PandoraPartyProject

SS詳細

弾正とまほうの茶釜

登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切


「問おう。貴方が俺のマスターか?」
 春の暖かさを感じる様になった4月1日。夜の倉庫は薄暗く、月明りだけが二人を照らしていた。
 澄んだ金の瞳がこちらを冷静に見下ろしている。褐色の肌に艶やかな黒い髪。容姿は確かに『Utraque unum』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)――己の恋人そっくりなのだが、その身に纏った派手な和服が別人である事を証明している。状況の理解が追い付かず、『Utraque unum』冬越 弾正(p3p007105)は戸惑う様に視線を彷徨わせた。
 ここは練達、同人ショップ『二次元ぱれぇど』の倉庫部屋。テナントの大家として、弾正は月の始めにここの見回りをする事になっていた。不審者はいないか、管理の行き届いていない場所はないか。マニュアル通りの簡単なチェックを済ませ、さっさと自室に戻る。いつも通りのルーティン。その中に介入してきたひとつの違和感があった。
「ほう。奴にしてはいい趣味をしている」
 倉庫の隅にひっそりと、萌えグッズに追いやられて棚の上に鎮座していた茶釜。それを弾正は目ざとく見つけて手に取った。店主が豊穣の文化を好んでいると聞いた事はないが、最近の練達では豊穣の武器や道具をイケメン化したゲームが流行っているらしい。その一環で店に仕入れたのだろうと弾正は思った。
「しかし、随分前に仕入れた様だな。埃を被って……」
 きゅっ、きゅっ。
 持っていたハンカチで茶釜の上に積もった埃を拭き取る。するともくもく煙が辺りを漂い――火災報知器が鳴らないか焦ったが杞憂だった――やがて煙の中から現れたのだ。目の前の美少年が。
「ず、随分と凝った演出じゃないかアーマデル」
「"あーまでる"? 誰の事を言っているのかよく分からないが、俺は茶釜の魔人ーーチャガマデルだ」
「チャガマデル」
 思わず弾正は名を反芻した。だって名は体を表しすぎるもの。
 チャガマデルと名乗った青年から視線を外し、どうしたものかと天を仰いで、やがで弾正は一言。
「巫女の次はそうきたか」
「みこ……?」
「いや、何でもない」
 目の前で起こっている出来事は非常に不思議な出来事だが、哀しきかな、特異運命座標というものはこの手の状況に慣れている。
 R.O.Oで巫女のアーマデルに情緒を狂わされた経験がこんな所で活かされるとは、流石に予想もしていなかったが。

「それで、チャガマデルは何のためにこんな埃臭い倉庫なんかへ? マスターがどうとか言っていたが」
「お前の望みを3つだけ叶えてやろう、俺にできる範囲で」
「それを対価に俺の魂でも奪うつもりか?」
「いや、そんな物騒な事はしないが」
「本当か? 望みを叶えた対価に永遠と続く魔法中年の戦いとかに巻き込まれたりもしない?」

 チャガマデルは察した。この弾正とかいう男、とてつもなく小心者だ。おまけに薄幸そう。今までの人生、きっとろくな事がなかったのだろう。
「そもそも俺は、茶釜から出して貰っただけで充分な対価を得ている。自分で外に出る事が出来ないからな」
「そいつは大変だな! では早速、願いをひとつ。……この強面を緩和してくれ!!」
「無理だ」
「チクショーーー!!」
 考える間もなく即断されて頭を抱える弾正。コンプレックスさえなくなればという淡い欲は一瞬にして拭い去られた。
「願いを叶えてくれるんじゃないのか!?」
「俺にできる範囲で、と言ったはずだ」
「じゃあ何が出来るっていうんだよ……」
「……暗殺?」
「可愛く首を傾げても物騒なものは物騒だからな!?」
 こてん、と親の顔よりよく見た真顔で首を傾げられて弾正は不覚にも胸が高鳴った。
 たとえあの容姿が幻か何かだとしても、好きな人の顔をした相手には幸せに生きて欲しい。巫女アーマデルに対しても、そう思ったから九重ツルギとして全霊をかけて救いに向かったのだ。

「俺の前では、人殺しなんてやめてくれ。……お願いだ」

――私を見下しているアイツを殺してちょうだい!
――上司さえいなければ、俺はもっと活躍できるんだ!

 いままでの茶釜の主は、どんな者も私利私欲のために人を害す事を平気で選んだ。
 その悪意ある願いを、チャガマデルは淡々と叶え続けた。人は誰しも心に黒く渦巻く感情を抱いている。
 だから『暗殺上手な茶釜の精霊』なんて俗っぽい物が生まれるのだ。この強面を気にする主人は、そういう悪意がないのだろうか。

「しかし、困ったな。俺は暗殺ぐらいしか出来る事がない。マスターを満足させる事なんて……」
「そんな捨てられた子猫のようなしょぼくれ方をするな。大丈夫だチャガマデル、要は2つめの願いを考えればいいんだろう?」
 慌てる弾正の視線の先で、和服の間から褐色の鎖骨がチラリと覗く。ごくり――唾を飲み込んだ。
 そういえば、アーマデルは暗殺のためにそういう手管も教え込まれているかもしれない。チャガマデルのスペックが彼に比例するというのなら、彼も――

「俺に出来る範囲の願いなら、どんな事でも叶えよう。
 マスター弾正。人殺しを拒むお前の望みは何なんだ?」
「チャガマデル、俺の願いは――」


……ギシ、とベッドのスプリングが軋む。
「……っ、ぅ」
「凄い固さだな、マスター」
「言うな。こういう事をして貰うのが久しぶりだったから、その……」
「それ以上は、いい。マスターはただ俺に身を任せていればいいから」
「うぁっ! ちゃ、チャガマデル……そ……そこはマジで痛いイタダダダ!!」

 ぎゅううぅぅっ。強めに親指を押し込まれて弾正が呻く。ベッドの淵に座る彼は、膝たちで賢明に奉仕するチャガマデルに振り返った。
「意外と力があるんだな、お前……」
「これくらい強く揉まないと、マスターの肩こりは治らない。どうしてそんなになるまで整体に行かなかったんだ」
 怪しげな手つきで両手をわきわきとするチャガマデル。こういう不審者じみた行動もアーマデルに似ているのだから、いよいよ本物にしか見えないなと弾正は眉を寄せた。
「それにしても、3つしかない願い事のうちの1つで『肩こりを殺してくれ』にするなんて、他に願いはなかったのかマスター」
「仕方ないだろう、いきなり『願い』と言われたって考えつかないし」
 何にしろ、残る願いはあと1つ。大きな背中を小さな掌でもみほぐすチャガマデルの事を考えて、ふと弾正はひとつの疑問にたどり着いた。

「そういえば、3つ願いを叶えきったらチャガマデルはどうなるんだ?」
「どうも何も、茶釜の中に戻されるだけだ。新たに主人となる人が茶釜を擦るまで、数日で済む場合もあれば、数百年待つ事もある」

 茶釜の中には何もない。ただ虚無の世界が広がっているのだという。孤独に寄り添う者もなく、チャガマデルにとっては呼び出されたこのひと時だけが、誰かと共に在れる時間なのだ。
――茶釜から出して貰っただけで充分な対価を得ている。
 何気なく流したその一言は重い物だったのだと弾正は目を見開いた。
「チャガマデル、最後の願いだ」
「嗚呼」

「君をその茶釜から解放したい。君は――君の幸せを探しに行って、いいんだよ」


――という訳で。
「今日から弾正の家で世話になる事になった。チャガマデルだ」
「弾正……俺という男がありながら……」
「違うんだアーマデル、これは誤解なんだ!!」
 だって世間はエイプリルフール。冗談だと思うじゃん。そんな――4月1日過ぎても居座られたら、追い出す訳にもいかないし!

  • 弾正とまほうの茶釜完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月01日
  • ・冬越 弾正(p3p007105
    ・アーマデル・アル・アマル(p3p008599
    ※ おまけSS『同人誌『毒蛇革命ダンジョウ』』付き

おまけSS『同人誌『毒蛇革命ダンジョウ』』


 俺の名前は冬越弾正。蛇学園中等部の二年生。幼い頃に忍者のような黒ずくめの人に救われたのをきっかけに、俺はいつしか忍者に憧れる様になっていた。
 ここまで成長するにつれて、黒ずくめの人の記憶はあやふやになりつつあるが――いつかきっと、あの人みたいにかっちょいい忍者になるんだ!
「……ん? あれは――」
 そんな俺がつい最近気になったのは、放課後に時々、屋上で昼寝をしているクラスメイトのアーマデル・アル・アマル 。
 綺麗な容姿で大人しげ。クラスの中でも特に目立った行動をしている訳ではないのだが、いつの間にか目で追ってしまうようになっていた。
(またあのミュージックプレイヤーで何か聴いてる……)
 声をかけたい。近づきたい。そうは思っているものの、何故だろう――その勇気がわかない。
 今日こそはと思っているのに、俺の足は屋上の出入口の扉に縫い留められたまま、こうしてこっそりアーマデルの姿を見守るだけだ。

「おい」

 背後から声を突然かけられ、肩を跳ね上げながら俺はそちらへ振り向いた。すらっとした長身の、クールな瞳の褐色男子。
 俺の記憶している限りだと、彼は確か生徒会の――
「邪魔だ。そこを通せ」
「すっ、すみません先輩」
 睨まれると視線を逸らすしかない。俺が申し訳なさそうに道を開けると、先輩は屋上に向かって行った。
(何て圧だよ……。アーマデルは大丈夫だろうか)
 通してしまったものの心配になり、俺は再び屋上を覗いてみる。するとそこには、信じられない光景が広がっていた。

 パシッ!
「――っ!」
 頬を叩かれ、アーマデルが後ろに倒れ込む。それを詰めたい目で見下ろしながら、先輩は淡々と言葉を紡いだ。
「時間になったら俺の元へ来いと言った筈だ」
「ちょっ、ちょちょちょちょっと待ったーーー!!」

 気づいたら叫んでいた。先輩とアーマデルの視線がこちらに集まる。しまったと思うものの、もう遅い!

「何だお前、まだ居たのか」
「俺の事はどうでもいい。それより……アーマデルが可哀相だろう。何も叩く事ないじゃないか!」
「……いや」
 意外にも、否定の言葉を口にしたのはアーマデル本人からだった。
「俺は『毒蛇の花嫁』。決闘の勝者である師兄の花だ。彼が俺をどう扱おうと問題はない」
「何だよそれ……好きだからそうさせている訳ではないのか?」
「半端な正義感は身を亡ぼすぞ、後輩。それとも俺と『決闘』するか?」

 決闘。その言葉に触れた途端、妙な胸騒ぎがした。ここから先に踏み入ってはいけない――そんな気がしたけれど。
(あの人黒ずくめの人みたいに、俺も誰かを救うんだ!!)

「構わない。決闘だろうと何だろうと受けてやる! 俺が勝ったら、アーマデルに乱暴をするのを止めて貰うぞ!」
「いいだろう。貴様が次の挑戦者だというのなら、俺は決闘を受けるだけだ」

 アーマデルを抱きしめ、その胸から剣を現す先輩。いつの間にか屋上は決闘の場と変わり、弾正の手にもまた平蜘蛛が握られる。
 師兄と弾正。互いの胸には彼岸花。散らした者が決闘の勝者として、毒蛇の花嫁を手にするのだ。

「俺達は今までずっと、こうして過ごしてきた。お前如きに邪魔される筋合いはない!」
「よくもアーマデルを……貴様には、蜘蛛糸ほどの慈悲もやるものかーーッ!!」

 毒 蛇 運 命 ★ 黙 示 録!!!


「――という薄い本が異世界で出回っていたんだが、蒼矢殿。発行元が『境界図書館』となっているのはどういう事だ?」
「最近アーマデル君の総受け本が『褐色美少年を愛でる有閑マダムの会』に人気で、今回は三角関数シチュとか萌えるかなって――」
「アーマデル、その虹色のスムージーを蒼矢が飲みたいそうだぞ」
「よし分かった。両手が椅子に縛られて飲めないだろうから、俺が飲ませてねじ込んでやる」
「た、たすけてーーーー!!!」

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