SS詳細
幻想の中に揺蕩う光
登場人物一覧
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幻想のとある地帯にあるという、何の変哲もない洞窟。
小さくて何もない、ただ湿っぽいだけの場所はある時を除いて見向きもされない。
しかし、その『ある時』だけはとても美しく、誰もが見に来るほどの光景が広がるのだという。
「……ということで、洞窟探しの冒険に出かけようぜ!」
「洞窟? ボク、一緒、いいの?」
「もちろんだ! なんてったって、ともだちだからな!」
幻の洞窟を探すべく、エドワードとカルウェットは再び冒険へと出向いた。
――これは、ともだちと一緒に見つける幻想を描いた物語。
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エドワードとカルウェットは幻想国の何処かに噂では広がっているがその場所がわからないという、本当にあるのか怪しい洞窟を探しに行こう! ということで2人の日程を調整して待ち合わせをしていた。
噂でしか聞いたことのない幻の洞窟。それを『ともだち』と一緒に見てみたい! と心が沸き立ったエドワード。どんなに危険なことでも、きっとカルウェットと一緒なら行けると信じて荷物を準備していた。
秘密の場所を一緒に見に行ってから、はや数ヶ月。あれからまた新しい場所があるのか! と喜び勇んだカルウェットは、喜びと一緒に返事を返し……そして、当日へと至る。
最初に待ち合わせ場所にやってきたのはエドワード。まだ彼しか来ていなかったため、辺りを見渡しながらカルウェットを待っていた。
「んん、早く来すぎたか……?」
現時刻は朝早く、日が昇って間もない頃の時間。
本来であればもう少し寝ていたいような、少しだけ薄暗さが残る時間帯。1日で探すのならば、早めに出発するほうがいいかもしれないと考えたエドワードがこの時間に来てくれとカルウェットにお願いしたのだが……少し早すぎたかも、と少々不安になってきた。
その不安を解消するために、エドワードは持ち込んだカバンの中身をチェックし始めた。忘れ物があってはカルウェットにも迷惑がかかるし、何より洞窟に向かうまでに必要な道具がなかったら大変だ。
「ロープ、照明に……ナイフと薬草。うん、ちゃんとあるな」
しっかりと、指差し確認しながら道具確認を行う。何が必要か、どんな状況で必要になるかを頭に思い浮かべながらチェックをしたので、しっかり準備万端。
そうして道具の確認をしていると、パタパタとエドワードへ近づく足音が1つ。
言うまでもなく、カルウェットがエドワードに近づいてきていた。
「ひっひ、エドワード! おはよう、するぞ!」
「おう、おはようカルウェット!」
ぱちんとハイタッチをしながら挨拶をする2人。カルウェットの笑顔から、今日をとても楽しみにしていたのがはっきりと伺える。
色々と詰め込んでいるのか、まるまると膨らんだバッグが見受けられる。その中に何が入っているのか、今一度チェックするためにエドワードと一緒に中を開けて確認作業開始。
「今日、冒険! 楽しみ、してた! だから、お弁当と、おやつと、水筒と、あとおやつ!」
「ははっ、カルウェットらしいな! そうだな、沢山食べるものは必要だ!」
「エドワード、一緒、食べる、しような?」
「ん、もちろん。今日はあのときの丘より少し遠出するから、食べるものは沢山あってもいいんだ」
あのときの丘――2人だけの秘密の場所。その時の光景は今でも忘れることは出来ない。
暗がりが苦手なカルウェットでも、とても綺麗だったと言えるほどのあの光景。そんな秘密の場所よりも、もっと綺麗な場所に向かうんだ! そうエドワードは豪語する。
「今日探しに行くのは、なんて言っても"幻の洞窟"だからなー!」
「幻……。なんか、ワクワクする響き」
「そう、幻だ! 見つけられるかはわかんねーけど……一緒に頑張ろうな!」
「やる気、さらに出てくる、した! 頑張るぞー! おー!」
「おー!」
やる気を出した2人は早速、街の近くで馬車を借りる。エドワードが言う幻の洞窟の場所については噂でしか聞いたことはなく、馬車で乗った先で探さなくてはならないという。
そのため、今回はちょっぴり大きな第二の冒険。街の近くから、少し遠くへ出かけるのだ。
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がたん、ごとん。がたん、ごとん。がたん、ごとん。
何度、車輪が埋まった石に引っかかって大きく揺さぶられたかはわからない。
それでもまだ到着の様子を見せることはなく、馬車は馬独特のゆったりとしたペースで走り続けた。
「むー……」
あまりに気持ちのいいリズムだからか、カルウェットがエドワードの肩にもたれかかっている。
大きく揺れる度に目は覚めるが、ゆるく揺れる車内はなんだか眠りを誘ってくる。
ごしごしと目をこすったり、ほっぺをつまんだり、ぺちぺちと自分を叩いたりしてなんとか頑張って起きようとしても、結局行き着く先は安らかな睡眠。エドワードの肩にちょっとだけ頭を乗せて、うとうとと夢の彼方へと向かおうとしていた。
「カルウェット、眠いのか?」
「がたごとしてる、なんかこう、眠い、するの……」
「確かにいい感じに揺れるから、眠くなりそうだよなぁ」
「不思議……ボク、寝る、必要ない、するの、に……」
こっくり、こっくりと首が動いて、まぶたが重くて、口もちょっともにょもにょしているカルウェット。
本来であれば眠る必要のない……というよりも、長く眠りについていたせいで、その分眠らなくてもいいはずだった。
それなのに、今はどうしても眠い。誰かに寝かしつけられたとかではない、自然と眠くなる現象。ちょっと馬車で遠出するだけなのに、どうしても、どうしても……今は、とにかく眠い。
そんな言葉を表現しようにも、頭の中がぽやぽやとなってしまってあくびしか出てこない。カルウェットは大きく口を開けて、身体中に新鮮な空気を取り込んでゆく。
「ふわあぁ……」
「んー、無理しちゃ駄目だぜ、カルウェット。俺は外の景色でも見ておくから、寝ていてもいいぞ?」
「んむ~……」
エドワードに許可をもらえたカルウェットは、こてん、と首を乗せて少しだけ夢心地へと入り込む。その合間にも、エドワードがカルウェットの身体を優しくぽんぽんと叩いてくれていたから、夢心地への入りやすさは常時と全く違った。
しばらく、がたごとと小さく揺れる馬車の中でエドワードは外を眺める。何の変哲もない森に囲まれた街道の中は、街では見ることの出来ない風景でいっぱいだ。
馬車で動いているせいか、まるでコマ送りのように辺りの風景がすぐに過ぎ去ってゆく。緩やかな風で揺れるあらゆる木々が、2人の旅路を祝福するかのようにざわめいていた。
「おっと。お客さん、ほら、あっちを見てごらんよ」
ふと、御者のおじさんがエドワードに声をかける。暇そうにしていたからか、少しでも刺激を与えてあげたかったのかはわからないが、エドワードは言われるままに指差す先を見てみた。
その先には複数の動物が普段どおりの生活をしている光景。馬や鳥が木々の合間をすり抜けて移動する様子に、思わずエドワードは声を上げ喜んだ。
「あっ、あー! なんだあれ!」
「んぅ……なぁに? エドワード」
その声にカルウェットも目を覚まし、エドワードが指差してくれた先を見る。しかし馬車というのは無情にも道を進むために出来ているもので、カルウェットが目を覚ました時には背後で小さく映る動物たちの風景が広がっていた。
「ほらあれ! よく見えねーけど……なんか、馬っぽいやつ!」
「馬? ……えーー! どこ!? あっ、もう小さいーー!」
「いやほら、あっち! あっちにまだ見えるから!」
「エドワード、ずるい! ボクも、見たかったーー!!」
むす~とした表情で前を向いたカルウェット。ずるい、という感情が頭の中を支配したせいか、この後カルウェットは眠ることはなかった。
そんな刺々しい雰囲気を感じ取ったからか、御者は進む合間にも指差しして2人に声をかけては、普段の生活では見ることが難しい風景を色々と見せてくれた。
動物たちの1日、不思議な木々、澄み渡る湖、奇妙な形に見える岩……等、様々な風景がコマ送りのように過ぎ去っていく。
だが、忘れてはならない。今日はこれらを見に来たのではないのだと……。
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「おじさん、ありがとな!」
「ありがとう、するぞ!」
目的地に到達し、馬車を降りたエドワードとカルウェットは御者のおじさんにお礼を言いながら小さな道を歩いていく。
ここから先は、噂を頼りに洞窟を探さなければならない。
どんな場所にその洞窟があるのかさえわからないので、逐一洞窟を見つけては中に入って確認しなければならないのだ。
「この辺りの何処かに幻の洞窟があるって噂だ! 流石に噂でしか聞いてないから、どこにあるかまではわからないけど……」
「ボクの直感、いう、してる! 今日は、素敵な日! 大丈夫、見つかる!」
「だな! ……あっ、でも帰りのことを考えると、昼過ぎくらいには切り上げねーとだから、それまでが勝負だな!」
「昼までの勝負……ふふん、いける! この勝負、勝てる、するぞ!!」
「よーし、それじゃあ……」
「「探検、開始だー!!」」
両手を上げて、えいえいおーと気合を入れた2人はまずは馬車から降りてすぐの洞窟から突撃。進みにくい獣道を通り抜け、1つ目の洞窟へとおそるおそる入る。
ひんやりとした空気が洞窟の奥から流れ込み、冷たい水滴が絶え間なくぴちゃり、ぴちゃりと2人の身体に降り注ぐ。
通るための道は水が少しずつ流れており、ひたひた、ぴちゃぴちゃとエドワードとカルウェットの足元を濡らしては汚してゆく。
暗闇が苦手なカルウェットはぎゅっとエドワードの手を握り、絶対に離さないようにと同じ歩幅で一生懸命歩き続けた。
「エドワード、ここか?」
「うーん……」
ランタンの光を周囲に当てながら辺りの様子を伺うエドワード。
件の噂では、入った瞬間に美しい光が溢れかえるというものがあったため、この洞窟は違うようだとカルウェットに向けて首を横に振る。
もと来た道を引き返し、入った証拠として洞窟のそばの岩場にバツ印をつける。これを繰り返して、件の洞窟を探すことに。
2つ目の洞窟は、植物が生い茂る洞窟。もさもさと蔦が絡まったから、ナイフでザクザク切って進んだ。
3つ目の洞窟は、熊が眠っている洞窟。入ってすぐに眠る熊見つけたので、すぐに逃げ切った。
4つ目の洞窟は、ちょっと湿っぽい洞窟。ウォータースライダーみたいな、苔と急流があるへんな洞窟。
5つ目の洞窟は、6つ目の洞窟は、7つ目の洞窟は……。
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2人は最後の洞窟を前に、ぜえ、ぜえ、と息を切らしている。
開始から数時間、回り回った全ての洞窟はことごとく外れ、中には危険しかない場所もあって逃げるための体力を使い切っていた。
それでも、カルウェットが持ってきたおやつがあったおかげで、恐怖を薄れさせることは出来ているが……やはり、幻の洞窟が見つからないという心労だけは治せない。
「……うぅ、勝てる、する、思ったのになぁ……」
「探すのは大変って聞いてたけれど、やっぱりそう簡単には見つからないか……」
いくつの洞窟を回った後だろう。2人の疲れは目に見えて増えていた。
太陽も傾きを見せ、真下にあったはずの影がゆっくりと縦長に伸びているのがよくわかる。
もうそろそろ馬車に乗らなければ、帰宅が真夜中になってしまうだろう。
それでも、最後の洞窟の中を見るまでは諦めきれないと2人は顔を上げた。
「……さて、と。この辺だと、この洞窟が最後かぁ……」
「最後……」
洞窟の入口を見上げたエドワードとカルウェットは、少しだけ悔しそうに呟く。
せっかくの楽しい冒険が、ともだちと一緒に見ると約束した洞窟が、何も見つからなかったで終わるのは嫌だと。
……でも、時間的にも、体力的にも、どう足掻いてもこれが最後の1つ。これで見つからなければ、諦めて帰るしかない。
意を決してエドワードとカルウェットはランタンに火を灯し、中へと入っていった。
洞窟の中は、最初の洞窟と同じくひんやりとした空気が漂っている。
ただ最初の洞窟とは違うのは、ジメジメとした空気はそこら中に漂っているのに、からりと乾いた地面が2人を出迎えたということだろう。
この洞窟にはきっとなにかあるはず。2人はそう思い、ゆっくりと洞窟の奥へと足を進めた。
「……ん?」
ふと、エドワードの視界に青色の何かが映り込む。それはこれまでの洞窟とは違って、暗闇の中を照らす何かのようにも見えた。
しかしここまで来るために体力を使い果たしているため、疲れから来た見間違いかもしれない。エドワードは足を止めてじっと洞窟の奥を見据えていた。
「エドワード? 何か、ある、したか?」
「なんか、今……あの奥のほうが……」
光ってないか。そうカルウェットに尋ねようとした瞬間、きらり、再び光が見える。
今度は見逃さなかったエドワードは、ようやく見つけたのだと心を踊らせカルウェットに向けて奥へ進もうと提案を指し示す。
「カルウェット! あの奥、行ってみよーぜ!」
「えっ!? エドワード、ちょっと、待ってーーっ!!」
そう言って足早に洞窟の奥へと進んでいくエドワード。そのエドワードから必死に離れないようにと追いかけるカルウェット。
2つの足音がどんどん、洞窟の奥へと進み……。
「……わっ……?!」
カルウェットは思わず、目の前の光に驚いて止まった。エドワードもまた、同じように足を止める。
孔雀色の光は燦然と輝き、2人の来訪を祝福するかのように辺りに飛び回ったのだ。
……飛び回る?
一体何故飛び回っているのか。そこはまだ2人には理解が及んでいなかった。
それよりも、2人の喜びは最高潮に達していた。
何故なら、噂でしか聞いていない『幻の洞窟』をようやく見つけることが出来たのだから!
「これ、間違いねえ! カルウェット! オレ達すげーぜ! ほんとに、ほんとに見つけちまった!」
「幻、洞窟……ほんとに、ある、した! エドワード、これ、大発見、するな! すごいぞ!!」
きゃっきゃとはしゃぎ、喜びを身体で表現するエドワードとカルウェット。
その声と仕草に驚いたのか、孔雀色の光は突如一斉に飛び回り、洞窟の壁や天井、床を一斉に輝かせる。
冷静になって光を見てみると、その光の正体は1種の蛍。この蛍はある時期にこの洞窟に集まる習性を持っており、数千、数万も集まって出来たのがこの洞窟のようだ。
蛍1匹だけでは弱々しい光ではあるが、集まった数が甚大故にこの様な洞窟が出来上がった。さらには時期が限定されているのもあって、見ることが出来るのはほんの僅かな期間。
それじゃあ普通にしていても幻と称されて見つからないわけだと、エドワードとカルウェットはどこか納得した。
エドワードがそっと指を差し出してみると、1匹の蛍が指先に止まる。
淡く光る孔雀青の光の主はゆるやかな点滅を繰り返し、エドワードを見上げるような仕草をしていた。
「洞窟内の光ってこれ……蛍、だったのか」
「蛍、こんな綺麗、するんだね……」
「鉱石とかなら少しだけ記念に、と思ったけど……蛍じゃ仕方ねーな」
「持ち帰る、だめ。覚える、帰る!」
もぞもぞとエドワードの指先に止まってくれた蛍を見つめながら、2人は笑いあって、この風景をしっかりと眼に、そして記憶に焼き付けた。
「な、カルウェット。あの丘にも負けねーぐらいの景色、ちゃんとあったろ?」
夕焼け色の髪と瞳が、辺りの蛍に包まれて孔雀色に染まってゆく。
輝く青の波によって描かれるエドワードの風貌は、地平線の海に広がる夕焼け。
あの日教えてもらった秘密の場所では決して見ることの出来ない光景が、カルウェットの目に映る。
「ね、エドワード。やっぱり、君はすごい人。ボク、君が、大好き、する」
淡い桃色の髪と瞳が、辺りの蛍に包まれて美しく輝いてゆく。
輝く青の波によって描かれるカルウェットの風貌は、まるで海の中を揺蕩う宝石。
行く前から予想していた通りの、柔らかで美しい色がエドワードの目に映る。
ぎゅう、とカルウェットはエドワードを抱きしめて、ありがとうの言葉を伝える。
大変な道のりの中、そして噂だけしかないという僅かな手がかりから、この洞窟を見つけてくれてありがとうと。
「約束、守る、してくれて、ありがとう。エドワード、すごいぞ!」
「はは、いいんだって。だって、オレたちはともだちだからな!」
同じ場所で、時には笑い、時には悲しみ、時には楽しむ。
それが『ともだち』なのだと、エドワードは大きく笑う。
この洞窟を見つけることが出来たのも、カルウェットが一緒にいてくれたからだと。
孔雀青の色が波打つ、幻の洞窟。
2人の心のアルバムにまた1つ、新しい風景が残された。
おまけSS『帰りまでが冒険、だから。』
「おじさーん、街までお願いしまーす」
「帰る、お願い!」
「おお、もう大丈夫かい?」
先程の御者のおじさんに声をかけ、街までの馬車を出してもらったエドワードとカルウェット。
既に空は夕焼け色に染まっており、このまま街に到着する頃には夜の帳が降ろされているだろう。
あんなに美しい景色を見ることが出来て大満足の2人は、がたごとと小さく揺れる馬車に座って、到着を待つ。
がたん、ごとん、がたん、ごとんと、行きと全く同じ揺れが2人の身体を揺らしてゆく。
気持ちのいいリズムと、洞窟を回った疲れ。それらが渾然と混ざって、エドワードとカルウェットの精神を揺り動かした。
やがて、馬車は街の入口にたどり着く。
既に真っ暗な夜の中、御者のおじさんは2人に声をかけようとする。
「……おや、おや」
おじさんが目にしたとき、2人は小さな寝息を立てて眠っていた。
その手は、しっかりとお互いの手を握りしめたまま。