットを纏った子供たちが手早く治療していく。
血の出ている者には薬品を塗り包帯を巻いてやり、恐慌状態にある者には暖かい光を当てて落ち着かせる。
その場の設備を使ってお湯を沸かし、子供たちに暖かい飲み物を飲ませ、倒した傭兵たちから奪ったジャケットをかぶせてやった。
そんな光景をひとつひとつ確認して、アリコは施設の中を歩いて行く。
施設内部。狭いコンクリートの部屋には拘束した商人と、腕組みすして監視するメランがいた。
「あらまあアリコ、遅いご到着ですこと」
「メイクに時間がかかっちゃってね」
軽い冗談を交わしてから、二人で商人を見下ろす。
「砂漠の中に作られた、いわゆる奴隷商人キャンプですわ。近隣の村から略奪を行なって、奴隷化して売る……と。さぞかしお金になりそうな商売ですわね」
羊皮紙の束を突き出すメランと、それを手にとって速読法で素早くめくっていくアリコ。
「最近多くなったねー、奴隷商。やっぱりこれのせいかな?」
金色の首輪を手に取る。
奴隷の子供たちに装着されていたものだ。
特別な鍵を使ってのみ外すことができ、鍵の所有者は任意で装着者に対して電流などのダメージをあたえることができるというマジックアイテムである。
首輪の一箇所には青いカラーで『B』と掘られていた。
「うんうん……」
アリコはパイプ椅子を引きずってきて商人の前に置くと、きちんと膝をそろえて座った。
「首輪の出所を喋ってね?」
「…………」
「そっか、わかった。こういうのは、子供に見せたくないよねー。室内で良かった。メラン火ぃ化して火」
黙ってジッポライターをこすり、最大火力で火をおこすメラン。
アリコは錐(針状の工具)の先端を火で炙ると、商人のまぶたを指で開いたまま固定し、錐の先端を近づけていった。
そして、言い含めるようにゆっくりと、区切りながら繰り返した。
「首輪の、出所を、喋ってね?」
「知らない! 知らないんだ! 奴隷を売るならこれがいいって! 闇市で買ったんだ!」
絶叫しズボンを汚す商人。
その様子に、アリコはため息をついた。
「嘘はついてないみたい」
「またこのパターンですのね」
メランも同じようにため息をついて、深く首を振った。
拘束を解き、武装を没収した上で砂漠に商人を解き放つ。
施設屋上からその様子を眺めていたメランは、複雑そうな顔でアリコへ振り返った。首を傾げるアリコ。
「なあに?」
「こういうときは感謝を強要するか、もしくは殺しておくものでは?」
「強要した感謝に意味はないし、お金にならない殺しに価値はないでしょ?」
当然でしょ? という顔で返すアリコに、メランは口の端だけで笑った。
●生きていくための学校
子供たちが炊事洗濯をする風景を横目に、テーブルにティーカップを置く。
「随分と、人数が増えましたね」
ラサ傭兵連合でも顔の広い商人はそう言って、向かいに座るアリコと、その後ろに銀のトレーをもって立つメランを見た。
「行き場がないから雇ってやれと言ったのはあなたでは?」
「まさか全員雇うとは思わないじゃありませんか」
世界は広い。
アリコはその赤い目で、窓の外を見た。
蛇口をひねればいつでも水が出る場所もあれば、泥水をすするしかない場所もある。
子供が当たり前に教育を受け当たり前に大人になる場所もあれば、明日まで生きることすらできない場所だってあった。
移動する教会ホエールチャペルの窓から、そんな風景をうんざりするほど見てきた。
メランは、元々はその風景のなかにいた人物だった。
籠いっぱいのパンを買っては、貧民街の子供たちに配る日々。
金が底をついてもパンを配り続けようとしたために傭兵稼業に身を落とし、天義の教会から追放された身である。
「子供が戦わずに済む方法があるなら、全財産を支払ったって買いとるよ。けどこの世界に、そんな方法なんかない。
今は子供たちに勉強を教えて、戦いとは無縁の仕事に就かせようとするだけで精一杯。
そのためのお金と時間を、子供たちと一緒に戦って稼ぐしかない。
戦う以外に、生きていけない。その下には、もっとひどい生き方があるだけだから」
「…………」
メランはその語りに目を閉じて、銀のトレーを抱きしめた。
貧民街の子供たちがなにをして生きていたかを、彼女たちはよく見て知っていたからだ。
商人もまた目を瞑り、ティーカップを撫でた。
「私もできる限りは仕事をとってきます。けれど、どうでしょうね……」
「どう、とは?」
目を開くメランに、商人は苦笑して言った。
「あの子たちは、きっとあなた方について行くでしょうね」
商人をホエールチャペルから下ろす。駐車していた商人の馬車が、遠い夜の果てへと離れていく。
その様子を、教会の頂上から見つめるアリコがいた。
冷たい夜風がマントを靡かせ、リボンを結んだ長いしっぽが揺れた。
「風邪をひきますわよ」
タラップを登って現われたメランが、屋根の上に頭だけを出した。
「平気だよ」
「そんな寒そうな格好してますのに」
「これはいいの」
アリコは胸を張って、ピンクのワンピースを叩いて見せた。
「『女の子は女の子らしい格好をしてよい』」
「自分から率先することありませんのに。TPOというものがありますのよ」
「シスター服を改造する人に言われてもなあ」
からからと笑うアリコ。
メランは口の端だけで苦笑すると、ロップイヤーをぽんと屋根の上に出して、自らも屋根によじ登った。
強い風がロップイヤーを靡かせる。
暫くの沈黙。
話題を探すように宙に視線をさまよわせたメランは、一呼吸を置いて『そうですわ』と声を上げた。
「今度は、もっと大きな仕事が入りそうですわよ」
「また奴隷商人退治じゃないよね」
「…………」
再びの沈黙。
宙をさまようメランの視線。
アリコはため息をついて笑った。
「いいよいいよ。世界中の奴隷商人をばったばったとなぎ倒しちゃおうか」
「それで解放した子を山ほど抱えますのね。未来永劫金欠になりそうですわ」
「うう……」
猫耳をぺたんと倒し、背を丸めるアリコ。
「おかねほしいよう」
「いっぱいお仕事、しましょうね」
「すゆー……」
よしよし、とメランに頭を撫でられて、アリコは耳を再びピンと立てた。
「さて、そろそろご飯の時間かな」
「お喜びになって。今日はシチューですのよ」
「ここ一週間ずっとシチューじゃん!」
ぺいっとロップイヤーの先端をはたいて、アリコは笑った。
静かな砂漠の夜空に、笑い声がのぼっていく。