SS詳細
週末偶像少女
登場人物一覧
●月曜13時の文学少女
春の陽光が射す図書室。
少女――ドラマ・ゲツクは、カウンター向こうで小さく息を一つ。
外で男子達がサッカーに勤しむ声からも、廊下で女子達が流行のアイドルを真似た動画を撮る声からも、この
――ゲツクって結構かわいいと思うけど、すげー冷たいよな。
――このフリよくない? 後で動画撮ろ。てゆかこれドラマちゃんにちょい似てそ……あーでもそゆの言っても「はぁ」って言われそうだよね。
長い耳は、幸か不幸か教室での声をよく拾う。
だからこそ、本が好きだからと選んだ図書委員の仕事は酷く性に合った。
昼休みに図書室に来る生徒は、その誰もが自分と似たような者達だったから――ただし、一つの例外だけを除いて。
「よう、奥借りるな」
日差しを浴びてきらきらと輝く金糸が、視界を掠めて奥の書架へと消える。
四十路の不良教師は、ある日「奥って誰もいないんだろ? じゃ、俺に昼休み貸してちょうだい」なんて言ってきて。
文句を言おうにも仮にも教師である以上、言い返せる言葉などなく。
大体は書架で微睡んで、時々は眠くないのか隣に座って小声でどうでもいいことを話しかけてくる。
「オマエさぁ、毎日ここにいるけど。若い内に恋愛でも遊びでもしておけよ」
「図書室ではお静かに。先生と言えど摘み出しますよ」
れんあい。その言葉は目下ドラマ・ゲツクの――もう一つの姿の課題だった。
●月曜18時の偶像少女
「うーんだめ! やっぱりもうちょっとこう、恋してます! って表情が欲しいなぁ」
息が上がる。流れる汗をタオルで拭って、ひりつく喉に水分を流し込む。
壁一面に広がる鏡に映るTシャツとジャージ姿の自分と目が合うと――その横でこちら側を向いて立つ女を見やる。
「アイドルですよ。恋なんてご法度じゃありませんか、先生」
「うーん、でもでもボクはやっぱり、恋する女の子の顔は恋をしないと出せないと思うんだ!」
ね、と先生――赤毛の褐色の女が壁際へ目をやれば、虎柄のカーディガンを肩にかけたプロデューサーが「ああ!」と答えて。
「恋はいいものだよドラ――ううん、ディーくん! 現にほら、最近のリ――エルくんはとってもいい表情じゃないか! 美術の先生だっけ、君が好きな」
黒髪ロングの相方がギエエエエと奇声をあげたのはさておき。
ドラマ・ゲツクのもう一つの姿――アイドルユニット『Colorful June』のディーは、目下スランプ中であった。
週末に控えたイベントで披露される新曲は、恋する乙女のミディアムナンバー。
だというのに一向にレッスンの先生にもプロデューサーにもOKと言われない理由は「恋する乙女感が足りない」。
(ファンの皆さんを楽しませたい、新曲だって披露したい――でも、恋なんて)
本の中の主人公の恋する気持ちは、物語としては解るのに。
けれど、自分がとなると何も解らない。
「あの、聞いていいですか。恋ってどんな気持ちなんでしょう」
神学系の女子校に通う相方の少女。黒髪で口は悪いけれど面倒見がいい彼女は、最近恋をしたのだという。
聞けば、彼女はえー、とかあー、とか口ごもって。
――見かけると嬉しくなって、頬が熱くなるのよ、と言った。
●金曜17時の一人の少女
(どうしましょう、遅れる……!)
コンサート当日。ドラマ・ゲツクは制服姿で廊下を走っていた。
図書委員会の会合が珍しく紛糾していたのだ。
(漫画を入荷するとかしないとかそんなの別の日にしてください!)
イベントまではあと1時間もなく、会場のショッピングモールまでの時間はぎりぎりで―ー走る背中に「どうした」と声がかかる。
「……先生、走ってすみません。時間がないのでお叱りは明日」
「行先は」
「はい?」
「だから行先。急ぐならこっちの方が早いだろ」
ちゃり、と教師が見せてきたのは鍵。親指で指した外には、蒼いバイクが止まっていて。
「廊下を走っていたのは見逃す。その代わり二人乗りも見逃せよ」
有無を言わさず渡されたヘルメットと、捕まれと言われてしがみついた大きな背中。
聖域を犯す腹が立つ男なはずなのに――どうしてこんなにも、頬が熱いのだろうか。
「……ありがとうございます、その、習い事に遅れそうで」
「そ。じゃ、気を付けてな」
礼もそこそこに、控室へと走る。
出迎えてくれた相方は――「顔赤いわよ」と言った。
金曜18時『Colorful June』のミニライブ。
披露された新曲は、恋する乙女の思いを歌った曲。
(……今なら、少しだけ解る気がします)
歌詞の主人公が目で誰かを追うことも、会えると嬉しくなることも。
次のフレーズを歌おうと前に出て――ファンの海の奥、柱にもたれる男を見つける。
ニヤつく顔が、酷く腹立たしいのに。けれど、見つけてしまったから。
「好きです」のフレーズは――すとん、と胸に落ちた。
おまけSS
私立学園の図書委員であり眼鏡で地味な少女のドラマ・ゲツク。
ひそかな趣味である歌ってみた動画の投稿がさる虎Pの目に留まり、同じく歌ってみた投稿者の少女とアイドルユニットを組むことになる。
ダンス・歌唱諸々の先生は赤毛の褐色の女性であり、先生自体も重度のドルヲタである。
ユニットの相方は神学系の女子校に通う黒髪の少女であり、最近は教師の産休により代理でやってきた男性美術教師に恋をしたとか。
ドラマ・ゲツクはこの出来事をきっかけに不良中年教師と秘密を共有することになるが、実は不良中年教師にも秘密があって――!?
『Colorful June』が6人組となりドームコンサートを成功させるずっと前の前日譚――かもしれない。
なおこの作中の登場人物は実在のイレギュラーズ・ギルドマスターとは関係がありません。ありませんってば。