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果ての地より 冬姫からの映像

登場人物一覧

サイズ(p3p000319)
妖精■■として

 収斂進化という言葉がある。生物が類似した立場、類似した環境に立たされた時、2つの生物は酷似するというものだ。
『彼』は言っていた。別の世界では、人がこの世に蔓延る『毒』に犯されるのか、あるいはその毒により内側の『欲望』が自らの存在や魂を作り使えてしまうのか。この世界を滅ぼしてしまう、魔と呼ばれる存在に変異してしまうと。
 再現された悪魔が、同じ様な毒を生む。その毒の名前は、「大いなる狂気クリミナル・カクテル

 辛うじて保つ意識に、体を貫くような狂気が突き刺さる。手足はとうに凍りついて動かない。はずなのに、なぜ動くんだ。この身を貫くような、細胞や筋肉が今にも躍動し始めそうな快楽はなんだ、気持ちがいい、快楽が押し寄せてくる、意識を手放してしまいたくなる、だからこそ、恐ろしい。
 暗闇に微かに微かに見える火種が冷たい風に吹かれ、かき消えそうになる。心の中で必死に手を伸ばし、必死にそれを両の手で、覆い隠した。
「サイズ、おはよう」
 目を見開くと、暗闇にうっすらと木目が見えてくる。視界の隅に薄汚れたシーツが見える。家、何年ぶりだろう。時計が止まっている、枕元にある小さな台に置かれたマグカップのコーヒーが完全に凍りついている。温度は――感じない。ただ、周囲の状況だけが淡々と自分の頭に流れていく。
「……おはよう」
 自分の凍りついた腕に、大きな白い腕が重ねられる。白い少女が、目を細めて愛おしそうに俺を見つめる。
 白に染まったその翅は凍り落ちて、冷たい冬の魔力がその背の傷から吹き出すばかり。俺より一回り小さくていつも顔を見上げていた彼女は、自分の体をその胸に抱きしめれるほどに大きく。その特徴だけはいつか彼女が語っていた理想の姿にそっくりだったが、鮮明で美しい橙と黒のグラデーションは見る影もない。
 冬姫『ネージュ』、秋の妖精『メープル』が復讐の魔種パラディーゾへと転じた姿。何百か、何千か、何万か、わからないけれど、たっぷりと、殺して、凍らせて。自分の弱さを否定するように、ただ手に入れた力を振り回すように。自分の数百年の苦しみが機械によって再現されたわずか数ヶ月の刹那でしかない事に絶望し、運命の残酷さを恨み続ける、『メープルの悲劇の可能性』を演算しやがったこの世界を壊し尽くす。そういう存在《だった》。
 反転で歪んだ願いは俺を最愛の人形と定義し、時すら凍らされた俺は、ネージュの愛のままに、一つの森を凍らせた、幻想種たちの首を跳ね飛ばした。時が凍りついていたとしても、この手の感覚が、それを覚えている。
 責めることなんて、できない。今の彼女はブレーキの壊れたトロッコだ、意識しようにも、『俺を愛する事』と『俺を傷つけたすべてを滅ぼす事』以外そもそも定義されていない。だから、選んだのだ、誰もいない、遠い、遠い国を、その果ての滅んだ村の小さな家を。全ては、俺の目的のために。
 腕に力を込め、張り付いた氷を支えにするように飛び上がる。四肢のみならず、氷の魔力で自分の体はメープルの様に変わり果ててしまったが、それでも、まだ俺は俺であると意識ができる。
「メープル、肩を」
「うん、いいよ」
 ネージュの肩に座り、本体である鎌を肩に背負いながら、彼女の冷たい体を温めるように頬に手を添える。自分の腕は凍りついていたけれど、それでも、息をするように周囲の物を全て氷塊に変えてしまうほどの彼女には、暖かいと感じるのを願って。
「もうサイズったら、くすぐったいよ」
 そんな俺をネージュは目を細めて、強欲と色欲を宿した瞳で俺を見つめていた。そして、ああ、俺の心に押し寄せてくるのは、ほのかな暖かさと、暗く冷たい悦び――
「相変わらずキミは強情だね、私と一緒に魔種になれば、何も気にしないで永遠に愛し合えるのにさ」
「……もう何度も考えたさ、けれど、そうはいかない」
 冷気を帯びた鎖が胴を冷やすのを感じながら、俺は首を横にふる。
「キミとの約束を――『雪解けの里』アルヴィオンへと連れて行くために、キミを冬の魔力から――」
「またその話、だから言ったろう?」
 ネージュの指が俺の頭を優しく撫でる、まるで人形を愛でるように。
「妖精郷なんて探したって無駄さ、定義ファイルすら見つからなかったし、それに、もう妖精じゃない私は入れない」
「……」
 その指を大人しく受け入れながら、必死に押し寄せる絶望に抗う。その言葉は何度も聞いた、この世界は残酷な作り物に過ぎないと。だが、違う、もしそうなら、俺はとっくの昔に彼女の望み通り冬に凍りつき、強欲のままにネージュを手に入れようとしていただろう。
 別の世界の俺が、サイズが、メープルを助けようとするみんなの手が、彼女の冬を弱めてくれた、『反転の願い』を思い出させてくれた。だから、絶望的な確率が、戦いになるくらいにはなったんじゃないか。あとはそれを、掴むだけなのだ。掴むだけなのに。
「俺は、諦めない。どんな形だろうと、メープルを取り戻す、春を、もう一度見せてあげるんだ」
「……せいぜい頑張りなよ」
 ネージュは俺にそうとだけ返事して、ゆっくりと窓を開ける。朝日に照らされたなにもない雪原だけが、そこにある。
「サイズ、もう何度も教えたけど私は冬しか見えないんだ。背中からでる冷気とは違う冬の魔力が、見える範囲を全部冬に変えてしまう、アルヴィオンに行ったって、同じさ」
「……」
「ああ、続きは言わなくていいよ、『そうじゃない、私の魂を治す』っていうんだろ?」
「……」
「キミは強欲に溺れないくせに強欲だ、きっと私が妖精だった頃も、そんなに強情だったんだろうさね」
 視界が下がる。ネージュは椅子に腰掛けたのだろう、彼女の視線は、目の前のテーブルに置かれた大きなガラスの瓶に向いていた。
「……メープルシロップ、ねぇ」
 それはここへと向かう旅の傍ら、かつての彼女の好物としてなんとか手に入れたものだ。中身はやはり、凍りついている。サトウカエデから産まれたメープルは木の実や幻想種から『頂いた』パンにこれをかけて食べるのが好きだったんだ。
「ああ、甘くて、美味しくて、ちょっとべたつくけど、温かい」
「……もうそれも何度も聞いたよ」
 そっとネージュは虚空へと手をのばす、どこからか青白い粉雪が、彼女の手に降り積もり……俺の口の中へと差し入れる。それは彼女が生み出した砂糖雪だった。彼女がこの話を聞いて、こんな事をするのは初めてだった。死ぬほど甘くて、尖っていて、冷たい味が、舌に広がる、あらぬ考えと寒気が頭と体を過ぎて、思わず身を震わせる。
「これよりいいのかい?」
 よくない――思わずそういいかけそうになる思考を振りほどき、首を横に振る。ネージュは笑っていた。それがどういう意味なのか、わからなかったけれど。
「そっか、残念だよ、私の舌じゃちょっと味を感じるくらいに溶かす事もできやしない」
 俺の体がぎゅうと、ネージュの胸元に抱きしめられる。彼女の肌は柔らかくて、ひどく冷たい。
「それじゃサイズ、今日もお話しよっか?」
「ああ、メープル……俺と、キミの昔の話を」
 そして彼女に抱かれながら、俺は記憶に微かに残る想い出を一つ拾い上げて、ゆっくり形にして、語りだす。それが果ての世界で二人で過ごす日常であった。

『ねえ、サイズ』
『なんだ?』
『今日、木の実を集めてる時に幻想種の子供達が集まって話をしてたんだけどね……あ、勿論見つからないようにしてたよ! でも内容が怖くて』
『……どんな話をしてたんだ? 中身によっては警戒しないといけないかもしれない』
『美女と野獣の話、二人は愛し合ってるけど、片方は血に飢えた獣で、もう片方は健気な女の子なんだって! もしかしたらあの村にはおばけみたいな獣がいるのかも!』
『……ああ、なんだ、その話か……それは単なる童話だよ』
『へ?』
『砂嵐にも伝わっている悲恋の物語さ、愛し合う二人はお互いに近づこうと野獣は美女を傷つけないように牙を折り、美女は野獣に傷つけられた体を包帯で隠して気丈に振る舞うのさ、けれど』
『うん……』
『満足に狩りができなくなった野獣は痩せ細り、美女は見る影もなく蔑まれる様になり……それでも愛を誓った二人は、死の間際まで思うのさ、この恋に後悔なんて、ない、次も一緒になって、愛し合うと……最後はそんな二人を空から見ていた神様が、二人の魂を一つに混ぜて、獣人――ブルーブラッドの祖になる人物を作った、そんな流れさ。もっぱら翡翠では、獣種の愚かさを伝える内容に改変されているようだが、粗方、夜に出歩くと野獣が美女を攫って、八つ裂きにする、から出歩くな……! なんてな』
『い、いい話……って最後いきなり怖くなった!? 私野獣に襲われてたかもしれないのー!?』
『おいおい、童話だって言ってるだろ、それに改変されたやつだって』
『そんな迫真めいた演技されたら怖くなったんだよー! サイズのバカーっ! もう寝れないよー!』
『……やれやれ』

「……そんな事を言って怖がるメープルを、なだめて寝かしつけてやったっけ」
 ネージュは、静かに瞳を閉じて聞いていた。そしてゆっくりと頷き、目を見開く。
「……なにそれ、もう、私ったらそんなこと言ってたの?」
 俺の言葉にネージュはうなずいた。そして、張り付いた笑顔は、なぜか、どこか悲しげな微笑になっていた。
「それにしても、なんだか、それって今の私達みたいだね、サイズ……野獣は、今の私だけれど」
「……メープル、すまない……気を害したら」
「全然平気だよ、第一今の私は悪者さ、それくらいで心が痛むもんか……けど、そっか……そんなお話があったんだね」
 ゆっくりとネージュは立ち上がると、外に広がる空を眺める。どこまでも続きそうだが、彼女が言うに『偽物の空』へ。
「私そのものは無理でも、私のデータを断片化してサイズに……そしたら、一緒に、外に出れる?」
「……メープル?」
 ネージュの言っている事は、今の俺にはわからない。だけど、何故だろう、既に凍りついていた魂が、恐ろしく冷えるのを感じたのは。今の俺には、理解ができない。したくない。
「気にするなよ、それより、根気比べを再開しようじゃないか、サイズ――」

 冬の冷気は、未だ強く。訪れるのは、春の芽吹きか、永遠の冬か、それとも、底なしの奈落なのか――

  • 果ての地より 冬姫からの映像完了
  • GM名塩魔法使い
  • 種別SS
  • 納品日2022年01月16日
  • ・サイズ(p3p000319
    ※ おまけSS『あとがき』付き

おまけSS『あとがき』

 まあ、なんだ、びっくりしたかい?
 ほんの気まぐれに、二人の生活を撮影してみたら。ちょっと長くなったから、キミにもおすそ分けさ。勝手に送りつけた分、送料はこっそりいじって下げといたよ。
 ……。

 なあ、シフルハンマさんよ。
 私は、メープルに戻るのはごめんなんだ。
 何千、何万かもしれない、所詮データの残骸ってわかってても、一杯殺して、殺して、憎んで。
 今更きれいになんて戻りたくない、戻れない。あの人をもう失うような弱い私になりたくない。
 それに、世界が戻るのを許さないだろうさ。

 ……キミはそれでもって、言うんだろうね。
 わかるさ、じゃなきゃ、とっくにアイツは私と一緒に反転して、いつまでも、世界の隅で、滅びの唄を一緒に歌い続けてるだろうに。

 ……。
 久しぶりにサイズ以外の人と長く話して疲れたよ、ま、気が向いたら、またネクストにでも来なよ。
 ちょっとくらいは、サイズでも私でも手紙を書く時間くらいは、作ってあげるさ。どうせここじゃ話すことくらいしか時間がないからね。

 それと、最後に、お節介。
 想いを伝えるつもりなら、絶対に死ぬんじゃないよ。
 あの子は、きっと、キミが居なくなったら……心を凍りつかせてしまうだろうから。

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