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SS詳細

漆黒の聖母と深紅の薔薇

登場人物一覧

伊達 千尋(p3p007569)
Go To HeLL!
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

●午前九字四十分
 練達の再現性東京。
 所謂『現代日本』というところを模して作られた街の何処かの公園。約束の時間より二十分程早い時刻を指す時計を見上げながらベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)は伊達 千尋 (p3p007569)を待っていた。ベネディクトが到着してから約十分後に待ち人は現れた。
「あれっ、べーやんもう来てた感じ? もしかして俺遅れちゃった!? マジごめんな~!」
「いや、予定より早く着いただけだ。気にしないでくれ、千尋」
 ヘルメットを外してこちらに詫びを入れてくる千尋に軽く手を振りながら、ベネディクトは千尋の後ろにある漆黒の大型バイクに目を留めた。
 夜の闇を纏った様なボディに骨を模した装飾。
 一見悪魔を想起させるデザインに対してつけられた名前は全てを包み込む聖母の名前Maria。そしていつでも千尋を護り、様々な場所へ連れて行った愛車でもある。友の愛馬に挨拶をする様にベネディクトはしゃがみこみ、よく手入れされたボディを眺めた。
 長く乗り続けているが故の細かな傷はいくつかあるが艶やかな表面は鏡のようで、湾曲した自分と千尋が映り込んでいる。

「格好良いな、このバイク。大切に乗っているんだな」
「サンキュー! いやー、べーやんに褒めてもらえるとかめっちゃ嬉しいわ。相棒みたいなモンだからさコイツ」
「俺も普段は馬に乗るが……こんな風に鉄で出来た乗り物というのは馴染が無かったからな」
「あー、べーやんの世界だとそうだよな、混沌こっちでも練達以外にはあんまり見かけねぇもんな」
 
 ベネディクトが元いた世界は剣や魔法、ドラゴンなどがいる所謂『王道なファンタジー』で、混沌であれば幻想がイメージに近い。
 混沌で馬は一般的な交通手段だが、練達、特にこの再現性東京では逆にバイク、車といった鉄の塊が主な交通手段というのだから初めて見た時は驚いたものだ。
 それに愛車に跨り駆け回る千尋は本当に楽しそうで、気持ちよさそうで。
 どんな感じなのだろうかとベネディクトは以前から気になっていた。
 なので、つい口から零れていた。

「俺も乗れるだろうか?」
「えっ、えっマジ!? べーやんバイク興味ある感じ!?」
 友からの思わぬ言葉に千尋ががばっと身を乗り出して食いついた。
 まさかベネディクトがバイクに興味を持つとは思わず、Mariaを褒められたことも相まって千尋のテンションは上りに上がっていた。彼風に言えばアゲアゲである。
 あまりの食いつきように暫し目を丸くしていたベネディクトだったが、もし自分が逆の立場で自分の好きな物や趣味に相手が興味を示したらこうなるのも無理はないだろうと笑みを零す。
「ああ、乗れるのであれば乗ってみたい」
「乗れる乗れる! べーやん運動神経やばばじゃん? 余裕っしょ!」
 ぱぁっと目を輝かせた千尋は、じゃ早速とヘルメットを被り直しベネディクトの手を引いた。
「善は急げって言うからな! べーやん早速行こうぜ!」
 千尋の行動力に暫く瞬きをしていたベネディクトだったが「ああ」と短く返事し、笑った。

●『彼女』の色
「べーやんはどんなのが良いとかあるか? 例えば大きいのがいいとか、こんな色あるかとか」
「そうだな。もし可能であれば千尋が乗っていた物と似ている物がいいな」
「ならネイキッドが良さそうだな」
「ネイキッド?」
「乗りやすくて教習所とかでも使われてるんよ。普通にカッコいいし、べーやん絶対映えるじゃんな」

 バイクショップに場所を移し千尋はベネディクトに問い掛ける。店員に案内され大型バイクを見ながら千尋はベネディクトの質問に丁寧に応えていた。
「この大きいのはヘッドライトっつって、まあそのまんま夜走る時とか暗いトコ走る時につけるやつな。
 で、こっちはバックミラー。後ろ見る時とかにコイツ使って確認するんだ」
「馬で言うところの目の様な物か?」
「そうそう! 流石べーやん。理解力マジパネェわ。とりあえずこの中に気になるのあったら言ってみ?」
 くいと千尋に親指で差され、ベネディクトはバイク達に目を向ける。
 カラー、フォルム、大きさ。
 馬達とは違い無機質な鉄の塊なのに、全て違って見えてまるで生き物の様だとベネディクトは思った。
 暫く悩んでいたベネディクトだが、ふと視界に入ったその色・・・に視線が釘付けになった。

 深紅の薔薇を思わせる深い赤のボディ。
 その赤いドレスの中から覗く黒と絡み合い冷徹な中に情熱を秘め、咲き誇る美しい華。
『彼女の色だ』
 そう思った時には千尋に「コレがいい」と指差していた。
「おっ、めっちゃ綺麗な赤じゃん! 乗りやすそうだしべーやんセンスあるぅ!」
「ありがとう」
「よっし、じゃあ俺店員さん呼んでくっから! すいませーん!」
 自分のことの様に喜ぶ千尋の背をベネディクトは眺めていた。

●漆黒の聖母と深紅の薔薇
「バイクは決まったけど、べーやんは乗るの初めてだし簡単に乗り方レクチャーすんな」
「宜しく頼む」
 深紅のバイクに跨り、真面目に頭を下げるベネディクトにいやいやと手を振りながら、千尋は隣で手本を見せる。
「まず視線は真っ直ぐ前! 路肩とか信号とか――ま、要は前を見て目の前の情報をしっかり目に入れるってこと」
「馬と同じだな」
「そうそう! で、肩の力は抜いて自然体にする。両脇を軽く締めてハンドルは肘と手首の力を抜いて回す感じ」
 千尋がハンドルを握った手を軽く反らす様に見せるとベネディクトもそれに倣った。手綱とは少し違うが思ったよりも違和感はない。
「腰は……ちょっと言い方ムズいけど、腕や脚がピーンッて突っ張らなくて、窮屈じゃないトコロにポジション取るぜ。これはべーやんの体格もあるし、探してみ?」
「ああ、やってみよう……この辺りだろうか?」
「べーやん脚長ぇからなー。いんじゃね?」
 からからと笑う千尋に釣られてベネディクトも笑う。
「で、膝はタンク、この前の丸っこい三角のパーツな。これを軽く挟む感じでちょっと閉じるんだ。ニーグリップって言うんだけど……それは覚えなくていいや」
「承知した。足はどこに乗せればいいだろうか?」
「ステップに土踏まずを乗せて、爪先はブレーキペダルとチェンジペダルに乗る様にすればいいぜ」
 暫く爪先をもぞもぞと動かしていたベネディクトだがしっくりくる場所を見つけたのか、満足げに頷いた。一つこなす度にどうだろうかとその都度千尋の顔を見てくるので、千尋は真面目だなあと思いながら、普段の凛とした様とはまた違う彼の魅力にほっこりとしていた。なんというか可愛らしい。

「これはオネーちゃん達もほっとかねぇわ……」
「何か言ったか?」
「いや、なんにも。じゃ、そろそろ店出るか」
「ああ、そうしよう」

 バイクショップの店員に礼を言い、店を出た二人は練習も兼ねてという事で待ち合わせに使った公園へ一旦戻った。
 ベネディクトが思いのほか早くバイクを決めたので時計の針は予想よりは進んではいなかった。これなら練習時間も少し多く取ってもツーリングの時間は十分に取れるだろう。
「うっし、じゃあさっきのおさらいといくか!」
「ああ、すこし緊張するが」
「べーやんなら大丈夫だって! わかんなかったら何度でも聞いてくれよな!」
 
 任せろと胸を叩いた千尋が頼もしい。
 良い友を持ったと笑んで、ベネディクトは初めて馬に乗ったときの事を思い出した。
 あの時自分はまだ子供で、自分より大きな身体の馬が少し怖かった。
 すぐ傍に先生はいるとは言えど、初めての経験に伴う不安と緊張。
 そしてそれを上回る期待と高揚感。
(前をしっかり向いて、肩と腕の力は抜く。脇は軽く締め、膝はタンクを軽く挟む)
 バイクショップで千尋に教わったことを一つずつ思い返す。
 合っているだろうかと、つい千尋を見てしまうがその度に彼は嫌な顔一つせず、寧ろとても嬉しそうに頷いてくれた。経験者の合っているという言葉にほっと胸を撫でおろし、ベネディクトは頷き返す。
(べーやん、今日初めてバイク乗るはずなのに姿勢ぶれてねーのマジパネェわ)
 一方千尋は千尋でベネディクトの呑み込みの早さに舌を巻いた。
 彼が運動神経抜群なのは当然知ってはいたが、馴染みが無い筈のバイクを一度教えただけで乗り方を覚えてしまうのだからさすがとしか言いようが無い。そしてその呑み込みの早さも運動神経の良さも普段の鍛錬、ないしは今までの修練の賜物なのだろうと思うとますます『パネェ』と千尋は思った。
 やがて意を決した様にベネディクトがペダルに足を乗せ、ハンドルを握る。
 エンジン音が鳴り、蕾が徐々に花開きやがて大輪の真っ赤な薔薇が開いた。
 まるでベネディクトが私に相応しい主人なのだと高らかに宣言するように。
 それを見届けた千尋は待機させていたMariaを優しく叩きその背中へと跨った。

「んじゃ、いよいよ行くか! あ、途中で無理になったら言っていいから。無理は良くねぇから! マジで!」
「ありがとう、千尋も居るしきっと大丈夫だ」
 爽やかな微笑みに真っ直ぐな善意と信頼の言葉を投げかけられ、千尋は鼻の頭を掻き、ヘルメットをかぶり直した。

●漢の約束
 目的地は特に決めていなかったが、今回は少し遠い散歩程度に留めようと千尋は提案しベネディクトは素直に頷く。
 行けるトコロまで行く、というのも大層魅力的だが今回は初めてのツーリングなのだ。まずはベネディクトにバイクの魅力とツーリングの楽しさを知ってほしい。行き当たりばったりの男二人のツーリングはベネディクトが運転に慣れてきた頃のお楽しみに取っておこう。
 千尋が先導し、その後ろをベネディクトが付いていく。時折後方を確認すればベネディクトが頷いて「大丈夫だ」と応えた。
 微笑む聖母を深紅の薔薇が追いかけて舞い踊る。踊り疲れたら路肩に停めて休息し談笑を挟む。
「べーやん、疲れてねぇか? 大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう千尋」
「なら良かった」
 短くやり取りをし、十分に休憩を取ったらまた互いの愛車に跨りペダルを踏みこむ。
 聳え立つ高層ビル、海を渡る大橋、、蕾を付け始めた桜並木。マネキンに目を奪われているウインドウショッピングを楽しんでいる女性たち。
 周囲の景色が早送りした映画のフィルムの様に素早く融けて、様変わりし、風を切る感覚が心地いい。
 信号で引っかかって足を留めて、ちらりと見渡せば見知らぬ風景でここは何処だろうかと好奇心が沸き起こる。
 もう少し先に行きたい、もう少しこの道の先を見てみたい。
 そうは思っていても、楽しい時間というのは年を重ねたとてあっという間に過ぎていくもので。
 さっきまで空高く昇っていた太陽は地平線の彼方へと沈み、気が付けば空には明るい月といくつかの星が出ていた。
「ん! じゃああそこの公園で休憩して帰んべ!」
「名残惜しいな」
 公園に寄ったベネディクトと千尋はバイクを留め、設置された自動販売機へと小銭を投入する。少しだけ指を彷徨わせた後、適当に缶コーヒーのボタンを押し、ガコンと落ちてきたそれを拾い上げアルミのプルタブを手前に引いた。
 春先とはいえこの時間帯はやはり冷える。
 冷えた体を流し込んだ温かい珈琲が温め、ほうと二人は息を吐きだした。
 そのまま、自動販売機のすぐ近くに設置されたベンチへと腰を下ろす。
 缶コーヒーを再度口に含んだ後、千尋がベネディクトに問いかけた。

「なぁ、べーやん。今日どうだったよ? ツーリング楽しかったべ?」
 問いかけられたベネディクトは口元にやっていた珈琲から一旦口を離した。
「ああ、とても楽しくて有意義な一日だった。千尋のおかげだ」
「いやいや、べーやんが興味持ってくれたからからだって! な、また行こうぜ。今度はもっと遠くに!」
 千尋がにぃっと歯を見せ笑い、拳をベネディクトへ突き出す。
 突き出された拳に数秒目を丸くしたベネディクトだったが、すぐに合点がいったのかコツンと拳を突き返す。
「漢の約束だかんな」
「ああ、約束だ」
 次は何処行くよ?
 あそこなんていいんじゃないか?
 言葉と約束を交わし、ベネディクトと千尋は再度それぞれの愛車に跨る。
 互いにアイコンタクトを送りあいペダルを踏みこみハンドルを握った。
 エンジン音が響き、赤いテールランプが流星の様に軌跡を描いて、夜の都会へと静かに消えていった。

  • 漆黒の聖母と深紅の薔薇完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年03月23日
  • ・伊達 千尋(p3p007569
    ・ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160
    ※ おまけSS『道中にて』付き

おまけSS『道中にて』

「そういえばさぁ、べーやんは何でその赤色にしたんだ?」
「良くなかっただろうか?」
「いやいや! むしろセンス抜群よ。完璧パーペキよ! いやさ、べーやんのイメージって青のイメージあったんよ。
 だからちょっと意外っつーか……あ、ごめんもしかして俺、ヤなこと聞いた?」
「まさか」
 せっかく興味を持ってくれたのにと若干顔を青くした千尋に吹き出しつつ、ベネディクトはそんなことないと手を振った。それと同時に千尋の善良さをますます好ましく感じた。
「そうだな……彼女の色だと思ったんだ」
「彼女……はっ」
 どこか愛おしそうに緩やかに弧を描いた蒼穹はどう考えても特別な誰かを思い起こしている。
(あ、甘酸っぺぇ~~~~!!)
「千尋?」
「大切にしろよな……!」
「? ああ」
 少女漫画の正統派王子様の様なベネディクトにはわわとなる千尋であった。そして彼は彼で釣られた様に柔らかな陽だまりの彼女を思い描いていた。

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