PandoraPartyProject

SS詳細

ゲルト・ナハト

登場人物一覧

ノワ・リェーヴル(p3p001798)
怪盗ラビット・フット
シラス(p3p004421)
超える者

 旅人。ウォーカーと呼ばれる存在達が混沌にもたらしたものは技術だけではない。
「次は持ち物――おや金糸の刺繍、随分と良いベルトを」
「ま、待て参った参った! こっちに金はねえ、もうお開きにしよう、なっ!」
 金の無くなった男達の一人が上ずった声をあげた。男の情けない声にノワ・リェーヴルは薄く目を開く。
 カードをテーブルの上に置いて「そうですか」と席を立ち、にこやかな笑みを、席に着いたままの文無しに向ける。踵を返した彼の顔には既に笑みはなく、口からは倦怠の息が漏れていた。
「もう少し、張り合いがあるところだと思っていたのに…」
 どこかから甘ったるい匂いの漂うミニバーもない店内にルーレットが四台、ポーカーテーブルが十二台置かれディーラーはルーレットにだけいる。
 テーブルでは集まった者達が思い思いにダイスを振り、カードを回し、酒を飲んでいた。ディーラーが各テーブルにいないのは、小さい町カジノや賭場ではよくあることだ。
 だがノワが見ていたのはそこではない。
(この配置…やっぱり…………ん)
 過ぎた視線を戻し、店の一角にあるテーブルへ。そこではやはり賭け事が行われていた。

「はあ? 嘘だろ!?」」
 金を手元に集めながら男は「悪いな」とニヤニヤ笑う。店に入って一時間もしないうちにシラスは大損をこいていた。
 今回のようにここぞとばかりに金を上乗せしに行くと大抵負ける。もちろん勝つこともあるが、三ゲームもすれば勝った時以上の金が手元から失われていた。
 次は勝てる、次は勝てるはず、と深みにはまっていたのだ。結果、カジノで懐を温める算段だったはずのシラスの懐は寒々しいありさまだった。
 舌打ちをしてゲームの終わった卓を立つ。
「犬の真似でもしてみるか? そしたら明日の飯の分くらいは金を返してやってもいいぜ!」
 背中にかけられる嘲笑に振り返って殴り飛ばそうかとも思ったが、こちらから手を出すのはまずいと我に返って店を出る。
 乱暴に扉を開け外へ出ると、空は黒く染まり月夜に星粒が散りばめられていた。シラスは一刻も早くこの場を去りたい一心で路地を歩き始めた。
 しかしその足取りは視界の端に映った人影によって止まる。

「おい武器を外に出すんじゃねえよ!」「お、俺の服返してくれ!」「鉱山から爆薬がごっそりなくなったらしいぜ」「おいおい勘弁してくれよ近くのとこだろ?」「こっちよりあっちの方がカードで儲けやすいぜ」
 通りの声は裏路地まで聞こえてくる。しかし、そこの声の主の目までは届かない。
「イカサマ?」
 彼は店の一角で負けゲームをしていたシラスを遠くから見ていたことをノワが告げるとシラスは少し不満げな表情をしたが、口には出さない辺り理由は察したようだった。
「あの店のテーブルは床に固定されていただろう。あれは、決まった席の並びにして店の中にいる身内から相手の手札を伝えてもらうためさ」
「席の並び? そんなのその時々……あー……そういうことかよ、クソ!」
「そう。シラス君がテーブルに着く時すでに、他の席が埋まっていたはずだ。それで残っていた椅子に座った」
 カモ専用の指定席、ということだ。
 常連が多い店だということに気づき、警戒していれば、カードを自分の背中側に見せるなんてことはしないだろう。だがあの店の常連達はそれを気取られないようにしており、ノワはその不自然さに気づいてイカサマを防いでいた。常連だけではない。あの中には、カジノ側の人間もかなりいたはずだ。
 この事を店の中で教えればシラスもノワもあの店にはもう二度と入れなくなる。わざわざノワが裏路地でシラスを待っていたのは店の人間にそれを知られないためだった。
 用を終え、手を振って立ち去ろうとするノワの背中にシラスは誘いの声を掛けた。
「俺にいい考えがあるんだ。まさか、その程度の勝負で満足はしていないだろ?」

●反撃開始だぜ
「…いやー駄目だ駄目だ! 今回は降りるとするぜ!」
 別のテーブルに座ったノワが目を伏せたのを確認すると、シラスは大仰に手を上げてゲームから降りた。
 小さいゲームで得た金で卓に参加したシラスは口元の笑みを掌で隠し、ノワに頷きを小さく返してから次のゲームを促す。しばらくしてゲームが終わり、シラスの元から持っていかれる金は僅かなもの。早々に降りた結果だ。
 次のゲームが始まり、ディーラ―役となったシラスによって場に出されたカードは『ハートの9と5、クラブのJ』。…ノワはグラスの水を飲み干している。シラス以外の、3人いるうち1人が降りた。シラスは手元のカードを確認しながら、
「レイズ」
 掛け金を上乗せする。
 場の空気が凍った。ノワのいる卓からは「マジかよ…」とこの世の終わりのような声と弾んだ声が聞こえてきて、シラスは店の空気が変わっていくのを感じた。
 続いて公開するカードは…『ダイヤの9』。また1人が降りて、二人だけのテーブルとなった。
 ここでもシラスは掛け金を上乗せする。
 最後の公開。…『クラブの5』
 残った男は、降りない。どころか、
「オールインだ!」
「いいのか?」
 シラスの問いに、男は言葉なく不敵に笑う。それに応えるように、
「じゃあ俺もだ」
「は?」
 シラスの手元に置かれていた金が全て前に出され、男の顔から血の気が引いていく。実際のゲームであれば意味のない手。しかしそれの意味するところを男は理解してしまった。
 ショウダウン。
 男の手札はハートのJ、ダイヤの5。場の『クラブの5、J、ハートの5』を合わせてフルハウス。
それに続いてシラスも手札を見せる。クラブと、スペードの9。場には残りの絵札の9がある。
「9のクアッズだぜ」
「イカサマだ!」
 怒りを露わにして男が立ち上がる。男の怒声と、倒れる椅子の音で店中の視線がシラスのいるテーブルに集まる。
「証拠は?」
「そんなもん見りゃわかんだろ! さっきまでのてめえの手札じゃ俺には!」
「俺の手札が、何だって?」
「あっいや……」
「証拠もないのにイチャモンかよ。負け犬はこれだからなァ…それとも――」
 イカサマの種に見当がつかず、額に汗を流す男にシラスも席を立ち、テーブルを回って一歩近づく。
「――ワンワン泣いてみるか? そしたら、教えてやってもいいぜ」
 小柄なシラスに見上げられた男は、恐怖とも怒りともとれぬ表情で小さく悲鳴を漏らして離れる。男を見下していたシラスは途端、身を屈めた。
 シラスの背後から頭めがけて酒瓶を振り抜いた巨躯の男は「あれ?」と言い切る前に、下から顎を打ち上げられて床に崩れ落ちる。
(待ってたぜ……俺ァこっちの方が慣れっこだからな)
 音が重く響き、着地と同時に振り上げた足を下ろしたシラスに視線が集まり、店内は一瞬の静寂を得る。
「おいクズ共、覚悟出来てるんだろうな?」

 店はカジノから闘技場へと変わった。
「やっぱり店ぐるみ、いいねぇ♪ そう来なくては」
 ノワは店の惨状を愉快気に眺めて、店の奥へと向かう。奥にあった一室の暗がりの中で目的の物の入った木箱を見つけ、手を触れるノワの目が微かに細まった。――気配。
 暗闇の中で白い線がノワヘ伸び、そのまま壁に激突する。
 木箱が破壊され、壁に拳の痕が作られるがそこにノワの姿はない。木片が空中を舞う中、暗がりの埃が布の翻りのように巻かれるのを黒服は視界の端で捉え、振り返る。
 最期に黒兎の妖艶な笑みが黒服の目に映った。
 店の用心棒らしかった黒服を気絶させるとノワは目的の物の準備を早々に終える。移動の衝撃で立ち込めた埃を手で払いながら、木箱からこぼれたソレを一つ拾い上げ店内へ戻っていく。
「おいどう…テメエ……まさかあのチビと」
 破壊音を聞きつけた別の黒服が現れた。奥から現れたノワの姿を見て事の次第を察したのか、素早く判断を下してノワに襲い掛かる。
「このクソ虫が!」
「虫、ではなくて兎だよ」
 振り上げられた拳に向かって加速し、抜き去り際に腕輪から放った液体が鋼となって男の喉と鳩尾を襲う。
 男が崩れ落ちるのを耳で確認しながらノワは店の奥で拾ったソレに火をつけ、放り投げた。
 
「このガキ動きが読めねえ!」
「馬鹿野郎、圧し潰せ!」
 一斉に飛び掛かってきた男達の合間を、刹那の集中力を以って見つけ、歩く。彼を捕まえる腕は最小の動きで躱され、誰もいない空間へと男達が落下した。
 歩みだけで数の有利を制したシラスの姿に数人が戦意を喪失する。なおも襲い掛かる男をいなし、華奢な腕が僅かな隙間を縫って相手の急所を突く。
「そんなんじゃあこの店潰しちまうぜ!」
「本当にね。そろそろいこうか」
 いつの間にか乱闘の中心に現れたノワに場が静止する。シラスだけがそれに反応して「もういいのか?」と問うた。
 未だ時の止まった場を無視してノワが店の外へ歩き出し、シラスも男達に指を立ててから続く。
「ま…ちやがれェ!」
 呆然としていた男達を跳ね飛ばして黒服の二人組が二人へ迫る。瞬間、店の中心で爆音が鳴り響き、衝撃が男達を吹き飛ばした。
「なんだ!?」
「まさか、あの野郎…!」
 爆発が連続する。
 黒服の一人が爆発の中を走り、店の奥で開け放たれた金庫を、大量の金と、爆薬をそこで見た。
「…!! ク…ソガキ共がァーーー!!!!」
 黒服の怒号をかき消して光が店を覆う。

 延焼を防ぐために町が騒がしくなる中、吹き飛んだ金が月に照らされ煌めき、路地では歓喜の声が上がっていた。
「ヒャッホー金だ金だ!」
「悪党の金が空を舞う光景は胸が空くよ」
 期せずして、二人は悪徳カジノを町から一つ消すという働きをした。
 この場所には後日新しいカジノが建てられることになる。小さいカジノを経営していたという新しいオーナーは、イカサマのない真っ当なカジノを建てると周囲に話し、こう締めくくった。
「朝起きたら、権利書と、金がテーブルの上にあったんだ。誰かのこの行いを、きっと私は忘れないよ」

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