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二人でお出かけその結果
登場人物一覧
窓から差し込む光があたたかく、そっとレースのカーテンを揺らす風が瑠璃の艶やかな黒髪を揺らす。
「良いお天気……」
お日様はあたたかくて風も心地良い。気温も高過ぎず低すぎず、何かするにはぴったりだ。
「部屋に籠って本を読むには勿体ないですね」
小さく呟くと、深い海のような青い瞳が柔らかく弧を描く。
ソファーから立ち上がった瑠璃は、鞄に最低限の荷物だけ入れて部屋を出た。
弾むような足取りで歩きながら、瑠璃はどこへ行こうかと考え始める。
(新しい服でも見に行きましょうか。あ、でもそろそろ新刊が入る頃だし本屋さんも見に行きましょう。そう言えばこの前珍しい花が店頭に並んでいましたね)
とりとめもなくあれこれと考えていたせいか、横道から瑠璃を見つけ、走って来る彼に気づかなかった。
「瑠璃?」
「きゃぁ!」
急に肩に手を置かれ、瑠璃はビックリして悲鳴を上げてしまった。
「うぉ!」
そしてその悲鳴に彼も驚いたように声を上げた。
「え、あ、葵さん……?」
「悪い、驚かせたっスね」
「い、いえ……」
びっくりして思わす悲鳴を上げてしまったし、まだ心臓はドキドキ言っているけど、相手が葵だと分かってほっとする。
「私こそ、悲鳴を上げてすみません」
「それは良いけど、どっか行く途中っスか?」
「あ、はい。良いお天気なので、色々見に行ってみようかと思って。だから特に目的はないんですけどね」
そう言って笑う瑠璃に、葵も二っと笑った。
「俺も特に用もなくぶらぶらしてたとこっス。瑠璃が良いなら一緒に行っても良いっスか?」
「それは構いませんけど、適当に見て回るだけですよ?」
「どうせ暇してたし大歓迎っス!」
楽しそうな葵の笑顔に、瑠璃の頬も自然と緩む。
「では一緒に行きましょうか」
「おー」
そう言って歩き出した二人だが、何故か瑠璃は葵に手首を掴まれていた。
「あの……?」
「ん? どこか行きたいとこ決まったっスか?」
「いえ、それはまだですけど……それよりなんで私、葵さんに掴まれているんです?」
掴まれている手を揺らせば、葵の手も揺れる。それを見ながら、葵ははて? と首を傾げた。
「そんなの、放っておいたら瑠璃が危ないからっスよ?」
「え……!?」
オッドアイが真っ直ぐに瑠璃を見つめ、瑠璃は思わず赤くなる。
「ほら、足元危ない」
ぐいっと瑠璃を抱き寄せれば二人の距離はあと一歩。その近さに思わずドキドキするが、葵は平然としたまま。それどころか「あのままだと段差でこけてたっスよ?」なんて言ってくる。
だけど振り返って先ほどまで自分のいた場所を見れば、5㎝程の段差。確かにこれはうっかりこけていたかもしれない。
「有難うございます」
ぺこりと頭を下げる瑠璃に、葵はぽんぽんと軽く瑠璃の頭を叩く。
「たまたま気づいただけだから、瑠璃が気にすることじゃないっス。それよりほら、商店街到着っスよ」
何か良い物あるかなぁ。と呟く葵に手を引かれたまま、瑠璃は商店街に足を踏み入れた。
昼時より少し遅い商店街は、賑わいはあるがどこかまったりとしている。だけどそのまったりとした時間の流れ方が今の二人には丁度良い。
「期間限定も気になります……。葵さんは何味にします?」
「そうっスねぇ……。じゃぁ新商品行ってみるっス!」
テイクアウトのドリンクで、何にするか二人で看板を見ながらドリンクはこれでトッピングはこれでと騒いでは。
「おっ! ニューデザイン! 中々良い感じっスねぇ!」
「え、何ですか?」
「サッカースパイクっス。そろそろ新しいの探そうかと思ってた所なんっスよ!」
「では中に入りませんか?」
なんてスポーツショップに足を向ける。
「今年は透かし模様が流行りでしょうか?」
「俺に聞かれても困るっスよ。でも、瑠璃に似合いそうな服っスね」
落ち着いた深い緑色の生地の上に、白い花柄のレースが重ねてあるスカートはかわいらしさの中に落ち着いた雰囲気もあって、確かに瑠璃に似合いそうだ。
「に、似合うと思います?」
「思わなかったら言わないっスよ?」
さも当然のように言う葵に、瑠璃は赤くなりながら試着室に向かった。
ドリンクを片手とは言え、歩き続ければ喉も乾くし疲れも溜まる。
ゆっくりとだが歩くペースの落ちてきていた瑠璃に合わせ、休める喫茶店探している途中にその店はあった。
「綺麗なお花ですね。なんていう花ですか?」
太陽の光を浴びて色鮮やかに、華やかに並ぶ花たち。
店先に並んでいたその花たちに惹かれたのか、瑠璃が花屋に足を向ける。それに合わせて花屋に入った葵は綺麗に、だけど所狭しと並んだ花にどこか間の抜けた声を上げた。
「花だらけっスねぇ」
「花屋に花がなかったら困るよ」
花を手入れしていた店員に苦笑され、葵はそれもそうだと苦笑した。
「それにしても色々あるっスね」
白、ピンク、黄色、赤、緑に青。
色とりどりの花はどれも綺麗で、それを見る瑠璃も楽しそうだ。
(陽じゃ想像出来ない光景だなぁ)
花を愛でる少女は絵になるが、それが自分の妹だと想像出来ないのは何故か。
瑠璃を見守りながらそんなことを考えていると、奥からがっしりとした体形の中年男性が現れた。
「お、初めて見る顔だな! デートかい? 若いねぇ!」
突然現れた男性に驚きながらも、瑠璃はその言葉に頬を染める。
「で、デートですか!?」
「確かに、そう言われるとそう見えるっスね。何なら手でも繋ぐっスか?」
「えぇ!?」
真っ赤になって慌てる瑠璃を見て、葵はふと思いついて男性に瑠璃に似合う花を一輪頼む。そして。
「いえ、あの、私と葵さんは一緒に出掛けているだけでデートではなく! あ、でも葵さんのことは頼りがいがあってとても素敵な方だと思いますよ!?」
先ほど買ったばかりのスカート――葵が似合うと言ってくれたもの――が入った袋をばたばたと揺らす瑠璃の髪に、葵は渡された花を挿した。
「え!?」
突然のことにびっくりして動きを止める瑠璃に、葵は満足そうに頷く。
艶やかな瑠璃の黒髪に、白い小ぶりな花が良く似合う。
「おっさん良いセンスっスね。瑠璃に良く似合ってるっス」
ぐっ! と親指を立てれば、男性はニヤリと笑う。
「坊主も若いのにやるじゃねぇか! 嬢ちゃん真っ赤だぜ!」
豪快に笑う男性に、葵はぽりぽりと頬を掻いた。
「ただ似合うと思っただけなんだけど……。まぁ良いか。ほら、花も買ったし次行くっスよ」
そう言って瑠璃の手を繋ぐと、瑠璃は真っ赤になったまま、引かれるままに歩き出す。
繋がれた手の温もりや包み込む手の大きさや硬さに、暫く緊張と混乱で何も言えなかった瑠璃だが、少し歩いて少し落ち着いたのか、静かに口を開いた。
「あの……」
「ん?」
小さな、囁くような声だったが、葵は足を止めて瑠璃の方を見た。
微かに首を傾げ、真っ直ぐにオッドアイで瑠璃を、今この瞬間は瑠璃だけを見つめている。
そのことにまた心臓がドキドキし始めたけど、きっと急に動いて止まって、呼吸が乱れたせい。――瑠璃はそう思って深く息を吸って吐く。それから、そっと瑞々しい花に触れた。
「有難うございます。まさか花を貰えるとは思っていませんでした」
柔らかく、触れるだけで形を変える小ぶりな花。ふわりと香る甘い香りも併せて、それはまるで瑠璃の心のよう。
ドキドキして嬉しくて、こんな風に喜ばせてくれる葵にはびっくりすることもあるし、こんな風になりたいと憧れるもある。
大切な友人で、もっと仲良くなりたい人。
「気にしなくて良いっスよ。自分が勝手に買っただけだし」
本当に対した意味もなく、ただ、花を飾れば似合いそうだと思って、喜んでくれそうだと思っただけのこと。だから、ここまで喜んでくれることが驚きだ。
「それでも、嬉しかったので」
嬉しそうに微笑む瑠璃に、葵も二っと笑う。
「喜んで貰えたなら良かったっス」
予定外の寄り道をしてしまったけど、瑠璃の髪に白い花を挿してやってきた喫茶店。
開いていた席に座った二人の前には色とりどりの旬のフルーツを使ったフルーツタルトに、一見真っ黒な塊に見えるチョコレートケーキ。
「頂きます」
綺麗な動きで手を合わせると、瑠璃はそっと銀のフォークでチョコレートケーキを一口分切り取る。
艶やかなチョコレートが割れ、その下からふんわりしっとりとした生地が姿を見せる。
「あの時のケーキには敵いませんが、このチョコレートケーキも美味しいです」
口の中で蕩けるチョコレートに、しっとりとしたケーキ。中にはチョコホイップが挟んで合って、濃厚なチョコの風味と味わいに、まろやかな甘みが重なり、溶けあっていく。
こうやって一緒に出掛けた先で食べたオムライスとチョコレートケーキ。真っ黒な見た目にびっくりしたけど、その味は繊細で高貴で、二人で驚きながら食べたのはいい思い出だ。
「あれはウマかったっスね!」
「はい。また機会があれば食べに行きましょう」
思い出して二人で笑うと、瑠璃が葵に向けてフォークを差し出す。その先に乗っているのは一口分のチョコレートケーキ。
「でも、ここのも美味しいです」
差し出されたケーキをぱくりと食べた葵は、もぐもぐと咀嚼して確かにと頷く。
「良い店には人が集まるもんっスね。はい、お返し」
葵にとって一口サイズの、瑠璃にとっては二口サイズのフルーツタルトを差し出すと、瑠璃は口に入るか悩んでいたが、思い切って大きく口を開けた。
さっくりとしたタルトに甘さ控えめのたっぷりホイップ&カスタード。その上に乗ったフルーツは旬の物に拘っているらしく、どれも甘くて旨味が凝縮されている。水分たっぷりのフルーツと、甘さ控えめのホイップ&カスタード、それからサクサクのタルトが口の中で混じりあって自然と笑みが零れる。
「これも美味しいですね」
「そうっスね。甘さも控え目だし、もう一個ぐらい行けそうっス」
「あんまり食べると夕飯食べられなくなりますよ?」
あっという間になくなったタルトを見て瞬きを繰り返す瑠璃の言葉に、葵は言葉に詰まる。
「……じゃぁ、陽への土産も兼ねて夕飯のデザートで」
自分だけ美味しい物を食べたうえに、夕飯も要らないと言えばきっと彼女は一人だけ美味しいもの食べてずるいと怒るだろう。なら、土産と称してデザートに食べれば良い。瑠璃と一緒に食べるのとは違う、賑やかな味が追加されそうだ。
「それが良いと思います」
紅茶を手に穏やかに微笑む瑠璃は、最後の一口を葵に差し出した。
ゆっくり休んだ後は二人でお土産のケーキを選んで、本屋を覘いて新刊を見る。
葵はサッカーの雑誌を、瑠璃は最近お気に入りの本の新刊が出ていたのでそれを購入。
急にずっしりと重くなった荷物は葵が持って、代わりに瑠璃が葵の分もケーキの入った箱を持つ。
「重くないですか……?」
「これぐらい平気っスよ。それよりケーキが崩れないようにお願いするっス。俺が持ってると崩れそうで」
「葵さん、ケーキでも構わず振り回すから、帰ったころにはぐちゃぐちゃになっちゃいそうですね」
カフェから本屋までの間、ケーキが崩れるのではないかと心配していた瑠璃だが、本屋で葵が荷物を持ってくれたお礼にと、ケーキを預かったのは正解だろう。
他愛ない話をしながらすっかり色を変えた道を並んで歩く。
穏やかで、嬉しくて、幸せな時間。
小さく見えた瑠璃の家に、もうすぐこの時間が終わりだと思うとこのまま帰りたくない気もする。瑠璃も気づかないうちに少し情けなく寄った眉根は気づかれなかったけど、葵の言葉にそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。
「今日は中々面白かったっスね。また一緒にどこか行かないっスか?」
「え、あ、はい! 私で良ければ喜んで!」
唐突な次のお出かけのお誘い。別れが寂しいのは変わらないけど、その向こうの楽しみに心が躍る。
「ならまた連絡するっス」
「はい。私も良い場所探しておきますね」
どんな場所が良いかを話しているうちに、あっという間に家の前。
荷物とケーキを交換して、にっこり笑って葵を見送る。
「今日は有難うございました。お陰でとても充実した一日になりました」
「俺も楽しかったっスよ! それじゃ、俺も帰るから瑠璃はゆっくり休むっスよ」
「はい。有難うございました」
小さくなる葵の姿を見送って家に入った瑠璃は、沢山の荷物と髪に飾られた一輪の花、それから次への約束に嬉しそうに頬を緩めた。