PandoraPartyProject

SS詳細

去る時影は痕を刻んで

登場人物一覧

トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
白萩(p3p009280)
虚構現実

●恐怖の在処
 その日、トキノエと白萩がローレットで聞いた話は然程大仰なものではなかった。
 最近この近辺で"人ではない何か"に襲われるという事件。イレギュラーズであれば登録したてであれエキスパートであれ、一度は請け負うであろう話である。特筆して珍しい内容でもない。
 場所は豊穣。中心街からは少し離れた場所だとは言うが、十分足の届く範囲だ。
 ならば早急な解決をと考え始める二人を前に、「しかしながら」と依頼人は続けて口を開く。

「これ以上の情報が…その、殆ど無いんです」
「あ?何でだよ。依頼する程被害が出てるなら、多少の手掛かりもあるんだろ?」
「…辛うじて戻れた者は、皆気を違えてしまっておりまして。話をする事が出来ず…」
「……そういう類の"イヤガラセ"をしてくる奴ってことか」
「はい。話せたとしても、全員錯乱してしまうものでして」

 精神干渉の類か、という所まで白萩は思い至る。自分たちのような者達であれば兎も角として、真っ当な人間には耐え難い苦痛となるに違いない。ほんの僅かに、眉を顰める。
 顎に手をやり何かを考えていた様子のトキノエも、経験則から同じ所まで考え至ったのだろう。ならば、と話の切り口を変えた。

「その怪物、毎晩出るって訳でも無いんだな?」
「! ああ、ああ、そうです。襲われた者達にも、共通点があります」

 一つは、新月の夜半過ぎに目的の場所へと足を踏み込むこと。
 そしてもう一つは、程度は様々ながら"過去に何らかの強い恐怖を抱いている"ことだった。

「恐怖?」
「ええ。本当に些細な事から此処に依頼として出したものまで様々でして…」
「恐怖なァ…おいトキノエ、お前なんか覚えあるか?」
「いいや、全く。誰かが俺に対して持ってるってなら知らねえが」
「ハハ、ならいい」

 恐怖なんて感情は何処かに置いてきてしまった。さて、何時の事だったか。少なくとも混沌(こちら)に来て以来出来た友と酒を酌み交わす内に忘れてしまっただろう。白萩の現実には己の付いた嘘が積み重なっている。記憶の盃に満ちる底の底に何かがあったとして、今思い当たる節が無いのならきっとその程度なのだ。かち、と金属音を鳴らし煙管を咥えると、軽くトキノエの肩を叩いて促す。

「きっと俺達は"適任"だ。奴さんも流石にンな奴ら相手だとは思わないだろうよ」
「違いねえ。じゃ、さっさと片付けてくるか」

 依頼人の顔にも漸く安堵が浮かんだ。深く、深く頭を下げるのをトキノエは思わず止めに入る。──矢張りさして難しい話ではない。気にされる程困る事もなく直ぐに片付くだろう。二人とも、そう思っていた。

●新月の満ち時
 決行は次の新月の日に定められた。月の明かりが落ちているせいか辺りは影が落ちているものの、周囲が見えなくなるという程ではない。件の怪物を呼び出す囮として名を上げたのは白萩とトキノエの二人。あまり人手が多すぎても相手に警戒されるだけ、とした結果だった。イレギュラーズとしての活動は勿論、公私共に縁の深い二人でもある。連携を取るには十分だろう、と。

 ──時刻は夜半を回り、月亡き空は星を巡らす。

「そろそろだなァ」
「ああ、……行くぞ」

 流石に仕事ともなると行動に違いも出る。白萩、トキノエ共に自然と表情は真剣な物へと変わっていった。件の路地まであと一歩。先に足を踏み入れたのは白萩だった。曲がり角の先、薄闇の向こう側に確かに存在している、黒い影の様な其れ。ヒト型のようにも見えるが、周囲が暗いばかりに片側だけの視界には限界がある。標的を捉える様に目を細め、片手に使い慣れた鉄扇を構えた。後ろから来たトキノエもその影に気付き、手早く術式の準備を整える。

「出やがったな」

 さあ、一発かましてやろうじゃねえかと一歩前に立つ男を見る。刹那、覚える違和感。既に目的のモノと対峙しているというのに、白萩が一歩も動こうとしないのだ。敵までの距離はそう遠いものでもない。寧ろ、彼の普段の動きを考えれば一つ踏み込むのみ、といった所だろう。何より前衛として後方を守りつつ戦う事も出来るのが彼の強みの一つでもあるはずだ。

「おい、白萩。どうし──」

 漸く、白萩が動き出す。カチ、と煙管を噛み直して漸く獲物を持ち上げた。しかし彼の構えてた鉄扇は、大きく後ろに──味方である筈のトキノエを薙ぎ払ったのである。

●盃の底
 覚えていた訳ではなかった。ずっと、男の盃の底に落ち続けていたものだったから。
 忘れていた訳ではなかった。ずっと、抱え、最期の時まで持ち逝くものだと思っていたから。
 この出来事について、何一つとして嘘を重ねた事は無かった。口にする事も無かったのだから。

『──白萩』

 影と認識していた筈の其れは、気付けば男の姿に代わっていた。自分と同じ程の長髪、鋭い目付きの奥には金の瞳が光る。何時か無くした声色だった。あの日に落としてきた音だった。
 これが現実かそれとも否か、曖昧になる思考の中で言葉が出ない。まさか、有り得ない。そんな筈はないと自問自答を繰り返す。

 この男は──尾花は、"俺が拾いきれなかった"筈だ。

 言葉にしようとしても上手く音を紡げない。ただ視線は真っ直ぐに離せずに居る。もしかしたら、アイツも同じように此方へ飛ばされて来ていたのか。そんな事なら苦労はしていない。ましてや、こんな形で再会をするような事も。
 だが、近付くよりも先に鮮血が舞った。深々と、彼の脇腹に刺さった"何か"が着物を赤黒く染めていく。ぼたぼたと落ちる液体は、直ぐに彼の足元の色を変えた。聞き心地の悪い粘着質な音と共に凶器が引き抜かれたのか、青年はその場で喀血し膝から崩れ落ちた。

 何故、俺は駆け寄る事も出来ない?浮かぶ疑問は息の吸い方も忘れさせるようだった。足はびたりと、その場から動かず。ただただ、目の前で倒れる男を見ているだけ。
 血に滲む琥珀色と目が合う。口端を伝う血をそのままに、尾花は笑顔を浮かべていた。

『後は、頼むぞ』

 何の話なのかは理解出来なかった。認識出来るものといえば、路地の先に立っていた筈の尾花は"あの時と同じ様に"血溜まりに沈んでいる事だけ。長らく思い出す事の無かった記憶が浮かび上がり、星明かりの元で徐々に鮮明になってゆく。今駆けよれば、自分が動けていれば助けられたのではないだろうか。"あの時"、俺が。
 僅かに抱いた希望はがらがらと音を立てて崩れていくのを感じる。あれは本当に尾花だったのか。俺は何を見せられている?立ち尽くす事しか出来ない俺は、一体どうすれば良かったんだ。混ざり、うねる感情が憎悪となり、怒りとなる。扇を握る手に力が籠った。刹那、背後から聞こえた声は。

出やがったな未だ居たか

 アイツに手を掛けた、どこぞの男の声だった。

●狂闘
「ッ、ぐ…!?」

 突然の攻撃は脇腹に深く抉り込まれた。骨の軋む感覚と圧力の掛かり方に息が詰まる。多少でも威力を殺す為にトキノエはそのまま横へ跳んだ。が、尚も白萩の追撃は留まる事を知らない。
 カン、と高下駄が鳴る。流石に同じ攻撃が来ると分かれば対処も出来るもので、鉄の塊が到達するより先に術式を用いて軌道を僅かに逸らした。扇に重心を乗せていた白萩の体躯がぐらりと揺らいだと思えば、ぐるりと片足を軸にして今度は足を払いに来る。反射的に跳躍し後退した為に被弾は防げたものの、もし当たっていたら。

(くそ、洒落になんねえぞこの威力…!!受け続けるとやべえ!!)

 近距離戦法を主とする白萩と、遠距離攻撃を主体とするトキノエでは幾分か分が悪い。ならば近付かれる前に対処する他無い。術式を練り、放つ。が、本体へ着弾する前に扇で防がれてしまった。白萩の背丈とほぼ同じ大きさの鉄扇は最早鈍器か巨大な壁か。間髪開けずに振り上げられた扇は刃となって身を絶つ。ずるりと後ろ足を引くと、ぽたり。地面に血が落ちた。

「っ、おい、白萩!てめえどうなってやがる!"何が見えてる"!」

 思わず声を荒げるが返事はない。動きからして何かと勘違いしているのは事実だろう。仮にこういった陽動が必要であったとしても何も言わず仕掛けてくるような男ではないのだが、白萩は確実に此方を仕留めるつもりで動いている。狙う位置も、攻撃も的確だ。あともう少し位置がズレていたらと思うだけで悪寒がする。
 混乱するトキノエを余所に、再び白萩が動いた。一撃、二撃、三撃。手を休める事無く重い鉄扇を振り下ろす。致命傷だけは避けているものの、何度とない攻撃で体のあちこちに痛みが生じ始めた。ロクな防御もない状態だけに無理もないが、段々と言いようのない感情が浮かび始めていた。そして考え至るは。

 そも、何が故にこれだけコイツに殴られなければならないのか。

 尤もな話である。今回は二人の囮で、リスクが無いからこそ受けた依頼であって。それが何を悲しくて同行者に殴られているのか。いや、このままでは恐らくこの男に殺される。最初の一撃から今に至るまで遠慮がまるで見受けられない。いや、だから何故なのか。話をする気も聞く気もないのか。いや、認識されていない?さっきまで一緒に歩いてたろうが何でだ。
 ぐつぐつと煮える感情。再び開いた扇が振りかざされる。じりじりと火のついていた堪忍袋の緒が、ぶつり。

「冗談じゃねえぞコラ!!」

 腹からの声と共に真っ直ぐな蹴りが手元に入った。鉄扇を支えていたのとは別方向からの打撃に漸く白萩が小さく呻く。鉄の塊となった扇は地に落ち派手な音を立てた。どうだ見たかこの野郎。しかし、それでも白萩は此方へ仕掛けるべく踏み込んでいる。どうにもこの男は諦めが悪いらしい。ならば、やる事は決まっている。

「いいぜ、相手してやるよ…骨が折れてもしらねえからな馬鹿野郎!」

 思い切り顔面を殴り抜ける。馬鹿は殴らねば治らないのだから。

●歪み、砕けて
 奴の動きが変わった。
 顔を殴られて脳が揺れる、足元がふらつきそうになるのをなんとか踏みとどまる。揺らぐ思考で男の顔を確認しようとするが、暗闇のせいで顔は良く見えない。何か言葉も発しているようだが、言語として思考に落とし込む事が出来なかった。煽りか、それとも罵倒か。どちらにせよ、此方の望む言葉は一つもないだろう。奴が此方に来ている以上、此処で仇討ちをしなければならない。
 最早落ちた扇を拾う隙も奴は与えようとしなかった。手が届くより先に道の端へと蹴り出される。死角から飛んできた拳は咄嗟に身を仰け反らせて避けたものの、次はその背を正す様に一蹴り見舞われた。詰まりそうになる息を吐き出し、顔から地面へと突っ込んだ。受け身らしいものを取ってはみるものの、軽減はさして出来たものではない。奴が今まで手を抜いていたのか。真意の程は定かではないが、黙っていられる程でもなくなったという所か。
 "残党狩り"か。尾花の次に俺の所へ来たのであれば、次は──そうか、行かせる訳にはいかない。

「なら、どっちか死ぬまでだなァ!」
「だから何の話してやがんださっきから!」

 会話が噛み合わない。それに気付いているのはトキノエだけである。分かる事と言えば、白萩が此方を"殺しに来ている"という事と、今こいつの耳には何一つ言葉が届いていないという事。足元を払おうとする蹴りを飛び避け、着地と同時に懐へ飛び込む。反応されるより先に顎下から上へと殴り抜けた。不本意ではあるが、矢張りこういった戦い方の方が効率がいい。
 ふと、脳裏に依頼人の言葉が過る。

 ──条件のもう一つは、程度は様々ながら"過去に何らかの強い恐怖を抱いている"こと。

 トキノエは白萩の過去を詳しく知っている訳ではない。何より、本人に聞いたとして『さて、どうだったか』とはぐらかされるのがオチだ。仮に語ったとしても、それが本当かどうかなど自分には確かめようもないのだが。

(こいつ、まさか条件に当てはまってたのか)

 今此処に至る段階での憶測だ。白萩が足を止めた理由、此方へ攻撃してきた理由、全て件の怪物が原因だとしたなら未だ納得がいくとしたまでのこと。相手がどうやって仕掛けたかは知る由もない。だが、少なくとも"殺さない理由"には出来る。
 お互いに消耗戦へ突入しているのは分かっている。ならば。

「ッ、いい加減、目ェ覚ませ!」

 最大ながら、殺しきらない程度の威力で。一先ず気絶してもらう他無い、と。

●再演の為の幕引き
 腹部への一撃は思った以上に重く、今まで累積した体への負荷が一気に押し寄せる。奴は先刻もこうやってみせた、アイツの、尾花の声を止めたのも、こうやって。体はもう重力に逆らう程の力も無い。俺はまたやりきれなかった、と、横目に彼が沈んだ血溜まりを見る。
 そこは何もない。ただ暗い、ただ、それだけだった。


「……おい、聞こえるか馬鹿野郎」

 次に目が開いた時、聞こえた声は友人の其れだった。気付けば幾分か空が明るくなってきているように感じる。動揺と状況把握に勢いよく身を起そうとした所で体のあちこちが悲鳴を上げた。思わず小さく呻き声を上げてそのまま横に倒れた。先程の路地から少し外れた場所までどうやらトキノエが運んで来たらしい。同じように……いや、自分以上にぼろぼろになった男が目の前に腰を下ろす。

「じゃ、改めて聞くぞ。何が起こったか教えて貰おうじゃねえか」
「……いやお前、それはこっちの台詞だ。お前何でそんなんなって」
「てめえがさんざボコって来たんだろうが!?」

 なんでかしらんがキレられた。
 と、話を聞けばキレるのも無理もない事で。トキノエが言うには、あの路地に入った後自分が本気で殺す程の勢いで襲い掛かって来たのだという。応戦するだけでは限界があり、一先ず寝て貰ったという事だった。なんたる不覚。少々痛む腕でガシガシと頭を掻いた。

「で、思い当たる節は」
「……恐らくだが、対象になるのは一番最初に路地に入っていて、条件を満たす人間だ」
「つまり、お前が条件に入ってねえとすっとぼけたせいでこうなったと」
「悪かったっつってんだろうよ」
「謝っただけじゃ済まさねえからな畜生」

 多少は回復も行ったのだろうが、衣服の乱れや端に残った血糊を見るに俺は思った以上に暴れたらしい。共倒れにならなかった事だけが幸いであり、彼の判断は間違いなく正しかった。……居心地の悪さは致し方ないものではあるが。

「トキノ」
「白萩」
「……何だ」
「取り合えず奴のやり口は分かったんだ。次は仕留めんぞ」

 思わず口から出かけた謝罪は続く言葉に押し戻された。これだけの事をしておいて、未だ、この男は俺を見捨てずに先を見ている。唯一視線が合わない所だけが、それなりにトキノエも気にしているらしいということを示唆していた。ふと、尾花の声が過る。
 ──仲間を失うのは何よりも恐ろしい。
 今なら、その言葉に頷ける気がした。

  • 去る時影は痕を刻んで完了
  • NM名月見里あとり
  • 種別SS
  • 納品日2022年03月09日
  • ・トキノエ(p3p009181
    ・白萩(p3p009280
    ※ おまけSS『明ける夜に誓う』付き

おまけSS『明ける夜に誓う』

「……ま、そうだな。次の時は先にお前に入って貰うわ」
「お前は囮失格だから下がってろ」
「ばっかトキノエお前、流石に二度目はねェだろ。俺だって馬鹿じゃない」
「殺されかけた俺の身になってからモノ言えバカ萩が」

 必ずの再戦と、己の中の弱さを心の端で肯定して昇る朝日を見遣る。二人がローレットに戻るまで、来た時の倍以上時間を要した気がした。

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