PandoraPartyProject

SS詳細

午後六時のシンデレラ

登場人物一覧

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛


 じりじりと嫉妬の炎が心を焦がす。
 大して危険な仕事じゃない。絵のモデルに女性が必要なんだって。黄沙羅さんがついてるし、絵描きも普通の女性だった。
 喜ばしい事なんだ。性別迷子だったカンちゃんが、ちゃんと女の子として必要とされたんだから。俺は何度でも言うよ。カンちゃんは子供の頃から可愛くて、体温は人より冷たいのに、笑顔が陽だまりみたいに温かくて。冷たくしても、健気にそばに居てくれて……つまり、何が言いたいかって言うと。

「文句なしに可愛いんだよなぁ」
「睦月の話か?」

 落ち着いたジャズミュージックの流れる店内にシェイカーを振る音が響く。氷の音を楽しみながら、『境界案内人』神郷 赤斗は手元の赤いカクテルに口をつけた。ラズベリーの甘酸っぱさとジンのキリッとした苦味が喉を刺激し、アルコール独特の口当たりに機嫌よく話を続ける。

「旧式のコスモポリタンを出す店なんて珍しいぞ。後で頼んでみたらどうだ」
「そのカクテルの名前? 俺は別に、時間潰しだから何でもいいんだけど」
「まぁそう言うな。彼女がお酒を飲める様になった時、スマートに飲みやすい一杯を勧められるのは格好いいと思うぞ、

 人にそう呼ばれると『秋宮』から『寒櫻院』へ婿入りした事実が現実味を帯びる。桜色に色づいた雪の中で幸せそうに微笑む睦月は、神聖さと愛らしさを併せ持ち、永遠の思い出として心のフィルムに焼き付いた。どんなに手を伸ばそうと届かないと思っていたそれを数多の幸福らんすうが味方して、史之は手に入れたのだ。これが幸せの絶頂か、とアルコールで程よく浮ついた思考のままに噛みしめる。
「確かにね。カクテル言葉だっけ……確か、宝石言葉みたいにメッセージがあるとか」
「嗚呼。例えばこのコスモポリタンには『華麗』、あっちの卓で飲んでる人のチャイナブルーは『自分自身を宝物だと思える自信家』だな。史之は睦月にどんなメッセージを贈りたい?」
「うーん」
 やっぱりアプローチとして使うからには、睦月の魅力的なところを褒めるべきだろうか。

――しーちゃん!

 はい、もう可愛い! イメージの中で人懐っこい笑顔を浮かべる睦月は天使そのものだ。誰が褒めなくたって可愛いものは可愛いし、愛らしくて仕方がない。
 しかしこれで満足しては何を褒めるか決まらない。歩く度にぴょんぴょん揺れる赤い触覚も可愛いし、円らな瞳は好奇心から宝石のように輝いていて……あ! 性別迷子の名残のようなボーイッシュな服装も、見慣れた安心感と癒しがあって最高だ。

「いつも構ってって子犬みたいに純真無垢にじゃれてくるのもたまらないし、ちょっと油断したらすぐ拗ねる複雑なところなんてもう、乙女心100%で可愛くて。あとやっぱり強いところも特異運命座標としてはポイント高いよね。あんなに可愛い顔して凍印天羽々斬の一撃が凛としていて格好いいんだから反則だよ。それから――」
「おーい、史之。しーのー」
 可愛いところを考え出して止まらなくなった史之の顔の前で、赤斗が何度か手を振ってみせる。はっと我に返った史之は赤斗に向き直るのだが、その頬はかなり赤い。
「急にブツブツ言いだすからビックリしたぞ。飲むペースが早すぎやしないか?」
「そんな事ないよ。逆に赤斗さんのペースが遅いんじゃない? 俺との飲みじゃつまらない?」
「いや、別にそういう訳じゃなくて俺は飲みすぎると――」
 言い訳が終わる前にドン、と赤斗の前にストレートのウィスキーが置かれる。言い訳無用、そんな有無を言わさぬ空気が辺りに漂う。
「おかしいんですよ、俺。いままでだってカンちゃんがどこにいるか分からないと気になりはしたけど……いざ夫婦になったら、もっとずっと一緒にいたくて。寂しさを紛らわすにはアルコールがいいんでしょう?」
「手段としては有効だが、そこでどうして俺が飲まされる事になるんだ!?……まぁ、史之が不安だって言うなら」
 他の特異運命座標から勧められても無茶をする事はない。ただ、赤斗にとって史之の存在は特別だった。
「俺にとっちゃ、睦月も史之も特別だからな。二人がずっと幸せでいてくれるのが俺にとっての幸せだよ」
「それはカンちゃんが赤斗さんを命がけで救った事があるから?」
「きっかけはな。境界案内人になってすぐ、俺は決めていた事があったんだ」

 特異運命座標とは、ビジネスライクに接しよう。
 彼らは無辜なる混沌の滅亡を阻止するために選ばれた者達だ。依頼で命を落とす事もあれば、世界が救われた後に消えてしまう可能性だってある。
 もう、大好きな人と別れてしまうのは御免だ――そう思っていたから。

「なのに二人とも、人の心にずかずか入り込んで来てさ。優しいもんだから……気づいたらそんな事も忘れて、二人の恋を応援してた」
「赤斗さんには、好きな人がいたの?」
「生まれ故郷の異世界にな。ただ、出会った時の彼女は既に病床で。最期まで看取ってやる事しか出来なかった。
……正直、史之は俺と同じだと思ってたよ。"本当は好きなのに、立場とか気にして黙るタイプだ”って」

 人は自分の心にいつでも信号機を持っていて、そのランプは一見するとルールに則って正しく切り替わってる様に見えるけれど、奥底に眠る感情がひっそり弄ってしまう時もある。
 赤信号の灯り続けた恋の歩道で、立ち尽くしていた史之は――自らの意思で踏み越える覚悟を決めたのだ。それは赤斗にとって驚く事であり、何よりも喜ばしい奇跡だった。

「赤斗さんだってまだ若いんだから、もう一度探せば見つかるんじゃない? 新しい恋」
「いやぁでも、睦月ぐらい可愛い子じゃねぇとなァ」
「なにそれ。カンちゃんはあげないよ!」
「分かってるって。俺は史之も睦月も好きなんだからな! ……あ、そうだ」

 ぐい、といきなり史之の肩を掴んで引き寄せる赤斗。顔が近いとギョッとする史之の耳元に、ひそひそと何かを囁いて――


「お疲れ様。取れ高が良かったとカメラマンも撮影スタッフも嬉しそうだったよ」
「それならよかったです。モデルのお仕事と聞いた時は、本当に僕でいいのかなって驚きましたけど」
 衣裳部屋から出て来た睦月の肩へ、黄沙羅が新調したジャケットをかけてやる。神の力を失った彼女には、きっと今の時期の寒さはこたえるだろうと黄沙羅なりの気遣いだ。
「睦月にはまだ、神様だった時の神秘的な空気が残ってるからね。巫女服を着て衣裳部屋から出て来た時、凛とした空気にスタジオが一瞬、水をうったみたいに静かになっただろう?」
 あれは良い意味での静寂だったのか。後になって睦月はほっと胸をなでおろす。誰もが驚いた様子でこちらを見ているものだから、何か間違ったかと一瞬きもを冷やしたのだ。期待された以上のモデルになり得たのなら、史之にわざわざ待ってもらって引き受けた甲斐があったというものだ。

「そういえば、しーちゃんは何処にいるんだろう?」
「史之なら赤斗と一緒だよ。二人でBarで飲んでるって聞いたけど」
 確かあの店だったかな。言いながら黄沙羅は送迎用の車をとある店の前で停めた。睦月が店を覗き込むと、史之が隣の席をぽんぽん叩く。
「しーちゃん、僕まだ未成年だけど……」
「そう。だからノンアルコールのを」

夢見る少女シンデレラを一口飲んだ睦月は、甘さにふわっと微笑んだ。

(勧められてよかっただろう?)
 赤斗が視線で語りかける。応える様に史之は唇を緩めてみせた。

  • 午後六時のシンデレラ完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2022年01月25日
  • ・寒櫻院・史之(p3p002233
    ・冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900
    ※ おまけSS『同人誌『ふつつかものですが!』』付き

おまけSS『同人誌『ふつつかものですが!』』


「推しカプが公式で結婚すると、何が起こると思う?」
 唐突にそんな質問を投げられ、また変な事を考えているなと史之は半眼になった。
「さぁ。さっぱりだけど……何か知ってる? カンちゃん」
「ううん。分からないからしーちゃんとお揃いだね」
 相変わらずの無邪気な笑顔が眩しくて、睦月から顔を逸らしつつ蒼矢は拳を握る。
「知らないんだ。なら教えてあげようとも。推しカプが公式でくっつくと……こういう同人誌が出るんだよ!!」


(……今日は何だか、色々な事があったなぁ)
 朝っぱらから雪かきして、桜みたいな綺麗な雪の降る中で、睦月との愛を確かめ合って――。婚儀を終えた後の史之は、ぼーっとしながらシャワーを浴びていた。
 無事に儀式を終えられた事での緊張から解放されて、なんだかどっと疲れたが、睦月の婿としても冬宮の剣である立場としても、毎日身綺麗にしておきたい。そう思うと、たとえ身体が重くてもお風呂ぐらいはしっかり入っておかなければと思うのだ。
(先に入ったしーちゃんは、そろそろ髪を乾かし終わった頃かな?)
 キュ、と蛇口を捻って止め、タオルで身体を拭きながら史之は風呂場を後にした。脱衣所で寝巻に着替えた後に、牛乳でも飲もうかなんて冷蔵庫を漁るべく和室の部屋を通り過ぎようとした――そこで放置できない何かを見た気がしてバタバタと和室の前へ戻る。

 横並びになった布団と、その傍らにちょこんと正座したまま待っていた睦月。史之の顔を見るなり、彼女は頬を赤らめたまま――
「ふっ、ふつつつか者ですが、よろ……」
「待ったーーーー!! 待ってカンちゃん、『つ』が多かった!……じゃなくて!何してるの!?」
「何ってしーちゃん、僕たち夫婦になったんだよ?」
 そうなったら、こうなるでしょ。口にせずとも潤んだ円らな瞳が史之を見上げている。
 いつもの史之なら、ここで「だーめ。明日出発の依頼が控えてるんでしょ?」なんて正論で止めたりするところだが。

「……え?」

 どさり。布団の上に押し倒されたと気づくまで、睦月は暫く時間がかかった。

「ごめん、カンちゃん」
「え? えっ?」
「こういう事は、まず男の俺の方からちゃんとリードしてあげるべきなのに」

 唇に触れるだけのキスが降ってくる。タオルドライで乾かしきらぬ濡れた髪をかき上げて、史之は睦月の唇へ触れるだけのキスをした。

「睦月が好きだから、ちゃんと愛させて欲しい」
「……っ!」
「だめ?」
「いいよ。しーちゃん……史之にだけ、だからね」

 寒い冬の日、二人は温もりを分かち合う様に愛を確かめ合う。

「いくよ、睦月」
「しーちゃ……、ぁっ…」


「し、しーちゃん……これ…」
「こんなの世に出回らせるなんて、駄目に決まってるでしょ! 没!廃番!!」
 次の同人イベントで出してもいいかお伺いを立てるまでもなく、史之の剣が蒼矢の新刊を切り刻む。
「あー! やっぱり史之の許可を得るのは難しかったか~」
 ネームの段階で見せてよかったぁなんて口を3の字にしながら原稿作業に戻る蒼矢と、がっかりする彼を励まそうと傍に行く睦月。
 それを少し離れた所で見ながら、史之は後ろ手に何かを隠した。
「持って帰るのか、それ」
「刻んだの元に戻されて、完成されたらアレだからね」
 ニヤニヤしながら「ほーん?」なんて言いつつ足元に散らばった白紙の紙を掃除しはじめる赤斗。

「しーちゃんと赤斗さん、なんか前より仲良くなってますね」
「つまりアカ×シノの同人誌を作っ――」
「しーちゃんは僕のだから駄目ですよ蒼矢さん」
「ですよねー……締切三日前なのに原稿が白いよぉおおおーー!!!」

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