SS詳細
即効星アルコール宙毒
登場人物一覧
腸を抉り出され、頂点にのせて、じっくりと炙られているかのような気分だった。ズガズガと這入り込んだ痛みに苛まれつつお薬を咽喉の奥に押しやる、やられた胃袋の悲鳴が上へ上へと膨張して今、最大限の響きとなって頭蓋をめぐる。嗚呼、如何して昨日、あんなに拒もうと思ったのに含んだのか。うずまくお花畑に連れていかれた記憶はある。知ってのとおり、先生って下戸なのよ――クスクス笑いが聞こえる。きっと私の妄想だ。チラチラと視界の隅っこで星々が明滅している。はやく治まってくれないかしら。乱高下――からからと伸ばした舌の上にようやくの一滴、むせる、これ日本酒じゃない。誰よ保健室に持ち込んだ子は。ため息を吐く……いや、別のものを吐いたのか。ころころと床に転がった。
起き上がるのに数十分は掛けただろうか、駆け込み一杯だなんて悪習は無くした方が好いと思う。朦朧とする脳味噌を如何にか覚醒させると本日のお仕事のはじまりだ。ええっと。保健室登校の子はいなかったわね。今日は私が不調だし少しくらい怠けていても良いかしら。ぐってりと事務椅子に身体をなげる。ぐるり、不意に動いただけで酸味が昇ってきた。もう出るものもないじゃない――白湯で無理矢理流し込む、大丈夫、生徒が来ても顔色じゃバレやしない。こん・こん・こん……まだ一時間目の最中だと謂うのにお客様だ。
先生、先生、ちょっと気分が悪いから横になってもいいですか? そろりと覗き込んだ生徒の貌は確かに、私と同じくらい蒼かった。鏡を見ていなくたってその程度は判断出来る。あっちのベッドが空いてるから休んでなさい。はぁい、との弱々しい声。ずるずると這うように生徒はカーテン向こうに消えていった。良かった、自分の二日酔いを悟られずに済んだ。たまに居るのだ、鋭い神経の持ち主、感受性豊かな生徒が――ごそごそと棚をあさりなんたらのパワーを飲みくだす。うん、ちょっとは安らげそうだ。お腹の中は白湯でタプタプだけど――そういえば先生、なんか顔色悪いよ? 寝不足?
気付かれた。否、最初から気付かれていたのだ。私の溜息か何かが聞こえていたのだろう。如何してわかったの? そりゃ先生、いつもだったらお喋りじゃない。成程、確かに普段通りなら退屈しない喋り魔だ。それこそ上戸みたいに舌がまわる――それで、先生が目を回している理由、当ててみよっか? 言わなくてもいい、今時の子供は臭いに敏感だ。お酒でしょ、アルコール。なんか流されて飲んじゃいそうだもん――その通りよ。流され易い性格でごめんなさいね……鈍痛が嘲ってくる、煩わしい、点滴がのみたい。
※※の方は良くなってきたからさ、先生、お酒って事でひとつ話したいことがあるんだ。藪から棒に何を言い出すかと思えば蘊蓄だろうか、あふれる唾をそのままに返答も出来ず。まあ聞くにしろ聞かないにしろ話はするけどね。先生の髪の毛ってブランデーに似てるんだよ――ひどい面をした私、地面とお鼻がご挨拶。こんな時に限って呑気な……沈む々む何処までもしずむ――だからさ、先生は瓶に、グラスに入っていた方が綺麗だなぁって。これは本心さ。コルク栓だって先生みたいな香りがするもん。続いて眼球が地面とこんにちは、え、何これ、私どうなってるの。貴婦人がお迎えに来ました。貴婦人がお迎えに来ました。土竜と蟻と腐乱死体がグラスを囲んでキャッキャ・キャッキャと燥いでいます――遅かったね先生、どうしてこっちに来なかったの? 羊毛に包まれた酩酊者。
地面とのキスは正しく水溜まりに落ちた鼠の真似事だった。模様にほどけていく皮と肉と骨、どろどろと艶やかさが拡散していく。吐き気は吸い上げられ頭痛が拭われ、じゅるじゅると雑巾が妨げてくる。そう、そういうことね。つまり私は最初からお酒だった。それならぜぇんぶ納得出来る。昨日の飲み会の事も一昨日の飲み会の事も今日の飲み会の事も明日の飲み会の事も――呑まれる側ならそれは非日常ではなく日常だ。ありがとう、※※くん、体調悪くなってくれて。ありがとう、※※さん、仮病を使ってまでお話してくれて。足の爪が遂に最後の一滴と化しちろちろと保健室を濡らしていく。ぎゅうぎゅうと絞られた雑巾からたくさんの私が放出された、ワイングラス、ワイングラスだ、ちょっと汚いけどワイングラスに――ふふ、うふふふふ……。
びちゃびちゃ。
※月※日※曜日、※※学校の保健室にて謎の失踪事件発生。
――※時※分、とある生徒が保健室から戻ってこない為、※※先生が戸を開けるとそこには誰もいなかった。数時間を掛けて捜索したものの発見出来ず、警察にも連絡したが未だ行方は不明。しかし奇妙な点がひとつ。
※※先生が戸を開けた時、床がアルコールで汚れていたらしい。おそらく生徒の悪戯だろうと片付けられた。引き続き捜索を続けたいと学校側は……。
ぬちょ、ぬちょ。
オリーブの実がぐるぐる。
おまけSS『テイスティング』
奥へ々へと私が落ちていく。
底へ々へと私が重なっていく。
お酒がしたたりお酒が濁りお酒がおどる。
ぐわん、ぐわん、ぐわん。
そう、おさけ。私がおさけ。おさけで私、下戸下戸ないたのは気の所為だ。
ほら、自分の毒でやられるなんて滑稽じゃない? うふふ。
なみうつ、のたうつ、めぐる、まわる――。