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魔眼の少女は狐の夢を視るか
登場人物一覧
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空の高い所を太陽が通っていく――。
その降り注ぐ日差しを遮るドーム型の国が練達であり、更にその中に、ドーム型の施設が最近オープンした。
駆け抜ける人工的な風と、揺れる向日葵たちが連なる。
水飛沫をあげ、ぐるぐると回って流れるプールや、地上から遥か離れた上から降りてくるぐねぐねとしたスライダーなどなど。
そう、此処は巨大なアミューズメントパークなのである。
練達で疲れた者たち、はたまた羽を伸ばしに来た者たちの癒しの場でもあるそこは、本日も多くのお客様に恵まれて大盛況である。
「こっちこっち!」
「そんなに走ったら危ないんじゃない?」
更衣室の扉をくぐり、そそくさと服の中に着てあった水着を解放した女性たちが居る。
赤色ドットにフリルがアクセントとして着いているビキニを着た『楽しく殴り合い』ヒィロ=エヒト(p3p002503)と、落ち着いたブラックにダイヤ柄が入っている大人可愛いビキニを着た『魔眼の前に敵はなし』美咲・マクスウェル(p3p005192)だ。
二人は、現実と夢の堺とも言えるこの施設の入り口を潜った。
彼女たちの凶悪な小悪魔ボディが目に刺さる男性たちは、彼女たちが通れば振り返るのだが――今日はそういった男子禁制の雰囲気を纏う二人には指一本と触れられぬ。
「わ……!」
まずヒィロの目が煌びやかに輝いた。視界に入って来たのは、巨大な青色の蛇のようにうねるスライダーだ。
そんな彼女の隣で美咲は、手もとの紙と現実の世界を何度も何度も見比べているようだ。
「パンフレットで見た写真と迫力が全然違うのね、やっぱり」
「なんていうかーーーすっごく、ドキドキしてきたよ! 早くいこうよ、ね!!」
「だから、走ったら、危ないってば。ヒィロ!」
咄嗟に走り出した無邪気なヒィロは、まるで戦闘中に敵の技を回避するが如く人混みを抜けていく。
彼女を見失わない為――、濡れたようなキューティクルが入った黒髪を揺らしながら、美咲はプールサイドを歩いていく。
「って、もう入ってるし」
「えへへ」
美咲が人混みを攻略する頃には、もう、ヒィロは流れるプールに入って水の冷たさにはしゃいでいた。
「もー、準備体操してないのに」
「そんなのしなくても、大丈夫だよ! ほらボク、躰柔らかいし!」
「でも……だーめっ。こういうのはちゃんと段階を踏んでから遊ぶの」
「はぁーい」
いちに、さんし、ごぅろくしちはち。
という訳で、二人はまず流れるプールへと潜入していく。
「押すよ!」
「お願いしまーす」
「お客様どちらまで~? なんちゃって」
大きめの浮き輪の上にお姫様抱っこのように座っている美咲を、浮き輪ごと押していくヒィロ。人が多く、障害物のように揺れる人々を上手くすり抜けながら進んでいく。
丁度一周した頃に、浮き輪の上に乗るのがヒィロに代わり、今度は美咲が浮き輪を押す。そこに会話らしい会話は無かったが、行為そのものが既に楽しいと感じるには十分すぎる要因だ。
やがて、浮き輪は置いておき。
「おりゃー!」
「ちょっ、ちょっとヒィロ!」
「このまま一周してっ!」
「はいはい」
泳いでいる美咲の背中にヒィロが抱き着く形で乗っかり、曲線の美しいボディラインに腕を回して一緒に流れていく。
はたまた、ヒィロは持前のテンションの高さで、あえて流れに逆らって泳ぎ、美咲を笑わせていた。
「いくよー!」
「はーい、いつでも」
いくらか流れるプールで遊んだ所で、二人は浅めのプールに足を入れ、空気で膨らますボールで遊んだ。
二人とも身体能力は混沌の一般人と比べても、高い。
ヒィロがサーブしたボールを拾う為、水飛沫をあげながら移動していく美咲。更に、それをバレーボールの感覚でヒィロが拾い、ゆったりと弧を描くボールを二人で追いかけていた。
更に、忘れてはいけないのがプールの醍醐味とも言えるスライダーだ。
此のレジャー施設は遊びに妥協はしないようだ。スライダーの外見といったら、遊園地のジェットコースターを思わせるようなボディである。
スラムで過ごしていたからか、ヒィロは特に胸を躍らせていた。数年前まではこういった場所に立つなんて思いもしなかったからだろうか、体験して記憶に刻んでおかなければ落ち着けない。
ふとヒィトは美咲を見た。楽しんでいるだろうか――それが心配だ。今では、ヒィロの隣に美咲が居ることが多くなった。もう孤独では無い――そう思わせてくれる象徴のような彼女の手が消えていかないように、ぎゅっと握ったヒィロ。
まあこれも観光の一環か――と何処か落ち着きを魅せている美咲は、ヒィロに引っ張られるように駆けていく。
「だから走ったら危ないよ」
「あ、そっか! じゃあ早く歩く!」
「スライダーは逃げないよって」
面白いことにそのスライダーは8の字型の大きな浮き輪の前後に乗って、下まで降りていくタイプのスライダーである。
前方にヒィロが乗り、後ろに美咲が乗ることになった。係員の方が合図と一緒に、浮き輪を押し。そしてゆったりとじわりじわりとスタートが近づいた。
「あーもうドキドキが止まらないよ! うう、つい笑っちゃう!」
「これからだよ」
初っ端から急角度に流れ、二人が乗った浮き輪は流れに沿って滑っていく。
既に甲高い声で笑い声のような、叫び声のような、その中間のような声を出しているヒィロの後ろで、美咲は笑みを零した。
風を切って進んでいく中、急カーブに差し掛かり二人の躰が一緒に揺れる。まるでカーレースのゲームをやっているときに躰が左右に揺れるのと同じ感覚だ。いくらかそれよりはリアルであるが。
所々ぼこぼことした凹凸がある場所では、浮き輪が勢いよく跳ねる。その度に適度な衝撃に、絶叫系アトラクションならではの、黄色い二人の叫び声が響いた。
やがて暗いトンネルを抜けた先に―――、急降下するような角度で一気にフィニッシュ。
「楽しかった?」
「うんそりゃあもう! そっちは?」
「楽しかったよ。ヒィロの反応を後ろから見ているのも面白かった」
「見られてた! もう一度やりたいけれど、あの列に並ぶ前に……お腹がすいたよ!」
「じゃあ一度休憩かな」
「もち、腹ごしらえ!」
二人は巨大スライダーを後にして、フェイスタオルを取ってから休憩所へと向かった――。
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「ぷはぁ!」
ヒィロはサクランボと小さな傘が刺さったサイダーの、ストローから口を離しつつ、肺にたまった空気を解放した。目の前では美咲がアイスコーヒーの氷をカランと鳴らしながら、ストローでミルクと珈琲を混ぜている。
「次はどこに行きたい?」
美咲が優しい瞳で問いかけた。
するとヒィロは、うーん――と考えつつ、ふと休憩所の外の景色を見た。
家族連れや友達や恋人たちが施設で遊んでいる姿を見て、ヒィロの顔が綻んでいく。
「ボクね、今とっても幸せなんだ」
美咲が待っていた答えとは違う言葉が返ってきた。
「あのね、ボク……美咲さんをずっと連れまわして、でも誉められるような理由で連れまわしていないから、その」
美咲の頭がこてんと斜めになった。
ヒィロが吐露したのは、己の境遇だ。あくまで、笑顔で。
スラムで過ごしていたヒィロは、特異運命座標に選ばれるという降って湧いたチャンスを活かして、一生縁が無いと思っていたスラムの外の世界へと足を踏み入れた。
今まで出来なかったことをして。
夢だと思っていた所へ。
ヒィロという個人の興味が、好奇心に動かされるままに楽しみたいとヒィロは言う。
でも。
「でもね。内心……底辺生活を送っていたから。今、本当にこんな所に居て良いのかなって思う事がある。
ただ、ボクの欲に美咲さんを付合せて、引っ張り回すのは、正直、迷惑なんじゃないかって……」
少しだけヒィロの瞳が悲しみの色を魅せた。でも、やっぱり笑顔のままだ。
「ふーん」
再び美咲は手もとのアイスコーヒーの氷を混ぜた。
いつしかヒィロにとって美咲は姉のような存在へと変わっていた。そんな彼女に何故このタイミングでこんな話題をしているのだろうか――それはきっと、そこまで相談できる仲になったという証拠なのかもしれない。
ヒィロから見える美咲はいつも通り、柔和な雰囲気を出していて変わらない。でも今は、何故か彼女が直視できない。
やがて、美咲はゆっくりと口を開いた。
「私もさ、この世界に突然来て。今、正直、観光している感覚が抜けない。今日もだよ」
「――え」
美咲にとって、こういった日常の一幕と戦場に駆り出されることは同じ意味で、日常以上でも以下でも無かった。
そういった世界から来たのだから。
「私の日常とこの世界の日常はずれているかもしれない」
誰かと遊びに行く感覚も、誰かが死ぬ感覚も、美咲には一緒だ。
「だから」
世界の荒波に揉まれ切って慣れてしまった美咲の心を動かすことができる存在が、ヒィロである。
多重の封印に拘束され常時結界と監視つきの屋敷に捕らわれていた兵器には、稀有な存在。
唯一無二の、友人。
「そんなあなたに、観光で連れまわされるくらい、私にとって日常だから」
「それってつまり」
「日常だから大丈夫、問題ないね。私もヒィロが行く場所に、一緒に行きたいと思う」
「……」
ヒィロの表情が、花が咲くように変わっていく。
交差する目的が例え違くても、交差する理由が同じならば、それは忌避する対象には絶対にならない。
これまでも、これからもヒィロが美咲の手を引っ張っていく行為は、いつまでも許されることなのだ。
それが言葉として理解して、ヒィロは思わず美咲の手を握った。その温度と存在を確かめるように。
微笑する美咲は、楽しい時間へと巻き戻すようにもう一度質問をした。
「それで、どこに行きたいんだっけ?」
「うん、ボクね、次は――!」
結ばれた縁は解ける事は無く。
世界を超えて出会った二人を、いつまでも真夏の向日葵が見守っていた。