SS詳細
Beat the Gosh!
登場人物一覧
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胃液に酒精に芥子の粉。
おまけに噛み煙草の脂が染みついた机とくれば非合法の定番セットだ。二階から聞こえる女の嬌声をBGMに、熱く唾を飛ばし合う肉々しい集団のおまけ付き。
(いつになったら終わるのかねぇ、このご高説は)
手持ち無沙汰にナイフを回すキドーは、積荷を奪う順路にも計画にも興味が無い。標的に恨みも無ければ感情も無い。
襲って奪って金を貰えば、はいさようならのご関係。
主義だの相手への罵倒だの、素直に聞いてやる義理は無い。無いのだが、地味に人が良いこのゴブリン。ちゃんと空気を読んでそれらしく付き合っている。
阿片だか芥子だかバイオニックモッキンバードだか知らないが、近頃流行りの自然派麻薬の縄張り争いに巻き込まれたのが三十分前。
最初にキドーに声をかけ、断る理由もない額を提示したのがこの組織というだけなのに、律儀にアジトとやらにまで付き合っている。
コンコン。
無作法者が集う場所でも、予定に無い客は稀だ。殺気に満ちた沈黙の中でキドーがやれやれと立ち上がった。
「こんにちは、キドーさ」
ナイフを後ろ手に構えて扉を開けたキドーは高速で閉めた。何か今、いてはいけないモノがいた気がする。
「お前ら、動くんじゃねェぞ」
誰一人だ。背中で殺意を語ってから、キドーはもう一度扉を開けた。自分と同じ視線の位置に緑髪のメイドがにこにこと立っている。
「あ、あー……確か境界図書館にいた、よな?」
「はい、境界案内人のテックと申します」
「それで? そのテックサンは何しにこんなところまで?」
「近くを通りかかりましたので、キドーさまにご挨拶をと」
「そりゃゴクローさん。んじゃ、俺は仕事の途中だから」
「あのっ」
扉を閉めようとするキドーにテックは距離をつめた。
「キドーさまさえ良ければ、お仕事の見学をさせていただけませんか?」
「いや無理だから」
「ぴぇ」
「いいか、お嬢ちゃん」
後頭部を掻きながら呆れたようにキドーは溜息を吐いた。
「俺たち無法者のやる仕事と言やぁ、汚ねぇ・危険・黒い。
「それでもお仕事はお仕事です。キドーさまの仰る通り、確かにわたしには向いていないのかもしれません。それでも、皆さんのお役に立てるように欲望を根幹とした知的生命体の思考情報や言語域を入手したいのです。お願いします!!」
「お、おぉう?」
ずずいと更に距離を詰め寄られ、どうどうと手で御す。
「わかった分かった。なかで話をつけてきてやるから少し待ってろ」
「ありがとうございます!」
今度はゆっくりとキドーは扉を閉めた。テックの姿が見えなくなった所で声を出す。
「お前ら、金出せ」
全員だ。背中とギラつく片目で語る殺意は先程の比では無い。
身長的にちっちゃい二人のやりとりに和んでいた場が一気に冷えた。
キドーはその腕を見込まれ雇われた。その気になればこの場全員を皆殺しにだって出来るだろう。命を握られれば理由を問う事も出来ず、卓上に散らばっていたカードゲームの賭け金や財布の中身が強者へと捧げられる。
ふたたび扉を開けると、そこには期待に輝くメイドがいた。
「あー、テック? 実は俺たち腹が減っててなぁ。ここの大通り沿いに真っ直ぐ行くとクマの看板がかかったパン屋がある。そこで三時から売り出されるクマさん食パンを五つばかり買ってこい。そしたら中に入れてやる。出来るか?」
「お任せください!」
「じゃあ頼んだぜ」
「はいっ!!」
ぱたん。
「ふぅ、危ねぇ……」
「どこが?」
一交渉終えたネゴシエイターは額の汗をぬぐった。口八丁手八丁で修羅場をくぐり抜けてきた熟練者と言えどもお子様の相手は辛い。
「見た目はお花畑、頭もお花畑だがアイツは、あー、とんでもねぇ凄腕の情報屋だ。あとアイツに何かあったら図書館の連中が何をするか分からねぇ。いや割とマジで」
最悪、境界世界から混沌へ戻る術を奪われるかもしれない。絶対に無いと言い切れない以上、保険はかけておくに限る。鋭く襲撃予定表を一瞥したキドーは卓上の写真にナイフを突き立てた。
「いいか三時までに荷を奪うぞ」
「真昼間なんだが……」
「関係あるか!! 俺がやるっつったらやるんだよ」
「クマさん食パン……」
「うるせぇ、流してろソコは!! 波瀾万丈に生きてりゃ、止むに止まれぬ事情で乙女になる事だってあるンだよ!!」
「そりゃ確かに波瀾万丈だな」
「言われてみりゃ乙女っぽさ、あるしな」
「今発言したヤツは前に出ろや」
顔面の凸を凹にしてやんよ。
「ボス!!」
「あ?」
キドーが拳の小骨を鳴らしていると、滅多に開かない正面の扉がまたしても開いた。本日四度目になるそこへ全員の視線が集中する。
「へへへ、そこの通りに随分と身なりの良いガキがいましてね。コイツ、意外と金持ってますし……脅迫すれば身代金稼げませんか?」
「ぴぇぇ」
苦労して追い払った筈のメイドが五分もたたずに戻ってきた。
キドーはしなやかな筋肉のついた脚で床を蹴り、壁を蹴り、ついた勢いのまま拳を振り抜いた。
「どうしてそういう酷いことするのーーっ!?」
「ぶげぇーー!?」
境界案内人を土産包みのごとくぶら下げていた巨漢の顔面が凹となる。
この場合、酷いことされたのはキドーの方だ。
そんな光景を見て、ほらやっぱり乙女だよと誰かが言った。
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「絶っ対に仕事の邪魔すんじゃねぇぞ」
「はいっ」
椅子に座り肘をテーブルにつき、祈るように重々しく告げる。
「あの」
「なんだ」
「二階の方々はお呼びしなくても良いのでしょうか」
「あれはネコちゃんだから気にしなくて良い」
「かしこまりました」
早速強奪会議に暗雲が立ちこめていた。
「んで、例のクソヤベェっていうブツはどっから運ぶ?」
カリカリカリ……。
「裏からだな。凄腕と言っても所詮は寄せ集めのザコ共だ。キドー先生の敵じゃねぇよ」
カリカリカリ……。
「ところでテックチャンはさっきから何を書いているのかなぁ?」
「はい、皆さまの会話より記憶領域に無い未知の単語を抽出しております。現在クソ、ザコ、ロリなどが数度に渡って挙げられており」
「会議中断、一時中断ーー!!」
「誰だ最後の言ったやつー!!」
「俺じゃねぇですーー!!」
「オレですーー!!」
「バカーーッ!!」
「ありがとうございますーーッ」
コイツらちゃんと薬キメてたんだなぁ、と効能を再認識しながらキドーはグーで殴った。
「いいか、てめぇら。このガキに変な言葉を教えたらタダじゃおかねぇからな!?」
「ママだ」
「ママがいる」
「バブみが生えそう」
「ゴブリンに正座させられ幼子のように叱られる。今ここに新たな性癖が開かれた」
「大切に閉じておけ」
好き勝手に囀る組織の面々と必死にメモを取る境界案内人。地獄の煮凝りに似た世界の空気はどこまでも澱んでおり、収束の気配は見えない。
絶望と共にキドーは瞳を閉じた。
「よしそこから順に並べ」
全身の凸を凹にしてやんよ。
「皆さま、本日はご教示いただきありがとうございました。大変勉強になりました」
「おう、もう二度と来んなよ」
玄関の手摺に寄りかかり、一服吹かしながらキドーはテックを見送った。背後には自滅した自然派麻薬組織の残骸が幸せそうに転がっている。
爽やかな夕焼け空を見上げながら、キドーは紫煙をたなびかせた。
「襲撃、明日にするか……」
おまけSS『大変お世話になりました』
「キドーさま、キドーさま」
境界図書館の書棚の間をあてもなくブラブラと歩く。迷路のようなそこを追いかけてくる足音にキドーは立ち止まった。
「何だ、この間の境界案内人じゃねぇか」
「はい、テックです。その節はたいへんお世話になりました」
深々と頭を下げる姿に居心地の悪さを覚え、軽く手を振ってやめさせる。
「これ、ありがとうの気持ちです」
「何だ、これ」
「鮭を食らうクマトゥヌスの像です。わたしのお気に入りです」
「クマ……? 何でクマ?」
「はい。クマさん、お好きなんですよね?」
「あぁ? あー、そういやパン買ってこいっつったな……」
思い出すように丸い眼球をぐるりと回し、これかと思う事例に思い当たる。
「クマの肉は食うが、別に好きでも嫌いでもねぇよ。いらんいらん」
「えぇ!?」
顎をさすりながらキドーが言うと、テックはダメージを受けたようによろりと後ずさった。
「あっ、でしたら食パンは如何でしょう」
「どっから出た!?」
ずるりと現生で一斤出てきた狐色の物体にツッこみを入れると、疲れたようにキドーは首を振った。
「分かった。受け取ってやるから、取り敢えず色々出すのは止めろ。周囲の視線が痛ぇ」
「ありがとうございます!!」
「ったく、何で俺が……」
顔を押さえて小さく呟いたがその苦労が少女に伝わることは無かった。