PandoraPartyProject

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空谷足音

登場人物一覧

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
クロバ・フユツキの関係者
→ イラスト

●貴方と私
 正直な所、この世界に来た時は不安で一杯だった。
 訳の分からぬまま召喚されて。やがて過ごす内に気持ちは落ち着いたが――それでも。
『あの人』にはもう会えないのだろうかと。共に召喚はされなかった記憶を辿れば。
 心の奥底には常に一抹の寂しさがあったのだ。
 決して表層には出ない。特段大きな形として影響することはない、ほんの少しの気掛かり。
 元気だろうか? 困っていないだろうか? 心配していないだろうか――
「でも」
 あの日、私は。

●もう一度
「――あっ」
「あっ」
 幻想の街中。晴天の下で――クロバ=ザ=ホロウメア (p3p000145)は素っ頓狂な声を挙げた。
 なぜならば己が目の前に偶然現れたのは冬月 雪雫。クロバにとっての義理の妹である――
 ただし厳密には『別人』であるという前提が付くのだが。
「……兄様、お元気でしたか!? あれからずっとお会いできる機会がなくて……怪我はもう?」
「あ、ああ……うん。大丈夫だよ雪雫。だからそう心配しなくても」
 笑みを見せて近寄る雪雫。眩しい。なんという屈託のない笑顔なのだろうか。
『己の知る雪雫』もそうだった。瓜二つ。まごう事無きあの笑顔。
 見間違う筈がない。彼女は確かに『冬月 雪雫』だ。しかし、だからこそ。

 ……いいのだろうか? “俺”が、こんな風に接して。

 思考する。どうしてもチラつくのは『あの日』の事。
 ――己の知る冬月 雪雫は、あの日“俺”が殺したのだ。
 死人が生き返る筈がない。そうであるのならば死神の仮面など被らなかった。失っても、もう一度『代わり』を手に入れてそれで良しと出来るような存在ではなかったのだ。かけがえの無かった。己にとってのたった一つ。
 そんな俺が彼女に、兄として接していいのか――? それに何より……
「……兄様?」
 瞬間、雪雫の声に思考が戻る。
 こちらの顔を覗いてくる雪雫。少し、物思いに耽ってしまったか。
「……おっと、ごめんな。なんでもないよ。
 それより怪我と言えば雪雫の方もだろう? 脚の具合は、大丈夫かな?」
 彼女が悪い訳ではない。これはただ、己にとっての認識の問題だ。
 拭えないだけ。そして不安になるだけ。彼女は己にとって厳密な意味では妹本人でないように――己もまた、厳密な意味では彼女にとっての兄本人ではないのだ。
 そう、何よりも世が違う。時間軸が違う。何処までも似ているが決して同一ではない。
 俺は彼女の『兄様』じゃないんだ。
 だからおのずと取ってしまう。意識の距離を。半歩か一歩かどうしても。
「はい。ちょっとまだ包帯が取れないですけれど、お医者様のお話だとその内傷も消えると」
「そっか。それは良かったよ。嫁入り前の身体に傷が残ったら大変だもんな」
「はぅ!? い、いやそういう浮つけるようなお話は無いというかなんというか……!」
 笑う。さて立ち話もなんだと、どこか座れる場所へ行こうと。
 本当はもっと接したい。先日の傷だけではなく、そもそもとして身体の調子に悪い所はないか? 困っている事は無いか? 自分が力になれる事は無いか――? 聞きたい事。話したい事、山ほどあるが。
 それでもやはり『このまま』がいいのだ。このままで良いのだ。
 彼女にとって、俺は兄ではないのだから――

「やっぱり、兄様は兄様ですね」

 瞬間。時が止まったようだった。
 思考を見透かされたかのような――いや、違う。
「雪雫――?」
「だって、お顔が違いますから」
 何を持って『だって』としたか。あえて一足飛ばしたその言葉の意味は、しかし分かるだろう。
 彼女の知る兄に、クロバの様な『左目』は無かった。
 それに年もだ。殆どなかった筈の年齢差だが、知覚出来る程度に差異がある。全体的にクロバは雪雫の記憶よりも大人びているのだ。先程顔を覗いた様に、元の世の兄よりもほんの少し上げなければならない視線の角度が特に顕著で。
「分かっていたんです」
 嬉しさはあった。兄様がいたのだと、真に感じた。
 しかし今こうして隣にいる――『兄様』は。自身が述べている本当の意味での『兄様』ではないのだと。
 感じた歳の差から既に察していた。分かっていたのだ。
「でも」
 きっと。
「違っても、一緒なんです」
 あの日。私を助けに来てくれた。
 キマイラへと立ち向かうあの背中を見た時。他人などとは思わなかった。
「兄様でした」
 見間違える筈がない。
 生まれではない。元の世云々ではない。行為によってそれを見た。
 兄様は、兄様なのだと。
「――」
 触れる。クロバの左頬を。そしてそのまま上に――左目の近くまで。
 美しかった青き瞳。両目がそうであったのが本来のクロバ……いや『冬月 黒葉』だ。
 今の彼は黒く染まり、紅き瞳が存在して。ああやはり、違うのだけれど。
「――さ、行きましょう兄様! そこに確か喫茶店があった筈で……あ、もしくはこのままお買い物に行きましょうか! 偶には私が料理をしますよ!!」
 触れたぬくもりに変わりはない。
 貴方は兄様なのでしょう。例えば『そう』でなかったとしても。

 貴方に出会えて、本当に良かった。

「い、いやちょっと待ってくれ雪雫。うん。喫茶店でいいんじゃないかな? いや今から料理が駄目とは言わないけれどそれなら俺が……雪雫、ストップ。雪雫。雪雫――ッ!!」
 駆けだした雪雫を追いかけてクロバも往く。
 大惨事になる前にその手を掴もう。保とうとした距離を離されて、詰めるべく走り抜けるのだ。離れておいた方がいいと思った距離だが、開けられれば不安になる。全く都合のいい事だと自分で思いはするが。
 空が青い。空気が旨く、走るに伴って肺を満たし。
「あぁもう全く……!」
 あちらの世では中々なかった体験だ。雪雫は病弱な体であったから、この様に追うなど。
 混沌の世であるからこその一つの奇跡。混沌の世であるからこその――出会い。

 ならば。

 もしかしたら。これから先この世の問題が解決し。
 各々が各々の本来いた場所に戻る様な事があったのなら。
 二度と出会えるまい。目の前を元気に走る彼女とは。

 生きている、雪雫とは。

 それでも今日ここで。
 彼女の――『雪雫』の笑顔を見た事だけは嘘ではない。
 彼女に紡いだ言葉の数々も嘘ではない。
 未来永劫に続く関係でなかったとしても。いつかどこかでまた途絶えるのだとしても。
 俺は今日この時を『意味の無かった』とする事はないだろう。
『兄様』
 あの日。
『――どうか泣かないで』
 雪雫が願った事があった。
『例えば、もう一度』
 生まれ落ちる事が出来たのなら。
 同じ道を辿るのだとしても。
『私は』
 貴方が許してくれるのならば。

『――兄様の妹として出会いたいです』

 今際の際。どれだけ願ってもそんな事はありないのだと。そんな明日は来ないのだと。
 喉の奥に飲み込んだ感情があった。それなのに。
「……あぁ」
 巡り合わせなど、そんな淡い希望など抱く資格もないと捨てた筈なのに。
 溢れて来るのだ。飲み込んだ筈のたった一つの思いが。
 願いが。

 ――信じた通りの結果になったよ、雪雫。

 君に出会えて、本当に良かった。

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