PandoraPartyProject

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3月15日、14時32分

登場人物一覧

アト・サイン(p3p001394)
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アト・サインの関係者
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「理解しがたい」
 ラウリーナ・オンドリンはそう口を開いた。怒りは隠さない。明確な侮蔑の色も、それには乗っていた。
 魔力で明かりを担保する証明に照らされた部屋は、むき出しの岩盤に、申し訳程度の家具のおかれた、武骨なそれである。部屋の中央にある大きな机から、会議室、ないしは作戦室のような場所であることを、見るものに想像させるだろう。
 深緑のはずれの地である。一見すれば、うらびれた古村の、古ぼけた屋敷にすぎぬ建物であるが、よくよく見れば、幾人もの人間が出入りしていることに気づくはずだ。
 その屋敷の地下。巧妙に隠された入り口から降りれば、アリの巣じみた広大な地下基地が広がっているここは、エーニュ……アルティオ=エルム民族主義者戦線を名乗るその組織の、本拠地となる場所である。
 ラウリーナが居るのは、先述した作戦会議室である。そこには、エーニュの盟主であるリッセ・ケネドリル、ベーレン・マルホルンの姿もある。
「何故『イータ』を動的に使用した! あれは抑止力だぞ!」
 先般、エーニュは『イータ』なる爆弾を使用し、ラサの商人の暗殺計画を実行に移していた。それは、ローレットに属するアト・サインに未然に防がれる結果となったわけだが、ラウリーナは、組織のNo2という立場でありながら、その実行を知らされていなかったのである。
「抑止力だと?」
 ベーレンが嘲るように言った。
「今まで、イータがなにを抑止した? 深緑は外敵にさらされる一方だ。今もそうだろう。あの忌まわしい茨は……内部には同志も眠っているのだぞ?」
 同時期、深緑は『茨』による異常な現象により閉ざされていた。そんな大変な時期に、幻想種の保護と自衛、そのための武力保持を掲げるエーニュがなにをしていたかと言えば、見ての通りの内ゲバに明け暮れていた。内部派閥は穏健派と過激派にわかれ、それぞれの派閥がにらみ合いを続けている。いつ衝突してもおかしくはない……ああ、いや、嘘だ。つい先日、過激派による内部粛清で、穏健派と目された数人がの果てに野に捨てられたばかりだ。
 エーニュは、組織を名乗るがリーガルな組織ではない。やんわりと言えば、活動家の集団である。いや、であった、だ。これまでは。イータという『爆弾』を動的に使用した結果、エーニュは名実ともに『テロリスト』へと堕した、とラウリーナは考えている。
「だからこそ、今がチャンスだったのだ……無能な森林警備隊を今こそ排し、今こそエーニュが正式な警備部隊として名乗りをあげられるタイミングだった!」
 ラウリーナの目的は、エーニュの正式な警備組織化だった。これは無力な森林警備隊を追いやり、深緑を武力的に強化する……等という
 端的に言えば、政治闘争である。森林警備隊を失脚させ、その新たな警備部隊の後釜としてエーニュを据えさせることで、No2であるラウリーナ自身が、深緑の政治中枢――深緑はそもそも国家というよりは共同体という趣が強いのだが――へと昇り詰めるための、政治闘争の手段でしかない。
 はっきりと言えば、今この場に、。悍ましい欲望と独善、狂気と妄想に取り込まれた者たちだけが、今この場で活動家を気取っている。
「それでどうするのだ?」
 ベーレンが声をあげた。
「正規軍になって、なんだというのだ? 今まで通り、内部に縮こまって専守防衛でも掲げるのか?
 それで何が守れた? 守れなかったのが今の結果だ……!」
 深緑という国は、かつて外部からの攻撃にさらされたことがある。ザントマン事件。深い確執のある事件であったが、事情を知らない幻想種たちから見れば、『ラサの悪徳商人たちが、幻想種たちを誘拐し売り捌いた事件』としか見られていないことは否めない。その件は、既に両国に置いて友好関係の再構築が行われており、端的に言えば『手打ちになった』わけだが、実際にその事件にさらされた幻想種たちのトラウマは根深いものだろう。
「我々に必要なのは暴力ゲバルトだ。そもそも抑止力といえど、
 いいか? ナイフが抑止力になるのは、
 『イータ』がその暴力を発揮したことがない以上、実際に発揮せねば、誰がそれを恐れるのだ?」
「そのために使ったのか……意図的に?」
 喘ぐように、ラウリーナが吐きだした。
 つまり……そもそも、先の、イータを使用したザントマン事件に関与した商人の暗殺事件、それ自体がデモンストレーションでしかなかったのだ。
「抑止力……なるほど、その通りだ。抑止は必要だろう。だが、先も言ったが、我々に必要なのは壊れぬ盾であり、何者も貫き通す矛だ。矛盾、こそがイータであるべきなのだ……!」
 ベーレンが、じろり、とラウリーナを睨みつける。
 昏く歪んだ眼が、見えた。
 狂っている、と素直にラウリーナは思った。
「だが……イータによる暗殺は、ローレットによって阻止されたはずだ」
「逆を言えば、ローレットさえ関与しなければ、確実に成功していたともいえる」
「馬鹿な……ローレットを敵に回してなんになるのだ……!?」
「問題は無いでしょう?」
 と、リッセが声をあげた。
「私たちがやっているのは、正義の行いであるはずよ、ラウリーナ」
 よどみなくそういうリッセを、ラウリーナは悍ましいものを見るような目で見つめた。
「何を言っている」
「そも、あの商人どもが生き残っていることこそが間違いなのよ、ラウリーナ。
 我々は正しい。ローレットがそれを阻止するならば、ローレットこそが間違っている」
 綺麗な瞳だった。澱みない、純粋な目だ。
 吐き気がする。
 狂っているのだ。
 シンプルに――純粋に。
 イカレている。
 ラウリーナにとって、エーニュとは手段でしかない。
 他方、リッセたちにとって、エーニュとは目的なのだ。
 強烈な断絶を感じた。エーニュの立ち上げに関与したラウリーナは、ここにきてようやく、その道を間違ったことに気づいた。
 最初から、踏み外していたのか。
 どこか知らない所で、誰かが間違えたのか。
 神ならぬ身のラウリーナのは、それは分からない。
 ただ――ここにいれば破滅が待っていることだけは、ラウリーナにもわかった。
「ラウリーナ、あなたには感謝している」
 リッセが、静かにそう言った。
「本当よ。私だけでは……エーニュはここまで大きくならなかった。きっと私の訴えなど、政治権力に握りつぶされ、無残に踏みにじられていたはずなの。
 その上で、お願いする。受け入れて欲しい」
「何を」
「世界に対しての闘争」
 リッセがきれいな瞳で言った。
「我々は、イータを使った本格的な爆弾闘争に通るべきだと考える」
 ベーレンがそう言った。
 ラウリーナは、何も言えなかった。
 心底から理解できない存在に相対した時、人は全く、声をあげることができないのだと、この時自覚した。
 頭の中に、ぐるぐると何かが駆け巡った。自分の立場とか、パトロンとの関係とか、まずそういうもの。それから、ようやく、自分の命に関して。ぐるぐるぐるぐると、浮かんでは消えていく。それに手を伸ばそうとしても、届かずに消えていった。泡になって消えていく。全部、何もかも、大切なそういうものが、純粋な狂気によって、無理解に消されていくのだ。
 バカバカしい。そもそも、何なのだこの話は。どうしてこうなっている? 自分は、こんな頭のおかしい話に付き合うつもりはない! リッセを持ち上げたのも、それが丁度よかったからだ! 何も知らぬ馬鹿な小娘を、祀り上げるのが丁度よいと思ったからだ! 実際、リッセはうまくやった。その哀れな生い立ちと弁舌で、馬鹿な信者を盛り上げた……何が間違っていたのだろう。そもそも、この小娘は、本当に小娘だったのか? 何か、もっと悍ましい……怪物の子供ではなかったのか……。
「ラウリーナ」
 化け物が、言った。
「私はあなたを信用している」
 化け物が何かを言っている。
「あなたは、私を信用しているの?」
 ふざけたことを抜かしている。
「勘弁してくれ」
 ラウリーナが、消沈するように言った。
「狂ってるよ……お前らは」
「それが答えか」
 ベーレンが言った。
「ラウリーナ。あなたにも、幻想種の未来を憂う気持があったものと信じている」
 リッセがそう言った。
「考え直してほしい、ラウリーナ。
 あなたのおかげで、私達はついに、正統なる復讐を実行に移せるようになったの……」
「止めてくれ」
 ラウリーナが言った。
「私のせいだというのか」
「あなたのおかげ、よ」
 フォローするように言ったその言葉は、強烈な嫌悪感をラウリーナに植え付けただけだった。
「ラウリーナ、もう少しなの。もう少しで、世界は変わるわ」
「妄想だ」
 リッセの言葉に、ラウリーナは嘔吐するような気持で言った。
「それは妄想だ、リッセ……哀れな怪物よ。君たちの行く末に何の未来がある……」
「少なくとも、貴殿の描く予想図よりは」
 ベーレンが言った。
「すでに貴殿の正体は割れている。貴殿が捻出している『寄付金』だが。帳簿から計算するに、寄付だけでは明らかに金額が足りない」
 水中から、水上の音を聞くみたいに、その言葉はラウリーナに届いた。何か分厚いものが、その耳をふさいで、現実から逃れようとしているかのように思えた。
「スポンサーは誰だ」
「知らない」
「答えろ」
「知ってどうする」
「我々を利用したことの落とし前をつける」
 当然のように、ベーレンが言う。
「いい加減察しろ、ラウリーナ。この場はすでに尋問の場に変わっている」
 ベーレンが腰から拳銃を引き抜いた。ぱん、と乾いた音がする。それが拳銃から発せられた音で、その銃弾が自分の右ももを打ち抜いていることに気づくと、強烈な激痛と共に、世界がクリアに、現実的になった。
「あ、があああああ!」
 ラウリーナが叫ぶ。ベーレンは汚物を見るような目で、ラウリーナを見た。
「スポンサーは誰だ」
 ラウリーナが、ゆっくりとはい進む。痛みに苦しみもがくように。扉に向って。
「スポンサーは誰だ」
 ベーレンが静かに問うた。ラウリーナは答えない。ベーレンは、ふぅ、と息を吐き、再びトリガに指をかけ――。
 その刹那、反射的に、リッセに向って飛び掛かり、実を伏せた。同時、扉が開くや、強烈な弾丸の驟雨が、むき出しの岩壁の壁に突き刺さった。
「ラウリーナ様、ご無事で!」
「遅い……!」
 ラウリーナは悪態をつくと、飛び込んできた兵士……穏健派の義勇兵に抱き起された。彼らには、こう言い聞かせていたのだ。銃声が聞こえたら飛び込め。
「ラウリーナ……!」
 地面に伏せたまま、リッセが声をあげる。身を隠したテーブルの板に、義勇兵の放った銃弾が突き刺さった。義勇兵が銃撃するのへ、ベーレンが反撃の射撃を行った。
「いい、撃ち合うな……退くぞ!」
 ラウリーナの言葉に、義勇兵たちが頷く。彼らに抱きかかえられて外に出ると、廊下には数名のエーニュ兵士の射殺体があった。義勇兵が先手を売って殺しておいたのだろう。
「いかがいたします……?」
「過激派の説得は無理だ」
 ラウリーナは痛みに顔をしかめながら言った。
「では」
「ああ。穏健派をセーフハウスに集める。そこを基点に潜伏する……」
 ラウリーナは脚を引きずりながら、肩を抱かれて廊下を進んだ。遠くの方から、銃撃の音が聞こえた。穏健派が一斉蜂起を行い、過激派と戦闘に入っている頃だろう。とにかくこの混乱に乗じ、脱出するしか命をつなぐ手はない。
「しかし……これからの活動はどうなさるのですか?」
「過激派……ベーレン共は、リッセを唆し傀儡とした。目下の目的は、ベーレンを打倒し、リッセの洗脳を解くことにある」
 本音を言えば、リッセもろとも殺したい所だが、穏健派の求心も、結局はリッセを頂点としてある。あのバケモノを、まだ利用する必要がある……。
「それに、此方にも勝ちの目はある。奴らは明確に、ローレットと敵対した。
 ローレットとコンタクトをとるぞ。ローレットと共闘態勢をとれば、ベーレンを排除できるだろう……」
 ラウリーナの言葉に、義勇兵たちは頷いた。
 あちこちで響く銃声が、世界からの嘲笑のように、ラウリーナには聞こえた。
 時計の針が、15時をさした。

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