PandoraPartyProject

SS詳細

赤色の足跡

登場人物一覧

郷田 貴道(p3p000401)
人類最古の兵器


 月を暗い雲が覆った。
 柔らかな月の恩恵は、今はその路地裏には届かない。
 そんな暗い路地裏を、ふらふらと歩く男が一人。
「良い夜だ」
 ──アラド・クーガー。
 実力派として、いっときラサでは名の通った傭兵だった。
 だが、ある男にその右腕と右目を奪われてから──彼は傭兵を引退せざるを得なくなった。
 その頃から、ちょっとした仕事で日銭を稼ぎ、日がな一日酒を飲む、だらしない男に成り果てた。
『聞いたかよ。あいつ──』
『ああ、右腕と目を──』
 さまざまな噂が彼の横を通り過ぎた。
 それでもアラドは、ひたすらに黙していた。
(野良犬がまた吠えてんな)
 スルーできるところはスルーして、気に入らなければ消せばいい。
 冷酷な考えをその軽薄な仮面に隠して、アラドはただ酒を喉奥に流し込んだ。
 いい感じに酔いも回り、さてと酒場を出て、路地裏に差し掛かったとき。
 前から四人の男。
「よお──何処行くつもりだあ?」
「あん──?」
 声をかけてくる。見覚えはない。
 だが、そのならず者のような風貌からして、まあ『そういう連中』だと見当を付けていた。
「へっへっへ」 
 ──さらに後ろから四人。
(面倒くせえなあ──)
 各々、手に武器を遊ばせている。
 見当は確信に変わる。『狙いは己』であると。
「聞いたぜ、クーガー。変な旅人に、その腕叩ッ斬られたってなあ」
 下卑た笑みを隠そうともせず、リーダー各の男が嘲るように言った。
「てめえにはたんまりと借りがあるからよお──ここで一括返済してやろうって寸法よ」
 わはは、と傭兵たちが笑う。
「俺は貸した覚えなんか無いんだがな。勝手にあんたらが借りてっただけだろ?」
 すると、ワナワナと男の身体が怒りに震え始めた。
「覚えてねえってか……あの屈辱を! 俺のプライドをズタズタにした! あの時の事をッ!!」
「野良犬が何してたかなんて、いちいち覚えちゃいねえさ」
 事実、本当に覚えていないのだ。この男の顔にも。
 いや──興味がなかった、と言ったほうが正しいのかもしれない。
「ふざけやがってぇえ! おめえら、掛かれ!」
 リーダーの男は地団駄踏むと、後ろに控える者たちに振り返り、指示を飛ばした。
 傭兵たちはおお、と野太い声を散らしながら、一斉にアラドに向かって走り寄っていく。
「仕方ねーな。遊んでやるよ」
 狭い路地裏での戦い。数では圧倒的に不利。だが──。
 前から振り下ろされる斧をするりと避け、後ろから伸びる槍先を屈んでやり過ごした。
 愚かな『同士討ち』で二人の傭兵が冷たい石床に蹲る。
 幾度も愚直な攻撃が飛ぶが、アラドはひらひらと避けていく。
 片目を失った者は、戦いに必須な距離感やバランス感覚を失う事となる。
 傭兵たちは困惑した。アラドの動きにそういったハンデは一切感じなかったからだ。
 逃げを許さぬ挟み撃ちだったはずが、無為な攻撃で同士討ちになることを恐れ、傭兵たちは攻めあぐねてしまっていた。
「何やってんだ! 相手はたった一人、それも手負いなんだぞ!?」
 リーダーの激が飛ぶものの、アラドには傷一つ付けられない。
「あーあ……こんなもんか。弱すぎるよ、あんたら」
 つまらない。折角戦うのだ。熱くなれる何かを求めたい。それがアラドという男だ。
「ま、面倒くせえし──終わらせてやるか」
 アラドは静かに腰に差す短剣を抜いた。
 月光差さぬ暗き路地裏では、その刃は煌めかない。
「え?」
 振るわれた音もなく。ただ黒い血が舞った。
「おめでたいねぇ……たかが右眼と右腕が無くなった程度で」
 どぷり、と刃が肉に埋まる。
「俺との差が埋まるとでも思ったのかよ?」
「あぎっ──」
 標的にされた男が、苦悶の声を上げながら倒れる。それがそのまま、彼の今生の最期の言葉になった。
 嗚呼。そこにあったのは、ひたすらな絶望だった。
 一人、また一人と倒れる。
「嘘だ、そんな! だって、こんな筈が──が、ぷっ」
 刃が喉から伸びると、哀れな男が血を吐きながら地に頽れた。
 端的に言えば、彼の実力は落ちてなどいなかった。
 いや──むしろ、『更に上』の段階へと足を踏み入れているようにも。
「う、うわあああ!」
 圧倒的な実力差に、恐れをなして逃げ出す者が居た。
「まッ、待て!」
「か、勝てねえ! バケモンだ!」
 それから堰を切ったように、全員が武器を放り出して逃げていく。
「おっ。何だ、今度は鬼ごっこか?」
 走る。走る。ごみを蹴り飛ばし、荒い息を吐きながら走る。
 一人の傭兵が後ろを振り返ると、アラドの顔に一切の疲労は無く、いつもの薄ら笑いを張り付けていた。
「こわぁいこわいクーガーお兄さんがやってくるぜ? そら、早く逃げた逃げた!」
 弱者を甚振る事に快楽は無い。
 それではつまらない。追い詰められた者の『本気』が見たいのだ。
 窮鼠猫を噛む──つまらぬ雑魚でも、『己に並ぶ』ほどのソレを持っているかもしれない。
 期待はしていない。ただ可能性はゼロではないから。
 何となしに石を蹴り上げる。
 とんでもないスピードで蹴り飛ばされた石は矢の如く、逃げる男の足にぶち当たる。
「ぎゃあッ」
 情けなく転んだ男に影が差す。
 振り下ろされた刃が胸を貫く。肋骨をすり抜けて心臓まで届いた。
 痙攣する男を見やる事もなく、アラドは次の獲物に走る。
 そうして幾度と短剣を振るうと、もう残っているのは、あのリーダー格の男だけだった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ──ウウッ」
 足がもつれて倒れこんだ男の前に、影から隻眼が浮かんだ。
 切れた息を整える間もなく、尻餅をつきながら後ずさりする哀れな男。
「で? 借りはいつ返してくれるんだ?」
 そう問うと、男は涙と汗でグチャグチャな顔をゆがませ、必死に頭を石床にこすり付ける。
「嫌だ、嫌だ、助け、お願い──」
 舌打ちした。
「この期に及んで命乞いか。惨めだねえ」
 ま、生かしてやる義理もないけどな。
 ──そうして、無慈悲な刃が振るわれた。

「やれやれ、リハビリにもならないか……無駄な時間を過ごしたな」
 血だまりの中、アラドは呟いた。
 結局、追い詰められた者の『一撃』は見れずじまいだった。
 つまらない。つまらない。
 やはり、あの男しかいないのだ。
 俺をここまで燃え上がらせるのは。俺を生まれたての小鹿みたいにできるのは。

 アラドの目標は鬼・迅衛──ただ一人。
 こんな場所で、こんな屑どもを相手に足止めを食らっている暇はない。
 ぎらついた闘志を隠そうともせず、アラドは満たされぬ何かを求めるために旅に出た。
 もっと強く。もっと高みへ。
 アラドは男の屍を無造作に蹴り転がし、血を踏み、赤に染まった足跡を路地裏に残していった。

  • 赤色の足跡完了
  • NM名りばくる
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2019年09月14日 22時10分
  • 登場人物1人

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