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SS詳細

クソエルフとゼロからやり直す魔法修行2 魂の彫塑

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
キドー・ルンペルシュティルツの関係者
→ イラスト


 キドーはシガーの端を切りながら、窓外にアクエリア近海の青黒い海を眺めた。
 これから季節が巡って春に、そして夏になるにつれて、海の色も軽く明るくなっていくだろう。それでもあの戦いを知る者の目には、これからも重く暗く映り続けるに違いない。
 シガーをゆっくり回転させながら、切断面にまんべんなく火をつける。吸い込んだ煙を肺まで入れず、口の中で転がすようにふかした。
 線になって海面を走る太陽の反射光が波によって乱され、はかなく散っていく。繰り返し、繰り返し。
 まるでこの海に沈んだ命が、忘れないで、と音もなく叫んでいるかのようだ。
 あの日のことを思い出すと、いまだに胸が塞ぐ。
 海の手前には住宅地が広がっている。港や射的場などの娯楽施設に、もちろん酒場もある。それらすべて、キドーが心血を注いて造りあげてきた、けっして小さくはない、鎮魂の街だ。
 感傷に浸っていると、背の後ろから罵声が飛んできた。
「そこの腐れゴブリン! いつまでノンビリしている。休憩時間はとっくに終わっているぞ」
 窓ガラスに不機嫌なラゴルディアの顔が薄く写り込む。
「あ゛?」
 キドーは思いっきり不貞腐れた声を出してから、降り返った。
 斜めに駆け上がらせた視線が、途中でラゴルディアのそれとかちあう。
 ここは俺の島だ。つまり、俺が一番偉い。その俺様に向かって何を偉そうに、とキドーが怒鳴ろうとした矢先に、ラゴルディアが視線を外す。
 長身のエルフは窓外に広がる海を見て、それからまたキドーを見て、気まずそうに目を伏せた。
 湿らせた声でそっと置くように、「早く席に戻れ」といって背を向ける。
 ああ、そうか。そうだった。
 ラゴルディアもこの海の戦いを知っているのだった。
 あの時、コイツが戦場の何処にいて、何をしていたのかは知らないが……。
「シガーぐらいゆっくり吸わせやがれ。高級品なんだぞ、これ」
「知るか。わたしは忙しい。ラウレリンで彼女……執政官が待っている。はやく戻って、溜まっている書類を片づけなくてはならんのだ」
 何が島で彼女が待っている、だ。さっきまでこっちの島の執政官、アリアンヌの尻を目で追っていたくせに。
 ん、まてよ。
 さっき彼女っていったな。ということは、まだ手をつけていないのか。
(「クソエルフのくせに」)
もしかして、ヤツのチンコセンサーが執政官に反応しなかった?
いや、ないな。アスランにも反応していたし、確か豊穣では陰間茶屋に入り浸っていたはず。相手の性別がどうであれ、顔面偏差値が高ければ反応するはずだ。現に、執政官と初めて会ったときはわかりやすく反応していた。
ではなぜ?
 ラゴルディアには妙に真面目なところがある。
あれでも一応、『時に燻されし祈』を受け継いだ名門エルフ一族の長だ。領主の立場で、島全体の仕事を任せている執政官に手を出すのはマズイ……とでも考えたのだろう。
 一昨年の夏以来、キドーは不定期ではあるがラゴルディアからエルフ魔法の授業を受け続けてきた。
 報酬は島ひとつ。特別大サービスに『美少年』の執政官をつけてやった。
 ラゴルディアは大喜びで、島にラウレリンと名づけた。上エルフ語で、金色に輝く木、という意味だそうだ。何をどうやったかは知らないが、島の中央にいかにもエルフが好みそうな馬鹿デカイ木を立てて、そこを役所にしている。
「早くしろ。授業を再開するぞ」
「わかったよ。ちょっとだけ待て、空気を入れ替える」
 ガラスのアッシュトレイに葉巻を置く。数分置いておけば、火は勝手に消える。
 一瞬、アリアンヌに見つかったときのことを考えた。火事になったらどうする、すぐにもみ消せと煩く騒ぐだろう。まあ、お茶も済んだことだし……しばらくは戻ってこないはずだ。
 窓を押し開く。
 冷たい風に木の葉が震え、薄い日の光が舞う。海から潮の香りが微かに流れてきた。
「さむっ」
 すぐに窓を閉めた。
 手をすり合わせながら席に着く。
「まだまだ寒いな」
「何を解りきったことをいっている。これだから腐れゴブリンは……まあ、いい。始めるぞ」
 同じ世界の出身とはいえ、エルフとゴブリンとでは魔力の性質や事象に対するアプローチの仕方が根本的に異なる。そのため、基礎魔法の習得にすらかなり苦労させられた。魔法の発動に失敗しては、時に肩を並べて落ち込み、時に罵りあいながら拳で打ちあう、を繰り返して、やっと次の段階だ。
 たぶん、これからもラゴルディアと一緒に、同じコメディを繰り返しながら、少しずつ覚えていくことになるのだろう。
「よろしくお願いします」
 このセリフもようやく、すらすらと口にできるようになった。ただ、クソエルフに頭を下げることには慣れていない。いまだに強い抵抗を感じる。慣れてたまるか、バカヤロウ。


「本日の魔法講義は、『世界の分節化』についてだ」
 キドーは眉間にしわを寄せた。
 いきなり何を言い出した、このクソエルフ。
 弟子の不信を感じたか、感じてないのか、ラゴルディアは意味もなく天井に目をやる。
「人でも生き物でも岩や雲でも、どんなものでも、そのものの通称ではなく『真の名』を持っている。それを知ることができれば、そのものを支配できるのだ。すなわち魔法とは、その真の名の体系と系列を学ぶことである」
 ずいぶん大げさな話だ。嘘くさい。
「まず物象に名をつける。それはアプリオリ――人の認識に「在るもの」として受容するのではなく、自分を源とするものとして在らしめることである」
 解るような、解らないような。
 だだっ広い部屋にラゴルディアの声だけが響く。
「名をつけることで、例えば1本の木は「桜」となり、自分と地続きの世界から一度、切り離される。その後、その木は「桜」という概念の中に再び吸収され、分類整理されるのだ。それは自分がそのものの「源」となることに等しい。自分を源として、それは世界に整然と放射される。わかるな?」
 キドーは口角を上げて不器用な笑みを作ったあと、ゆっくりと頷いた。
 本当のところは、ラゴルディアが何をいっているのかさっぱりわからない。
「そうやって巧みに世界を縮小することができれば、いっそう確実に世界を己の内に取り込むことができる。世界から借りるマナだけではなく、自分で生み出したマナが使えるようになるのだ。優秀な魔術師は、一の対価で二の成果を引きだす、私のように」
 ラゴルディアはいつも一言多い。
 高慢なエルフは鼻を高くして講義を続ける。いつかその鼻をへし折ってやろう。
「それができれば、すでにある魔法だけでなく、新たに魔法を作って使うことができるぞ」
「オッケー、解った。じゃ、実践に進もうぜ」
「お前はすぐそう言って……。懲りないヤツだな。基礎でどれだけ苦労したか、覚えてないのか!」
 器用に呆れながら怒るラゴルディアを横目に、キドーは慣れた手つきで髪を編みはじめた。
 浴びせかけられる小言は、軽快な口笛で撃退する。
 頬に刺さっていたラゴルディアの視線が、ふいに溶けた。
「髪、ずいぶん伸びたな。あの時からか?」
 やめろよ。なんでそんなにしんみりした声で聞く。辛くなるじゃねえか。
 キドーはカラカラに渇いた喉を振り絞るようにして、ようやく声を出した。
「ああ、そうだよ。でも、まだお前ほどじゃねぇ」
 これ以上、あの戦いに触れられなくて話題を反らした。
「髪といえば、エルフはみんな髪を長くしているな……といっても俺たちの世界にかぎってのことか。他の世界じゃ短くしているヤツもいるみたいだけど」
「なんの話だ」
「いや、『時に鎧われし心』はどうして髪が短いんだろってな。エルフなのに。そーいやこっち、来てンだろ? 会えたのか」
 虚をつかれて、ラゴルディアは言葉を詰まらせた。
「……アスランが言っていたヤツ、別人だったのか?」
「まだ判らない。会えていないだ。アスランたちも探してはくれているが……混沌は、この世界は広いな」
 『時に鎧われし心』、ネミアディア。
 ラゴルディアの弟なのだが、生まれてすぐ別のエルフの名家へ養子に出された。ラゴルディアはその理由を知っているようだが、語りたがらない。兄弟なのにあまり容姿が似ていないことが原因じゃないかと、キドーは薄々感づいている。
 深くため息を零して、ラゴルディが語り始めた。
「エルフにとって髪はマナを溜めておくための、とても大切なものだ。長ければ長いほどいいとされている。だが、魂縛りの禁呪を使うときには、逆にマナの溢れる長い髪が仇となって魂の彫塑を――っていうか、お前、どうしてネミアディアを知っている? 腐れゴブリンのくせに」
「『小鬼狩り』を知らんゴブリンがいるか! くそ、思い出したら腹が立ってきた」
 彼の世界では、エルフはみなゴブリンを毛嫌いしていた。その逆もまた然り。
 見つけたらすぐに殺そうとするだけならまだしも、ゴブリンを捕まえて死ぬまで酷使するクソエルフがいる。それが『小鬼狩り』の異名をもつネミアディアだ。
 かつてはラゴルディアもそうだった。いまでもクソエルフではあるのだが、ゴブリンに対しても人権を認め、敬意を持ちはじめている。混沌に呼ばれて、大きく価値観が変わったのだ。
 そうでなければ、こうしてケンカしながらも、不倶戴天の敵であるゴブリンと、仲良く一つの部屋で過ごしていられるわけがない。
(「ネミアディアもラゴルディアのように、考えが変わっているといいな。でなけりゃ――」)
 キドーは編んだ髪を結わえると、まっすぐラゴルディアへ顔を向けた。
「さあ、やってみようぜ。で、まずは何すりゃいいんだ?」
「あ゛? 私の話をちゃんと聞いていたか、腐れゴブリン!」
「うるせえ、さっさと教えやがれ。このクソエルフ!」

 結局、最後はいつも殴りあい。

おまけSS『とあるバーにて』


 ラゴルディアはきれいな町だと思った――ゆったりとカーブする港町の、たくさんの小さな灯火が細い三日月のような形に先細りになって、夕暮れの海岸を飾り始めている。
「船に乗る前に一杯、飲んで行くか」
 誰ともなしに独りごちて、本通りを外れて裏通りに入る。はためく洗濯物、居眠りする猫、遊びに耽る子ども、おしゃべりに夢中な老人たちは姿を消していた。
 あてもなくプラプラとさまよった末に、港の片隅にある一軒のバーの扉のまえに立った。バーの名前は『オー・シル』。
この扉の向こうには一体どんな世界があるのだろう。
(「……いてて。あの腐れゴブリン、思いっきり殴りやがって。師をなんだと思っている」)
 腫れた頬を手で押さえながらドアを開いた。
 店には七人も座るとちょっと窮屈な小さなカウンターがあり、暗がりに置かれたピアノとコントラバスが空間に深い陰影をつくっていた。室内装飾は帆船の甲板と船館をモチーフにしてつくられていて、いかにも港町らしい。
 カウンター向こうにしつらえられた棚には、酒瓶やグラスの他に小説が並べられている。どれもOSHIRUという名の作家のものばかりだ。
 なるほど、店の名前はマスターが好きな作家の名前か。
 先客が誰もいなかったので、カウンターの真ん中に座った。常連がやってくるころには引き上げるつもりだ。
 髭を生やしたマスターはあまり客商売に向いていなさそうな、寡黙な男である。港端のバーなのに、黒シャツ黒パンツでスタイリッシュにキメている。日焼けした首から続く胸板はぶ厚く、シャツのボタンがいまにもはじけ飛びそうだ。元は船乗りだったのだろうか。
「カクテルを。この港のオリジナルものを頼む」
 マスターが無言で頷く。
 しばらくすると、濃藍色(こいあいいろ)が印象的なカクテルがカウンターに出された。カクテルグラスの底に金箔を散らし、縁の半分に塩を回したハーフムーンスタイルだ。
 口に含むと、強い蒸留酒をベースにスミレやココナッツのリキュールを加えた華やかな香りと、バランスの良い甘さが広がった。
 うまい。
「喧嘩ですか、お客さん?」
 いつの間にか、マスターがカウンターを出て後ろに立っていた。うなじにかかる息が熱い。
「え、あ、まあ……そんなものかな?」
 どうやら入る店を間違えてしまったようだ。
 混沌で過ごすうちにその手の偏見はなくなったが、私にも好みというものがある。失礼だが、黒タコのようなマスターは許容範囲外だ。
「奥へ。手当てをしてあげましょう」
 腕を取られた。ヤバイ。
 相手は一般人だ。なんなくその手を振り払うことはできるが、キドーの島で騒ぎは起こしたくない。
 私は店の奥を指さし、「あ、OSHIRU先生!」、と言った。
「え、どこ?! どこにお汁先生が!」
 マスターの手が離れた瞬間、私はカクテルのお代をカウンターに叩きつけ、脱兎のごとく店を飛び出した。

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