SS詳細
Le Président du Mal
登場人物一覧
●それは今は遠き懐かしの居城。
むかしむかし、悪と善が争っていた。
争いは熾烈を極め、屍の山を積み上げていく。
それを乗り越えて、今、善と悪は対峙していた。
「これが、……こんなことがお前の望んだことだったのか?!
「言うに及ばず」
子犬のように吠える勇者だ。彼女が笑いながら答えるのと同時に大きく地響きが鳴った。建物が崩壊をし始めているらしい。
「他に……、他に道はなかったのか……」
俯き、唇を噛み締めながら後悔にも似た言葉を紡ぐ勇者。
きっと彼は探し続けてきたのだろう、悪の秘密結社、その総統と呼ばれる自分との和解を。できることならば手にした剣の、その切っ先を向けたくなかったと今もまだ悔やんでいるのだろう。だが、
「言うに及ばず」
彼女はただ淡々と同じ言葉を繰り返す。
「俺とお前……、どちらが正しかったんだろうな」
勇者は後悔にまみれた弱音を吐き出した。
「……、それを確かめるのは我ではない」
この世界はきっともっと面白くなる。この男が必ずや平和にしてくれるだろう。
――嗚呼、その時こそ。
「再びこの世を征服してくれようぞ、勇者よ」
有事の際にと用意された脱出用ポットに青年を押し込み扉を閉めれぱ、もう向こう側の声は聞こえない。
我は我が居城と理想を胸に、共に果てるのだ。
石でできた天井が音を立てて崩れ落ちるのが、彼女の見た最後の光景だった。
●それは今、目の前にある日常
悪の総統、ダークネスクイーンの朝ははやい。
窓から差し込む光と朝を告げる鳥の鳴き声に悪の総統はぼんやりと微睡みから目覚める。
ベットから抜け出し、いくらかふらつく足取りでシャワーを浴びる。メイクをバッチリとキメ、白い服に袖を通す。
髪を纏めてメガネをかければほら、何処にでもいるごくごく普通の美女だろう?
ちらりと視線を向けたカレンダーにびっちり埋め尽くされた予定は、よくよく見てみるとそのほとんどがゴミの立ち番だとか、河川清掃の日程だとか、お年寄りたちの集まりがいつにあるといったものだ。
悪からほど遠いように見えるこれらの情報は、平和を倒し悪を成すための大切な情報である。
そうこうしている内に酒場の女将がゴミの詰まった袋を重たそうに抱えながらやってきた。
彼女の深紅の瞳がそれを見逃す筈がなかった。カツコツと石畳を鳴らすように女将に歩み寄り、見下ろすように視線を送る。
走る緊張。やや間があったのち、語りかけたのはダークネスの方からだった。
「いつもご苦労。どれ、あとは我が運んでやろう!」
続いて悪の総統がやって来たのは見慣れた街角。住民の憩いの場となっている噴水の周りには季節によって色とりどりの花が咲き誇り、目を楽しませてくれている。
憩いの場。なんとも平和的な響きだ。ならば此処を破壊したらどうなるのだろうか。
込み上げてくる笑いが堪えきれず、クツクツと喉を鳴らして笑う。
そうして悪の総統は花壇を整備している若い男に声をかけるのだ。
「これだけの花壇を一人で見るのは大変であろう? 我が手伝ってやろう」
周囲の状況というのは一瞬の内に変わっていくものである。
故に悪の総統は毎日のパトロールをかかさない。刻々と変わっていく情勢を知り、対応するのも総統たる者の務めである。
「あっ! そーとーだ!」
「ほんとだ! あくのそうとうだ!」
遊んでいた子供たちが悪の総統の姿を見て駆け寄ってくる。ここまで調教するのに中々の時間を要したのが思い出されて感慨深い。
(※どんな英才教育を施したか。時間の関係で文字に起こすのが不可能のため今回は割愛とする)
「ねーねー! あれやって、あれ!」
「あれか? ふふ、よいぞ!」
子供の一人にせがまれ、悪の総統は結っていた髪をほどき、メガネを外して声高らかに名乗り上げる。
「くくく、我こそは悪の秘密結社『XXX』が総統、ダークネスクイーンである! 宿題をせぬ悪い子は捕まえてしまうぞー!」
怖がらせるように手をあげて見せれば子供たちから上がるのは『キャー!』という黄色い悲鳴。
悪の総統は未来の秘密結社構成員へのサービスは欠かさないのだ。
●そしていつかの高みへ
ローレットの依頼でやって来た廃墟。そこには見渡す限り、魔種、魔種、魔種。魔種のバーゲンセールのような場所だった。
自分に対し明らかなる敵意を向けるモノを見るのはとても久しぶりだ。
あの日の勇者の顔が脳裏を過っていった。
あの日とは場所も、置かれた立場も違うが、似たところは多いように感じる。
ならば、名乗り上げなければ。
手にしたロッドから鞭のように伸びるオーラを地に叩きつけて自身を鼓舞するように高らかに叫ぶ。
「我こそは悪の秘密結社『XXX』が総統。何れその高みに還る者、ダークネスクイーンである!」
さぁ哭け、震えろ、命乞いをしろ。
これから始まるのは、新天地にて世界を我が物にするための一歩である!