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水くくるとは

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澄原 水夜子(p3n000214)

 幼い頃に、父に言われたことがある。澄原は立派な家だ、故に支えなくてはならない――と。どちらかと言えば自身は陰の存在だったのだろう。
 才女として持て囃されていた病院の跡継ぎ娘は昼夜も問わず勉学に精を出し、澄原を支える為に尽力している、と。その話を聞きながら血は近くとも随分と遠い人なのだと感じていたものだ。
 ある日、父に連れられて澄原家のパーティーに訪れた。シックなくらい色のドレスを着た『跡取り娘』――晴陽姉さんと出会ったのはその時だ。彼女の近くには俯き顔で詰まらなさそうにしている少年がいた。年齢は自分とそれ程離れていないだろう。大学に通う晴陽と常に比較される『弟』が居るのは聞いていた。屹度彼は、その『駄目な弟』だったのだろう。
 日の当たる場所に居れば、そうやって比べられるのならば。自身は陰でのんびりと過している方が良いと感じたのはその時だ。もしも、晴陽姉さんが実の姉であったならば仲良く離れないだろうと子供心乍らに思ったものである。それ程、彼女は『完璧な澄原』だったのだ。
 高校に入る頃になると、父は晴陽姉さんの手伝いをしなさいと提案した。其れまでも晴陽・龍成の何方とも交友関係を何となく続けてきており、それ程悪感情は抱かれていないはずだった。そうしたのも父による教育が大きい。晴陽・龍成の両名と仲良くなっておけば澄原でも良いポジションにつけるだろうというのが父の思惑だ。
 ……反吐が出そうになるけれど、父は『水夜子が男であったならば』と何度も繰り返していた。晴陽の婿にでもしたかったのだろうか。
 家出をしている龍成の嫁になれとは言われなかったが、漠然と父がその様な関係性になる事を望んでいることは感じていた。父が望む事を否定することはないが、そのつもりは無かった。龍成は龍成で澄原という一族から離れて幸せになって欲しいと願っていたからだ。
 婚姻関係にならないならば仕事上のパートナーになれというのが父の望みであった。元から感情表現が下手クソな晴陽の傍にはそれ程、傍付きの人間はいなかった。看護師などは仕事上の付き合いで関わっているのだろうが、晴陽とプライベートで遊ぶ相手は余り多くない。そうした場所に宛がわれる従妹というのも何とも澄原家らしくて嫌気が差すが、残念なことに水夜子という一個人としては晴陽が嫌いでは無かった。
 彼女は、感情表現が下手なのでは無い。誰ぞと関わり合う時間を多く持ってこなかっただけだ。ならば、その相手になって彼女の話し相手として過し続ければ『彼女は他の誰かと親しくなる』かもしれない。晴陽と対照的に気易くて年齢相応の対応を見せる龍成のように――屹度、月のしじまのようなあの人が、太陽のように笑ってくれるかもしれないのだ。
 その為に晴陽の仕事の手伝いを願い出た。真性怪異という存在の解明や悪性怪異:夜妖<ヨル>の撃破。そうした仕事を請け負って阿僧祇霊園や澄原病院を行き来する。
 聖セレアート女学院に籍は置くが学生として活動することは余りに少なかった。……母の希望立って入学したが、籍のみの状態が少し申し訳ない。
 最初は恐ろしく感じていた夜妖も、場数を踏めば踏むほどに脅威であるとは思えなくなった。寧ろ、それらに魅入られて呪い殺される方が父の呪縛から解き放たれそうだと思う程の。……そう感じたのは晴陽と同じように、『澄原 水夜子』が心を許せる存在が余り多くなかったからかも知れない。
 教育熱心な父におっとりとしたお嬢様育ちの母。兄弟と呼べる存在は居らず、従姉兄の背中ばかりを追い掛けて過すことを強いられた幼少時代。
 だからこそ、夜妖という非日常を前にしたときの自分は『それらから逃れられるような気がして』自由だった。
 そうしている内に晴陽姉さんと呼びかけても許される仲にはなった。彼女からランチに誘ってくれるようにも。
「水夜子は、私よりも素直じゃありませんね。でも、私よりも表情が豊かです。
 ……だから、少し心配になります。無理をしているのでは無いか、と。頼りない従姉ですが力になれることがあれば言って下さいね」
 そう首を傾いだ彼女は不思議そうな、どこか困ったような顔をしていた。そんな事はないと否定できなかったのは自分自身の弱さだったのだろうか。
 困った顔をして笑いかけた自分に晴陽は「貴女が幸せになれば良いと何時も願っているのに」と困ったように肩を竦めるのだ。
 ……ああ、打算で近づいた相手であったのに。今では、この人が大切になった。それは従兄の龍成だって同じだ。
「大丈夫ですよ、私ったら誰にでも好かれますから」
 最大限の強がりに彼女は困ったように薄く笑っただけだった。見透かされたのは何方だろうか。
 彼女達の傍に居ろと、父の教育に染められた自身の本音が何処に行ったのかは。最早、遠い昔に置いてけぼりにしてきたような心地になった。

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