SS詳細
『俺は男だ……っつーの』
登場人物一覧
●メイドヤンキープラック、爆誕
プラックは盛大にため息を吐いた。
まさか、俺が、こんな──。
「ンマァ~~! よく似合ってるじゃない!」
「アラ~~! ホント!」
「じ、冗談ッスよね……?」
そこにはメイド服を着せられた、プラックの姿があった。
髪を下ろし、恥ずかしそうにスカートの裾をグイグイと下げるプラックは、まあその道の人にはそそるものがあるのかもしれない。
少なくとも、このオネエ三人は。
今の彼の姿はそう、お世辞にも女性らしいとは言い難い。
普段は自慢のポンパドール、それにバッチリとリーゼントをキメ、まさしく見た目だけならイカツいヤンキーのそれだ。
オラオラと口調も荒く、まさしく『不良少年』である。
「それじゃ、おひげも剃っちゃいましょ」
「ええ!? ちょ、これは……そのー」
「オトコノコでしょ? どうせすぐ生えるわよ~。はいじゃあ……」
取り出したのは包丁。──包丁?
「え……ちょ、マジすか?」
「マジも大マジよ。アナタそれ、カミソリなんかでどうにか出来ないでしょ。刃が負けちゃうわよォ」
「イヤイヤイヤイヤ!! だからってソレはマジでヤバいっす!! 絵ヅラ的に!!」
「何よォ~! アタシがヤマンバみたいですってェ!? 絶対ェそのヒゲ詰めたるわ!!」
「そういう事じゃねェ~ッ! てか最後の声怖ッッ!! ギャアアアアーーーッ!!」
──二度目の、渾身の叫びが響き渡った。
●時はさかのぼり
発端はとある筋からの依頼。依頼者は参加者には明かされなかった。
依頼者が指定した店に向かえばいい、たったそれだけの依頼。
だが……そこに向かうのは一人だけ。だからこそ怪しいのだ。
「ハァ……!? みんな出払ってるゥ!?」
プラックはローレットのカウンターの前で素っ頓狂な声を上げた。
「仕方ねえだろ。大規模な依頼に人員割いてて、もう手が空いてるのオマエしか居ないんだよ」
「イヤイヤちょっと待ってくださいよ。それがどうして俺になるんスか!?」
「いいじゃねえか。ラクな仕事だぜ、多分」
いや怪しすぎるって! と言っても聞くすべ持たず、プラックはあれよあれよとその怪しい依頼を半ば強引に引き受けさせられ事となる。
「な~んか仕組まれてる気、するんだよな……」
まあ、とはいえ、だ。
指定された場所に行くだけ。何かの罠だとしても、腕にはそこそこ自信があるし──おまけに金払いも悪くない。
チャチャっと終わらせて、ウマいメシでも食いに行くか、と無理やり前向き思考で居ることにした。
──まあ、依頼を引き受けた己をすぐに恨むことになるのだが。
●どうしてこうなった
「不良少年がメイド服っていうギャップがイイのよォ~」
「アラ! ここは王道のセーラー服じゃない?」
「いやいや、筋肉質な青年のゴスロリ……逆にアリでしょ」
己に着せる服を片手に屈強なオネエたちがウンウン唸っている。
恐怖。恐怖だ。ここは怖いところだ。
どうしてこうなった? 青ざめた顔で、今までの事を思い返す。
プラックは依頼人が指定した、幻想のとある場所に向かった。
狭い路地を抜けると、そこは──きらびやかなネオンの看板光る謎の店。
入りにくすぎる。きょろきょろと辺りを見回して、誰もいない事を確認した後。
「チース……あの~……」
ええいままよと扉を開けると、そこに待ち構えていたのは屈強な三人のオネエたち。
「いらっしゃ……アラ! 待ってたわよォ~!」
「アナタがプラッククンねェン……ウフフ、いいカラダしてるわねェ~」
「んじゃ、さっそく奥に行きましょ」
ぶっとい腕で、がっしと掴まれる。
「え、ちょ、説明とかって──」
「説明はあとあと~。ハイ一名様ご案な~い」
どう頑張ってもオネエたちの屈強な組み技から逃れる事は出来なかった。
プラックはズルズルと店の奥に引きずり込まれ──。
「ギャアアーーーッ!!」
悲しい、悲しい断末魔が店に響いた。
男の尊厳(ただの女装だが)を奪われる羽目となった、うら若き青年の魂の叫び。
ちなみに先述の服は全部着させられ、協議の結果メイド服が選ばれたのだった。
●冒頭に戻る
化粧台に座らされ、ぶるぶる震えるプラックを傍目に、オネエたちはキャッキャとプラックの周りを囲んでいる。
蛸髭を包丁で切り落とされた後に丁寧に処置された顎は、今や女性のソレと見紛うほどすべすべだ。
そこに、つるっとした頭のオネエが、プラックの持ってきたバッグから覗く櫛を目ざとく見つけた。
「アラ、いい櫛じゃなあい」
「あっ、そいつは──!」
思わず立ち上がりかけるも、まあまあと座らされる。
形見の櫛なのだ。他人にはなるだけ触らせたくない──と不満気である。
「梳かしてあげるから座ってなさいな」
「このコ、髪に関しては任せちゃっても安心よォ。本人、髪無いのにねェ~!」
「うるさいわね~! ハゲちゃったモノは仕方ないでしょォ~!」
軽快なやりとりとは裏腹に、その手つきは安心感があり、確かに気持ちがいい、とプラックは思った。
「ハイ、出来上がり。ほうら、鏡見てごらんなさい」
「これ、ホントに俺なのか──」
鏡に映る自分は、顔だけ見れば確かに美少女のソレである。
さすがに体格までは誤魔化せないが。
「メイクもしたら、ホント見違えるほど美人になったわねェ~。嫉妬しちゃうくらいよ」
複雑な気持ちのまま、プラックはついぞ声を上げた。
「あの……ていうか俺、これから何するんスか?」
「え、聞いてないの?」
「はい」
オネエはもったいぶるようなしぐさをした後、プラックに耳打ちした。
「パネル写真よォ、パ・ネ・ル」
「……はい??」
よくよく聞けば、この店に掲げるパネル写真が欲しいという事だ。
店に在籍しているキャスト写真が、いわゆるパネル写真というものなのだが──。
「俺、この店で働かなきゃいけないんスか……?」
「ああ、大丈夫大丈夫。そういう事じゃないから。まあ何ていうか、『※この写真はイメージです』的なヤツだから、警戒しなくて大丈夫よ~」
いいのかそれで。納得のいかないプラックはなおも食い下がる。
「てか、あんな回りくどい依頼の出し方しなくても良かったんじゃ?」
「も~細かい事はいいじゃない……ま、こういうお店からの依頼だって知ったら、皆入りにくいと思ってね」
確かに──プラックもそうと知っていれば、断固として断っていただろう。
ようやく腑に落ちたプラックの背中を、オネエがグイグイと押した。
「じゃ、ボチボチ撮影といきましょ~。カメラマンもう呼んであるから」
「準備が良すぎる……」
●撮影タイム
撮影室は小ぢんまりとした小部屋。ベッドや机、椅子など必要最低限の家具しかない。
まず座らされたのはベッドの上。
簡単な挨拶を交わしたあと、妙な気恥しさを感じながらプラックは撮影に臨む。
「はいカワイイね~! 笑って笑って! ……ウーン、笑顔がまだぎこちないね~!」
カメラマンの言葉に、プラックは本日何度目かのため息を吐く。
「あー、笑顔よりはアレだ、その恥ずかしさを全面に出してみようか」
(恥ずかしさったって──)
様々なポーズを取らされてゲンナリとしてきたプラック。
オマケにカメラマンは何だか目つきも言葉遣いもねっとりとしていて、余計に嫌気が差す。
「お疲れかな? じゃあこれがラストね。上目遣いで……うん、ここはセクシーにドロワーズも脱いでみよう」
「ゲッ!?」
「アレ? 恥ずかしいかな~? これは心まで女のコになっちゃったかな?」
ニヤニヤ笑うカメラマンに思わず手や口が出そうになるが、これも仕事だと歯を噛み締め──ズリッとドロワーズをズラす。
「俺は男だ……っつーの……」
そうだ、そうまで言われて縮こまっては居られない。
履いていた黒い紐の下着が露わになると、より一層フラッシュが激しく焚かれる。
こんなものが誰かに見られていると思うと、カーッと顔が熱くなる。
「あー……もういっそ殺してくれ……」
唇を噛み締めながら、顔を隠そうとした瞬間。
「……フフ」
──その顔いただき。とばかりにカメラマンはシャッターを押した。
出来上がった写真は、それはもう扇情的なものだった、とだけ記載しておこう。
●???
店の奥。暗がりにいる一人のオネエと、黒ずくめの影。
「──はい。これで満足かしら?」
出来上がったばかりの写真を、黒い影に向かって人差し指と中指で挟んで渡す。
「ええ、完璧です。すみませんね、カモフラージュに使ってしまって」
多少強引なやり方でもないと、彼ほどの『逸材』を捕まえるのは難しいのだ、と影は零した。
「いいのよォ、アタシ達も楽しめたし。彼、また貸してほしいくらいネ──アラ、お客様だわ。じゃ、アタシはこれで」
オネエは入ってきた客の対応の為に、影の下を離れていった。
「ふふふ……裏ファンド、完了」
先の写真を眺めながら、黒ずくめの影が満足げに笑う。
「おっと──」
己の姿がぼんやり見えていることに気付くと、壁の中にすい、と溶け込むように影は消えていった。
──Produced by qqq, Ltd