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口は災いの元
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「というわけで早速作成してきたよヒヒッ!!」
何が、というわけなのだろう?
目の前の男は私設ギルド『ポーチャー』を訪ねて来るなりそう言った。紅潮した頰、吊り上がった口端、異様なテンション……有り体を言えば、気持ち悪い。女性として身の危険を感じた。
このような変質者が何故、僕の元にやって来たのか……事の始まりは数日前に遡る。
「わぁ、流石は練達。ハイテクだね〜!」
郵便配達の下請けを委託するために練達の郵便局を訪ねた僕を待っていたのは、郵便局員ではなくドローンによる配達風景だった。流石に受付の局員は人間だったが、実際に手紙や荷物を持って行くのは余程大きな荷物でない限り、全てドローンらしい。
一糸乱れぬ機械的な飛行動作、僕らスカイウェザーや翼を持つ生き物が飛ぶのとは随分雰囲気が違う。よくもまあ、あんな入れ替わり立ち替わりに飛んでぶつからないものだな、と感心した。バードストライクや墜落、障害物を警戒しているのか、それなりに頑丈そうにも見える。
「……なんだか、戦ったら結構強そうだよね」
ここでついうっかり、心情を漏らしてしまった。僕はこの時の僕を間抜け!と罵ってやりたい。
「ヒヒッ、そう思うかい?!」
真後ろから突然声が掛かった。慌ててそちらを振り向けば、視界一面に広がる顔!
瓶底グルグル眼鏡を掛けた細身の若い男の顔! やだ、近い!
僕は思わず渾身の力でビンタを浴びせていた。乾いた音ではなく、鈍い音が鳴る方のヤツだ。
「ぐふぉはッ!?!!」
「あっ……! ご、ごめん、つい……大丈夫っ?!」
僕のフィジカルは大したものじゃないし弱点も非力だけど、どうやら相手の男のフィジカルはもっと低かったようだ。
僕が放った一撃で男は特徴的な悲鳴を上げながら綺麗に一回転した。満点の回転だ、眼鏡もそうだし僕は心の中でこの男のことをグルグルさんと呼ぶ事に決めた。
「ヒ、ヒヒッ……問題ないよ、瑣末なことさ。それよりキミ面白そうなこと言ってたよね???」
「えっ?」
「ほら、あの配達用のドローンが強そうだ……ってね?」
「え、あー、うん……確かに言ったけど……」
グルグルさんの眼鏡がキラリと光る。どんな構造の眼鏡なんだろう?
「うんうん分かるよ分かるワタシもねあれには興味があったんだよあのスムーズな集団動作加えて比較的小型のボディに最低限の耐久性それに荷物を運送出来るほどのパワーを搭載しているのだから実に面白い素晴らしいあれを開発した者は分かってる科学者だよ何が分かってるってそりゃ——」
本当はこの十倍くらい長いこと語られたけど、尋常じゃないマシンガントークで僕にはほとんど理解できなかった。
「とはいえ流石にあのままじゃあ戦闘には適さないだろうね、子供くらいなら攫えるけど。攫う??」
「攫わないよ何言ってるのかな!?!」
「だよねヒヒッ、だからちょっと待っていてくれキチンと戦闘用として機能する物に仕上げてくるからぁ!!」
「えっ」
それから数日。グルグルさんはどうやって知ったのか『ポーチャー』を訪れ、僕の前に再び立っている。その後ろには、見覚えのあるドローンが複数機ホバリングしていた。
「ね、ねえ、それってまさか……」
「ああ、あの後何機か拝借してね。約束通り仕上げて来たよ、汎用型戦闘ドローン!!」
「通報します」
騎士さん達を呼んで来ようとして翼を広げた僕の脚にグルグルさんは縋り付いて来た。
「ま、待つんだワタシは犯罪者ではないよコレは買い取ったんだ!?」
「じゃあたった今からセクハラの現行犯として騎士団に連れていくよ!!」
「ヒィ、ヒヒッ! 酷い誤解だ、ワタシは30歳未満の乳臭い少女になんて興味は……ぐぶらぁっ!?」
思わず蹴りを入れてしまったけど、多分僕は悪くないと思う。
「ヒ、ヒヒッ……ともかくコレをキミに預けるよ。キミ、イレギュラーズなんだってね? 戦闘の機会は沢山あるだろう、ヒヒッ! データが欲しいのさ、机上の理論だけじゃ限界があるからねぇ!」
「え、急にそんなこと言われても困っ——」
「じゃあワタシは次の研究があるからこの辺で失礼するよヒヒッ、また来るから! マニュアルはドローンに持たせてある、頼んだよヒヒヒヒヒッ!!」
グルグルさんは『ポーチャー』を出るなり大型バイクに跨って走り去ってしまった。
残されたのは僕と、ドローンだけ。
「なんで、こんなことに……」
断言するけど、僕は何も悪くない。だってたった一言、たった一言口にしただけなんだから。
誰がこんなことになるなんて予想出来るだろう。いくら練達だからってあんな人の話を聞かない頭のおかしな奇人に、たまたま仕事で行っただけの郵便局で出会うだなんて。
「……口は災いの元、か」
イレギュラーズの旅人がそんな言葉を口にしていたが……こんなに手痛いものだなんて思いもよらなかった。
僕は頭を抱えながら、仕方ないのでドローンのマニュアルを手に取った。