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メランコリーの帰省対談

登場人物一覧

イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って

●イーハトーヴは夢を見たよ
「ねえノルデ、コバルトレクトに里帰りしてみない?」
 その時ノルデは一人掛けのソファに座って新聞を読んでいた。への字に曲がった不機嫌な口は彼の『いつもどおり』なので、イーハトーヴは気にしない。
「ネネムも一緒に行こうね!」
 眼鏡の青年の手元から珈琲の入ったマグカップがするりと落ちた。咄嗟に動いたノルデの手がマグカップの底を掴んだので、悲惨な事故は避けられる。
『私も一緒に行って良いかしら』
「うん、オフィーリア。勿論君も、最初から勘定に入ってるよ。当たり前じゃない!」
 マグカップをお盆に乗せて運んできたオフィーリアから、イーハトーヴはありがとうと受け取った。
「オフィーリア」
 長男は長女を呼ぶ。その声には迷いと、どこか非難めいた色が滲んでいた。
『ノルデ』
 受け止めるオフィーリアの声は穏やかだ。自分の小さなカップに砂糖をひと匙匙入れてからクルクル回し、香りを楽しむように飲みこんだ。
『私たちが一緒に行くのに危ないことなんて起こりようがないわ。そうでしょう?』
 言霊が力を持つのはこういう時なのだろうとノルデは思う。淑女のようなオフィーリアだが、その内面はキングを守るためなら如何なる手段も取るクイーンのようだ。
 まだ固まっている次兄の彫像を無視して、ノルデは疲れたようにイーハトーヴを見た。
「コバルトレクトに行きたい理由でもあるのか」
「あのね。レディ・ネヴァンに会って、お土産を渡したいんだ。最近忙しくて会えなかったでしょう。結構たまっちゃってさ。それにネヴァンおばあちゃんの頭を取り戻せたのはノルデのお陰だし。遅くなっちゃったけど紹介したいんだ、俺の自慢のお兄ちゃんたちですよって」
 血色の良いイーハトーヴの笑顔とは対極にノルデは神妙な表情だ。照れ臭くて笑い出しそうなのを頬の内側を噛む事で必死に堪えている、そんな陰鬱な顔だった。
「前に話してくれた鴉のご婦人だよね。イーハトーヴを気に入ってるんなら会わせてあげれば?」
「蒐集家の領域は神域に近く、魂や性質が剥き出しになりやすい。弱っている常人は訪れるだけでポックリだ。しかも蒐集家と言えば世界を拒絶した変人ばかり。気に入られたってのは即ち、蒐集対象になったって意味なんだよ」
「ひえぇ」
 取り乱したネネムをノルデは手刀で黙らせる。
「分かった、コバルトレクトにはついて行っても良い。だが蒐集家に会えるとは期待しないことだ」

●ノルデは故郷に帰るよ
「テック!」
「お待ちしておりました、イーハトーヴさま」
 笑顔で頭を下げる小さい境界案内人を見たノルデは、なんだか嫌な予感がした。何度か顔を合わせた事もあるこの緑の少女はイーハトーヴの望みを全力で叶えようとする節がある。
「ネヴァンさまにアポイントメントが取れましたので、境界図書館と毒香水蒐集箱を直接つないでおきました」
「ありがとう。ねぇ、良かったらテックも一緒に行かない?」
 イーハトーヴの誘いにテックは眉を下げる。
「もうしわけございません。ご一緒したいのは山々なのですが、今日は依頼がありまして……次の機会がありましたら是非ご一緒させてくださいませ」
「また困ったことがあったら言ってね。手伝うから」
「もったいないお言葉です。ぬいぐるみの案件がありましたら、真っ先にイーハトーヴさまへお声がけしますね」
 うふふ、とテックは思い出すように笑った。
「ネヴァンさま、心待ちにしておいででしたよ」
 いってらっしゃいと手を振られ、分厚い革張りの本が開く。
 毒香水の蒐集箱、見覚えのある応接間には麝香や茉莉花に似た甘い香りが漂っていた。
「お久しぶりです、レディ・ネヴァン!!」
「騒々しい。少しは落ち着きを見せたと思っていたのに、もう元通りですか?」
 黒い鴉の老婦人を目にした瞬間、本当に心待ちにされてたのかなぁとネネムは失礼な事を考えた。慣れているのか懐いているのか、ネヴァンの言葉や威圧にイーハトーヴは物怖じひとつしていない。ネネムは尊敬に似た念をイーハトーヴへと抱いた。
「そこのうさぎも。怪我無く息災で何よりです」
 ――ええ、貴女も。
 バチリと雷撃に似た挨拶が交わされるが、表面上は和やかだ。
『オフィーリアとネヴァンさんって、どういう関係?』
『知るか』
「そこの二人は挨拶も無しかしら」
 イーハトーヴのなかに隠れて会話をしていた二人は、ほぼ名指しで指定されて背筋を伸ばした。
『お久しぶりです、レディ。今日も美しくいらっしゃる』
『は、はじめまして』
「世辞は結構。全く、末の子に礼儀で負けるなんてどうしようもありませんね。特にコバルトレクトの。我が首を取り戻す一助となった貴方の活躍は認めますが、この世界の品位を貶め、主人に恥をかかせる振る舞いをするなどもっての他ですよ」
『御忠言、痛み入ります』
 謝るノルデは珍しいねぇとイーハトーヴはほのぼのと花を飛ばす。
「新顔ですね」
「ネネムも、俺のお兄ちゃんなんだ」
『こ、んにちは……』
「貴兄も自分の勤めを果たすように。背筋は伸ばしなさい!」
『は、はいぃ……っ』
 ネネムはノルデへと耳打ちする。
『君があの御婦人を苦手とする理由が、少し分かったよ……』
『いまの聞かれたら、お前、毒香水の材料にされるぞ』
「次はありません」
 静かに、けれども冬の刃物にも似た鋭さで刺してくる言葉にネネムは何度も頷いた。
「あのね、ネヴァンおばあちゃんにお土産があるんだよ。たくさんあるからビックリしないでね」
「……それは楽しみですこと。どれ、見せてみなさい」
 ネヴァンの横顔やコバルトレクトの風景画はイーハトーヴが夜寝る前に描いたものだった。鉛筆画に水彩画、淡く優しい世界には夢のように色が散りばめられている。
「これがあれば、もしもまたレディの頭が盗られちゃっても皆で探せるかなって」
「二度と無い事を願いますけどね」
 嘴の上から丸い老眼鏡を外したネヴァンは微笑むように目を細めた。
「これは?」
「近所の朝市で買ったんだ。俺の好物、レディにも食べてもらいたくて」
 カゴいっぱいに詰めこまれた林檎と蜂蜜のジャムを受け取るとネヴァンはやれやれと呆れたように首を振った。
「私一人でこんなに食べられる訳ないでしょう? 今スコーンとクッキーを焼いていますから、貴方たちも減らすのを手伝いなさい。まったく。他の蒐集家にも分けてあげましょうね」
 ぶつぶつ文句を言う割には楽しそうだとノルデは半眼でネヴァンを見やる。その視線が伝わったのか、鴉頭の老女はレースの手袋に包まれた指を鳴らした。
「あ?」
「うぇ?」
「ノルデ、ネネム?」
 どさりと床に尻餅をついて現れたのはイーハトーヴと同じ顔の二人。訳が分からないといった顔で、一人はずれた帽子を被り直し、一人はずれた眼鏡の位置を直している。
「次は無いと言った筈です。何度もイーハトーヴの顔を見て叱りつけるのも可哀想ですからね」
「同じ顔だが」
「気持ちの問題です。同じ方向にいるのが紛らわしい」
 茶器を用意して戻ってきたネヴァンはさらりと告げる。
「この世界、今日限りの魔法です。コバルトレクトを歩くなら護衛は多い方が良いでしょう」
「ありがとう、レディ・ネヴァン!!」
 イーハトーヴは抱きつこうとして、ギリギリの位置で踏みとどまった。
「すっごく嬉しい!!」
「はいはい」
 ネヴァンは引き出しの中から布を取り出すとイーハトーヴへと差し出した。
「貴方の世界では何と言うか知りませんが、クリスマスの贈り物です。うさぎの子にも」
 イーハトーヴには白い植物が編みこまれたレースの生地と小さな動物や花が刺された刺繍生地が、オフィーリアには雪結晶のレースストールが渡される。
「生地を取り扱う仕事をしているのでしょう。精々役立てなさい」
「勿体無くて使えないよ」
「ならば自分用に何か拵えなさい、いいですね」
 困ったようなイーハトーヴを前にして、話は終わりとばかりにネヴァンは扇を閉じる。
「夕食は『トロメーア』を予約してあります。寄稿本蒐集家と絵画蒐集家には連絡をしておきましたから、運が良ければ会えるでしょう」
「待て、トロメーアと言うと」
「心配せずともオーナーは変わりました。ただし、支配人は同じです。この意味が分かりますね?」
「……あぁ、よく分かった。店の場所も同じだな?」
「ええ。それでは夕刻に」
 ノルデが獰猛な獣の笑い方をする時は何かを企んでいる時だ。ネヴァンもネヴァンだ、試すような物言いでノルデを焚きつけないで欲しい。イーハトーヴは「久しぶりだ」と楽しそうだ。
 トロメーアはと云うとネネムの知識の中では、鴉の生首が飾られていたリストランテと同じ名前である。不吉だ。

●ネネムは興味津々だよ
「ノルデ、あれは何?」
「劇場だ……何だネネムの方か、紛らわしい」
「二人と一緒に歩けて嬉しいなぁ。うん、そうだよね。今日はめいっぱい楽しむことにするっ」
 物珍しそうにネネムは街を見渡し、オフィーリアを抱えたイーハトーヴは跳ねるように歩き出した。石造りの建物は華奢な見栄えの建築が多く、歩く人々の服装や立ち並ぶ店も古典的で瀟洒な物が多い。ストリートのどこかで弾いているのか、フィドルの音が風に乗って聴こえてきた。
「綺麗な場所だね。もっと暴力溢れる世紀末なとこを想像してた」
「俺も昼間に来るのは初めて! 雰囲気が違うんだね」
「この世界は表や昼の顔に拘る分、裏や夜の顔が陰惨なのさ。どこへ行く?」
「ノルデに任せるよ」
 ホイブルグハットで目元を隠してノルデは舌打ちをする。
「なら最初はピエタース中央図書院だ。着いてこい」
 ネネムはこっそりイーハトーヴに耳打ちをする。
「ノルデ、本当は色々調べてたみたい」
「うん。知ってる。でも内緒なんだよね」
 歩き始めた全く性格の異なる三つ子らしき兄弟に、好奇の視線が向けられる。くすくす、仲の良いやり取りを繰り返す後ろ姿は、街の人々に少しばかりの癒しを提供していた。

  • メランコリーの帰省対談完了
  • NM名駒米
  • 種別SS
  • 納品日2022年02月02日
  • ・イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934
    ※ おまけSS『トロメーアの夜更け』付き

おまけSS『トロメーアの夜更け』

「まさか俺の事を忘れたとは言わねえよなぁ、支配人さんよォ」
「ひえっ!? ももも勿論ですとも貴方様の容姿を忘れる筈がございません。ほほほ本日はどのようなご用件で?」
 黒い合皮に包まれた脚が支配人のすぐ側を通過する。眇めた狼が如き眼光から逃れたくとも、横に伸びた長い脚と背中の壁が逃しはしない。
「ノルデって……脚長いよね」
 恫喝する後ろ姿を見守りながらピーンと閃いた様子でイーハトーヴは言った。
「えぇ? 二人ともそんなこと言って……長いね」
 なんで、とネネムは首を傾げる。ノルデと同じ貌の彼らにちょっかいをかけようなどと言う者は『トロメーア』にはいない。
「今日はウチのレディが世話になった礼に来るって言ってんだよ。頼むぜ、支配人さんよォ」
「は、はぁ……レディですね。かしこまりました、最大級のおもてなしをさせて頂きます」
 汗を拭う支配人は三分後、泡を吹いて卒倒した。
「ししし、蒐集家ぁ!!」
「この店には私の首が見せ物として出されていたようで、そのご挨拶をと思って来たのですが……さっさと起きなさい。死にたいのですか?」
「わあーっ、パルナスム博士、お久しぶりです!!」
「こんにちは、イーハトーヴくん。オフィーリアさん。今日も良き筆だこだね……良い絵かいてるぅ?」
「描いてるよ! あとで博士にも見せるねっ」
「……犬が喋ってる」
「小生もいるよ!! 今日は図書院に来てくれたそうじゃないか。言ってくれればサインをねだりに行ったのに。おや、こっちの君は誰かな? 学問はお好きかな?」
「アサリが喋っ……ノルデ、君の出身地やっぱりおかしいよぉ……」

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