秋暑には敵わない

登場人物一覧

　午前二時、アーリア・スピリッツ(p3p004400)は寝苦しさに目を覚ました。うっすらと湿る身体、喉が酷く渇いている。アーリアは首を傾げた。スイッチを押したはずの練達製扇風機が止まっている。
(もしかしたら、タイマーにしていたかもしれないわぁ)
　アーリアは目を擦りながら、ベッドから降り、見知った暗がりをぺたぺたと歩く。揺れる、汗の香り。
「スイッチをっとぉ……」
　あくびをし、アーリアは屈み、扇風機のスイッチを押す。
「これで快適に寝られるわぁ……？」
　扇風機はしんと静まり返ったまま、動く気配すらない。
「どうしたのかしらねぇ」
　アーリアは、ふつふつと額に浮かび始める汗を柔らかなタオルで拭い、今度はスイッチを強く押してみる。だが、扇風機は困ったようにアーリアを見つめるだけ。
「うーん……どうしましょう。ミディーくんは流石に寝ちゃってるしねぇ……」
　汗を拭う。困った時に浮かぶのはいつだって彼。
(でも、このままだと、眠れないわぁ)
「朝までラジオやテレビとお友達になるのも手だけどぉ……暑いわよねぇ」
　そもそも、部屋にいることすら出来ないような気がする。額から汗が流れ、顎先を濡らしていく。
　ならば──
　アーリアは笑う。
「……みでぃーくんの部屋にこっそり、忍び込むしかないわねぇ」
　口元は浮かぶ三日月のよう──
(ミディーくんはいつも窓を開けていたし、あの部屋にも空調があったような？)
「まぁ、行ってみましょう」
　アーリアは外を眺めた。瞳に夜が広がり、虫の声が聞こえる。とても美しい夜だった。散らばる星。生ぬるい風は夏の終わりの香りがした。
(もう少ししたら、肌寒くなってあっという間に冬になるのねぇ)
　季節は移ろう。
(そう、これからはずっと、みでぃーくんと)
　沢山のことを彼と一緒に楽しむことが出来る。
(毎日が愛おしくて待ち遠しいのよねぇ)
　アーリアは微笑み、レトロな箒に乗り、全開の窓からミディーセラ・ドナム・ゾーンブルク (p3p003593)の部屋に忍び込む。

　箒をゆっくり下げ、アーリアは愛しい部屋へと降り立った。
(ミッションクリアよぉ。なんだかドキドキするわねぇ。それに涼しいわぁ。ミディーくんはっとぉ……うん、寝ているわぁ。このまま、隣に)
　アーリアはミディーセラを起こさぬよう、慎重にベッドまで移動し、その身を横たえる。隣にはミディーセラ。大きなサメの抱き枕をぎゅっと抱きしめ、ミディーセラはやや、うつ伏せ気味に眠っている。時折、柔らかな尾と耳がぴくりと動き、尾に巻きつけられた黒いリボンが躍る。アーリアは目を細め、ミディーセラに身を寄せる。
(これで朝までぐっすりねぇ)
　アーリアは幸福の吐息を漏らす。愛しい人がいるだけでこんなにも幸せになれるなんて。
（不思議ねぇ）
　アーリアは目を閉じた。感じ、触れる、ミディーセラの呼吸と熱。
(ああ……)
　アーリアは笑う。幸福が溢れていく。

「……」
　不意に目を開けるアーリア。仰向けのまま、ちらりとミディーセラを見る。ミディーセラは同じ体勢のまま、眠っている。
(うーん……？)
　目が冴えてしまった。アーリアが息を吐くと、ミディーセラの耳が二度、動いた。アーリアは驚き、両手で口を押さえ、咄嗟に息を止める。
(しまったわぁ。起こしてしまったかしらぁ……ううん、大丈夫のようねぇ。ミディーくんがぐっすりで良かったわぁ)
　アーリアはミディーセラを見つめ、思う。
(もしかして、悪戯しても起きないのかしらぁ？)
　沸き上がる悪戯心。すぅすぅと眠るミディーセラ。
（いっつも、みでぃーくんにはどきどきさせられてばかりだし、悪戯くらいねぇ？　ふふ、反撃ってことねぇ）
　アーリアはゆっくり、ミディーセラを覗き込む。その瞬間、ころりとミディーセラが寝返りを打つ。ベッドが軋み、ミディーセラの尾がぱたりと揺れ、アーリアの脇腹を優しく撫でる。
(あっ)
　アーリアはくすぐったさに耐え、息を潜める。ミディーセラは眠ったまま、動かない。
(良かったわぁ)
　もし、ミディーセラが起きてしまった場合──
（きっと、みでぃーくんはアーリアさん？って眠たげな顔で言ってくれて……そのまま、抱き締めてくれるかもしれないし、もしかしたら、いつものように……）
　アーリアは頬を染め、首を左右に振る。
（ううん。そんなの駄目よぉ。絶対にミディーくんを起こさないようにしなきゃねぇ）
　そう、これは反撃なのだ。
(ふふ、覚悟してちょうだいねぇ。それにしても、みでぃーくん、今、どんな夢を見ているのかしらぁ)
　アーリアは思う、その夢の隣に私はいるのだろうか。
(もし、いるのなら、一緒にお酒を飲んでいるかもしれないわねぇ。ね、みでぃーくん？)
　アーリアはミディーセラの頬を指先で軽くつついてみる。僅かにミディーセラは眉を動かし、すぐにまた、寝息を立てる。穏やかな音に、アーリアはふふと笑う。満ち足りた時間。何時間でもミディーセラを見つめてしまいそうになる。空調の音とミディーセラの寝息だけが部屋に溶けている。窓からの淡い光がベッドを青白く照らす。
「……みでぃーくん」
　アーリアはハッとする。悪戯の手がもう、止まっていた。むしろ、ミディーセラの艶やかな髪に触れたいと思った。
(もう、そうじゃなくてぇ……もっと悪戯しなきゃ。こんなチャンス、滅多にないもの。さ、ミディーくん、続きをするわねぇ)
　アーリアは覆いかぶさるようにミディーセラを見つめ、ミディーセラの顎を猫を撫でるようにくすぐる。
（ふふ。ゆーっくり、くすぐったい感じで撫でているけれど、どうかしらぁ？）
　アーリアはくすぐり続ける。ミディーセラは足の指をぴくぴくと動かし、身体を痙攣させる。サメを抱き締める力が強くなったように思える。それでも、ミディーセラは起きない。
（良い感じねぇ。きいてるわぁ）
　アーリアは楽しそうに微笑む。ぴくりとミディーセラの耳が一度だけ動く。
（よぉし。もぉーっと、激しくしてみましょぉ？）
　アーリアは指先を滑らかに動かし、ミディーセラを攻めていく。ミディーセラの新鮮な反応にアーリアは喜びを覚える。
（どう、ミディーくん？　此処、弱いところでしょう？）
　アーリアは不規則に痙攣するミディーセラを見下ろす。
「うーん……？？　んっ……んん……？」
　声を漏らしながら、ミディーセラか寝返りを一つ。アーリアはミディーセラの背を見つめる。
（やっぱり、起きないわねぇ。ふふ、どんどんいくわよぉ。さ、ミディーくん、これはどうかしらぁ？）
　アーリアはミディーセラの尾に手を伸ばし、その柔らかさに震え、吐息を漏らしそうになる。
（あぁ、魅惑のしっぽはやっぱり、柔らかいわぁ）
　アーリアは執拗にもふもふし、時折、ミディーセラの様子を確認する。ミディーセラは眉間にしわを寄せつつ、眠っている。
(ふふ、起きないわねぇ)
　目を細め、息を吸う。感じる、ミディーセラの香り。
(起きないのなら、もっとねぇ)
　アーリアは笑い、ミディーセラの背に唇を押し当て、うなじや首筋に甘いキスを贈る。ミディーセラはぴくりと身体を震わせ、仰向けになる。寝返りによって、抱き枕が転がり、視界から消えていく。
(此処はどうかしらぁ？)
　ふと、ミディーセラの寝息が聞こえなくなった。だが、悪戯に夢中のアーリアはその変化に気が付くことなく、ミディーセラの傍に。
(起きたらびっくりされるだろうけどぉ)
　アーリアはミディーセラの耳にちゅっと口づけ、今度は指を伸ばす。
(柔らかいわぁ)
　ミディーセラの無防備な唇に触れ、アーリアは長い髪を耳にかけ、ゆっくりと自らの唇をミディーセラに近づけていく。
「……アーリアさん」
　ミディーセラが目を開ける。
「ミ、ミディーくん……」
　直前で止まるアーリア。焦り出す。とうとう、起きてしまったのだ。
「あ、ええとぉ……その……お邪魔してます。あのね、ミディーくん……え？」
　どうしてここにいるのかを説明しようとした瞬間、身体が反転する。目を丸くするアーリア。唇にはミディーセラの人差し指が触れ、灰色の髪が反動で甘く揺れている。
「悪戯をしたアーリアさんにわたしも悪戯をせねばなりませんわ」
　目を細め、ミディーセラは微笑む。金色の瞳はさっきまで寝ていた者とは思えないほどの光を帯びている。いつからバレていたのだろう。かっと熱くなる。急に喉が渇いてきた。
「良いかしら、アーリアさん？」
　楽しげにミディーセラはアーリアを見つめ、アーリアは眩しげに目を細める。絡み付く視線。見つめられる度、アーリアは自然と無口になり、媚薬を含んだように、貴方ばかりを感じてしまう。
「アーリアさん？」
　ミディーセラはくすりと笑う。
(ああ、ほら、まただわぁ……)
　アーリアは息を吐く。途端に世界は貴方だけになってしまう。
「みでぃーくん……」
　息が無意識に漏れ、アーリアはミディーセラの背をきつく抱き締めた。柔らかなミディーセラの唇が首筋に落ち、痛みとは異なる刺激がアーリアに訪れる。
「アーリアさん、大好きですわ」
　ミディーセラの言葉にアーリアが震え上がる。耳元での愛。ミディーセラは喉を鳴らし、アーリアの全身に唇を落としていく。声を漏らし、アーリアは切なそうに首を振る。ミディーセラが息を吐く。身体が瞬く間に熱を帯び、指先が互いの身体を求め、甘く歪んだシーツの上で、愛を贈りあう。音。掛け布団が滑り落ちていく。ミディーセラが笑う。
「とっても、美味しいですわ、アーリアさん」
「み、みでぃーくん……」
　緑の瞳が闇のなかで震え、潤んでいく。
「……みでぃーくん……好きよぉ。みでぃーくんが想像してる以上に……大好きよぉ……」
　アーリアはミディーセラを強く抱き締め、熱い息を吐き出した。
「まあまあ。そうなのですね……ふふ、わたしもですよ、アーリアさん……」
　アーリアの頬に口づけ、ミディーセラは幸福の吐息を漏らす。